ExtraStory

EX51 お別れ会と新年会 新たな伝説の幕開け


「プロージット!」


 アスラが杯を持ち上げると、団員たちも同じように持ち上げた。

 ここは《月花》拠点の古城、その食堂。新年会の最中である。

 アスラ的には中庭が良かったのだが、さすがに寒いので断念した。


「ぷろーじっとって何ですか?」


 アスラの近くにいたサルメが言った。

 サルメは意味が分からないまま、杯を持ち上げたのだ。

 まぁ、他のみんなも同じだけれど。


「前に話した国家総力戦演説を行った国の乾杯の挨拶だよ」


 言ってから、アスラは杯の中身を飲み干す。

 ちゃんと酒である。

 一気に飲んだせいで、いきなり戻しそうになったが、アスラは耐えた。


「おう、団長殿、今日はありがとな」


 冒険王のコンラート・マイザーが言った。

 今日はコンラートたちのチームも呼んでいる。なぜかと言うと、ルミアのお別れ会を兼ねているからだ。


「いいさ冒険王。うちのルミアをよろしく頼むよ」

「おう! 任せておけ!」


 コンラートはがっはっは! と笑いながらアスラの背中を叩いた。

 アスラが咳き込む。


「……手加減したまえよ、アクセルか君は……」


 アスラがアクセルの名前を出すと、少しだけ空気が淀んだ。

 アクセルがすでに殺されているからだ。


「《天聖神王》スカーレットって、本気で危ない人みたいね」


 ルミアが新聞を読みながら言った。

 その新聞には、スカーレットが周辺諸国を統合支配したことが記されている。

 ついでに、支配地域のゾーヤ信仰を徹底的に破壊したことも。

 全ての像を打ち倒し、全ての教会を破壊し、全ての神典を焼き払った。

 そしてこう宣言した。「神はあたしだ」と。


「死傷者の数は7万を超えていますね」マルクスが言う。「しかも大半はゾーヤを信仰していた自国民」


 スカーレットはゾーヤ信仰の熱心な信者たちを公開処刑にした。

 1万人が殺された頃、誰もスカーレットに逆らわなくなった。


「英雄はまだ動かないのかね?」アスラはアイリスを見た。「アクセルが殺されたのだから、報復に動くはずだろう?」


 アクセルがスカーレットに殺されてから、すでに60日以上が経過している。


「エルナ様がまだ、魔王弓を使いこなせてないのよ」アイリスはミルクを飲んでいる。「普通に戦ったら、英雄全部でも負ける可能性があるって言って、慎重なのよね」


「ふん。エルナが魔王弓を使いこなす頃には、完全に機を逸しているだろうがね」


 このままイーティス神国が膨らみ続ければ、手を出せなくなる。

 ちなみに、スカーレットの即位と同時にイーティスは神国を名乗った。神のいる国、スカーレットのいる国、という意味だ。ゾーヤではない。


「オレたちはどうするの?」とレコ。


「どうもしない」アスラが言う。「スカーレットも英雄たちも他の国も雇ってくれないんだもの」


 正しくは、エルナの申し出は断った。金額の折り合いが付かないと分かっていたから。


「ねぇアスラ、スカーレットに雇われたら仕事するわけ?」


 アイリスが少し不安そうな表情で言った。


「もちろんするとも。内容とドーラによるがね」


 傭兵団《月花》は善悪の判断を行わない。

 報酬さえ割に合えば、誰の依頼でも受ける。


「ふぇぇぇん」


 酔ったイーナが泣き出した。

 イーナはテーブルに突っ伏している。


「ユルキが死んでから、ずっとあの調子だよ」とラウノ。


 あの調子というのは、酒を飲んでは泣き腫らす、という意味。

 アスラもそのことは知っている。

 でも、どうすることもできない。イーナ自身が立ち直るしかない。

 メルヴィがオロオロしたあとで、イーナの背中を撫でて慰め始めた。

 ブリットの人形たちもイーナの頭をナデナデした。


 ブリット本体はティナと一緒に座っている。最近2人はちょっと仲がいい。というか、最近のブリットはみんなに馴染んでいる。

 ちなみにだが、執事のヘルムートは休暇を取って実家に戻っている。アスラたちと違い、新年を共に祝う家族がいるからだ。

 アイリスも明日からしばらくは実家に戻る予定だ。


「さて、とりあえずみんな」アスラが言う。「コンラート、オルガ、ペトラ、ルミア、プンティと交流しておきたまえよ? 二度と会えないかもしれないし、良くても年単位で会えないからね」


 5人は船に乗って、新大陸を目指す。

 セブンアイズも今は瓦解しているし、たぶん大丈夫という判断だ。

 まぁ、ナシオが立て直した可能性も少しあるけれど。

 念のため、ブリットの人形が途中まで同行する。セブンアイズが現れたら、アスラたちがゴジラッシュで援護に向かうために。


「ルミア!!」イーナが立ち上がる。「……行く前に、あたしを抱いて!」


「酔いすぎよイーナ」ルミアが微笑む。「それにゴジラッシュはいいの?」


「今は……人間の肌が恋しい……」グスン、とイーナ。「……うちの男どもは、役に立たないし……」


 ラウノには幻の妻がいて、マルクスには純潔の誓いがあり、レコは子供だ。


「おー、よしよし」オルガがイーナを抱き締めた。「オルガお姉さんが抱いてあげようか?」


「酔ってるだけだよ」アスラが言う。「本気にするな」


「僕の玉を蹴っ飛ばした奴と同一人物とは思えないなー」


 プンティがイーナを見ながら言った。

 オルガはよしよし、とイーナの頭を撫でている。


「プン子は童貞のくせに、玉を蹴っ飛ばされたとか悲しいなおい」


 ウケケ、と酔ったペトラが笑った。


「まったくよ」ルミアが言う。「癖になったらどうするの?」


「いや、ならないよ? 僕はそんな変態じゃないよー?」

「癖になったら蹴ってやればいいじゃないか」


 アスラがニヤニヤと楽しそうに言った。


「いや、だから僕は変態じゃないからねー?」


 プンティが苦笑い。


「おいおい、ルミアに半殺しにされてルミアに惚れたくせに!」アスラが楽しそうに言う。「どう考えたって、変態じゃないか! 君! ルミアにボロボロにされたじゃないか! でも惚れたんだろう!?」


 ケタケタとアスラが笑う。

 そしていきなり青ざめて両手で口を押さえた。


「こっちですわ」


 ティナとブリットがアスラを厨房の方へと誘導する。

 そして厨房の勝手口からアスラを外に出す。

 アスラは壁に手を突いて、ゲロゲロっと酒を戻した。


「……臭いのですぅ……」ブリットが言う。「……てか、毎回飲めないのに飲むなですぅ」


「せ、せっかくの新年会と、お別れ会……だからね……くそう……飲みたいのに」


 言ったあと、アスラは再び吐いた。


「はいこれ、お水ですわ」


 ティナが透明なグラスをアスラに手渡す。

 アスラはまず口の中を濯いでから、水を飲んだ。

 アスラは少し移動して、ゲロから離れる。

 ブリットとティナはアスラに付いて行った。

 アスラが壁にもたれて、そのまま座り込む。


「ああ、チクショウ、ルミアまで行ってしまう」


 アスラが辛そうな表情を見せたものだから、ティナとブリットは顔を見合わせた。


「私らは傭兵だから、別れなんて日常なのにね」


 アスラが今度は笑った。

 ティナとブリットはいたたまれなくて、それぞれアスラの隣に腰を下ろした。

 両側からアスラを挟む形だ。


「前世の私はサイコパスだったけど、今のこの私の脳は正常で」アスラが言う。「だからたまに感情が渦みたいになることがあるんだよ」


「分かりますわ。連続した別れは辛いですわ。ぼくも辛いですわ」


 ティナがアスラの頭を撫でた。


「チクショウ、ユルキのアホめ、勝手に死にやがって」アスラが膝を立てて、そこに顔を埋めた。「アクセルも、なんで簡単に殺されやがった……。まぁ、アクセルはセブンアイズとして生き返る可能性が高いけどさ」


 そしてルミアも失う。

 死に別れでないだけマシだけれど。

 ああ、胸が痛む。

 ああ、なんて痛いのだろう。

 アスラが膝に顔を埋めたのは――

 ああ、これだよこれ、この痛みが愛しい。

 もしも最愛のアイリスを失ったら、

 自分で手折れば、

 どれだけ愛しく痛むのだろう?

 正常な私の脳が壊れてしまうぐらい痛むのかな?

 なぁスカーレット、君で代用できるかい?

 ――薄く笑った顔を隠すため。


       ◇


 いつかある日の未来。

 ルミアたちは新大陸に降り立った。

 世界で最初の冒険者たち。

 地図の空白を埋め、新たな文明と接触する彼らは、いつしか人々の憧れとなる。

 子供たちがキラキラと瞳を輝かせながら、その冒険譚に触れるのはまだ少し先の話。

 これは冒険者の歴史の最初の一歩。


「ルミアさん!! できれば助けて欲しいな!!」


 巨大な魔物と戦いながら、プンティが言った。


「マジでこいつ強いんだルミア姐さん!!」


 プンティと一緒に魔物と戦っているペトラは泣きそうな顔をしていた。


「何よ、情けないわねぇ」ルミアは石の上に座って、紅茶を飲んでいた。「わたしが鍛えてあげたのだから、その程度の魔物はちゃっちゃと倒して欲しいわ」


 ルミアの隣にはコンラートとオルガが立っている。


「まぁそう言わずに助けてやってくれやルミア」コンラートが笑う。「まぁワシがやってもいいんだが……」


「ボスがいきなり出るのはちょっと」オルガが言う。「コンラートさんはボスなんだから、ドンって構えてないと」


 プンティたちが戦っている魔物が火を噴いた。

 ドラゴンの亜種のような形をしているが、初見の魔物だ。


「あああああ! 僕の髪がぁぁ!! チリチリになる!! チリチリになるよルミアさん!」


 プンティは魔物の火を躱したけれど、ちょっと髪の毛が焦げた。


「仕方ないわねぇ」


 ルミアはティーカップをオルガに渡しながら立ち上がる。

 そして大きく背伸びをした。

 まるで日だまりで気持ちよさそうに伸びをする猫のようだ、とオルガは思った。

 コンラートもだいたい同じことを思った。


「神域属性・魔王」ルミアが右手を上げる。「攻撃魔法【阿修羅】」


 銀髪の少女を模倣した堕天使が顕現し。

 堕天使は小太刀でドラゴンモドキを斬り刻んだ。まるでサイコロステーキみたいに。

 この魔法は【神罰】の上位互換である。

 長い旅の中で、ルミアは自身を鍛え直した。

 かつての伝説?

 かつての最強?

 それこそが、かつての話だ。

 現在の伝説であり、現在の最強。

 冒険者ルミア・カナール。


「やっぱ姐さん半端ねぇ!!」


 ペトラが興奮気味に言った。

 ちなみに、ペトラもプンティも基本属性の魔法を習得している。ルミアが教えたのだ。

 もうすぐ固有属性を得られるだろう、とルミアは見ている。


「いつ見てもアスラにソックリで蹴っ飛ばしたくなるね」


 プンティが【阿修羅】の堕天使を見て言った。


「ああ? 殺すよ? 私のオリジナルの話はするな。むしろ私がオリジナルだし」


 ルミアの【阿修羅】には人格が付与されている。

 ジャンヌの【守護者】と似たようなものだ。

 遠い未来、【阿修羅】は戦闘の神として強さを求める者たちに崇められるのだが、それもまた別の話。


「というわけでルミア様、片付けました」


 アスラにそっくりの【阿修羅】は、ルミアの前で片膝を突いた。

 アスラの人格を模倣したけれど、ルミアには忠実な設定にしているのだ。


「よくやったわ。とりあえずこのドラゴンみたいな魔物、食べられるのかしらね? 料理してみましょう」


 ルミアはノリノリで言った。

 ルミアは元々サバイバルが得意だ。冒険の不便も苦にならない。


「よぉし! ワシが男の料理を作ってやろう!」


 コンラートもノリノリで言った。

 割といいチームである。

 ルミアは《月花》を思い出すこともあるけれど、今を楽しんでいた。

 そして死ぬ時は活き活きと死のう、と心に決めている。

 ルミアは空を見上げた。


 きっとあなたも、同じ空の下にいるのよね?


 またいつか会いましょう、アスラ。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る