第4話 アイリス、大森林で触手責めに遭う 「このっ! エロ触手がっ!」


 ナシオが作った別の空間にある部屋。

 マルクスはその部屋を丁寧に見分したが、扉が多いだけの普通の部屋に思えた。

 テーブルや椅子があって、ベッドやクローゼットもある。

 宿の大部屋ぐらいの広さがあって、小綺麗。


「ナシオっていつも、この部屋を通って出てくるんだね」


 レコがキョロキョロしながら言った。

 レコの肩にはレコ人形が乗っている。


「基本は移動用だけど、そっちの壁に外を映すこともできるよ」


 ナシオが木目の壁を指さすと、さっきまでマルクスたちがいた古城の謁見の間が映った。


「ああ、可愛い団長様が背伸びをしていますわ」


 グレーテルが両手を胸の前で組んだ。

 そしてキラキラした瞳で、ナシオが映し出した外の風景を見ている。


「……ここで団長を覗けるってわけか……」


 レコは少しイラッとした様子で言った。


「そういうわけじゃない」ナシオが言う。「さっきまでいた場所と、これから向かう場所しか見ることはできないよ」


「これから向かう場所、というのは?」マルクスが言う。「決まった場所にしか出られないのか?」


「うーん、そっちの扉がブッチー君の近くに出る扉で」ナシオが順番に扉を指さす。「あっちがブリットで、そっちがクロノス。残りはスカーレットとアクセル」


「縁の深い人だけなんだよね?」とメロディ。


「そういうこと。好きな場所に行けるわけじゃない。この部屋に入るのはどこからでも、僕さえいれば入れるんだけどね」


「仮の話だが」とマルクス。

「うん?」とナシオ。


「今言った人物を全て殺した場合、出口はどうなる?」

「消えるよ」

「では、お前は一生、この部屋の中ということか?」

「いや、出口はあと2つある。1つは姉に繋がってるけど、君らは僕の姉を探せない」

「なるほど。どの扉だ?」


 扉の数が足りない。

 ナシオが言ったあと2つの出口がどれなのか、マルクスには分からなかった。


「消してるんだよ。見えないようにね」


「もう1つの出口って?」とレコ。


「入り口が出口」


 ナシオが微笑む。


「なるほど」マルクスが頷く。「入った場所からそのまま出られるということか」


「そういうこと。今なら戻れるよ?」


 ナシオが言うと、新たに扉が1つ出現した。


「戻るつもりはない。団長の命令通り、自分たちは依頼を遂行する」

「分かった。それじゃ、スカーレットのところに行こう」


「スカーレットと何か話す必要があるのか?」とマルクス。


「どうだろう? 一言ぐらいは交わすかもね」

「お先に」


 メロディが軽やかにスカーレットの扉を開けて、そのまま通り抜けた。


「結局、ティナとメロディの対決は見れませんでしたわねぇ」


 グレーテルが残念そうに言った。


「さぁ、君たちも出て。僕は最後に出るから」


 ナシオに促され、マルクスはさっきメロディが開けた扉に足を踏み入れる。

 一歩で扉を抜けると、目の前の玉座にスカーレットが座っていた。

 足を組み、不遜な態度で座っている。


「少し歩きなさい」とスカーレット。


「なぜ?」


 マルクスが聞き返した瞬間、背中にレコがぶつかった。


「マルクス、邪魔!」

「すまない」


 言いながら、マルクスは数歩前へ。

 レコはマルクスの隣へ。


「だから言ったでしょ?」


 スカーレットが楽しそうに笑った。

 ちなみに、メロディはスカーレットの隣に立っている。

 グレーテルとナシオもその場に出現。

 完全に、出現という言葉がピッタリである。

 こちら側には扉がないので、いきなり現れた風に見えるのだ。


「なんですか?」グレーテルが目を細める。「この、おびただしい数の剣は」


 ここは神王城の謁見の間だが、数え切れないほどの剣が床に刺さっている。


「インテリアよ」スカーレットが言う。「雰囲気出てるでしょ?」


「なんか、魔王城って感じ」とレコ。

「うむ。悪の巣窟という雰囲気だ」とマルクス。

「ところでアスラは?」とスカーレット。


 ナシオが残念そうに首を振ってから、スカーレットの方に移動。

 そしてメロディとは逆側に立った。

 敵に回したくないメンツだな、とマルクスは思った。


「まぁいいわ。自由都市国家の件は受けてくれたんでしょ?」

「だから自分たちはここにいる」

「そ。じゃあよろしくね。エステルが現地まで案内するわ」

「エステルはどこで待っている?」

「武器庫にいるわ。あんたたちも、好きな武器持って行っていいわよ。どうせ皆殺しにするんでしょ?」

「どうだろうな。現地で考える」


「武器もいらないよ」レコが言う。「オレたち、ちゃんと自分の装備持って来てるし」


 レコとグレーテルの装備は短剣のみだ。

 抵抗勢力の排除と言っても、基本的には市民が相手である。

 重装備は必要ない。

 ちなみに、マルクスは短剣と聖剣クレイヴ・ソリッシュも装備している。


「わたしは武器を見繕いたいですわねぇ」

「邪魔にならない程度に、好きな物を貰えばいい」


 マルクスが許可を出すと、グレーテルが頷く。


「メロディ、案内してあげて」

「はぁい」


 メロディが姿勢良く歩き始める。

 マルクスたちも続く。


「スカーレットって、本当にアイリスにそっくりだね」レコが小声で言う。「おっぱいに触ったら殺されそうだけど」


 アスラからスカーレットの正体についてみんな聞いている。

 まぁ、アイリス本人だけはまだ知らないのだけれど。


 アスラは「本当は話したくないし、闇落ちした自分なんて知って欲しくもないけど、いつまでも秘密にするわけにもいかないよね。だから、魔法兵になった暁には、ちゃんと話すよ」と言っていた。


       ◇


「たーすーけーてー!」


 アイリスは触手に絡め取られ、宙吊りにされていた。

 大森林に置き去りにされた翌日のことである。


「……僕は時々、君が本当に英雄なのか疑わしく思うことがあるよ」


 ラウノが苦笑いしながら言った。

 2人は川を発見し、川に沿って北上していた。

 当然だが、川は貴重な水源なので動物や魔物も集まってくる。

 現在、アイリスを絡め取っているのも魔物だ。


「きゃー! この触手、お尻撫でてきたぁ!」


 アイリスが叫んだ。

 魔物の種類は2人とも知らない。初見の魔物である。魔物図鑑にも載っていない。

 触手の色はピンクで、数はかなり多い。

 本体は球体に近い形をしていて、色はやはりピンク。

 口や目などはパッと見た感じ存在していない。

 ちなみに、本体は触手で立っている。


「なんで普通に捕まったの君?」


 ラウノは両手に短剣を装備して、迫ってくる触手を迎撃している。


「だってぇぇ! いきなりだったし! って、お尻叩くなぁ! 痛い痛い!」


 触手が鞭のようにしなって、アイリスを叩き始める。


「いきなりだからって、油断しすぎだよ……」


 ラウノは触手の初撃を普通に躱したのだが、アイリスは捕まった。

 2人は和やかに会話しながら歩いていたのだけれど、ラウノは即座に切り替えて反応した。

 反面、アイリスは和やかなまま捕まった。

 触手に殺意や敵意が感じられなかったせいもあるだろう、とラウノは思った。

 今もそういうのを感じない。

 でも、こっちを捕獲しようとしているのは分かる。

 たぶん食べられるのだろう、とラウノは考えた。

 食べ物に殺意や敵意を覚えることは普通ない。


「ぎゃぁぁ! 胸に触るなぁぁ! エロ触手!!」

「……調子狂うなぁ」


 ラウノは相変わらず、触手たちを迎撃している。

 だが決定打がない。

 基本、ラウノは補助タイプである。

 火力役はアイリスの方なのだが、そのアイリスがさっさと捕まってしまった状態だ。


「あああ、そこはダメ! そこはダメだってばもう!」


 触手はアイリスの服の中にまで、モゾモゾと侵入していた。

 僕も捕まったらあんな風にされるのかぁ、とラウノは思った。

 同時に、それは嫌だな、と強く思った。


「ああもう! 身体中を好き放題触るなんてレコより酷い!! いい加減に――」


 アイリスが闘気を使用。

 そのまま闘気を更に高める。

 赤いMPが螺旋を描き、


「――しろっ!」


 アイリスを中心に衝撃波が発生。

 触手たちが驚いてアイリスを手放す。

 マホロの奥義である『覇王降臨』。


「エロ触手めっ!」


 アイリスは片刃の剣を抜いて、刃の方で触手を滅多斬り。

 その際に、ラウノがアイリスの腕に【加速】を乗せた。

 触手がボタボタと地面に落ちて、変な白い汁が広がる。触手自体はピクピクと痙攣してから、やがて動かなくなった。

 白いのは血かな?

 魔物なので、血の色が人間と同じとは限らない。

 アイリスは触手の本体も真っ二つに両断。

 ちゃんとすれば強いんだよね、アイリスって。ちょっとアレなだけで。

 ラウノは苦笑い。

 触手の魔物は死んだようで、両断された本体も地面に落ちた。

 アイリスは息を吐きながら覇王降臨を終わらせる。


「強さ的には上位の魔物って感じかな」

「……そうね。魔物図鑑に載せる時、エロいって記述あった方がいいかしら?」


 アイリスは真剣に悩んでいる様子。


「いや、君がエロいと感じただけで、触手の魔物にその概念があるかは不明だよ?」

「まぁそうよね。無難に『こっちを捕獲して触手で調べる』とかがいいわね」

「そうだね。一応、メモ残しておくよ」


 ラウノはローブの内ポケットからメモ帳と万年筆を取り出す。


「……この触手、食べられるか試した方がいいわよね?」


 アイリスは剣を仕舞って、しゃがみ込む。

 そして触手を指でツンツンした。


「君がその触手を頬張る姿には、きっとみんなが喜ぶだろうね」

「ほえ?」

「なんでもない。それより、あまり美味しそうには見えないけど、貴重な食糧だからねぇ」


 ラウノは触手の魔物について、メモ帳に記述しながら言った。


「そうなのよね。あたしらが強いの分かってるのか、ここらの魔物襲ってこないのよね」

「うん。避けられてるよね。ほぼほぼ、その覇王降臨のせいだけど」


 実は初日にもアイリスは覇王降臨を使っている。

 魔物数匹に囲まれたのだが、覇王降臨した瞬間に魔物たちは逃げ出した。


「……まぁ、莫大なMP垂れ流しだもんね」


 魔力を感じ取る能力があれば、中位以下の魔物は避ける。

 上位に関しても、上位の中の下っ端は避けるはずだ。


「逆に言えば、雑魚避けにいいね」ラウノが微笑む。「他にも逃走や、捕まっている時に力を上げて逃げるのに使えるし、瞬間的な使い方が多いけど便利でいいよね」


「でしょでしょ!」アイリスは嬉しそうに言う。「アスラも闘気は微妙だけど、覇王降臨はみんな覚えてもいいって言ってたもんね!」


「だね。まだ団長自身が使えないから、本格的に取り入れるのは先の話だろうけど」


「みんなでいる時は使い辛い部分もあるのよねぇ」アイリスが言う。「連携が乱れちゃうもん。だから、みんなも使えるようにして、使うタイミングとかも訓練したらすっごい戦闘能力上がると思うのよね!」


「使いすぎると、今度は魔法が使えなくなるから、本当、ちゃんとタイミングとか訓練しないとね」


 ラウノはメモ帳と万年筆を内ポケットに仕舞う。


「そうよね。基本的には魔法兵としての、今までの戦い方がいいわよね」アイリスが言う。「そんで、覇王降臨はここぞって時に使うの! それって超カッコいい!」


 いわゆる必殺技に近い使い方だ。


「団長はきっと『選択肢の1つに過ぎない。それに固執するな。相手を殺せる技は多ければ多いほどいいってだけだよ』とか言いそうだけど」


「まぁ、それはその通りよね」アイリスが触手を拾って立ち上がる。「とりあえず、料理してみましょ」


「焼いて塩を振るだけを、料理と呼べるのかは微妙だけどね」


 ラウノは柔らかく微笑んだ。

 今のところ、大森林踏破は順調である。

 

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