第12話 次の戦争のために 自分と戦いたいって少数派?


 なんだってこんなに強いの!?

 スカーレットは驚愕していた。

 当時の自分は、これほどの戦闘能力を有していなかった。

 今のアイリスならルミア、こっちの世界でジャンヌを名乗っていた妹の方とならそれなりに戦える。

 少なくとも、スカーレットはそう分析した。


 しかもアイリスの剣筋は、各地方の剣術が混じっている。

 だから激しく受けにくい。軌道が分かりづらいのだ。

 パワー、テクニック、スピード。それら全てが、15歳から16歳の頃のスカーレットを凌駕している。


 これは一体、何の差?


 考えるまでもない。答えは明白。傭兵団《月花》だ。アスラ・リョナだ。あいつがアイリスを強くしたのだ。

 一応、スカーレットはこの世界の自分のことは把握している。

 だから、アイリスが魔法兵を目指していることも知っていた。


「ちっ、ちょっとウザいわね!」


 スカーレットが闘気を使用し、最高の実力を発揮。

 合わせてアイリスも闘気を使用。

 スカーレットが押し始める。

 アイリスが強いと言っても、コンディション最高のスカーレットには遙かに及ばない。

 あくまで16歳の時のスカーレットと比べたら、今のアイリスは超強いという話。


「このっ!」


 アイリスが覇王降臨を使って、衝撃波が発生。


 嘘でしょ!?


 スカーレットは若い自分が何をしたのか、すぐには認められなかった。

 それはメロディも同じだったようで、玉座の近くで目をまん丸くして口をポカーンと開けていた。

 覇王降臨を使ったアイリスの実力は、スカーレットに迫るものがあった。

 しかしスカーレットは闘気の状態でアイリスの全ての攻撃を捌き切った。


「ああ、ダメかも……」


 アイリスがフラッとして、覇王降臨が終了。


 自分を殺すのは忍びないけれど、こいつは危険だわ。


 最悪、アスラ・リョナより脅威になる可能性がある。

 ああ、でも、自分を殺すのはかなり嫌。

 スカーレットはとりあえず、構えたままで闘気を仕舞う。

 アイリスは立っているが、体力的にはかなりキツそうだ。

 まだ覇王降臨に慣れていないのだろう、とスカーレットは分析した。

 魔力が尽きるまでやっちゃった系だ。


「まさか覇王降臨を覚えているなんてね」

「……すごいでしょ?」


 アイリスも片刃の剣を構えたままだ。


「あたしもできるわ」


 スカーレットはアイリスに覇王降臨を見せた。

 アイリスは酷く驚いた表情をしたあと、思い出した風に笑った。


「そういや、そうだったわね。エルナ様から聞いてたのに」


 スカーレットはアクセルを殺した時、覇王降臨を見せている。


「その年齢で覇王降臨に辿り着いたことは、賞賛してあげるわ」

「それはありがと。あんた、めっちゃ強いとは思ってたけど、今のあたしじゃ全然、勝てそうにないわね」


 アイリスが言うと、スカーレットが覇王降臨を終了させる。


「まぁ、本当は殺したくないけど、今後のために、死んでもらうわ。あんたは性格的に、きっとあたしの敵になる。そうでしょアイリス?」


 闇落ちさせればその限りではないけど、やりたくない。

 両親を殺したりしないといけないので、スカーレットには無理だ。

 スカーレットがアイリスに斬りかかろうとした瞬間、右側から覇王降臨の衝撃波。

 最初、スカーレットはメロディが我慢できずに参戦したのかと思った。

 でも違っていた。


「アスラ!?」


 覇王降臨状態のアスラが、すごい速度で間合いを詰める。


 ナシオめっ! アスラに甘いんだからっ!


 ナシオがアスラを連れて帰り、クロノスで肉体の時間を戻して傷を消し、再度こちらに連れてきたのだ。

 アスラが抜刀と同時にスカーレットを斬ろうとして、スカーレットは闘気を使用してそれを防御。

 まさかアスラまで覇王降臨を使えるとは、完全に想定外。

 スカーレットは見ていないが、この時メロディは泣きそうな表情をしていた。


 マホロの奥義が大安売り!

 もっともっと上にいかないと、追い付かれちゃう! と思考していたのだ。


 アスラの攻撃に合わせてアイリスが踏み込み、左手を光らせた。


 魔力、尽きてないんじゃないの。


 油断させるための演技なんて、当時のスカーレットでは考えられない。あくまで真っ直ぐ戦っていた頃のはず。

 スカーレットは視界を奪われたが、それぐらいなら全然戦える。

 周囲を警戒していたけれど、特に動きはなかった。


「あー、お姉様、アスラたち、帰ったよ?」

「またナシオ?」


 ナシオが送ってあげたのか、という意味。


「僕はここ。ゴジラッシュを置いて帰るわけにはいかないから、アスラとアイリスはゴジラッシュのところに向かった。追えば間に合うし、引き留めろと命令するなら、まぁ引き留めに行くけど?」


「……あんた、意味分からないんだけど。アスラをどうしたいのよ?」


 スカーレットは呆れた風に言って、小さく息を吐いた。


「お嫁さんにしたいから、できれば殺して欲しくないかな」

「ああ、そう。あんたアスラに殺されて、身体変えたんでしょ?」


 殺されてもまだ好意を持っているのか? という意味の発言。


「痛い愛だよね」


 ナシオはへラッと笑う。


「もういいわ」


 スカーレットが首を振る。


「アスラとラウノの言った通りだねぇ」とナシオ。


「何? 連中、何を言ったの?」

「うん? 君は自分を殺すのを嫌がるから、アイリスは死なない。救助は間に合う、ってラウノが言ってた」


 ナシオが言うと、スカーレットは肩を竦めた。

 その通り、という意味のジェスチャだ。


「で、逃げたアスラたちを君は追わないってアスラが言ってたね。君、本当は今、ホッとしてるだろう?」


「……ええ。そうね」スカーレットは肯定した。「でも、考えてみてよ。自分を殺すのって、すごく嫌でしょ?」


 時間軸が違うので、直接は何の関係もないとしても。

 それでも自分は自分なのだ。

 しかも、闇落ちしていない綺麗な自分。殺すのは忍びない。できるなら殺したくない。


「わぁ! 自分と戦えるとか楽しそう!」メロディがノリノリで言う。「私なら、どっちかが死ぬまでやり合うかな!」


「……マホロはちょっと黙ってて」


 1500年も魔王をソロ退治することに執念を燃やすイカレた一族の意見は、あまり一般的ではない。

 実はアスラも自分と戦いたい派だと、スカーレットは知らない。


「メロディのその発言まで、アスラの予想通り」ナシオが言う。「アスラ、めちゃくちゃ楽しそうだった。お腹に穴が空いたのが嬉しくてたまらないみたい」


「何それ気持ち悪い」

「そして伝言。二度と私らに何か頼むな。あと、次に会ったらぶち殺すから、会わないように注意しろってさ」

「こっちの台詞だと言っておいて。あたしの覇道の邪魔になるようなら、アスラもアイリスも殺すわ。分かりやすく言うと、敵に雇われたりしたらね」


 アイリスは殺したくないが、邪魔になるなら、仕方ない。

 今日だって殺そうとはしたのだ。

 そしてアスラに関しては、死んだ方がいい人間だと思っているので、何の躊躇もなく殺せる。


「じゃあ、そうしないように言っとくよ」


 ナシオは淡々とそう言った。


       ◇


「スカーレットもジャンヌと同じさ」アスラが言う。「私を敵に選んだんだよ。モテモテで困るね」


 ここは拠点の古城、最新設備に入れ替えられた食堂。

 温かいコーヒー牛乳を飲みながら、アスラは上機嫌だ。


「しかし、団長がスカーレットの暴挙を予想できなかったというのが驚きですね」


 マルクスは熱い茶を飲みながら言った。

 この食堂に、全ての団員が集まっている。


「スカーレットは攻めてこないから、ゆっくりしてていい、って言葉は当たってたのにね」


 言ってから、レコが大きな欠伸をした。

 やろうと思えば、スカーレットはナシオを使ってこの古城に攻め込めた。


「別に不思議でも何でもないさ。スカーレットはあの瞬間まで、私を殺そうとは思ってなかったんだから。少し話して、金を渡して、はいサヨウナラって予定だったはずだよ」


「そうだね。僕もそう思う」ラウノが言う。「あの瞬間、何かが切り替わったかのように、スカーレットはアスラを殺そうって思ったんだよね」


「部下としてなら生かしておくけど」サルメが言う。「そうでないなら、敵対する可能性もありますし、今のうちに殺しておこう的な?」


「だいたいは、そんなところだろうね。理性的で表面的な思考はね」


「深いところでは?」アイリスが言う。「てか、あたしまだスカーレットが自分だってことに納得がいかないわ」


 帰りのゴジラッシュの背中で、アスラはスカーレットのことを説明した。

 アイリスはもう立派な魔法兵だ。真実を聞いても取り乱したりしない。


「まぁ、簡単に信じろって方が無理だろうね」アスラが両手を小さく広げた。「そして、深いところでは単純にこう思ったんだろう。敵に回したい、ってね」


「……なんで、団長って、敵に回したくなるんだろう……?」


 イーナが首を傾げた。


「サイコパスにとっての捜査官みたいなものさ。私は同等の能力を持ち、同等の思考もできるし、理解者になれる。強くて孤独なジャンヌやスカーレットは、自分を理解できる敵を好む。味方ではなく、敵がいいんだよ」


「打ち倒せば最高に高揚し」マルクスが言う。「打ち倒されれば楽になる」


「楽になる、ですの?」とグレーテル。


「ジャンヌもスカーレットも暴力を愛しているように見えるけど、本心じゃない」アスラが言う。「闇落ちによって、それしか選択肢が見えてないだけだよ」


「団長は違うよね?」とレコ。


「もちろんだとも。私は純粋に暴力が大好きさ!」アスラが楽しそうに言う。「暴力は最後の手段、って奴は結構いると思うけど、私にとっちゃ最初の手段さ。外交すっ飛ばしてバンバン戦争したいね!」


「こ、国家の運営に向いてませんわね」ティナが苦笑い。「ぼくとラッツに任せたのは、英断ですわ」


「私もそう思うよ」アスラが言う。「さて今後の方針だが、イーティス関連の依頼はもう受けない。そしてスカーレット個人は明確に敵だよ」


「自分が敵になるこの感覚っ!」


 アイリスが頭を抱えた。

 リアルに両手で頭を抱え、ブンブンと振っている。


「取り巻きはどうします?」とマルクス。


「マルクスはエステルとデートするんだよ?」レコが言う。「オレも団長とデートしたい」


「なんだい? 結局エステルでいいのかい?」アスラが言う。「てか、エステルの奴、神の従僕じゃないと嫌だと言ってなかったか?」


「いえ。友人として会うだけです。とりあえず、今のところは」


 マルクスは小さく溜息を吐いた。


「ふむ。まぁ取り巻き連中に関しては、こちらから手を出す必要はない。現時点では、ね」


 今後、イーティスの敵に雇われたいと思っているので、その時は全力でぶっ潰す。

 それがメロディであれ、アクセルであれ、エステルであれ、同じこと。


「了解」とマルクス。


「ま、スカーレットはしばらく内政だから、その間は平和だろうね」アスラが笑顔で言う。「平和って知ってるかい? 次の戦争のための準備期間のことだよ? だから私らは国を作り、訓練し、仕事をこなし、その時を待つのさ。今か今かと、心を躍らせながら、人間たちの狂気の沙汰を楽しみに待つのさ。ああ、人間がイカレてて本当に嬉しいよ。もしマトモなら、誰も戦争なんかしないだろうからね」


  

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