EX58 揺るぎない狂気 「私? それとも君? あるいは……」
山小屋の中はまさに、山賊団のアジトと呼ぶに相応しかった。
酒と肉の匂い、煙草の臭いに混じって、マリファナの香りもする。
カードゲームに興じる者がいて、女を犯している者もいる。
ガツガツと殴りながら犯す姿は、まさに暴虐非道。
「カシラ! このガキども、マジで見張り全部張り倒してますぜ!」
デブの男が焦った声で言った。
「ほぉん。武力が売りってのはガチか」
カシラと呼ばれた黒髪の男が、薄い目でアスラを見た。
男の黒髪は女の子のセミロングぐらいの長さで、ウネウネしている。
巻いているわけではなく、癖っ毛。
顔立ちは悪くないが、目の下に隈がある。
そして、彼の目は悪人のそれ。鋭く尖ったナイフのような目。そうでなければ、闇しか見ていない悪意の塊。
肉体的には中肉中背だが、それなりに筋肉はある。
「まぁね。私たちは生きるために、強くならざるを得なかった。仲間にして欲しい」
「オレたち強いけど、ずっと2人で生きていけるほど、世界は甘くないって知ってる」
アスラとレコがカシラを見ながら言った。
「ふん。この俺と目を合わせて、逸らさないってのは、ちぃとばっかし、やべぇな」カシラが言う。「なぁそうだろ? テメェら、俺と目を合わせていられるか? ん?」
山賊たちが首を振ったり、「無理っす」と引きつった表情で言った。
ちなみに、カシラの年齢は30代前半。
「つまりテメェら2人は、その年齢でここにいる誰よりも修羅場を潜ってやがるってことだ」
カシラは椅子に座っていて、足を机に投げ出している。
「本当は何者だ? 憲兵じゃねーな? 憲兵はガキなんざ使わねぇ。別の山賊か、盗賊か、もっと別の存在か?」
「いや、私たちは……」
「黙ってろ嬢ちゃん。俺が喋ってんだ」カシラがアスラを睨む。「つーか、嬢ちゃん、テメェら姉弟、全然似てねぇのな?」
「本当の姉弟じゃないからね」アスラが言う。「一緒に生きてきたってだけ。お互いを守りながらね」
「仲間にしてくれるの? してくれないの?」
レコが焦れた風に言った。
「しないって言ったら、テメェらどうすんだ?」
「帰るよ」アスラが肩を竦める。「そして別の団を当たるさ。私らは仲間が欲しい。2人だと限界がある。まぁ、あんたなら分かるだろうけどね」
「ああそうだ。人数は多い方がいい」カシラが言う。「それにテメェらの戦闘能力を、他の団に渡したくはねぇな」
「だったら、仲間にしてくれるかい?」
「テメェの弟が、俺のモノをしゃぶるならな」
「ああ?」
アスラは酷く不機嫌に目を細めた。
「くくっ、俺は少年好きだ。特に、茶髪の少年は好物なんだ。今更、したことねー、なんて言わないだろ? お前らみたいなゴミクソは、生きるために何でもやったはずだ」
「いいよ、分かった。今?」
レコが微笑む。
だが内心では「おえっ」と嘔吐いていた。
「いや、まずはテメェらに入団の儀式だ」
カシラがニヤッと笑った。
盗賊やらギャングやらは、加入する時に何か儀式をやらせることが多い。
指定のモノを盗めと言ったり、敵対者を殺せと命じたり、まぁ色々だ。
「何をすればいい?」とアスラ。
「何も」とカシラ。
アスラとレコが揃って首を傾げた。
「固有属性・悪」カシラが右手をアスラに向ける。「支援魔法【悪の増幅】」
お、魔法か、とアスラは少し楽しくなった。
魔法は確かにアスラに対して発動したのだが、アスラは変化を感じられなかった。
「くはは! お嬢ちゃん、カシラの魔法はな! 悪の心を増幅してくれるんだ!」
「おうよ! おかげで毎日、悪を成すのが楽しくて仕方ねぇ!」
山賊たちが口々に言った。
「更に、攻撃魔法【良心の破壊】」
カシラが別の魔法をアスラに使用。
なるほど。そういうカラクリか。
魔法で悪の心を増幅し、更に良心を壊してしまう。
だから、本来なら法の番人である憲兵が簡単に裏切る。
だから、平気で極悪非道な行いができるようになる。
「最後に生成魔法【悪即従】。悪には必ず従う心の生成。もっと分かり易く言えば、自分より極悪な人間に刃向かったら死ぬ魔法だ。つまり、誰も俺には逆らえないってことだ。さて次は、仲間との絆を深める時間だ。嬢ちゃんは、ここにいる全員とヤってもらう。それが最初の仕事だ」
「ほう。そいつはあんまり愉快じゃないね」
「おっと、刃向かうなよ? いきなり死なれちゃ、俺も悲しい。せっかくの可愛い仲間だ。それに、最初だけだ。性奴隷にしようってんじゃない。そういうのは、拉致ればいいからな」
カシラは陽気な感じで言った。
「レコ、どう思う?」
アスラは小声で言った。
「どうって? どの件?」
「うちに必要だと思うかね?」
「まさか。品がないし、役にも立たないと思う」
「だよね」
「でもせっかくだから団長、犯されたら? オレも混じるよ?」
アスラは1度頷いてから微笑み、レコの足を踏んだ。
「痛っ……」
レコが涙目で踏まれた足を見た。
アスラはカシラに視線を戻した。
「ちょっと試したいことがあるんだけど、いいかな?」
アスラはニコニコと言った。
「ああ、もう結果が分かる」とレコがボソッと言った。
「君」アスラが近くにいた男を指さす。「自殺しろ」
「ああ!? ふざけんなよクソガキ! なんで俺……」
男はバタッと倒れて、そのまま息を引き取った。
その光景に、空気が凍り付いた。
「あは。みんなに【悪即従】をかけているんだろう?」アスラが悪い笑みを浮かべる。「だったら、全員私に逆らわない方がいい」
アスラの笑みがあまりにもおぞましかったので、山賊たちがビクッとした。
「おいふざけんなよ! テメェの方が悪だって言うのか!」
デブが怒り心頭で言った。
「君は逆立ちしろ」とアスラ。
「ふざけんな! この俺様が……」
言葉の途中で、デブはフラッと倒れ込んだ。
そしてそのまま、息を引き取る。
「あは! 面白いね!」アスラが楽しそうに言う。「どんどん無茶な命令出すから、誰が生き残るか賭けようレコ!」
「0人に1000ドーラ」
レコは淡々と言った。
「やめろ嬢ちゃん」カシラが言う。「テメェがとんもねぇ極悪人になったのは理解できた。だがもうよせ。テメェがいくら、俺の魔法で悪くなっても、俺には敵わない。いいな、止めろ」
「君の魔法は、私には何の効果もなかったよ?」
「そんなわけあるか。現に、仲間を殺して楽しむクソッタレの悪党になったじゃねぇか。良心の呵責も感じねー。俺の魔法が効いたってことだろうが」
「カシラ、団長に良心なんて元からないよ?」
レコが笑顔で言った。
「増幅するだけの悪の心もないね」アスラが言う。「ほらやっぱりそうだ。みんなが私を悪い子みたいに言うけど、そもそも、私の中に善悪なんて存在してない」
「団長だと?」カシラが机から脚を下ろす。「テメェ、やっぱどっかの盗賊団か!?」
山賊たちが身構える。
「おっと失礼。自己紹介がまだだったね」アスラが丁寧にお辞儀する。「私は傭兵団《月花》の団長アスラ・リョナ。君たちを殺しに来た」
「ついでに、仲間になりたいゴッコして遊んだだけ」
レコが優しく補足。
「おい冗談だろ……?」
「《月花》って、魔王ジャンヌを潰した連中だぞ……」
「確か団長は、銀髪のガキ……こいつ、銀髪のガキ……」
「極悪非道のアスラ、傭兵国家の悪逆皇帝、リョナるの語源……」
「世界一のクソ野郎……」
山賊たちが口々に言った。
そして、山賊の1人が逃げ出そうとした。
「山小屋を出るな」
アスラの命令で、逃げ出そうとした1人が立ち止まる。
すでに、【悪即従】のせいでアスラに刃向かえないのは証明済み。
「傭兵か……」カシラが立ち上がる。「誰に雇われた? 倍の額出す。それで……」
「嫌だ」とアスラ。
「傭兵のこと知らないの?」レコが言う。「請け負った依頼は必ず果たす。うちは依頼達成率100%だから、話し合いは無駄だよ」
「クソが! やっちまえテメェら!」
「いや、カシラをやれ」
アスラが冷たい声でそう命令した。
アスラの命令を無視して、アスラに掴みかかった男は、アスラに触れる前に絶命した。
「クソみたいな魔法だけど、ゴミを支配するには便利だよね」アスラが言う。「刃向かったら死ぬわけだからね」
今ので、全員が理解した。
カシラよりアスラの方が悪いということを。
少なくとも、魔法はそう判断したということを。
「団長が自分をどう思うかは関係ないんだね。実際に悪の心があるかどうかも」レコが淡々と言う。「客観的に見て、というか、たぶんカシラの観念に照らし合わせて、どれだけ悪いかが【悪即従】の条件なんだね」
「ほら早くカシラをやれ!」
アスラが手を叩くと、山賊たちが一斉にカシラに襲いかかった。
その殺し合いを横目に、アスラは拉致されていた数名に声をかけた。
「ほら、外に私の仲間がいるから、保護してもらえ。ここは大きな棺桶になるから、生きていたいなら出ていたまえ」
アスラは殴られていた者に【花麻酔】のサービスまでしてやった。
気分が良かったからだ。
「あ、ありがとう!」
「ありがとう傭兵さん!」
囚われていた者たちが、礼を言ってから外に出た。
「団長どうしたの? 優しいね」
「敵じゃないからね。別に味方でもないけど、どっちにしても邪魔だろう?」
「それに機嫌もいいし?」
「そう。ほら見たまえレコ。カシラが八つ裂きにされたよ。あは。さっきまで従ってたのにね。所詮、恐怖による支配なんてこんなもんさ。便利だけど、更なる恐怖に為す術もない。スカーレットにはぜひ、違う方法を模索して欲しいものさ」
「団長みたいに忠誠心を叩き込むとか?」
「それもいいね」アスラが手を叩く。「さて山賊諸君、君らは手間を省くために自殺するか、憲兵に自首したまえ。どっちでもいい。もしくは、逆らって死んでもいい。もう君らに興味はない。3つの中から好きなのを選べ。じゃあね」
アスラは手を振って、レコと一緒に外に出た。
「団長って興味なくしたら一瞬で冷酷になるね」
「そうかい? 選択肢を残してあげただけ、優しいだろう?」
「全部死ぬじゃん」
レコがカラカラと笑った。
山賊たちはその極悪非道な行為から考えて、自首しても死刑だ。
憲兵団の副団長もそう言っていた。
「死に方を選べるんだから、外道にしては優しい最後さ」
アスラたちが少し歩くと、グレーテルが木から飛び降りた。
「ラウノは出てきた一般人を保護して、下山しましたわ」
グレーテルは不満そうに言った。
「さすがラウノ、彼ならきっとそうすると思ったよ。いい奴だからね」
「それより、もう終わったのでしょう? ラウノが言ってましたわ。団長はきっと、もう皆殺しにしちゃったんだろうって」
「さすがラウノ、彼ならきっと分かると思っていたよ。頭がいいからね」
「……合図、待ってましたのに……」
グレーテルがムスッと頬を膨らませた。
「ごめんごめん。会話が弾んじゃって」
「無茶な命令は会話とは言わない」とレコ。
「まぁまぁ、戻ろうよ。憲兵に金を貰って、軽く豪遊してから帰ろう。彼らはみんな手配されているから、依頼料とは別に報奨金も出るはずだし、いい儲けになった」
「ちょっと遊んだだけでお金もらえるとか、人生って思ったよりイージーなんだね」
レコが楽しそうに言った。
「いつだってイージーさ。楽しんでいれば、辛いとは感じない。だから、豪遊も楽しもう」
「娼婦のお姉さんのおっぱい揉みたい!」
「いいね! 私も揉みたい!」
「それでしたら、わたしも!」
3人は楽しく笑いながら下山した。
結局、山賊たちは一か八かで逃げようとした。
つまりアスラの命令に逆らったのだけれど。
1人を残してみんな死んだ。
◇
「ふぅん。あれがアスラ・リョナか。噂以上に、頭がイカレてるみたい」
ケタケタと笑いながら、生き残った山賊の少年が言った。
「でも、ボクだって負けてないよ! だってアスラ、ボクに気付かなかったし! ふふっ、ボク以外にも、カシラの魔法が通じない奴がいるなんてね! あはは! いつか、アスラともっと楽しいことして遊びたいなぁ!」
13歳か、14歳の少年だった。
彼が山賊をしていたのは、単純に悪いことをするのが楽しかったから。
彼にとって、楽しいが全て。
他は全て些末なこと。
「あーあ、でもアスラはカシラみたいな玩具にはなってくれないよね! ボクと似たタイプみたいだし!」
山賊団を本当に操っていたのはこの少年だ。
黒髪のカシラは、飾りのようなもの。
だから当然、カシラは彼に手を出していない。
「ふふっ、最近名前が売れてる《天聖神王》スカーレットって奴も気になるし、遊び相手は多い方がいいよね! 楽しみだなぁ!」
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