第3話 つまんない仕事だね ノルマンディ上陸作戦がやりたいよ私は
「その旨はすでに、各国の指導者に送る手紙に記している」マルクスが補足。「今は代筆屋が枚数を揃えているところだ」
傭兵国家《月花》の領土が増えたことを伝える手紙だ。
「こういうのはちゃんと知らせてあげないと、厄介な事態に陥ることがあるからね」アスラが言う。「ほら、不法入国しちゃうアホとかいるかもしれないし。線引きは大切さ。もちろん、定規で国境線を引いたりしないよ?」
「強引だけど、たぶんどの国も文句を言わないだろうね」とナシオ。
「なんで?」とメロディ。
「はん。私らはジャンヌを倒し、貴族軍も撃破した。誰が文句を言う? 返り討ちに遭う可能性が高いのに、わざわざ文句を言うかね? しかも空白地帯だよ? 他国の領土を奪うって話じゃないんだメロディ」
アスラが説明すると、メロディがほうほうと頷いた。
「それで領土を増やして、アスラはどうするのかな?」とナシオ。
「まず国家に必要なのは食糧だね」
ちなみに、現在の《月花》の食糧供給源は大きく分けて4つある。
ジャンヌが古城に貯蔵していた分、サンジェストが定期的に送ってくる分、アーニアが定期的に送ってくる分、そして自分たちで狩った分だ、
アスラが地図に円を2つ描いた。そして1つを指でトントンと叩く。
「ここで主食を育てる。久々に米が食いたいから、米を植える」
「コメってなんですか?」とサルメ。
「詳しくはあとで教えるけど、西フルセンの隅っこで栽培されている穀物だよ。主食になる。西出身のグレーテルなら知ってるだろう?」
「はい団長様。でもかなりマイナーな穀物ですわね。わたしも食べたことはありませんのよ」
グレーテルがのんびりした雰囲気で言った。
「だからまずは、ここに農村を作る。村人はまぁ、どっかから調達すればいいだろう。戦争好きがいいね。最低でも戦うことに嫌悪がない人間。うちは傭兵国家だからね」
「村人を調達!?」
メロディが驚いて言った。
「武器みたいに言うんだね」とナシオ。
「大きくは違わないさ」アスラが肩を竦める。「剣よりずっと大事ってだけ」
食糧がなければ戦えない。
アーニアとサンジェストだって、いつかは時代の波に呑まれて消えるかもしれないのだ。
特にサンジェストは中央に位置しているので、スカーレットにぶっ潰される可能性が高い。
「こっちの丸では何すんだ?」
ロイクがもう1つの円を指さした。
「そっちは野菜を育てる農村を作る。お米村と野菜村だよ」
「安直すぎっ!」とメロディ。
「オシャレな方がいいなら、ノルマンディーにでもすればいいさ。ああ、クソ、一度でいいからノルマンディー上陸作戦に加わってみたいよ。歴史上最大規模の上陸作戦だからね! ああ、上陸する側でも防衛側でも、どっちでもいい!」
アスラの楽しそうな言葉に、メロディとナシオがキョトンと首を傾げた。
「気にするな。よくあることだ」とマルクス。
「団長、戻ってきて」
レコが言うと、アスラは我に返って一度咳払い。
「話を戻すけど、いずれは小麦村と牧場村、それから漁村も作る予定にしている」
「本当に本格的に国家運営する気なんだね」ナシオが言う。「お金が足りないんじゃない?」
「ああ。だから依頼内容を言いたまえ。サービスはしない。金が必要なのと、みんな君が嫌いだからね」
「え? でもアスラは僕を嫌ってないだろう?」
「どうだろうね。さっさと依頼内容を言え」
アスラが淡々と言うと、ナシオは少し微笑んだ。
「神国イーティスが侵略戦争をしているのは知ってるだろう?」
「そいつを知らなきゃ今を生きてないね」
アスラは片手を広げ、嘲るように笑った。
「ホットな話題ですものね」
グレーテルが微笑みを浮かべながら言った。
「それで、都市国家を1つ落としたらしばらく内政する予定なんだけど、その都市国家が厄介でね」
「私らにどうして欲しいのか、端的に」
「その都市国家をイーティスに編入して欲しい。やり方は任せる」
ナシオの言葉にアスラは首を傾げた。
アスラだけでなく、みんなそうだった。
「武力でぶっ潰せばいいじゃないか。私らに頼むようなことかね?」
「それがねぇ」ナシオが言う。「面倒なことに、市民が人間の鎖をやってるんだよ。スカーレットはアスラと同じことを言ったけど、無抵抗の市民を虐殺はできないって、各方面からスカーレットに苦情が出て、それで君らに任せることにした」
「私たちも」サルメが言う。「無抵抗の市民を虐殺したりしませんよ?」
「オレは団長がやれって言うならやるよ?」
「そりゃサルメだってそうだろう?」
アスラが言うと、サルメが強く頷いた。
「まぁ、それはそうと、独裁者としては未熟だね、スカーレットは」
アスラが小さく首を振った。
「仕方ないさ。反対しているのが、アクセル、メロディ、エステル、各将軍たちと、有力な面々だからね」
ナシオが小さく肩を竦めた。
「あと、サルメも含めて勘違いしているようだけど、無抵抗の市民なんてどこにいるんだい?」アスラが薄暗く笑う。「軍隊の前に、手を繋いで立ちはだかるってのはね、武器を持たない抵抗勢力に過ぎない。無抵抗じゃない。抵抗している。だから抵抗勢力なんだよ。気にせず殺せばいいさ。たぶんだけど、10人も殺せば鎖は勝手に綻ぶよ」
「すごい暴論に聞こえるけど」ナシオが言う。「じゃあそれをアスラたちがやってくれないかな? スカーレットへの批判は少ない方がいい。金はいくらでも払う」
「つまんない仕事だね」アスラが肩を竦めた。「マルクス、君がグレーテルとレコを連れて行って、さっと解決したまえ」
「了解であります。手段は問わず、でいいですか?」
「私が手段を問うたことがあったかね? 君の好きにすればいいさ」
「了解であります」
「え? アスラは行かないの?」とナシオ。
「明日は楽しみにしていた水陸両用訓練なんだよ。私は行かない。訓練の参加者はサルメ、イーナ、ロイクだ」
アスラは訓練が大好きである。
激しい戦争と殺し合いはもっと好きだが、今回の依頼にその匂いはしない。
「オレ、そっちが良かった」とレコ。
「わたしも、美しい団長様にしごかれたかったですわ」とグレーテル。
「バカ言うな。水陸両用訓練を舐めるな」マルクスが言う。「最悪、この時期は死ぬまであるぞ」
「さて」アスラが両手を叩く。「話が一段落したところで、そろそろその時計について教えておくれ」
アスラがホールクロックを見ながら言った。
「こいつはクロノス」
ナシオがホールクロックについて説明した。
すでにスカーレットが若返っていることも、ナシオは話した。
「時を刻めない時計とか笑えます」とサルメ。
「もはや時計としての価値ないよね」とレコ。
「でも若返るってすごくね?」とロイク。
「わたしも、少しだけ若返らせて欲しいですわね」とグレーテル。
「君は待望の大人の女だから、そのままでいておくれ」アスラが言う。「本当、大人の女は団に必要だよ」
アスラが言うと、グレーテルは嬉しそうに頬を染めた。
「ルミアがいたら喜びそうな特殊スキルだが、今のところ、うちの団では使い道がないな」
マルクスがクロノスをジッと見詰めながら言った。
「てか、何のためにそいつを連れて来たんだい?」
「アスラが僕の娘になりたいって言った時のためだよ」
ナシオがあまりにも普通に言ったので、アスラは意味が分からなかった。
「オレから団長を奪う奴は死ねばいい」とレコ。
「協力……する」とイーナ。
「わたしも協力しますわね」とグレーテル。
「絶対に有り得ないことだけど、もしも私が君の娘になるって言ったら、私をどうするつもりだったのかな?」
「クロノスの能力で赤子に戻して、僕が育てる!」
「おかしいな、君のさっきの説明だと、記憶は残るはずだが?」
「それでも! 僕はアスラを娘として育てたい!」
「普通に気持ち悪いな君」アスラは苦笑いしながら言った。「それより、副作用がないなら執事で試してみよう」
アスラが指をパチンと弾くと、執事がサッとアスラの近くに歩み寄った。
「話は聞こえていただろう? どのぐらい若返りたい?」
「ふむ。わたくしめは、老人の姿も気に入っているのですが……」執事が言う。「しかしまぁ、団長殿の頼みであるならば、そうですねぇ……。30代にして頂けますかな? あまり若いと舐められる可能性があるので、そのぐらいがいいでしょう」
執事は各種業者とのやり取りも行っている。
「前半? 後半?」とアスラ。
「後半でお願いいたします」と執事。
アスラは手と表情だけで、ナシオに「やれ」と指示した。
ナシオはアスラに指示されたのが嬉しいようで、楽しそうにクロノスに指示を出す。
ナシオって、もっと色々と欠落している気がしていたのだけど、恋は人を変えるってやつかねぇ、なんてことをアスラは考えた。
人間も魔物も変化する。そして恋はもっとも簡単に人の心を変えてしまえる。たとえ、それが幻であっても。
あるいは、ただの執着であっても。
アスラはナシオの好意に当然気付いている。だが無視しているのだ。
クロノスの時計の針がグルグルと逆回転し、次の瞬間には執事が若返っていた。
「「割とイケメン!!」」
みんなの声が重なった。
執事は黒髪のオールバックに、英雄らしいギラギラした眼光。
少し威圧感があるけれど、燕尾服のよく似合う男だった。
「なかなか面白いね。よし、報酬にそいつも貰おう」
「え?」とナシオ。
「都市国家を1つ編入させるんだから、500万ドーラとクロノスだ。君にはサービスしないから、嫌なら他を当たれ」
アスラがニヤニヤしながら言って、ナシオは悩んだ末にクロノスを手放すことにした。
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