ExtraStory

EX56 愛すべきケダモノ 「あなたはそれでもまだ、足りないと言うの?」


 アクセルは大木を殴りつけた。

 激しい音が響き、大木が震え、木の葉が舞う。

 舞い落ちる木の葉に対して、アクセルは攻撃を加えた。

 蹴り、突き、ありとあらゆる攻撃方法で、ヒラヒラ舞う葉っぱを一枚ずつ丁寧に。

 型を意識しつつも速度を重視。

 舞い落ちる葉っぱを全て粉砕して、アクセルは長い息を吐いた。


「足りネェな。この速度じゃ、まだ足りネェ」


 パワーはもう十分なのだ。

 元から筋骨隆々だったアクセルが、全盛期の肉体と魔物の膂力を手に入れた。

 打ち砕けないモノを探す方が大変だ。

 型も十分に稽古してきた。

 けれど、速度を出そうとするとどうしても型が崩れる。

 型が崩れれば、伝わる力が減ってしまう。結果、威力が落ちるのだ。

 とはいえ、通常、まともな人間であるならば、すでに十分すぎるほどの戦闘能力をアクセルは得ている。

 多少、型が崩れても有り余るパワーで全てを破壊できてしまう。

 だがアクセルは満足しない。


「最高のパワーでヨォ、最高の速度出しても崩れネェ型で打てりゃ、そいつはもう無敵だろ? スカーレットでさえ倒せるんじゃネェか? なぁエルナ」


 言いながら、アクセルは右に一歩だけ移動。

 さっきまでアクセルが立っていた場所を、矢が走り抜ける。

 矢はそのまま木の幹に刺さった。


「ご挨拶だなぁおい」


 アクセルの視線の先に、魔王弓を左手に持ったエルナがいた。


「真意を確認しにきたわー」


 エルナは笑顔だったが、それが偽物だとアクセルにはすぐ分かった。

 付き合いは長いのだ。

 嘘の笑顔は分かる。


「魔王弓で普通の矢を射ったのか?」

「そうよー。普通の矢も使えないと不便でしょうがないもの」

「つまり、テメェは魔王弓を自分のモノにした、ってことか?」


「まぁそうね。わたしだって、強くなれるならなりたいわー」エルナが肩を竦めた。「元々は、あなたの仇討ちのためだったけれど、ね?」


「そいつはもういい。会議の時にも言ったろ? 俺様は自分でスカーレットを倒してぇんだ」

「だから今は一緒にいるってことよね?」

「ああ。そうだ」


「ねぇアクセル。魔物になるって、セブンアイズになるって、どういうこと? 再び人間として、あるいは英雄として、わたしたちのところに、戻ってくれるのよね? その、スカーレットを倒したあと。仮に、肉体は魔物のそれでも、あなたは変わってないのよね? アクセル・エーンルートよね?」


 エルナは少しだけ、不安そうな声で言った。

 以前のアクセルなら、その不安には気付かなかった。

 そのぐらい、小さな小さな不安。


「それを聞くために、こんな山の中まで俺様を追って来たってのか?」


 アクセルは現在、山ごもり中である。

 スカーレットの許可も得て、予定では40日で下山する。

 それまで、食糧なども自給自足。アスラたちの行っているサバイバル訓練的な要素も含まれている。


「あら? わたしは狩人の娘だし、わたし自身も狩人だわ。山は自宅の庭と大差ない。知ってるでしょう?」

「だな。俺様らが初めて会ったのも、こんな山ん中だったか?」

「ええ。魔物退治に来た大英雄になりたてのあなたを、わたしは魔物と勘違いして攻撃しちゃったわね」


 エルナも魔物退治に来ていたのだ。

 山の動物を魔物が食べてしまって、エルナたちの集落で狩る獲物が減少。

 集落は英雄に依頼を出したのだが、エルナは独断で山に入って魔物を狩ろうとした。


「俺様だってガキだったテメェを魔物と勘違いしちまった。ぶっちゃけ、なんだっけ? アスラたちの言ってたあの攻撃方法」

「ファイア&ムーブメント」

「おう、それそれ。厄介だったぜ。ガキだと知ってマジでビビった。速攻で英雄にしようって決めたぜ」


 懐かしい、とアクセルは思った。

 あの時のエルナとの戦闘は、本当に楽しかった。

 ちなみに、魔物は2人で仲良く倒した。


「思い出話も素敵だけれど」エルナが言う。「未来の話をしましょう?」


 アクセルは先ほど殴った大木の幹にもたれた。


「俺様はヨォ、スカーレットを倒すのはアスラだと思ってたんだ」

「どうかしらー? スカーレットの強さは尋常じゃないわ。アスラも人の領域を超えているけれど、純粋な実力は人のままでしょ、アスラは」


 アスラが尋常じゃないのはその精神の方。

 それはアクセルもよく理解している。


「それでも、あいつはすげぇ速度で成長してやがる。あいつの団員も。アイリスも。だから、いつか倒せるだろうって思ったんだ。けど」


 アクセルがニヤッと笑った。


「魔物になって分かったことがある。俺様はアクセル・エーンルートだ。人格も、記憶も、全部そのままだ。それは間違いネェ、だけどな?」


 アクセルが闘気を使用。

 その闘気は、人間だった頃よりも遙かに荒ぶっていて。

 エルナは目を丸くした。


「自分の欲望を抑えきれネェ! 無理なんだエルナ!! 俺様は、俺様より強い奴の存在が許せネェ!! 俺様が1番強くなきゃ、満足できネェ!! 魔物になって、理性のタガってやつがぶっ飛んじまった!! セブンアイズってのは、欲望に忠実になっちまうんだよ!! 正直、スカーレット退治を邪魔するならテメェでも!! 英雄でも!! アスラたちでも!! 俺様はぶち倒して征くぞ!?」


 吐き出すように叫び、アクセルは闘気を仕舞った。

 そして長い息を吐く。


「悪いなエルナ。今ので分かったろ? 俺様はアクセル・エーンルートだ。けど、もう人間じゃネェんだよ。今の俺様は己の欲望に忠実な、ただ世界で1番強くなりてぇだけの魔物だぜ?」

「英雄としての矜持も、失われてしまったのかしら?」


 エルナが魔王弓を構える。

 背負った矢筒の中の矢はつがえない。

 代わりに、本来の赤い魔力の矢が出現する。


「ああ。どうだっていいことだぜ。俺様が1番強いってことに比べりゃ、全てがどうだっていい。邪魔するなら倒す。英雄でもだ」

「あなたの思想は危険だわ。アスラとはまた別の方角で、危険人物よアクセル」


 エルナの表情は真剣だったけれど、少し寂しそうに見えた。

 ああ、俺様も寂しいぜエルナ。


「射ろよ?」


 アクセル木の幹から離れ、右手をクイクイっと動かしてエルナを挑発。


「ぶっちゃけ、それを防げネェならスカーレットにも勝てやしネェさ。だから、そいつで死ぬなら俺様はここまでだ。テメェにとっても、英雄たちにとっても、危険人物が死ぬから問題はネェよな?」


「あんまり舐めないでねー? 魔王弓の性能、知ってるでしょ?」


「ああ。それを使いこなせるようになったテメェの才能もな」アクセルは思い付いた、という風な表情を浮かべた。「テメェもセブンアイズになったらいいんじゃネェか? 一緒に最強目指そうぜ? 俺様が痛くネェように殺してやるぞ?」


 その言葉に、エルナは酷く辛そうな表情を浮かべた。


「あなたは、本当にもう、わたしの知ってるアクセルじゃないのね……」

「かもな。けど、マジで冗談抜きで、魔物になるってのは想像以上にいい気分だぜ? 魔物になったばかりで、まだまだ伸びしろもあるしな。人間のままなら、朽ち果てて腐るだけだ」


 不思議と、魔物に対する嫌悪感は完全に消えた。

 人間だった頃のアクセルは、セブンアイズなんて真っ平だと思っていたのだが。


「ええ。若いあなた、本当にカッコいいわ」エルナが泣きそうな表情で言う。「でも、歳を重ねたあなたも大好きだったわ」


 エルナが魔力の矢を放った。

 それは巨大な赤いエネルギー。

 山肌を削りながら、アクセルを飲み込んだ。

 そのまま空の彼方へと走り抜け、やがて消え去った。

 とんでもない破壊。これが、魔王の骨で創った武器。怨念の魔力を内包した、最強の武器の一角。


「ふぅ……、さすがに、死ぬかと思ったぜ」


 だがアクセルは生きていた。

 そこに立っていた。

 大木も地面も他の木々も草花も、根こそぎ消し飛ばされたそこに、最強を目指すイカレた魔物は立っていた。


「その姿は……何?」とエルナ。


 アクセルは黒い魔力の鎧を身にまとっていた。


「固有スキル、ってやつだ」アクセルが言う。「魔物にはそれぞれ、固有のスキルがあんだろ? 俺様のはこれ。絶対防御の鎧。名前はまだネェんだけど、無難にいくなら『漆黒の鎧』とかか?」


「……あなたが防御?」


「おう。防御は大事だぜ。つか、攻撃力は十分にあるからヨォ」アクセルが笑う。「できればスピードが欲しかったんだがな」


 それは叶わなかった。

 どういう原理で固有スキルを得られるのか、アクセルはまだ分かっていない。

 正直、ナシオや他の魔物も理解していないはずだ、とアクセルは思った。

 まぁ、精々、セブンアイズに限れば、生前の人生や人格や観念に影響されるという程度。


「そうよね、あなた、自分の攻撃力が低いとか一度も言ったことなかったわね……」

「ま、固有スキルの発現は1つとは限らネェみたいだし、今後得られる可能性もあるがな」


 アクセルが魔力の鎧を解除。


「まだ足りないって言うの?」

「あん?」

「若さに、パワーに、技術に、経験、それに多くの魔力。あなたは十分、最強だわ。それなのに、まだ足りないって言うの?」


「でもスカーレットに負けたじゃネェか」アクセルが笑う。「許せネェんだよ。俺様より強い奴の存在が。なんなら、俺様はこの世界の、たとえばフルセンマークの外も含めて、最強じゃなきゃ気が済まネェ」


「外ですって? 外に何があると言うの?」

「知らネェよ? けど、強い奴とか、まだ見たことネェ最上位の魔物とか、いるだろ? スカーレットを倒したらどうするか聞いたよな? 俺様はそういうのを求めて、旅に出るつもりだ」

「……そう。なら、スカーレットを倒して速やかに消えてちょうだい」

「おう。良かったな、俺様の欲望が人類の支配とかじゃなくてヨォ」

 

 アクセルは豪快に笑ったけれど、エルナは曖昧に笑った。

 そしてエルナは踵を返す。


「本当は、きっと今のあなたなら、魔王弓でも倒せないんじゃないかって、そんな気がしてたわー」

「そうかよ。元気でなエルナ。まぁ一年以内にスカーレットがまた暴れ出したら、会うかもしれネェけど、願えるなら、2度と会わネェことを願うぜ」

「わたしもよー? 次に仕掛けたら、イーティスは確実に包囲網を敷かれるし、魔王認定も有り得るわー」

「英雄たちは動くな」

「そんなわけには、いかないでしょ?」

「だよな」


 会話はそれで終わった。

 エルナは振り返らなかった。

 アクセルはエルナの姿が見えなくなるまで、エルナの背中を見ていた。

 英雄をみんなぶち倒すのも、悪くネェな、とアクセルは思っていた。

 まぁ今の俺様なら、たぶん普通に可能だろうけどヨォ。

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