EX57 悪い奴って言っても、団長よりはいい人でしょ? 「そりゃみんなそうさ」


「極悪非道の山賊団ですか?」


 マルクスは食事を中断して、アスラを見た。

 ここは古城の食堂。

 テーブルも壁も椅子も、全てが新しい。


「そう。被害が酷いことになってるらしいよ」


 アスラはピラピラと便せんを振った。

 その便せんは依頼の手紙だ。

 ちなみに、現在は夕食時。全ての団員が集まっている。


「山賊退治! いいわね!」


 アイリスがノリノリで言った。

 大森林から戻って以来、アイリスはテンションの高い日が多い。


「それって普通の被害?」ラウノが言う。「山道で絡まれて金品を取られた系?」


「それだと普通の山賊じゃないか」とアスラ。


「極悪非道ってことはだ」ロイクが言う。「殺して奪う系だろ? そういう連中はすぐ退治されっから、なるべく盗るだけの方がいいんだよな」


「……分かる」イーナが頷く。「……危険度の高い方から、憲兵は対処する……でしょ?」


「そうだね」ラウノが言う。「市民にとって、より危険な方を優先して排除する」


「そう言えば、ロイクさんも山賊だった時ありますよね」サルメが言う。「間違って当時英雄だったエステルさんに絡んで、半殺しの上、投獄されましたが」


「おいやめろ、俺の黒歴史を勝手に語るなマジで」


 ロイクが引きつった表情で言った。

 当時のロイクに、相手の実力をちゃんと見積もる能力はなかった。

 なんか綺麗な鎧を身に付けてるし、金持ちだろ、みんなで襲おうぜ、というノリだったのだ。

 人数的にも、負けるとは思っていなかった。


「おーい君たち」アスラが言う。「仕事の話を続けてもいいかね? それとも、ロイクの黒歴史をもう少し語るかい? たとえば、牢獄に入ってる時に泣きながら……」


「やめてぇぇぇぇぇ! 団長、本当やめてぇぇぇ! つか、なんで知ってんの!? 怖いんだけど!?」


「ちょっと調べただけだよ」アスラが肩を竦める。「山賊の話に戻るけど、どうもマトモな山賊じゃないみたいだね」


「山賊って普通、マトモじゃないわよね?」


 アイリスが首を傾げながら言った。


「ああ、首を傾げるアイリス可愛いですわー」


 グレーテルがホクホクした表情で言った。


「あたしはいつだって可愛い!」


 アイリスがキリッと胸を張った。

 アイリスの胸は《月花》で訓練しまくったせいで少し小さくなっている。

 体脂肪率が下がったせいだ。

 まぁそれでも、アスラ、イーナ、サルメよりはまだ大きい。


「はいはい、可愛い可愛い。山賊の話に戻すよ?」アスラが首を振る。「強姦、拷問、殺人、本気でやりたい放題みたいだね。しかも山を下りて街に行って、そこでも好き放題やるらしい」


「ふむ……」マルクスが微妙な表情で言う。「そういう過激な賊は今までもいたでしょう? 最近流行しているギャング団も似たようなものですし、わざわざうちに頼みますかね?」


「分かった!」レコが元気に言う。「どっちが本当の悪党か、オレたちに示して欲しいんだよきっと! 極悪非道な団体って言ってもさ、オレたちほどじゃないし、どんなに酷い悪人だって、団長ほどじゃないもんね!」


「レコの中の私の評価が上々で何よりだけど、そうじゃない」アスラが苦笑い。「対応に当たった憲兵が、ことごとく裏切ったらしい」


「どういうこと?」


 元憲兵のラウノが、真剣な表情で言った。


「そのままだよ。山賊側に寝返った。というか、山賊団に元憲兵が多いみたいだね」


「なるほど」ラウノが言う。「何か裏があるのか、あるいは単純に魔法や特殊スキルで操っている可能性もあるね」


「そういうこと。もう憲兵に対応できるレベルじゃないみたいだよ。なぜ裏切るのかも分からないらしい」アスラが言う。「まぁ、裏切る理由はラウノが言った通りだろうね。洗脳やマインドコントロールでは、対応した憲兵全員を裏切らせるのは難しい」


「人質の線もありますよ?」とサルメ。


「いや、どうも山賊たちは全員、悪事を楽しんでいるみたいだよ。無理矢理やらされている、という感じじゃないみたい。読むかい?」

「いえ、大丈夫です。団長さんが言ったことを読み直してもあまり意味はないので」


 サルメはちょっと困った風に笑った。


「まぁなんだっていいでしょ?」アイリスがあっけらかんと言う。「行って退治して終わり。誰が行くの?」


「そうだねぇ。私はちょっと興味あるから行くとして、一緒に行きたい人?」


 アスラがみんなを見回すと、ラウノ、サルメ、レコ、アイリス、グレーテルが手を挙げた。


「さすがに、そんなに人数いらないよ」アスラが呆れ顔で言う。「どうしても行きたい人?」


 言い直すと、アイリスが手を下ろした。


「サルメとレコは正直、どっちかだけでいい。マルクス、明日の訓練は任せるけど、どっちを鍛えたい?」


「ではサルメを」とマルクス。


「そんなに私に鉄拳を浴びせたいんですか!?」


「いや、訓練で楽をしようとしなければいいだけだ」マルクスが苦笑い。「あと、言うことを聞けばいい」


「鉄拳が嫌ならぼくの平手という手もありますわよ! 平手だけに手!」


 ティナがとっても楽しそうに言った。

 何人かがクスッと笑う。

 サルメは慌てて両手を振りながら、「鉄拳の方がマシです!」と言った。


「じゃあ、私、ラウノ、グレーテル、レコの4人小隊で山賊退治に向かう。明日の朝、0700時に正門前に集合。確実に戦闘になるから、装備の点検をしっかりしておくこと。いいね?」


 アスラが言うと、名前を呼ばれた3人が頷いた。


       ◇


 その村は完全に廃村となっていた。

 焼かれ、壊され、原型を留めていない。

 各所に血肉の痕が残ってる。さすがに死体はもう残っていないけれど、そこに死が充満していたのは雰囲気で分かる。


「割と好きだよ、こういう酷い光景」


 アスラはクスクスと笑いながら言った。

 ここはアクセルの出身国。英雄選抜試験で訪れたケラノア王国。

 体術を中心とした武芸全般が盛んな国だ。主要産業は淡水魚の養殖。もちろん食用。

 ケラノア王国には大きな湖があるので、そこで大規模な養殖が行われている。

 他にも、小麦やコーンも生産している。主要産業ではないので、特別に美味いわけでもないが、他国に輸出できるぐらいの量は生産している。


「ジャンヌ軍が通った後みたい」とレコ。


「魔王の軍団ですわよね? 本当、よく打ち倒せましたわねー」


 グレーテルが感心した風に言った。


「私史上に残る、楽しい殺し合いだったよ」アスラは当時を思い出して笑顔になった。「それはそうと、山賊がここまでするのは確かに異常だね、憲兵君」


 アスラが視線を案内役の憲兵に移す。


「ああ、だから君らを頼った。アーニアのシルシィから、君らがすこぶる優秀だと聞いてね」


 言ったのは、40代前半の男。

 青い憲兵の制服を着ていて、白いマントを羽織っている。

 ケラノア王国憲兵団の副団長だ。


「現場を見ておいて良かった」ラウノが言う。「相手の規模や思想をある程度だけど、推測できる」


 山賊に襲われた村を見たいと強く主張したのはラウノだ。

 アスラも見ておきたかったので、特に反対はしなかったけれど。


「それにしてもサクサ君」副団長が言う。「まさか君が傭兵になっているとは」


 ラウノのフルネームはラウノ・サクサ。

 ラウノと副団長は顔見知りだ。

 ラウノがかつて、貿易都市国家ヘルハティの憲兵団に所属していたからだ。

 ヘルハティ憲兵はもっとも優秀な憲兵と呼ばれていて、東フルセン憲兵機構の中心地でもあった。


「僕も驚いてるよ」


 ラウノが肩を竦めた。


「よし。憲兵団の本部に戻って、山賊どもの根城を探そう」


 アスラが言うと、副団長が苦笑いをした。


「根城を推測するんだよ」レコが解説する。「今まで連中が襲った村や道が分かってるから、次に襲う場所や今どこに隠れているか推測するのは難しくない」


「ああ、疑問に思ったわけじゃないんだ少年。我々も同様のことをしたのだが、待ち伏せにあって、打撃を受けた上、数名は裏切るという結果になった。それも3度も」


 副団長は悔しそうに言った。


「なるほど」ラウノが頷く。「相手に憲兵がいるから、憲兵の次の手は全部お見通しってことか。それは僕らを頼って正解だよ」


「正解かどうかは結果で示してくれ。連中はどうせ死刑だ。生死は問わん」副団長が言う。「アクセル様が生きていれば、アクセル様に頼んでも良かったんだが……惜しい方を亡くした……」


 アクセルの死が公表された時、ケラノア王国は凄まじい悲しみに包まれた。

 国民全員がアクセルの死を悼み、喪に服した。


 実は生き返ってるんだけどね!


 アスラはそう思ったが、さすがに空気を読んで言わないことに。

 それに、尊敬する大英雄が魔物になってスカーレットの手下をやってるなんて、国民は知らなくてもいいことだ。


「アクセルのことは私らも残念だよ」アスラが言う。「とにかく戻ろう。連中の根城を推測して、急襲……いや、まずは潜入して裏切りのカラクリを見つけよう!」


「団長様、楽しそうですわね」とグレーテル。


「ああ。潜入訓練……ってほど難易度は高くないから、遊びだよ、遊び!」


 自分で潜入する気満々のアスラである。


「……拷問して吐かせた方が早いけど」レコが言う。「団長ってそういうとこ、あるよね?」


「いいじゃないかレコ。山賊団なんか訓練の的か、遊び道具ぐらいしか使い道ないんだから」

「訓練だったら、レコやグレーテルを潜入させた方がいいんじゃないかな?」


 ラウノが至極もっともな意見を口にした。

 アスラは面白くなさそうな表情を浮かべる。


「そんな顔しなくても」ラウノが苦笑い。「いいよ、分かったから。団長が潜入する。オッケー。何も問題ない。遊びでオッケー。僕らは遊びでも山賊団ぐらいは軽く壊滅に追い込める」


 ラウノが言うと、アスラがパッと笑顔になった。


「まぁ、せっかくだしレコも連れて行こう。姉弟設定で、山賊になりたいから訪ねて来ました的な感じでいこう」


「……だ、大丈夫なのか?」副団長が引きつった笑みを浮かべた。「少年はともかく、団長殿はその、顔だけは可愛いから、その……」


「団長なら平気」レコが言う。「むしろムフフなことされた方が、オレが嬉しい。オレも混ざりたい」


「おい、姉弟設定と言ったじゃないか」とアスラ。


「お姉ちゃん大好き! オレ、お姉ちゃん大好き! エッチしたい!」


 レコがアスラに抱き付こうとして、アスラがヒラリと身を躱す。

 よく見る日常の様式美だ。


「レコより、わたしの方がいいのでは?」とグレーテル。


「いや、君だと私がお姉ちゃんになれない」アスラが肩を竦める。「ラウノと待機して、合図で攻撃してくれればいいよ」


「合図はいつですの?」

「適切なタイミングで誰かの頭を吹っ飛ばすから、その音で」


「それで? どのくらいの期間、潜入する気?」とラウノ。


「洗脳系のスキルや魔法だったら、入団の儀式とかで何かされるかもだから、その日のうちに分かる。面白そうな能力なら、私らのモノにするってのも有りだよね」


「それで団長、興味あるって言ってたんだね。団長って珍しい能力者のコレクターだよね」レコが言う。「ブリットとかクロノスとかラウノとか」


「……僕も魔物枠か」ラウノが苦笑い。「まぁいいけど、その能力者が、頭悪い奴だったら?」


「うちに相応しくない奴なら殺すさ。当初の予定通りだよ」


       ◇


 ラウノとグレーテルは、木の上からアスラとレコを見守っていた。

 ここは山の中。山賊たちが仮の拠点にしている山小屋の近く。

 山賊は基本的に、1カ所に留まらない。定期的に移動する。その方が捕まりにくいから。

 山小屋の周囲には多くの見張りが立っていて、アスラとレコは堂々と歩いて見張りに声をかけた。


「本当に正面から行きましたわね」

「あ、攻撃された」


 ラウノの視界の中で、見張りの男がアスラとレコを殴ろうとした。

 しかし殴れるわけもなく。


「ああ、戦闘になりましたわ」

「他の見張りも寄ってきたね」

「みんな殺してしまいそうですわよ?」

「大丈夫、玉を蹴られても男は死なない。死ぬほど痛いだけ」


 視界の中で、見張りたちが次々に倒されていく。

 こうして見ると、アスラは本当に強いなぁ、とラウノは思った。

 出会った頃よりまた一段と強くなってるね。

 それにレコも、12歳になってまだ日が浅いとは思えないレベルの強さだ。綺麗にアスラに合わせている。《月花》で1番の優等生と呼ばれているだけある。

 普段の行いのことではなく、傭兵として。アスラの部下として。


「みんな倒してしまいましたわね」

「中に入るみたいだね」

「中の連中は出てきませんのね」

「何かしてるんだよ。賭けだったり、食事だったり酒を飲んでいたり、そうでなければ、拉致した人間に酷い暴行を加えて楽しんでいる最中ってところ」

「外の様子に気付いてない、ってことですわね」


 しばらくラウノたちは様子を見ていたが、アスラたちが追い出されることはなかった。


「どうやら、上手に潜入したようだね」

「……あんなに見張りを打ちのめしたのに、よく仲間になれましたわね」

「それを売りにしたんだよ。団長はいつだって武力を売りに……ごめん、知力や可愛さを売りにする時もあるね。場合によりけりだけど、基本は武力が売りってこと」

「なるほど。それでわたしたちは、爆発音が聞こえるまで待機でよろしいんですわよね?」

「そう。のんびり待とう」


 今日は天気もいいし、春の若葉の匂いも心地いい。

 ラウノは監獄島の自然を思い出しながら、小さく背伸びをした。

 新しい人生は、思ったよりも楽しいよ。

 いつものように、ラウノは幻の妻に微笑みかけた。

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