第11話 Art Of Life 死があるからこそ、人は自由になれる


 ルミアは逃げるのを止めて、戦う決意をした。


「またわたしのせいで、関係ない人たちが死ぬなんて……」


 ノエミの時と同じだ。

 あの時の傷跡はまだ癒えていない。ルミアの心の話でもあるし、住んでいた区画の話でもある。

 ルミアはすでに思考低下の影響を受けていない。

 距離が離れたからなのか、時間経過なのかは不明だ。


「アスラが迎えに来るぞ?」ラウノの頭の上で、アスラ人形が言った。「アスラは戦うなって言ってるぞ?」


 ここは目立たない路地裏。

 ちなみにライリはもっと遠くまで逃げるようユルキが言い聞かせた。

 ライリはその言葉に頷き、走り去ったのでもう一緒にいない。


「わたしは団員じゃないから、命令を聞く義理もないわ。二人は逃げなさい。わたしはもう、これ以上の犠牲は耐えられない。あいつを殺すわ。差し違えてでも」


「武器もなしにかよ?」とユルキ。

「短剣を二本ちょうだい」とルミア。


 ユルキは言われた通りにした。


「ありがとうユルキ。それじゃあ、元気でね」


 ルミアは微笑んだ。

 それは美しく、だけれど、とっても悲しい笑み。

 もう戻らない者の笑み。

 そして、ルミアが路地裏を出ようと動き始める。

 そんなルミアの腕を、ラウノが掴んだ。


「僕も行こう。ここで君だけを行かせたら、妻に怒られてしまうよ」


「おいラウノ。団長の命令は戦うな、だ」ユルキが言う。「俺らは脱出ポイントに向かう」


「本当にそれでいいのかい? 命令が間違ってることだってあるだろう?」

「お前まだ新参者だろうが。サルメの二の舞になりてぇのか?」

「死ぬほど叩かれたって、ここでルミアを見捨てるよりマシだね」

「アホかてめぇは。死ぬほど叩かれるってのは、生きて戻れた場合だろうが」

「ユルキだって本当は残りたいくせに」

「俺に成ってんじゃねーぞ?」


 ユルキが怒り、ラウノを睨む。


「ちょっと、ガチめな喧嘩しないでよ?」ルミアが言う。「ラウノ君も、ユルキと戻りなさい。わたしなら大丈夫よ?」


「んなわけあるかよ」


 ユルキがルミアを睨む。


「あー、あー、ちょっと待て」アスラ人形が言う。「アスラが、戦うなら三人で連携しろって言ってる。それと、伝言をそのまま伝えるぞ――」


 アスラ人形の言葉で、三人は一旦落ち着いた。

 ルミアとユルキの視線はアスラ人形に。

 ラウノは片手でアスラ人形を持って、頭から地面に下ろした。

 もう片方の手はまだルミアの腕を掴んでいる。


「ぶっちゃけ、市民なんかみんな死んでも何の問題もない。君らの方が貴重だから、撤退を推奨する。けれど、ルミアがそうしないのも知ってる。で、ルミアを助けたいラウノと命令に従いたいユルキの喧嘩もね」


「何でもお見通しなのね」ルミアが肩を竦めた。「てかラウノ君、そろそろ腕、離してくれる? 勝手に行ったりしないから」


 ラウノはソッと手を離した。


「だから新たな命令だ。私が、私たちが到着するまで、三人で連携して戦え。そして生き残れ。以上。健闘を祈る」


「「了解」」


 ラウノとユルキが力強く言った。

 だけれど。

 三人ともよく分かっている。

 アスラたちの救援は間に合わない。ゴジラッシュで向かっているはずだが、それでも5分や10分で到着するわけではない。


       ◇


 エッカルトは目に付く人間を全て殺して回った。

 気付くと、すでに一般市民はエッカルトの近くにいなかった。

 だから、今は治安維持に出動した憲兵たちを斬り刻んでいる。

 あまりにも華麗な流水の動きに、憲兵たちは誰1人として対応できない。

 人は肉の塊へ。地面は血の海へと、それぞれ姿を変える。


 エッカルトはだんだんと虚しくなってきた。

 元来、戦闘はさほど好きではない。好きなのは酒と性行為。あらゆる酒と、あらゆる変態的な性行為。

 アイリスやルミアに腹が立って暴れたが、もう心は静まっている。

 熱しやすく、けれど冷めやすい。

 憲兵の最後の1人を殺した時、エッカルトは小さな溜息を吐いた。


「……どこかでジメジメした女を口説こう……」


 ボソッと呟いた。

 別にブリットのことじゃない。性格の暗い女と寝たい気分なのだ。


「だがまぁ」


 エッカルトは急に元気になって、一歩右に移動。

 さっきまでエッカルトが立っていた場所に、短剣が走り抜ける。正確には、ユルキが投げた短剣をエッカルトが躱したのだ。


 短剣には【加速】が乗っていて、更に火をまとっていた。


「面白い。これが魔法兵か」エッカルトが笑顔を浮かべた。「戻ってくれて嬉しいぞ!! なるほどお前たちは!! 虐殺すれば戻ってくれるんだな!! もう逃げるなよ!!」


 エッカルトは笑いながら、大きな声で言った。

 ユルキたちがどこにいるのか、エッカルトには分からない。完全に気配が消えている。

 本当に面白い。

 戦闘はあまり好きじゃない。それは単に、必ず勝ってしまうからだ。こういうゾクゾクする戦闘なら、嫌いじゃない。


 敵がどこにいるのかさえ分からない。実に楽しい。

 エッカルトが後方に下がると、真上から天使が降って来た。

 天使は光の大剣を縦に振り下ろしていたのだが、エッカルトが躱したので大剣は地面を抉った。

 エッカルトは背後に殺気を感じ、今度は右に飛んだ。

 ルミアだ。

 ルミアが背後から短剣で斬りかかったのだ。


 実に危ない、とエッカルトは思った。

 最後の最後で、殺気を感じることができたが、それまではまったく気付いていなかった。

 逃げた先にラウノがいて、短剣を振った。

 異常に速い振り。エッカルトは知らないが、【加速】を腕に乗せているのだ。

 タイミングも完璧。

 だがエッカルトは双剣でガード。


 エッカルトは双剣を一度手放したが、火が消えた時点で再度拾っているので、今はちゃんと揃っている。

 着地と同時にラウノの腹に前蹴り。

 ラウノが崩れる。

 ラウノを斬ろうとしたら、今度は上から炎の球が落ちてきたので、エッカルトはそれも躱す。

 躱した先にルミア。


 なんだこいつら!?


 連携のレベルが尋常じゃない。1人1人はエッカルトより遙かに弱い。なのに、連携することでその戦闘能力が乗算されている。

 加算ではない。

 無理な体勢で、しかしルミアの攻撃をガード。

 背後からユルキの短剣。

 右側からラウノ。左側から天使。


 正面からはルミアの次の攻撃。

 エッカルトは自身の最速をもって、全員の攻撃を双剣でガード。

 命の危険に晒され、エッカルトは久々に戦士としての楽しみを思い出した。

 ルミアが手を光らせようとしたので、エッカルトはルミアに頭突きをした。

 双剣はガードに使っているので、攻撃手段が他になかったのだ。足運びも大切だったので、蹴りも使えなかった。だから頭。


「こ、の……」


 ルミアの額が割れて、血が流れる。

 ルミアの表情は苦痛に歪み、膝から崩れかけて、だけれどルミアは必死に後方へと飛んだ。

 ルミアが攻撃から外れたことで余裕が生まれ、エッカルトはまずユルキを斜めに斬った。

 でも殺してはいない。まだユルキとの性行為を諦めていない。傷は浅すぎず、けれど深すぎず。手当をすれば問題ない程度だが、動きは鈍る。


 ユルキも崩れる前に距離を取った。

 クルクルと回転しながら、エッカルトは右の双剣でラウノの肩口を突き刺す。

 左の双剣は天使の攻撃をガード。

 ラウノから双剣を抜こうとしたが、ラウノが捨て身で自身の右手に【加速】を乗せて斬撃。


 エッカルトは双剣を抜かずに手放して回避。

 そして距離を取る。

 一旦、攻防が落ち着く。

 ルミアはまだフラフラしている。

 ユルキも痛みに呻き、膝を突いてる。

 ラウノは自分で刺さった双剣を抜いた。

 天使はエッカルトを見据え、攻撃態勢だが動かない。


「強いなぁ、お前ら」エッカルトが笑う。「これほど、戦闘を楽しいと思ったのは久しぶりだ。オレは強すぎて、誰と戦っても楽しくなかったからなぁ」


「そいつはどーも」ユルキが言う。「最上位の魔物様に褒められちゃ、俺らの地獄の訓練も報われるってもんだぜ」


「もう一度問う。お前たち、オレとやらないか?」


 エッカルトは思考能力を低下させるスキルを3人に使用。

 これで、3人は嘘が吐けない。


「言ったろ? 家訓でてめぇとは寝ねーんだ」

「僕は妻帯者」

「わたしは旦那になる人がいるから無理よ」


 3人の正直な言葉だ。


「オレに勝てると思うか?」


「無理だろうな」とユルキ。

「無理だね」とラウノ。

「わたしたちは死ぬわね」とルミア。


 なるほど、とエッカルトは頷いた。

 彼らは勝てないと分かっていながらも、屈服しないのだ。

 アイリスも同じだったが、なぜだろう? とエッカルトは考えた。

 ほとんどの人間は、死ぬより性行為を選ぶ。死ぬのは痛くて恐ろしいが、性行為は気持ちよくて楽しいのだから当然だ。


「本当は全員とやりたかったのだが、とりあえず1人殺してみるか」


 それで気持ちが変わるかもしれない、とエッカルトは思った。

 実際の死を目の当たりにしたら、心変わりを起こす可能性はあるはずだ。

 エッカルトは高速で移動し、ユルキの胸に双剣を突き立てた。

 すでにダメージを負っていたユルキには躱せなかった。


「マジかよ……クソったれ……」


       ◇


 ユルキは自分の死を悟った。

 同時に、思考能力が回復。エッカルトがスキルを切ったのか、痛みによるものなのか、別の要因なのかは分からない。

 ユルキの受けた傷は致命傷だ。まず助からない。ルミアの回復魔法でも無理だ。治る前に死んでしまう。

 ならば、であるならば、せめてこいつも道連れに。そう強く思った。


 焼き殺してやろう。そう強く、本当に強く思ったのだ。

 ユルキは常にMPを認識したまま戦闘を行っていた。だから右手に取り出し、属性変化を加える。

 そして気付く。いつもとMPが違うことに。

 ああ、ちきしょう、死と引き換えかよ。

 エッカルトがユルキの取り出したMPに勘づいた。

 ユルキは即座にMPを再度身体に吸収。


「待てよ……」


 双剣を抜こうとしたエッカルトに言う。


「どうせ死ぬなら、キスぐらいならしてやるぜ?」


 ユルキは両手を伸ばして、エッカルトの首の後ろに回した。


「死ぬ前に、仲間のために隙を作る、と言ったところか?」


 エッカルトが言った。


「伸るか反るか」ユルキが言う。「俺とやりたかったんだろ? ビビってんのか?」


 ユルキはハンドサインを出した。

 こいつは俺が連れて行く。動かなくていい。


「オレは何より、性行為が好きだ。当然、キスも好きだ。ふん。いいだろう。隙を作ってやろうじゃないか。ルミアの天使か? それともまた短剣が飛んでくるか? 面白い。お前の唇を奪いながらも、対応してみせよう」


 エッカルトがユルキの唇に自分の唇を重ねた。

 次の瞬間、エッカルトは双剣を引き抜いてユルキから飛び退いた。

 そしてもがき苦しみ始めた。


「お前……何をした……」


 エッカルトが膝を突く。


「ママに教わらなかったのか? 安い挑発には乗るなってよぉ」


 へへっ、とユルキが笑った。

 そして新たに魔法を1つ使用。前から決めていた魔法。固有属性を得たら作ろうと思っていた魔法。


「熱い! 身体の中が焼ける!! お前!! お前!!」


 エッカルトはついに地面を転がり始めた。


「固有属性・炎」ユルキが言う。「攻撃魔法、【永炎】。そいつはてめぇが死ぬまで、燃え続けるぜ? はん。ざまぁみろ」


 言ってから、ユルキが背中から倒れた。

 ユルキは自分の口内にMPを取り出し、属性変化させ、それをエッカルトの口の中から内臓へと移動させ、性質変化を加えたのだ。

 これは完全にその場の思いつき。エッカルトを殺すためだけに練られた魔法。


「ユルキ!!」


 ルミアがフラフラしながらも、ユルキに駆け寄る。

 死にかけのエッカルトに、天使がザクザクと何度も大剣を突き立てている。


「よぉルミア。あの世に逝く前に唇、消毒してくれよ? プンティには内緒だぜ?」

「何言ってるのよ!? 死なせないわよ!?」


 ルミアが回復魔法を使用。

 ラウノはエッカルトの絶命を確認してから、ユルキに歩み寄る。

 ちなみに、エッカルトは完全に灰になった。ユルキの炎に焼き尽くされたのだ。


「あーあ、また振られちまった」ユルキが言う。「団長、褒めてくれっかなぁ……。俺の固有属性、見せたかった……な」


 ユルキが目を瞑った。

 そしてそのまま、二度と目を開くことはなかった。


       ◇


「止まれゴジラッシュ!」


 空中でアスラが言った。

 ゴジラッシュはアスラに従い、その場で滞空。


「ユルキ……死んだのか?」


 アスラと一緒にゴジラッシュに乗っていたマルクスが言った。


「ユルキ兄……」


 瞬間的に、イーナの瞳に涙が溜まる。


「クソッタレ。なんだってここまでカッコ付けやがるんだあいつは」


 アスラが空を見ながら言った。

 アスラたちの視線の先には、炎で文字が描かれていた。

 イーナの涙腺が決壊。

 ユルキの残した言葉は、それだけで全てを包括していた。

 傭兵団《月花》の全てだ。ユルキの人生の全てだ。

 自分の人生に悔いはなく、

 そして楽しかったと。

 だから悲しむ必要はないと。

 残された者たちに、

 ただ伝えるためのもの。

 そしてアスラたちは受け取った。


 俺は活き活きと死んだぜ!!

 

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