十五章

第1話 敵対勢力は全て殺す! うん、平常運転さ!


 トラグ大王国は西フルセンの大国だ。


「見る影もないがね」


 トラグ大王国の王都、その大通りを歩きながらアスラが言った。


「この国は製造業が盛んで、別名『職人大国』」アスラの隣を歩いているラウノが言う。「奴隷たちに雑用の全てを押しつけて、職人たちはひたすら自分の技術だけを磨けば良かった」


 大通りは閑散としていて、もうすぐ滅びるような雰囲気だ。

 現在は午前中。本来なら、職人たちが作業に没頭し始める頃。

 もちろん、平時なら各種お店も開店しているはずなのだが、今は多くの店が閉まっている。


「……今は、奴隷たちが……仕事しなくなっちゃったから」


 イーナが小さく肩を竦めた。

 奴隷解放運動の余波だ。

 まぁ、全ての奴隷が運動に参加しているわけではないけれど。


「いい気味ですわ」


 グレーテルが嬉しそうに言った。

 アスラたちは普段通りのローブ姿で、大通りを進んだ。

 目的地は処刑広場と呼ばれている場所。

 公開処刑を行うための広場だから処刑広場。そのままである。

 もっとも、今は奴隷解放運動の演説の場みたいになっているけれど。


「さて、軽く復習しておこう」アスラが言う。「現在、この国は真っ二つに分かれていて、内戦寸前」


「旧体制派である国王派と、革新派である宰相派」ラウノが言う。「言い方を変えるなら、奴隷解放断固反対派と奴隷解放賛成派」


「あたしらが……味方するのは……宰相派の、えっと、元奴隷の女性で……革命の旗印デリア・ケッペン」

「デリアは去年、自分を買い上げて奴隷から平民になりましたわね」


 奴隷は死ぬまで奴隷というわけではない。

 お給金を貯めて、自分を購入すれば平民になれる。

 そのシステムだと、いつか奴隷がみんな平民になってしまいそうだが、そんなことはない。

 奴隷は新しく生産されるからだ。

 敗戦した国の民は基本、奴隷にされるから。まぁ全員ではないが、多くは。

 あと、他の地方から拉致した子供たちを奴隷にすることも割とある。

 人買い商人なんてのも存在している。西フルセンの多くの国で合法だ。

 よって、奴隷の人数は極端に減ったりしないのだ。


「それから解放運動を主導。宰相を味方に引き込んだ。かなりやり手の人物だけど、ちょっとやり方が生ぬるい」


 アスラは溜息交じりに言った。


「全面戦争にならないよう、上手く立ち回っているみたいだね」とラウノ。


「……まぁ、どっち陣営も、正面からの戦争は……望んでなかった……今までは」

「国王派が憲兵を使って、解放運動参加者を逮捕させる、という噂ですわね」


「ま、反逆者の粛正ってやつだね」アスラが楽しそうに言う。「ちょうど、楽しくなった頃さ。いい時期に参加できたね、私らは」


 その噂が流れたからこそ、デリアは《月花》を頼った。

 現時点では、戦力的には国王派の方が上なのだ。


「英雄2人の動向が気になるね」ラウノが言う。「この国には2人も英雄がいて、1人は職人だろう? 奴隷がいないと困る方の人だね」


「なぁに、出てきたら普通に殺せばいいさ。なんのためにアイリスを遠ざけたと思ってるんだい?」

「平気で英雄を殺そうとするあたり、恐ろしいですわねぇ」


 グレーテルが苦笑いした。

 大丈夫、英雄殺しは初めてじゃない、とアスラは心の中で笑った。


       ◇


 デリア・ケッペンは今日も自由と平等を説いていた。

 いつもはギロチンが置かれている舞台の上で、鉄製音響メガホンを片手に。

 よく晴れた日。春の暖かさを感じられる気温。風は少なく、演説にはいい日和だ。

 舞台の前に数多くの人々が集まっている。奴隷たちだけでなく、王都に住む多くの人々が集まっているので、処刑広場はごった返している。


 周囲を数多の憲兵がガッチリとガードしている。もちろん、彼らはデリアを守っているわけではない。

 暴動や戦闘に発展しないように、睨みを利かせているのだ。

 なぜなら、ここには奴隷解放の賛成派と反対派、両方が集まっているから。

 反対派はデリアに野次を飛ばし、稀に石を投げる。


「奴隷は大切な財産だ!」と反対派の誰かが叫ぶ。

「そうだ! 財産を奪う気か!」と別の反対派も声を荒げた。


 デリアは反対派を完全に無視して、演説を続けた。

 デリアの周囲には、賛成派の中でも屈強な連中が集まっている。

 デリアは奴隷解放運動の旗印。万が一にも、失うわけにはいかないのだ。


「人は平等であるべきなのです!」


 デリアは力説する。

 華奢な見た目からは想像もできないぐらい、デリアの信念は強い。

 デリアは薄紫の長い髪が乱れるのも気にせず、大きなジェスチャを交えながら叫び続ける。

 デリアは27歳の女性で、誰が見ても美人だと称する容姿。

 それ故に、奴隷時代は酷い目に遭ったこともある。理不尽な目に遭ったこともある。

 だからこそ、デリアは戦えるのだ。


「奴隷の大半は、普通の人々です! 戦争に負けただけの! あるいは、誘拐された罪もない人物なのです! こんなのは間違っています!」


 デリアの言葉に、賛成派の面々が雄叫びのような肯定の声を上げた。

 処刑広場は凄まじい熱狂に包まれている。本来の、公開処刑なんかよりずっと人々は熱くなっている。

 時代のうねりのような、巨大な何かに当てられている可能性もある。

 もちろん、今の時点で、そんなこと誰にも分からないのだけれど。


「宰相のネーポムク・トラレス氏は! 平凡な人々を平等に! 大切に想える人物です! 彼は当然、奴隷の解放に賛成です! しかも積極的に! 彼こそ、新時代の指導者に相応しいと思いませんか!?」


 デリアが言うと、民衆が割れんばかりの声を上げた。

 この奴隷解放運動を、国王派と宰相派の政治闘争と言う者もいる。そして実際、その通りでもあるのだ。

 どちらが今後のトラグ大王国のトップを担うのか。

 と、憲兵たちの動きが少し妙だとデリアは気付いた。

 何か騒がしい。


 普段はない憲兵の応援が駆けつけ、何かしら報告をしている。

 王都の憲兵が全部この広場に集まったのではないか、と思うほど憲兵が増えた。

 これはいよいよ、噂の通りになるのかもしれない、とデリアは思った。

 憲兵の大半を、国王派が抑えているのだ。

 だけど、そんな不安は一切表に出さない。

 自由と平等を説き続ける。


「デリア・ケッペン!!」


 左手に鉄製音響メガホンを持った隊長格の憲兵が叫んだ。

 凄まじい声量だったので、周囲がシンッと静まった。


「貴様を国家反逆罪で逮捕する!! 逮捕を邪魔する者も同じ罪に問う!! 行け!! 捕らえろ!!」


 隊長格の憲兵が右手を挙げ、バッと大げさに下ろしてデリアを指さす。

 次の瞬間、憲兵たちが声を張り上げながら舞台へと群がった。

 解放運動の仲間たちが、憲兵を阻止しようと身体を張る。けれど、憲兵たちは容赦なく剣を抜き、デリアの仲間たちを斬って捨てた。

 民衆が爆発しそうだ、とデリアは思った。

 ここで奴隷解放賛成派の国民たちが暴れてしまうと、みんな捕まる可能性がある。


「落ち着いてください! どうか落ち着いて! わたくしは大丈夫です!」


 デリアは必死にそう言ったが、デリアを憲兵から守ろうとする奴隷解放賛成派と、ここでデリアを逮捕して欲しい反対派の間で小競り合いが発生。

 このままでは、多くの死傷者が出てしまう、デリアがそう思った時。

 憲兵の頭が順番に爆発した。

 1人、2人、3人の頭が吹っ飛んだ。


 その異様な光景に、再び周囲が静まり返った。

 憲兵3人の血肉と脳みそが飛び散って、それをまともに浴びた者たちが「ひっ」と小さな悲鳴を上げて座り込んだ。

 そして。

 空から銀髪の少女が舞い降りた。

 みんなの目が、少女に釘付けになった。

 当然だ。少女はまるで天使のように、空から舞い降りて、デリアの隣に立ったのだから。


「私の依頼主を逮捕されちゃ困る」


 少女は淡々とそう言って、腰の刀を抜いた。

 そして舞台に上がっていた憲兵を斜めに斬った。

 少女は天使なんかじゃなかった。


「私の依頼主を逮捕するなら、みんなこうしてやる」


 少女は倒れた憲兵を何度も刺した。

 何度も、何度も、何度も。

 誰もが引いた。その姿が恐ろしくて震えた。

 デリアもそう。憲兵たちに囲まれても、反対派に石を投げられても、デリアは怯えなかった。

 なのに、今は死ぬほどここから逃げたいと思った。

 ザクザクザクザクと、少女はずっと死んだ憲兵を刺している。


 こんなのは異常だ。普通じゃない。

 何のために刺しているのか、まったく理解できない。

 ただ怖い。恐ろしい。

 だって、少女は酷く楽しそうに笑っていたから。

 もし少女が、恐怖を与えたいと思っていたのなら大成功。


 おめでとう! 賞賛するからもうやめて!


「さぁどうする憲兵諸君! 挽肉になりたいかね!? 今夜のおかずは憲兵のハンバーグか!? ん!? どうするんだい!?」


 少女が声を張った。

 その小さな身体からは想像も付かないほど、大きな声。


「な、何者だ貴様!」


 隊長格の憲兵が、鉄製音響メガホンを通して叫んだ。

 それでも、少女の声量と同じぐらいだった。

 さっきはあれほど、隊長格の声は大きいと感じたのに。


「私は傭兵団《月花》団長アスラ・リョナ! 彼女に雇われた!」


 少女――アスラはチラッとデリアに視線を送った。

 この時になってやっと、デリアはアスラの正体に気付いた。

 そして同時に、とんでもない人物を頼ってしまったのではないかと、激しい不安に襲われる。


「……《月花》だと……」


 隊長格の憲兵は声を震わせた。

 今の時代、《月花》を知らない者はあまりいない。

 かつて魔王に認定されたジャンヌを討ち滅ぼした傭兵団。その依頼達成率は未だ100%。

 金さえ払えばどんな依頼でも請け負ってくれる上、敵対勢力が更なる金を積んでも絶対に裏切らない。

 考えられる限り、最高の傭兵。


 だからこそ、デリアも《月花》を頼ったのだ。

 ただ、ほとんど報酬を支払えないので、請けてくれるとは思っていなかった。

 ダメ元で依頼を出した感じなのだ。

 と、更に3人の人間が空から舞い降りた。

 全員が同じ黒いローブを羽織っている。


「言っておくが憲兵諸君、私らは強い。そりゃもう、死ぬほど強い。死ぬのは君らだけどね! さぁどうする!? 私らはあまり気長じゃない! 撤退するか交戦するか決めたまえ!」


「ふ、ふざけんな傭兵風情が! 反逆者を庇うのか!」


 そう言ったのは、集まっていた民衆の1人。30代の男。当然、奴隷解放反対派。

 彼はアスラに向かって石を投げた。

 アスラはその石を避けなかった。

 アスラの戦闘能力なら、投げられた石を避けるなんてきっと造作もないこと。

 それなのに、避けなかった。


 石はアスラの頭に当たり、そしてアスラが笑った。

 その瞬間に、その笑みを見た者全てが震え上がった。

 同時に、石を投げた彼の首が飛んだ。

 彼の身体が血の噴水と化して倒れ込む。頭は地面を転がっている。

 彼の周囲の人間が悲鳴を上げて、我先に広場から逃げようとパニックが起こる。


「ふふ……あたしの魔法、今日も調子いい……」


 アスラの仲間である黒髪の少女が、ニマニマと楽しそうに言った。

 その発言から、さっきの彼を殺したのはこの少女だとデリアは確信した。


「敵対勢力は全て殺す!!」アスラが叫ぶ。「老人も子供も女も男も関係ないね!! 私らの前に立つなら死ね!! 私らを攻撃するなら、王様だろうが召使いだろうがぶち殺す!!」


 広場は完全にパニック状態。


「撤退しろ! 撤退だ! 我々の手には負えん!」


 憲兵たちも次々に逃げ出す。

 アスラたちは広場の騒ぎが収まるまで、ずっと集中していた。

 やがて、どれほどの時間が経過したのか、ほとんどの人間が広場から逃げ出したあと。


「やぁデリア・ケッペン。君の手紙を読んだよ。依頼を請ける。内容と報酬について話し合おう。どこか静かな場所で」アスラがデリアを見ながら言う。「ああ、もうここも静かだけど、できれば室内がいいかな。お茶なんかも出ると嬉しい。奴隷の解放には賛成だよ。君の演説、なかなか良かった」

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