第5話 飛べ♪ 「逝ってきまーす」


 アスラはゴジラッシュの背に乗って、ニコニコと楽しそうに笑っていた。

 ゴジラッシュは現在、ゆっくりとした速度で北上している。


「団長、なんであんなに笑顔なんだ?」


 一緒にゴジラッシュに乗っているロイクが、サルメに質問した。


「楽しい訓練だからだと思います」サルメが言う。「でも私は経験ないんですよね。イーナさんはどうです?」


「……水陸両用訓練は、二度目……」


 イーナはげんなりした風に言った。

 その表情と口調で、きっとろくでもない訓練なのだろうとサルメには分かった。

 でも、ロイクにはまだそういう細かいことを見抜く力がない。


「へぇ、どんな訓練なんだイーナさん」

「……いつも通り、地獄」


 イーナは小さく首を振った。


「おいおい」アスラが話に入った。「私に聞きたまえよロイク」


「じゃあ団長、今日の訓練はどんな感じだ? まぁ、今までの訓練も相当アレだったけど、何か特別なのか、水陸両用訓練ってのは」


「立派な海兵さんになるには必要な訓練だよ」アスラは笑顔で言う。「私の前世の仲間にね、母の島国の人間が2人いたんだ。男と女が1人ずつ」


「はぁ……?」


 ロイクは首を傾げた。

 アスラが突然、前世の話を始めたから戸惑ったのだ。


「慣れてください」


 そんなロイクの様子を察したサルメが、小声で言った。


「でね? 女の方が陸上自衛隊の水陸機動団に所属してたんだよね。サイコパスじゃないけど、私に近いくらい戦闘好きな女で、ついでに恋愛経験が皆無だったかな」

「恋愛できねぇぐらい、ブスってことなら、そりゃ悲惨だな」


 ロイクが肩を竦めた。


「別にブスじゃなかったけどね。あいつ、乙女ゲームにはまっててさ」


「どんなゲームです?」とサルメ。


「可愛い女の子が、イケメンを攻略するゲーム」


 アスラの答えに、みんなが首を傾げた。

 この世界には電子的なゲームは存在していない。

 盤面の上でやるか、自分の身体を使うようなゲームが主流である。


「まぁ、擬似的に恋愛を楽しめるゲームってこと。いや、君たちには小説って言った方がいいかな? 少女向けのイケメン攻略小説だと思えばいい」


「それなら、なんとなく分かります」とサルメ。


「そいつ結構、ハマっててさ。生まれ変わったらその小説の主人公になりたいって言ってたよ。戦闘大好きで、初対面の人間に好きな武器は何ですか? って聞くような奴がだよ?」


「それと、水陸両用訓練に何の関係があるんだ?」とロイク。


「だから、そいつが水陸機動団で、水陸両用訓練が大好きだったって話。私と一緒に笑顔で訓練してたね。いやー、私と同じぐらい訓練する奴だったから、よく覚えているんだよ。すごく楽しかった。君たちも今日の訓練を楽しんで欲しい」


「その人もあれですか?」サルメが言う。「団長さんと一緒に、みさいるって武器で死んだんですか?」


「そうだね。死ぬ瞬間に目が合ったよ。あいつ死ぬ瞬間、絶対に次に生まれるなら乙女小説の主人公がいいって考えてたよ」


 アスラが楽しそうに言った。


「主人公になれていると、いいですね」


「どうかな? あいつ割と残念な感じのやつだから、きっと悪役令嬢に転生して叫んでるだろうよ」アスラが笑う。「でも適応力が高いから、それはそれで楽しんでそうだけどね」


 アスラはゴジラッシュの背中を優しく数回叩いた。

 ゴジラッシュが速度を落とし、その場に滞空。


「さて諸君、お待ちかねの水陸両用訓練だよ!」


 アスラがゴジラッシュの背で立ち上がる。

 それに合わせて、他の3人も立ち上がる。


「つっても団長、海の上じゃねぇか。どうすんだこっから?」


 ロイクは下を見ていた。

 海面までは約8メートルの高さ。

 アスラはロイクの背中を蹴っ飛ばした。 

 ロイクはゴジラッシュから落ちた。

 そして酷く驚いた風な表情でアスラの方を向いて、それから絶叫した。

 絶叫しながら墜落していくロイクを、アスラが楽しそうな表情で見ている。

 ロイクが海に辿り着くまで、彼の絶叫は続いた。


「えっと……?」


 サルメは酷く嫌な予感がした。


「飛べ」


 アスラは満面の笑みで言った。


「……逝ってきまーす……」


 イーナは全てを諦めた風な、澄んだ表情で飛び降りた。

 サルメは冷や汗を流しながらオロオロした。

 すごく高い。あまりにも、高すぎる。 

 その上、まだ冬と春の狭間のような気温。

 海は冷たいに決まっている。


「飛べ」


 アスラは笑顔だった。

 本当に、本当に、楽しそうだった。

 これ、飛ばなかったら殺されますね、とサルメは色々なことを諦めた。

 そして心を無にして飛び降りた。

 最後にアスラも笑顔のままで飛び込んだ。

 その後、合計10回も飛び込み訓練が続き、いつの間にかロイクもサルメも高所から落ちることに何の恐怖も抱かなくなっていた。

 全員が10回目の飛び込みを終えると、ゴジラッシュが海面スレスレまで迎えに下りてくる。


「よし、じゃあゴジラッシュ、もう帰っていいよ」


 アスラは海に浮いたままで言った。


「「え?」」


 ロイクとサルメの声が重なった。

 2人は耳を疑った。

 今ゴジラッシュが帰ってしまったら、自分たちは海に置き去りである。


 きっと、私たちを乗せたらもう帰っていい、の間違いですよね?


 サルメはそう思った。

 でもゴジラッシュは楽しそうに一度鳴いてから、そのまま飛び去った。

 サルメたちを置き去りにしたままで、飛び去ってしまったのだ。


「さぁみんな、岸まで泳ぐよ」


 アスラはニコニコしたままで言った。


「いやいや!」ロイクが言う。「岸とか見えなくね!? 無理じゃね!?」


「このぐらい泳げなくてどうする? 今日は大して装備も持ってないから軽いだろう? 本来なら剣とか弓も装備して泳ぐんだよ?」


 アスラは背泳ぎの形でさっさと移動を開始。

 イーナは無言でアスラに続いた。


「あ、泳ぎ方は自由だから、楽しみながら戻っていい」アスラが言う。「たまにはこういう、愉快な訓練もいいだろう?」


 ロイクとサルメはしばらくその場に浮かんでいた。

 アスラとイーナが少しずつ遠くなる。


「なぁサルメよぉ」

「はい」

「団長ってさ、頭おかしいよな?」

「はい。でも今更ですね」

「最悪、命落とすよな? この訓練」

「そうですね」

「愉快な訓練って言ってたぞ? しかもあれ、本気で言ってるよな?」

「まぁ、飛び込んで泳ぐだけなので、団長さんにとっては、楽しいだけの訓練なのかもしれませんね」

「クソ高くて、クソ遠くなきゃ、そりゃ楽しいかもな」

「あと、暑い時期なら、です」

「だな。死ぬ前に岸まで戻れるかな、俺」

「どうでしょう? 死にたくないなら、泳ぐしかないですけどね。行きましょうか」


 サルメが泳ぎ始め、ロイクもそれに続いた。

 それなりの時間が経過して。

 2人は命からがら、浜辺に辿り着く。

 そうすると、アスラはすでに火を起こして身体を温めていた。

 イーナも隣で火を焚いている。

 サルメとロイクが、暖まろうと焚き火に近寄る。


「自分で火を起こせ。メタルマッチぐらいは持ってるだろう?」


 アスラがニヤニヤと言った。

 サルメは内ポケットからメタルマッチを取り出す。


「メタル……マッチのいいところは」サルメが震えながら言う。「気温関係なく使えることと……それから、濡れても関係ないことです」


「お、俺、持ってないんだけど?」


 ロイクも震えながら言った。


「おいおい、メタルマッチは傭兵の必需品だろう?」アスラが呆れた風に言う。「なんで持ってない? アホなのか?」


「そ、そんなこと言われても……」


 メタルマッチが必需品だなんて、ロイクは初耳である。

 まだサバイバル訓練も行っていないので、ロイクはメタルマッチの重要性を知らない。


「貸してあげますから……」サルメが言う。「も、木材を、集めてください……急いで……」


 数分後。

 サルメもロイクも、無事に焚き火を起こすことに成功。


「ロイクさん、貸しですよ?」とサルメ。

「お、おう。今度返す……」とロイク。


「命を救ったのと同義だと思うので」サルメが言う。「それを忘れないでくださいね?」


 サルメの言葉に、ロイクは愕然とした。

 でも確かに、メタルマッチを貸して貰えなければ、ロイクは死んでいたかもしれない。


「サルメも……ちゃっかりしてる」イーナが言う。「さすが……。あたしも……貸せばよかった……」


「イーナさんに借り作るとか、怖すぎて無理」


 ロイクはボソッと言った。

 団内の力関係や、団員たちの性格を、ある程度は理解しているのだ。

 イーナは根が邪悪なので、借りを作ってはいけない筆頭である。

 逆に、借りを作ってもいいのはアイリスやラウノだと、ロイクは理解している。


「ところで団長さん。このあとはどうするのです?」サルメが言う。「歩いて古城まで戻るんですか?」


「いや?」アスラがキョトンとして言う。「せっかく海に来たのだから、3日はここで訓練するよ?」


「食い物と寝床は……」とロイク。


「食い物は獲る」アスラが笑顔で言う。「寝床は作れ」


 ロイクはフラッ、として砂浜に倒れ込んだ。


「とりあえず、休憩が終わったら砂浜での戦闘訓練かな。砂に足を取られるから、かなり戦いにくい」


 アスラが立ち上がり、背伸びをした。

 そしてイーナも立ち上がろうとしたのだが、アスラが制した。


「まだ休んでいい。私はちょっと、今ならできる気がするから試そうと思っただけだよ」

「……何を?」


 イーナが首を傾げて問う。

 アスラは微笑み、そして闘気を使用。

 ロイクがビクッとなって身体を起こした。

 アスラの闘気は酷く陰鬱だった。

 暗くて、粘っこくて、冷たくて、悪意に満ちたおぞましい闘気。

 正直、怖すぎてロイクは言葉を失った。


「ほら、いけそうだよ!」


 アスラが更に闘気を高める。

 赤いMPがアスラの足下から螺旋を描いて駆け上がり、衝撃波が起こった。

 イーナとサルメは微動だにしなかったが、ロイクは引っくり返った。


「覇王降臨、ですか?」サルメが驚愕に満ちた表情で言った。「すごいですね……」


 アスラは覇王降臨したままで、いくつかの型を行った。

 そして大きく息を吐いて、覇王降臨を終わらせる。


「……どんな感じだった……?」


「習得までの練習期間が長い割に、微妙だね」アスラが言う。「実はメロディが初めてこれを使った日から、コッソリ練習してたんだよね、私。アイリスに先を越された時は悔しくて枕を濡らすかと思ったよ」


「なんでコッソリだったんです?」


「驚かせようと思ってね」アスラが肩を竦める。「しかし、MP消費が尋常じゃないねこれ。瞬間的な使い方に限定した方が良さそうだね。捕まって逃げる時とか、とにかくパワーが必要な時なら使えるけど、普段使いには向かないかな」


「そうですか」サルメが言う。「でも一応、私たちも覚えるんですよね?」


「そうだね。別に焦る必要はないけど、いざって時に使えるから覚えておくといい」

「それって、アイリスがたまに使ってるやつだよな?」


 ロイクが言った。


「そうだよ。自分たちより強い敵を倒す時にも使えるかな?」アスラが言う。「ただ、倒し切れなかったらMPが尽きる。よく考えて使う必要があるね」


「長期戦なら……魔法に限る……ってことだね」

「そうだねイーナ」


「団長さん」サルメが言う。「MP消費がそんなに激しいなら、MPを使い切りたい時に使えるのでは?」


「いや、どうせ使い切るなら魔法の練習で使い切った方がいい。これは本当に、ただ消費するだけだからねぇ」


 MPは使えば減るが、休めば回復する。そして、回復した時に総量が少し増える。


「使い慣れたら、消費を抑えられたりしませんか?」


「それはないね」アスラが言う。「魔法と違って、闘気も覇王降臨も一定量のMPを身体に流さなきゃいけない。その量を下回ると発動しない」


「……その一定量を、流しっぱなしだから……最悪」


 イーナが小さく首を振りながら補足した。


「だからまぁ、必須ではないけど使いどころはあるし、覚えておいて損もない」アスラが言う。「そういう評価だね、覇王降臨は」


 ああ、早く神域属性の魔法を覚えたいなぁ、とアスラは思った。

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