EX52 頂上決戦、VSスカーレット 復活のアクセル


 アクセル・エーンルートは自分が生きていることを不思議に思った。


「左腕が……再生してやがる」


 かつて、アスラに吹っ飛ばされたはず。

 それ以来、そこには鉄製の義手が装着されていたのだが。


「おはようアクセル・エーンルート。気分はどうだい?」


 元貴族王、ナシオ・ファリアスが言った。

 銀髪の優男で、少し微笑んでる。


「……ちっ、俺様はセブンアイズにされちまったのか?」


 アクセルは周囲を見回しながら言った。

 広い部屋だ。いくつもの蝋燭の灯で明るいが、窓はない。

 天井の高さは、2階分ぐらいか。民家の天井の高さではない。


「ご名答よ、アクセル様」


 スカーレットが腕組みをして立っている。

 ナシオの右隣だ。

 ちなみに、ナシオの左隣には木目の美しいホールクロックが置いてあった。

 ホールクロックの高さはナシオの身長と同じぐらい。

 更にその隣に、メロディ・ノックスが立っている。アクセルの実の娘だ。


「アクセル様、なんて呼ぶんじゃネェよ」

「どうして?」

「テメェからは敬意なんざ感じネェから不快なんだヨォ」

「そう。悪かったわね。癖みたいなものなのよ」

「パパ生き返って良かったね!」


 メロディが屈託なく笑った。

 心から良かったと思っている者の笑顔だった。


「ああ、クソ、バカ娘が、こいつらの仲間になったのか?」


「うん」とメロディが強く頷いた。


 アクセルは頭を抱えそうになった。

 娘のメロディは感性がぶっ飛んでいる。常人とは思考回路も全然違う。だからまぁ、仕方ないと言えば仕方ない。


「それより、身体の調子はどうだい?」とナシオ。


「あん? 別に悪くネェよ。感謝はしてネェし、俺様はテメェの仲間になる気もネェがな」

「パパって若いと人相悪いんだね」


 メロディはニコニコと言った。


「若い?」


 アクセルは自分の腕を見た。

 筋骨隆々の、若い腕。20代半ばだろうか。

 まさに自らの全盛期の腕。二度とその腕を見ることはないと思っていた。

 今後は干からびていくだけのはずだったのに。


「手鏡だけど、どうぞ」


 スカーレットがスッと高価な手鏡をアクセルに渡した。

 アクセルは鏡を覗いて驚愕する。


「これはっ! マジで全盛期の俺様じゃネェか!? 25歳かそこらか!? どうなってやがる!? そういや声も若いじゃネェかよ!」


 自分の声の違いに、アクセルは今気付いた。


「こいつは」ナシオがホールクロックに手を置いた。「時を操る魔物クロノス」


「私とブッチー君で捕まえたの」とメロディ。


「ブッチー君?」


「セブンアイズの3位かな」ナシオが言う。「君が1位で、クロノスが2位。クロノスは物体の時を巻き戻すことができるんだよ。元々は数年しか操れなかったんだけど、セブンアイズにすることで能力が増して、最大で40年ぐらい戻せるようになった」


「あん? 時計のくせに戻すだけか?」とアクセル。


「まぁね」ナシオが肩を竦める。「時を刻まない時計。素敵だろう?」


「不良品じゃネェかよ」


「それがいいんじゃないか」とナシオ。


「どっちでもいいわよ。とにかく、これであたしも女の子に戻れるわね!」


 スカーレットが嬉しそうに言った。


「「え?」」


 スカーレット以外の全員が目を丸くした。


「な、何よ?」スカーレットが目を細める。「あたしだって若い方がいいに決まってるじゃないの。女性から女の子に戻るのよ。文句あるの? クロノスは記憶や精神や経験には干渉できないから、純粋に肉体だけが若返るのよ? 最高じゃないの。なんなら18歳に戻してもらおうかしらん」


 スカーレットはウキウキで言った。


「そうか! クロノスがいれば、アスラを赤子に戻して僕好みに育てることも可能なのか! 記憶はあるけど! 自分の娘大好き!」


「ナシオって性癖歪んでるわよね」とスカーレット。


「面白い連中だぜ」アクセルが言う。「まぁ、ここで死ぬんだけどな?」


 そして闘気を解放し、手鏡を放り投げた。

 最上位の魔物として生まれ変わった、全盛期のアクセル。

 人類最強と呼ばれていた頃の、いや、それ以上の戦闘能力を持った存在。

 ちなみに手鏡はナシオがキャッチしたので割れなかった。


「私が相手になってあげる! パパが強くなったのすごく嬉しいな!」


 メロディも闘気を放った。


「バカ娘が、テメェは殺さネェがお仕置きだ」

「えへへ。お尻ペンペンする?」


 メロディは楽しそうに言った。


「そりゃいい。ティナに頼もう。言っとくが、ティナのケツ叩きはテメェでも泣くぞ?」


「本当よ」スカーレットが言う。「ティナとルミアのそれ、かなり強烈だったわ。前の世界の話だけれど、決闘で負けて何度か叩かれたのよね。死ぬかと思ったわ」


「ルミア?」とアクセルが首を傾げた。


「あー、もう!」スカーレットがイラッとして言う。「なんでこっちは入れ替わってんのよぉ! 話が通じなくて面倒なのよ本当にもう! てかアスラのせいで全然違う時間軸になってるし!」


「詳しく話せや」とアクセル。

「あたしに勝てたらね」とスカーレット。


「その前に私!」


 メロディが真っ直ぐ突っ込んだ。

 かつてのアクセルなら、防御するので精一杯な速度。

 だが。


「テメェ、そんなもんだったか?」


 パシン、と軽くメロディの突きを払う。

 そして逆の手でメロディの腹部に拳を叩き込んだ。

 メロディの身体がくの字に折れ曲がる。

 そしてそのまま後方にぶっ飛んだが、半分はメロディが自分で飛んだのだ。


「すごっ。アクセル、僕より強いね」


 ナシオは何でもないことのように、ヘラヘラと言った。

 人類最強が、全盛期の肉体を持って、最上位の魔物になったのだ。強いに決まっている。

 究極のパワー、極上のテクニック、上級のスピード。

 そして60年以上に渡る人生経験。


「お腹裂けるかと思った」


 メロディが酷く嬉しそうに笑った。

 だけれど、その笑みは凍えるほど醜悪なものだった。


「戦闘狂の娘を持つと、苦労するぜ」


 アクセルが間合いを詰める。

 そしてメロディと体術の応酬へ。拳で、殴打で、脚で、蹴りで、投げようとして、それを躱し、防御し、弾く。

 凄まじい肉弾戦の音が室内に響き渡る。

 その隙に、スカーレットはコッソリ若返っていた。


「あたしも混ぜなさいっ!」


 若々しいスカーレットの声。

 アクセルはその声を知っていた。

 だから一瞬、思考が止まった。

 メロディはそんなアクセルをぶん殴った。

 アクセルの巨体が浮いて、吹っ飛ぶのだが、もちろん自分で飛んだのだ。

 飛びながら、アクセルはスカーレットの顔を見た。

 18歳ぐらいにまで若返ったスカーレットは、酷く美しかった。

 煌びやかな金色の髪に、フリフリしたドレス調の服装。袖がラッパ状に広がっている。

 こういう服を好む者を、アクセルは知っていた。

 いや、この声も、この顔も、アクセルは知っている。

 着地して、アクセルは声を震わせる。


「アイリス……?」


「ウォーミングアップはもういいでしょ? アクセル」スカーレットが笑う。「メロディはお預けね?」


「そ、そんなぁ……」


 お預けと言われ、メロディが泣きそうな顔をした。


「アイリスなのか?」

「メロディ、あとで軽く遊んであげるから、了承しなさい」

「はぁい!」


 メロディは笑顔で右手を挙げた。

 いつかぶち倒すスカーレットとは、機会がある度に戦っておきたいのだ。

 遊びなら死ぬこともない。


「テメェはアイリスなのかって聞いてんだヨォ!!」

「だったら何よ? 言っておくけど、あんたの知ってるアイリスじゃないわよ? こっちの子はまだ15歳でしょ?」

「未来のアイリス、ってことか? 何があったんだヨォ。テメェ、なんでそんな荒んだ目をしてやがるんだ」


 スカーレットはアクセルの知っているアイリスではない。

 顔が同じなだけだ。声が同じなだけだ。服の好みが同じなだけだ。


「これが正しいあたしよ」


 スカーレットがニヤッと笑う。それはまるでアスラのような笑い方。

 アクセルの知るアイリスは、暗闇をまとったような雰囲気じゃない。

 アイリスは絶望の底に沈んだような表情をしない。

 アイリスは《魔王》のように笑ったりしない。


「テメェをぶち殺しても、俺様らのアイリスには影響ネェんだろうな?」

「あるわけないでしょ? 基本的には別の人間だもの」

「だったらテメェは死ね」


 アクセルが踏み込む。

 それは、メロディとのウォーミングアップとは比べものにならないほど速い。

 アクセルの拳がスカーレットの頬を捉える。

 さすがのスカーレットも躱しきれない。

 自分で飛ぶことで少しでもダメージを軽減するのが精一杯。

 飛んだスカーレットをアクセルが追う。


 あ、これ本気で殺されるわね、とスカーレットは思った。

 だから、闘気を使用して最大の力を発揮。

 アクセルの追撃を躱し、蹴りで反撃。

 その蹴りを、アクセルが軽くガード。


「やっぱテメェは強いなぁおい」アクセルが笑う。「年老いた俺様が殺されちまうわけだぜ」


 アクセルはすでに間合いを開いている。

 そして軽くステップ。


「アクセルクラスの人間が魔物になったら、手が付けられないわね」


 スカーレットが自分の頬に触れた。殴られて痛むからだ。

 何気にスカーレットは唇も切れている。


「体術だけで戦おうと思ったけれど、ちょっと厳しいわね」

「そりゃ舐められたもんだなぁおい。テメェらが俺様を強くしちまったんだぜ? 後先ってもんを考えろや?」

「別に勝つだけなら割と余裕なのよ? 心から屈服させたくて体術だけで、って思ったけど、それは甘かったって話」


 スカーレットが闘気を仕舞う。

 合わせてアクセルも闘気を仕舞った。


「言ってくれるじゃネェか。だったら決闘だ。テメェが勝ったら、1年、部下になってやる。だが俺様が勝ったら、テメェらは死ね。そんで、メロディは俺様と帰る」


「そして私はティナのところかぁ」メロディがニコニコと言う。「ティナがどれほどのものか、正直試してみたい気もするのよね。パパとお姉様が揃ってヤバいって言うんだもん」


「その決闘、受けたわ!」スカーレットが言う。「そしてメロディ、ガチで泣くと思うけど、行きたければ行ってもいいわよ?」


「じゃあナシオ連れってって!」とメロディ。


「別にいいけど、今日じゃなくてもいいよね? アスラのところに行くなら、僕もちょっと身だしなみとかちゃんとしたいし」


 ナシオが手鏡を見ながら言った。


「ナシオって本当にアスラ好きだよね?」メロディが言う。「まぁアスラの方は嫌ってる可能性高いけど」


「嫌われてる? 僕が? なんで?」


「……変な組織作ってちょっかい出してたじゃん」メロディが呆れた風に言った。「好きな子いじめる奴は基本、嫌われるよ?」


「ああ、なるほどね」ナシオが頷く。「あの組織は役に立たなかったよね。もっとアスラを楽しませてあげたかったのに。速攻で瓦解しちゃって僕もビックリさ。トリスタンは魔殲に戻ったし、《焔》の元団長も行き場ないから魔殲に入ったみたいだし」


「……そうじゃなくて……」メロディが溜息を吐く。「まぁいいか、どうでも」


「つかナシオ、テメェ、ロリコンか?」とアクセル。


「失敬な。アスラが15歳になるまで手は出さないよ」ナシオが言う。「というか、赤子に戻したい衝動もあるし、クロノスも連れて行こう」


 ナシオが言うと、クロノスが身体を曲げた。

 ありゃ頷いたのか? とアクセルは思った。

 そしてアクセルがスカーレットに目をやると、


「スベスベ。あたしの肌スベスベ。超スベスベ」


 スカーレットは自分の身体をまさぐっていた。


「テメェ何してんだヨォ……」


「はっ!? 若々しいお肌の感触に溺れるところだったわ!」スカーレットが咳払い。「そっちの話は終わったの?」


「終わったぜ? あとはテメェとの決闘だけだ」

「それじゃあ始めましょう。神域属性・天魔、攻撃魔法【死者の怨念】」


 スカーレットが魔法を発動させると、空間そのものが作り替えられた。

 風景がまず最初に変化した。

 広い部屋は何もない荒野へ。

 アクセルは自分がどこかに飛ばされたのか、目に見える景色が変わっただけなのか、よく理解できず焦った。

 荒野に道が敷かれるが、その道は血でベッタリと濡れている。


「なんて魔法だっ!」ナシオが言う。「尋常じゃない魔力が込められている!?」


 道を、スカーレットが一歩歩くと、

 100に届く骸の群れが地面から這い出た。

 スカーレットが更に一歩進むと、更に100の白骨たちが顔を出す。


「あたしはあたしが殺した全ての人を覚えていたいと願った」スカーレットが酷く薄暗い瞳で言う。「この人たちがそう。あたしの緋色の道になった人たち」


 鮮血という名の緋色の道。


「征け、死者たち」スカーレットが言う。「あたしのための道を開け!」


 スカーレットの号令で、白骨たちがアクセルに襲いかかる。

 無限無数に湧き出る白骨たちを、アクセルはぶっ叩き、蹴り壊し、頭突きで滅ぼした。

 けれど。けれども。

 スカーレットが殺した数だけ、この白骨たちは生まれるのだ。

 スカーレットが、殺した数。

 そんなの。普通の人間なら体力が持つはずがない。

 1体1体は弱くても、数え切れないほどの数で次々と襲いかかる白骨たち。


「テメェ!! 自分で戦いやがれクソッタレが!」

「魔法禁止って言わなかったじゃない? それとも、その程度の男なの? アクセル・エーンルートって」

「上等だクソアマ!! この骨ども!! 全部粉砕してやらぁぁぁ!!」


 そして言葉通り、アクセルは白骨を全て破壊した。

 破壊するとすぐに白骨たちは消えていくので、世界が骨で埋まることはなかった。

 スカーレットとメロディはお茶を飲んでいた。

 長い時間が経過したのだ。

 ナシオとクロノスはもうその部屋にいなかった。

 そう、ここは部屋に戻っていた。アクセルが全ての白骨をぶち倒したことで、魔法が解けたのだ。


「さすがだわ」スカーレットが言う。「対軍用に作った魔法なのに」


「生憎、テメェらのせいで魔物になってたもんでな」アクセルが笑う。「自分でもすげぇ体力だと思うぜ」


 だが満身創痍。休みなし、絶え間なしに戦い続けたのだ。本当は今すぐにでもぶっ倒れて眠ってしまいたいとアクセルは感じていた。

 一度、大きく息を吐いた。

 と、スカーレットがアクセルの目の前に移動していた。


 しまったっ!


「1年間よろしく、アクセル」


 スカーレットは数え切れないほどの打撃を与え、アクセルはついに膝を突いた。


「化け物が……」


「よく言われるわ」スカーレットが肩を竦める。「1年後にまた挑むといいわ。父と娘、どっちが先にあたしを殺せるかしらね?」


 いや、たぶん違う、とアクセルは思った。

 テメェを殺すのは、たぶんアスラだ。

 確信はないが、アスラとスカーレットの2人はいつか敵対するような気がした。

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