EX54 新規メンバー募集 アスラにだって仏の心がある、といいなぁ


 傭兵国家《月花》拠点の城。その周囲に、100人の人間が集まっている。

 攻撃されているわけではない。新規団員募集のチラシを見て集まった者たちだ。

 最近発足したばかりの警備隊が、100人をキチンと整列させた。10人ずつの10列である。


 ちなみに、警備隊の宿舎は城の外に建てられた。寝泊まりする部屋、食堂、井戸、風呂、その他もろもろ、その宿舎だけで全てが完結するように設計してある。

 まぁ、まだ完成はしていない。

 人員を増やした時のために、新たな棟を建てている途中だ。


「諸君! よく集まってくれた!」


 アスラは号令台の上に乗って、大きな声で言った。

 号令台を割と高く作ったので、アスラは100人全員を見回せた。

 号令台の背後に、《月花》の団員たちが揃っている。

 と言っても戦闘員だけで、総務部はドラゴンたちと遊んでいる。


「君たちは先月、副長による基礎体力試験に合格したわけだけど、今日は更に色々な試験で君らを削っていくからそのつもりで!」


 どうやってこいつら虐めようかなぁ、とアスラは考えていた。

 もちろん、新たな団員に相応しい人員を発見するためだ。

 ストレス発散のためではない。

 と、ゴジラッシュが空から降って来て、凄い音を出して着地。

 そして涎を垂らして新団員候補たちを見た。


「あ、こらゴジラッシュ、そいつらは餌じゃな……」


 アスラが止めるよりも前に、ゴジラッシュは大口を開けて、まとめて3人ぐらい食べようとした。


「ダメですわよぉぉぉぉ!」


 そんなゴジラッシュの脳天を、ティナが叩いた。

 ティナはゴジラッシュと空の散歩に出ていたのだ。

 ティナに叩かれたゴジラッシュの顔面が地面に埋まる。


 その様子を見て、「じょ、冗談じゃねー!!」と10人が逃走した。

 アスラは彼らを追わなかった。

 彼らはゴジラッシュにビビったと言うよりも、ゴジラッシュの顔が埋まるぐらいのパワーでゴジラッシュを叩いたティナに怯えたのだ。


「ティーちゃん、そんなに叩いたら、ゴジゴジ可哀想」


 別のドラゴンに乗っているメルヴィが言った。

 ちなみにこっちのドラゴンは普通の上位の魔物である。竜王種ではない普通のドラゴン。

 アスラたちが大森林まで出向いて捕まえてきたのだ。

 名前はキンドラ。鱗の色が金色っぽいからだ。

 そしてキンドラも涎を垂らしながら団員候補を見ていた。


「いや、だからそいつらは餌じゃ……」


 アスラの言葉も虚しく、キンドラが大口を開ける。


「……ダメって言ってるのですぅ」


 メルヴィと一緒にキンドラに乗っていたブリットがキンドラの頭を叩いた。

 そしてキンドラの顔も地面に埋まった。


「はわわ! キンキンまで!」


 メルヴィが焦って言った。

 まぁ、ゴジラッシュもキンドラも大してダメージは受けていない。彼らの皮膚や鱗はとっても固いのだ。

 しばしの沈黙。


「まぁ、こんな感じの、アットホームな団だよ!!」


 アスラは笑顔で言った。

 更に10人が走り去った。

 残り80人である。何の試験も課すことなく2割が逃走した。

 ゴジラッシュとキンドラが地面から顔を出して、ションボリして城の方へと歩いた。

 アスラが咳払いをする。


「さて諸君、もう色々と面倒だから最後の10人になるまで殺し合っておくれ。ほら始めて始めて! どんどん殺しちゃおう!! ほら!」


 最初の1人が隣の奴に斬りかかったのを見て、アスラは号令台を下りた。


「見たまえマルクス。殺し合いが始まったよ?」


 クスクスとアスラが笑った。


「団長がそうしろと言ったからですがね」マルクスが肩を竦める。「それより、新情報があるそうです」


 マルクスの見た目は去年とあまり変化していない。

 赤毛の短い髪に、筋肉質な肉体。凜々しい顔立ち。

 まぁ、実力は比べものにならないほど上がっているけれど。


「衝撃の情報よ」アイリスが英雄専用の手紙を見ながら言った。「大英雄会議にアクセル様が乱入したそうよ」


 東の大英雄は、アクセルの死後ミルカ・ラムステッドが引き継いだ。


「ん?」とアスラが首を傾げた。


「そろそろみんなでスカーレットを殺しに行きましょう、って会議にアクセル様が現れたの」アイリスが言う。「つまり、アクセル様の敵討ちをしようって会議にアクセル様が現れるという前代未聞の事態が起こったわけよ」


「こんがらがりそうだが、アクセルはセブンアイズになって復活したってことかな?」


 アスラはそのことを予測していた。

 アクセルが死んだ日の話はエルナから聞いている。だから予測できたことだ。


「エステル様は知ってたみたいね」アイリスが言う。「それで、アクセル様が俺様の仇討ちはしなくていい。1年後に再びスカーレットに挑んで倒すから、って」


「つまり1度挑んで負けたということかな?」

「そうみたいね。決闘で負けたから1年は部下に収まるって書いてあるわ」

「……誰かの下につくタイプかね?」

「スカーレットが苦労しそうよね!」


 アイリスはアクセルの復活を素直に喜んでいた。

 もう人間ではないけれど、それでもアクセルが生き返ったのが嬉しいのだ。

 アスラは複雑な心境だった。

 人の命が軽い、とアスラは思った。

 元々、重いと感じたこともないけれど。


「どうしたの?」とアイリス。


「真剣に悩んでるんだよ。命って何だろうねアイリス」

「……え?」


 アイリスは意味が分からない、という風に首を傾げた。


「アクセルがいいなら……ユルキ兄だって……」とイーナ。

「そうそう。それにティナの大好きな姉様も」とレコ。

「なんならレコの家族も。遺体があれば、ですけど」とサルメ。


 サルメは少し髪が伸びていて、ハーフアップにしていた。

 割とオシャレな髪型だが、サルメの顔面はキング・オブ・普通のままだった。


「そう言われると、すごく複雑だわ」アイリスの表情が固くなる。「今、アスラが殺し合わせてる可哀想な人たちも、なんなら生き返るわけよね?」


 すでに半分ぐらいが逃走するか死んでしまった。

 アイリスはそれを止めようとは思わない。嫌なら逃げればいいし、《月花》に入るとはつまり、死と隣り合わせということだから。


「ナシオがいいって言えば、だけどね」


 アスラが肩を竦めた。

 誰でも生き返れるわけではない。セブンアイズの顔ぶれ的に、そこそこ厳選しているのは間違いない。

 アスラの知らない条件が何かある可能性だって捨てきれない。

 全員を生き返らせることができる魔法、ではないはずだ。


「いつか死ぬから、自分たちは精一杯生きられる、という部分もある」


 マルクスが言った。


「まぁね」レコが言う。「永遠に人生が続くなら、別に頑張って団長を口説かなくてもいいかなって気になるよね」


「本当に?」とアスラ。


「ごめん嘘。オレは口説く! 団長を毎日口説く! 永遠に生きるとしても!! だからキスして団長!」

「やだよ」


 抱き付こうとしたレコを、アスラが軽く躱す。


「あれ?」アイリスが言う。「あたし、自分の人生に何も残ってないかも」


「ん?」とアスラ。


「立ち止まって、振り返って、それで何が残ったの?」アイリスが言う。「人生って何? 命って何? あたし、なんで生きてるのかしら? 意味はあるの?」


「その答えはないよ」アスラが言う。「いかなる心理学者も、いかなる哲学者も、その問いに答えられなかった。前世の世界でも、当然この世界でも」


「では考えないに限りますね!」


 うんうん、とサルメが頷いた。


「でも、その、なんだろう、あたし今、すごく虚しいって思った」


 アイリスは自分の両手を見ながら言った。


「色即是空、空即是色」


 アスラが澄んだ声で言った。

 号令台の向こうでは、新団員候補たちが殺し合っている。


「それなんですか?」とサルメ。


「昔、偉い人が言ったんだよ、たぶん」アスラが微笑みを浮かべる。「この世の全ては実体のないくうで、そしてくうであることが全てだって感じの意味だったはず」


 アスラは仏のような笑顔を浮かべているが、すぐ近くでは血と肉が飛び交っていた。


くう、ですか?」とマルクス。


「うん。私も詳しくは知らないけどね」アスラが肩を竦めた。「アイリス。たぶん全ての人間が、立ち止まって振り返ると何も残っちゃいないさ。そして君の感じるその虚しさも、全ての人間が内に秘めていると思うよ」


「アスラも?」

「たぶんね。命や人生ってのは明確な答えのない話だから、もう終わりにしないかい? まぁ私が悩み始めたのがキッカケだけどね」


「そうです!」サルメが胸を張って言う。「分からないことは考えなければいいんです!」


「君はもう少し考えて動こうね?」

「……ごめんなさい、ごめんなさい、お尻は許して……お尻だけは……」


 サルメがブツブツと呟き始めた。

 サルメは相変わらず、時々暴走してはティナ送りになっている。

 ぼくのお膝はサルメの特等席ですわね、とティナはニコニコしていた。


「それはそうと団長、すでに10人どころか、2人しか残っていませんが?」


 マルクスが真面目な表情で言った。

 アスラが振り返ると、空色の髪の男とクリーム色の髪の女が戦っていた。

 その周囲には数多の死体。


「ふむ、どうやら夢中になって殺し合ったようだね」アスラが頷く。「楽しそうで何よりだけど、そろそろ終わりにしてもらおうかな。レコ、サルメ」


「「はぁい」」


 レコとサルメはサッと走って戦っている男女に近寄る。

 サルメが男の膝裏を、レコが女の膝裏をそれぞれ蹴った。

 男女はガクッと膝から崩れた。


「君たちは2人とも合格だよ!!」アスラが大きな声で言う。「本当の苦痛は明日から始まるんだけど、覚悟はいいかね!? 地獄へようこそ!!」


「おめでとう」マルクスが拍手しながら言う。「ここが人生の地獄だ。ようこそ」


「……ふふっ、あたし、新人ってだーい好き」イーナが微笑む。「……いっぱい、虐める……ね?」


「新人いじめなら負けません!」サルメが言う。「地獄へようこしょ……ようこそ」


「可哀想に」ずっと黙っていたラウノが小さく首を振る。「君たちの頭がイカレてることを願うよ。常人には本当、ここは地獄だからねぇ。ようこそ」


「オレが将来の団長のお婿さん!」レコが言う。「よろしく!」


「団員じゃないけど、色々とお世話になってるアイリスよ」アイリスが言う。「正真正銘の地獄へようこそ」


 男女は地面に膝を突いたまま、目をパチパチさせていた。


「入団おめでとう、って言ってるんだよ」アスラが言う。「理解力が低いのかね? だったら座学からだね」


 こうして、傭兵団《月花》に新たな仲間が加わった。

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