第2話 とりあえず1回殺そう 1回でいいから、ね?


 アスラが謁見の間に入ると、すぐにナシオが手を振った。

 ナシオは満面の笑みを浮かべていた。

 アスラは小さく溜息を吐いて、ナシオに歩み寄る。


「ティナ、メルヴィ、ブリット、客人に椅子と茶を出してやれ」


 アスラが指示すると、3人が仮の食堂へと向かった。

 本当の食堂は、現在工事中である。最新の設備に入れ替えているのだ。

 ついでに、上下水道の整備と風呂とトイレの最新化も進行中。アスラにはやりたいことが多くあるので、金がいくらあっても足りない状態だ。

 アスラがナシオの前に立つと同時に、レコがアスラに走り寄る。


「やぁアスラ! 今日も可愛いね!」


 ナシオは少し興奮気味に言った。

 ナシオの隣にメロディと大きなホールクロックが立っている。

 アスラの仲間はさっき仮の食堂に向かった3人以外は、全員がここにいる。

 仲間たちのナシオを見る目は、かなり複雑な感じだった。

 ちなみに、執事は壁際に控えている。


「君は今日もうざいね。それで? 用事は?」


 アスラが右手を横に広げると、レコが小太刀を手渡した。

 かなり自然な感じだった。


「わぁお、いきなり本題? もう少し世間話を楽しもうよアスラ」

「私ら、そんな仲良しだったかね?」


 言いながら、アスラは小太刀を腰に装備。


「やだなぁ、結婚する約束だろう?」とナシオ。

「あ? お前殺すぞ?」とレコ。

「……殺すなら、手を貸す」とイーナ。


「落ち着け。いいから落ち着け」アスラが溜息交じりに言う。「ところでナシオ。月花対策委員会とかいうクソ組織のボスがセブンアイズだったのだけど、君の指示かね?」


 アスラは小太刀の鯉口を切る。


「もちろん!」


 ナシオは誇らしげに言った。


「そうか」


 アスラはニッコリと微笑みを浮かべる。

 そして次の瞬間に抜刀し、そのままナシオを斜めに斬った。

 あまりの速度に、ナシオは目を丸くすることしかできなかった。

 メロディも驚いている。

 アスラは手首をクルリと返してから、小太刀でナシオの心臓を突き刺した。


「喧嘩売ってるのかね?」


「……違う違う。僕はアスラのために、アスラの求める敵と戦闘、殺し合いを提供してあげるために委員会を立ち上げたんだよ。でも僕は運営にはまったく関わってないかな」


 ナシオは苦しそうだが、死ぬ様子はなかった。


「はん。今の私の気分、知りたいかね?」

「ご機嫌斜めだよね?」


 ナシオの口から血が流れ出た。


「何番煎じか分からない、可もなく不可もない大衆小説を読まされた気分だよ」

「……それは、ちょっと、分からないな」


 ナシオはかなり苦しそう。

 心臓を貫いたのに苦しそうで済むあたり、やはり魔物だ。

 あるいは心臓の位置が違うのか、とアスラは思った。

 もしくは、心臓に準ずる臓器がない可能性もある。


「クソ怠い、って意味だよ」アスラが醜悪に微笑む。「そう思うだろう? イーナ」


 アスラがイーナを呼んだ次の瞬間、ナシオの首が飛んだ。

 物理的に、首が飛んで頭が床を転がった。

 アスラはナシオの身体を蹴りながら小太刀を引き抜く。

 ナシオの身体が背中から倒れる。


「すげぇ」と新入りのロイク。


「……攻撃魔法【烈風刃】」


 イーナが淡々と言った。

 固有属性・はやての攻撃魔法は、かつてイーナが使っていた【風刃】以上の威力がある。

 小さな無数の刃を飛ばす【風刃】と違い、【烈風刃】は1つの大きな風の刃を飛ばす。

 岩や鉄は斬れないが、人間の首は落とせる。

 そして、傭兵である以上はそれで十分。

 首が落ちれば人は死ぬのだから。

 まぁ、人型ではない魔物が相手だと、毛並や皮膚によっては通らない場合もあるけれど。


「ふむ。死んだみたいだね」


 残心を続けていたアスラが言った。

 もちろんアスラだけでなく、新入り以外はみんな集中していたけれど。


「……あー、サッパリした……」


 イーナが珍しく笑顔を浮かべた。

 その笑顔で、みんなが肩の力を抜く。

 アスラは小太刀を振って血を払い、それから鞘に収める。


「えーっと」メロディが困った風に言う。「これ、私が依頼の説明とかしなきゃいけない感じ?」


「ああ、そうだったね。何か依頼があるんだって?」


 今この瞬間まで忘れていた、という風にアスラは小首を傾げ、それからメロディに向き直る。


「メロディが説明する必要はないよ、僕が説明するから」


 唐突に、銀髪の青年が出現した。

 アスラたちはみんな、即座に警戒態勢へ。

 銀髪の青年は声も顔もほとんどナシオだが、年齢がナシオより上だった。

 30代の半ばといったところ。

 あと、髪の毛がナシオより長い。


「ロルダン・ファリアスか?」とアスラ。


 以前読んだ『ファリアス家の全て』という本に、ロルダンの肖像画が掲載されていた。

 青年はその肖像画にソックリだった。


「ナシオの父親ですよね?」とサルメ。


「肉体的には父親だけど、精神的には僕だよ。あ、僕はナシオね?」銀髪の青年が言う。「この身体ではロルダンって名乗ってたけど、ナシオでいいよ。その方が君らは馴染みがあるだろうし」


「あれ? ナシオが歳取って生き返ったってこと?」


 メロディが困惑した風に言った。


「いや、元々、前に使ってた身体だよこれ。保管しておいて良かったよ」


 銀髪の青年――ナシオが安堵の息を吐く。


「なるほど。ナシオか」アスラが苦笑い。「もっかい殺そうかと思ったけど、まぁ、一度殺したから許してあげよう」


 アスラが警戒を解くと、合わせてみんなも楽にした。


「殺されるとは思ってもなかったよ」ナシオが楽しそうに言う。「怒らせてごめんよ。僕も反省してるんだよね」


「反省?」とアスラ。


「そう」ナシオが頷く。「月花対策委員会があんなに役に立たないなんてね。僕もビックリだよ。何かを成す前に速攻で瓦解しちゃったね。エッカルトがあっさり殺されたのも想定外で驚いた」


「……ユルキ兄が倒した……」イーナが言う。「……セブンアイズの1位より、ユルキ兄の方が、強くてかっこいい……」


「そのようだね」ナシオは否定しなかった。「僕のセブンアイズより、傭兵団《月花》の方が優秀ってことだね。良かったら、魔殲のトリスタンと元《焔》の団長の居場所を教えようか?」


 その2人がメンバーであることを、アスラは知っている。

 アイリスが報告してくれた時に、彼らの名前も出ている。

 だけれど。


「その必要はない。元々、魔殲は見つけ次第殺すつもりだし、トリスタンは性格上、放っておいてもいずれ私を殺しに来る」

「《焔》の団長は?」

「いつかどこかで、運良く出会ったらついでに殺すって程度さ。理由は私らに喧嘩売ったから。二度もね」


 一度目はアスラの拉致である。


「寛大なんだね。そんなところも好き」

「私は私の村を滅ぼした奴らですら、積極的には探さなかったからね。他にやるべきことが多いんだよ、私は」

「今はどう? 今も忙しい?」

「もちろん忙しい。本格的に国家運営をする気になったからね」


 そのことは、団員たちにはすでに話している。

 神国イーティスと、国家として対立したら楽しそうだろう? という理由だ。

 自分は統治者には向いていない、とアスラは思っている。すぐに戦争するからだ。

 ああ、でも、傭兵国家なら問題ない。

 年がら年中、どっかの依頼で戦うのだから。

 武力を輸出して金にするのがコンセプトなのだから。


「そういえば、《月花》は国家でもあったね」ナシオが言う。「何か手を貸そうか?」


「その必要はない。全部計画している」

「話してくれる?」

「ふむ。マルクス、サルメ、テーブルを。レコ、周辺地図と筆記用具を持って来い」


 アスラの指示で、3人が動く。

 新人のロイクとグレーテルはアスラの側に立ったまま。


「そうだ、僕の死体は持って帰るよ?」ナシオが言う。「修理しないと」


「好きにしたまえ、元々、君のだからね」


 アスラが言い終わると、総務部が椅子を3つとお茶を持って来た。

 ティナが椅子を2つ持って、メルヴィが1つ持っていた。

 ブリットはお茶を載せたお盆を持っている。

 ついでにブリットの人形たちが残りのお茶を抱えていた。


「なんでナシオ死んでますの?」とティナ。

「うぅ、掃除しなきゃ、ですね」とメルヴィ。


 アスラが現状をザッと総務部の3人に教える。

 その間に、ブリットはみんなにお茶を配った。

 アスラの説明が終わり、3人は小さく頷いた。


「掃除は死体が消えてからですわね」とティナ。


 それから、総務部たちは執事の隣に移動して、執事と一緒に佇んだ。


「とりあえず、君ら座れ」


 客人のナシオとメロディを椅子に座らせ、余った1つにアスラが座った。


 さすがに、ホールクロックは座らないよね?


 アスラはチラッとホールクロックに目をやったが、特に動きはない。

 少し待つと、マルクスとサルメがテーブルを持って来て、ドンっと置く。

 レコがその上に地図を広げ、各種筆記用具を置いた。

 アスラは立ち上がってテーブルに向かう。

 ナシオとメロディも立ち上がった。

 うーん、椅子の意味があまりなかったようだね、とアスラは思った。

 でも言わなかった。


「よし。まず私は現在、古城から周囲1キロを領土だと宣言している」


 地図には古城を中心とした円が描かれている。それが領地だ。


「今日から空白地帯は全部うちの領土にする」


 アスラが万年筆で地図に線を書く。

 空白地帯というのは、どこの国にも属していない土地のこと。

 ロイクとグレーテルも、アスラの描く地図を眺めた。


「海まで全部、うちの領土。文句言う奴はとりあえず殺す」

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