第12話 私は、あたしは、人間が、愚民どもが 大好きだよ、大嫌いよ


 寒い時期の訪れを告げる冷たい風が吹き抜ける。

 暗く、沈んだ雰囲気のアスラたちとは裏腹に、空は綺麗に晴れていた。

 ここは拠点の古城。その中庭。

 ジャンヌの墓の横に、ユルキの墓が建った。

 ジャンヌと同じく、クレイモアを墓石の代わりとした。

 傭兵の墓なんて、それで十分だ。それでも十分すぎる。戦場で朽ち果てる多くの兵士たちに比べれば、豪華絢爛と言っても差し障りない。


「諸君。ユルキは傭兵だ」アスラが言う。「死ぬ覚悟はできていた。誰かを殺す覚悟と同じぐらい、自分が殺される覚悟もしていたはずだよ」


 中庭には《月花》の団員が全て集合している。

 団員以外では、執事、ルミア、ライリの3人がそこにいる。

 まだ包帯が取れないアイリスも、松葉杖を支えにして立っていた。

 今日は珍しく、アイリスは黒い《月花》のローブを着ている。

 ティナたち総務部も、全員が黒いローブ姿だった。

 ルミアと執事、さらにはライリも同じだ。

 ライリは仲間になったわけではなく、貸し出しているだけ。


「であるならば、私らも、仲間を失う覚悟をしていたはずだ」アスラの声は淡々としていた。「とはいえ、悲しいものは悲しい。泣きたければ泣いてもいい。咎めはしない」


 アスラの言葉で、まずイーナが泣き崩れた。

 地面に両膝を突いて、一生分の涙を流し切るかのような勢いで泣いた。

 続いて、メルヴィが執事に抱き付いて泣いた。

 その涙がブリットに伝染。ユルキと仲良くなれそうだと思った矢先だったので、ブリットも悲しかった。

 アイリスは静かに泣いた。ほとんど声を出さずに、だけど表情は酷く歪んでいた。

 ライリもその場で崩れ落ち、声を上げて泣いた。


「1つの物語が終わった」アスラが言う。「でも私たちの物語は続く。新たな章へと続くんだよ」


「ユルキの死が、1つの終焉ということですか?」とマルクス。


「そうだね。ジャンヌの墓が最初の終わりだった。そしてユルキの墓が、次の区切りだよ。私たち《月花》のね」


「そうですか」マルクスが言う。「団長は割り切るのが早いですね」


「まぁね。ユルキを失ったのは痛手だし、悲しいことだと思うよ。でも私らは傭兵だから。今日死ぬかもしれないし、明日死ぬかもしれない。だからこそ、日々を無駄にしてはいけない。今日はユルキを悼み、そして嘆き、心を震わせればいい。でも明日から、また私らの日常は続いていく。仕事だって普通に請けるし、訓練だってしてもらう」


「オレたちは傭兵だから」


 レコは淡々と言った。


「そう。それが全てさ」アスラが言う。「傭兵団《月花》のユルキ・クーセラは、クッソカッコよく死んだ! 自分より圧倒的に格上の、セブンアイズの1位をぶち殺し、活き活きとカッコよく死んだ! 傭兵として、最上級の死だと私は思うよ!」


 アスラの声が感情的だったので、サルメとルミアが泣き出した。


「ユルキ・クーセラは《月花》の誇りだよ! 安らかに眠れ! いずれ私らも全員、そこに行く! 私らが到着したら、地獄で《月花》を再結成だよ!」


「オレ、まだまだユルキに教えて欲しいことがあったんだ!」レコが言う。「だから、いつか、オレがそっちに逝ったら教えてね!!」


 冷たい風が吹いている。

 だけれど。

 空は憎らしいほどに晴れ渡っていた。


       ◇


 その後。

 始まりの国イーティス、神王城の大浴場。

 神位継承式を明日に控えたスカーレットは、メロディと2人で大きな湯船に浸かっていた。


「お姉様、傷跡とか、全然ないね」

「メロディは傷だらけなのね」


 2人が一緒に風呂に入ったのは、今日が初めてのこと。

 メロディが誘って、スカーレットがそれを承諾したのだ。

 スカーレット的には、武器も防具もない風呂で襲うつもりなのかな? と思った。

 もちろん、何の問題もない。そういう約束なのだから。いつでも、好きな時に攻撃していい。その代わり、メロディはスカーレットの駒として動く。


「私はだって、産まれたその時からマホロになることが決定してたし、ひたすら修行、修行、修行だったから。お姉様も似たようなものだと思うけど、どうして無傷なの?」


 メロディは広い湯船で軽く泳ぎ始める。


「ジャンヌが治してくれたもの」スカーレットが言う。「あたしは、何度も何度もジャンヌと決闘して、何度も何度も敗北して、いつの頃からか、ジャンヌは決闘の条件を変えたの」


「てか、ジャンヌって決闘とかしてくれるんだ?」

「ええ。だから英雄たちは割と挑んでたわよ? 戦争中でも何でも、挑めば受けてくれたわね。あたしの場合、負けたら全裸土下座だったわ」

「お姉様が全裸土下座!?」


 メロディが泳ぐのを止めて、驚愕の表情を浮かべた。


「あたしだって、最初から今ぐらい強かったわけじゃないもの。数え切れないぐらいやったわよ? 最初の数回はもう屈辱的すぎてしばらく泣き腫らしたわね。まぁ、途中で慣れたけれど」


「それでそれで?」


 メロディは瞳をキラキラさせて言った。


「途中でジャンヌはあたしを陵辱することにしたの。18歳ぐらいからね、確か。その時に、傷跡を治してくれたの。それからも定期的に治してくれたわね」

「え? お姉様、ジャンヌと寝てたの?」


「仕方ないじゃない。決闘で負けたんだから」スカーレットが言う。「でも、ぶっちゃけ癖になってて、後半はわざと負けてたわね。正直な話、23歳ぐらいの時にはもうジャンヌに勝つだけの戦闘能力あったのよね。でも25歳まで引き延ばしたわ」


「わざと負けるって、私は考えられないなぁ」


 メロディは負けたくない。とにかく勝ちたい。負けるのは大嫌いだ。


「ジャンヌがあたしを殺さなかった理由ってね、いつか自分を殺してもらうためだったの」


「それも理解できなーい!!」メロディは混乱した。「わざと負けるのも、殺して欲しいってのも、私には全然分からない!」


「詳細は省くけど、死なないと《魔王》になれなかったのね。それでまぁ、ジャンヌを殺したら今度は究極の《魔王》を倒すための戦いが始まったわ」

「へぇ。《魔王》戦もやったんだ? その時のケガは?」


「それは自分で治したわね」スカーレットが右手に魔力を取り出した。「魔法も覚えたのよ。役立つと思って」


「……お姉様が万能すぎて怖い……でもいつか倒す」


 メロディは泳いでスカーレットの側に移動。


「そして《魔王》戦が終わったら、今度は愚民どもが戦争を始めて、もうあたし頭グチャグチャで、気付いたらブチ切れて天下統一とかしちゃってたわ」


「さすがお姉様。壮大な人生過ぎて私の心が震える」メロディが言う。「でもいつか倒すし、殺す」


「まぁ頑張って」スカーレットが溜息交じりに言う。「とにかく、あたしを倒すまではあたしに従ってね? この世界の愚かな民衆どもを統一してあげなきゃだし。あいつらは管理されないとバカばっかりやるのよね。あたしの下で結束する以外に、愚民どもがまともになる方法はないもの」


「お姉様って、人間が嫌いなの?」

「当たり前じゃないの。人間なんて大嫌いよ。なぜなら――」


       ◇


「アスラちゃん、今すぐわたしに魔王弓をちょうだいな」


 夜、古城の食堂にエルナが姿を現した。

 エルナは酷く荒んだ表情をしていて、団員たちはゾッとした。


「君、前に呪われたじゃないか。あの時と何か違うのかい?」


 言ってから、アスラはパンを頬張った。


「使い方を理解したわー」


 エルナはアスラの方へと歩み寄る。


「あの、エルナ様?」アイリスが言う。「何かあったんですか? その、表情が怖いです……」


 アイリスはビクビクしながら喋った。

 今のエルナには、それだけの凄みがあった。


「明日、アクセル・エーンルートの死を世間に知らせるわー」


 エルナの言葉に、団員たちが驚愕する。

 アスラは危うくパンを喉に詰めるところだった。


「死因は持病の悪化よー、表向きは」


「本当の理由は?」とマルクス。


「殺されたわ。ナシオ・ファリアスと、《天聖神王》スカーレットに」


「《天聖神王》だって?」とアスラ。


「そう。金髪の女性。恐ろしく強い。手も足も出なかったわー。何度戦っても、負けるでしょうねー。魔王弓がなければ」


 エルナはどこか壊れている、とアスラは思った。

 最近は色々なものが壊れて逝く。

 まぁ、それもまた楽しいけれど。


 ただ残念なのは、力強く咲き誇る美しい花ならば、自分で手折りたいと思うだろう?

 みんなそうだろう?


 アスラにとって、何がなんでも自分で手折りたいのがアイリスの花。それ以外はまぁ、機会があれば、という程度だけれど。


「もう少し詳しく話してくれるかい?」とアスラ。


 エルナはアクセルが殺された時の状況や、スカーレットとナシオの会話を覚えている限りアスラたちに話した。

 メロディ・ノックスがスカーレットの側に付いた可能性にも触れた。


「なるほど。よく分かったよ。ついにあの女が動き始めるわけか」とアスラ。


「怖いわね」アイリスが言う。「てか、あの人スカーレットって名前なのね」


 偽名だけどね、とアスラは思った。でも言わなかった。

 アイリスはまだ知らなくていい。闇に落ちたもう1人の自分の存在なんて。


「とにかく、魔王弓をちょうだいな」エルナが言う。「怨嗟の声に仲間だと認められる自信があるのよ、わたし」


「エルナ、それは闇落ちだよ?」アスラが真剣に言う。「君の人生だから、復讐に生きるのも闇を泳ぐのも自由だけど、冷静に考えた方がいいんじゃないかな?」


「人間はね、アスラちゃんみたく強くないのよ。闇に落ちることだってあるわ。そのまま戻れなくても、ね」


 エルナの決意は固かった。

 アスラは小さく溜息を吐いた。


「武器庫にあるから持って行きたまえ。鍵もしてないし、隠してもいないよ」

「ありがとうアスラちゃん。それとね? スカーレットを英雄たちと殺す時、手伝ってくれるかしらー?」


「無理だね」アスラが言う。「勝ち目はない。よって、もし手伝うなら膨大なドーラが必要だよ? 君にはたぶん、用意できないと思う」


「そう……。いいわ、でもアイリスは来なさいよ? 大英雄を殺されて、黙っているわけにはいかないもの」


「あ、はい。ケガが治ってれば参戦します、はい」


 アイリスはエルナの有無を言わさない雰囲気に気圧されていた。

 エルナはアイリスの返事を聞いたのち、武器庫へと移動した。


「人間たちの怨嗟と仲間になる、ですか」マルクスが言う。「ゾッとしますな」


「そうかい? 連中も可愛いもんだよ?」アスラが言う。「私は割とあいつら好きだよ? まぁ私の場合、人間は基本的に好きだけどね」


「「え?」」


 団員数名が、驚愕の表情を浮かべた。


「おいおい……」アスラが苦笑い。「人間嫌いなんて言ったことないだろう? 私は人が好きだよ? そのクソみたいな部分は特にね。つまり――」


       ◇


「「――ちょっとのことで傲慢になって他人を傷付け、足りない足りないと強欲にも多くを得ようとし、自分にないモノを他人が持っていたら激しく嫉妬し、些細なことでも憤怒に駆られて策謀したり暴力に訴え、気付けば色欲に溺れ狂い堕落し、金にものを言わせて暴食の限りを尽くし、怠惰こそがその本性であるくせに、《魔王》になってでも幸福な者たちを殺そうとする、そんな愚かでおぞましい人間たちを――」」


       ◇


「好きになれるはずがないでしょう?」とスカーレット。

「嫌いになれるわけないだろう?」とアスラ。

「大嫌いよ」

「大好きだよ」

 遠く離れた場所で、2人はまったく同じことを真逆の立場で語った。

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