第10話 実はわたし、脳筋なの 普段からあまり考えてないのよね
ユルキたちは昼間っから酒場でダラダラしていた。
ちなみに、客はまばらだ。
「いやー、本当助かったぜルミア。今日も驕りだから、好きなだけ飲み食いしてくれ」
ユルキは上機嫌で言った。
「そうやってわたしを太らせて、どうするつもりなの?」
言いながら、ルミアは料理に手を伸ばす。
ルミアはローブ姿ではない。量販店で購入できる中では、比較的綺麗な服装。生地が厚く、寒い時期用の服だ。
スカートも割と長く、暖かい生地のもの。それからタイツにブーツ。
防寒用のマントは、店主に預けている。
「いやいや、ただの感謝の気持ちだぜ?」ユルキが笑う。「なぁライリ?」
「本当、もう諦めてたのにアタシ。身体が綺麗になったの、本当嬉しい。ルミアさん大好き!」
ライリはユルキの対面に座っている。
ライリの隣にルミア。ルミアの対面、つまりユルキの横にラウノ。そしてラウノの頭の上にアスラ人形。
ちょっと広めの四人がけのテーブルには、ところ狭しと料理が並んでいる。
「ユルキが案外いい奴で、俺様はビックリだぜ」
アスラ人形がうんうんと頷いた。
ブリットはチャラいユルキが苦手だったのだが、ここに来て評価が変わった。
「いつだって俺はいい奴だろうがよぉ」
「そうね」ルミアが言う。「アスラと比べたら、いい奴だわね」
「それ、ほぼ全ての人間がいい奴になるんじゃ……」
ラウノが苦笑いしながら言った。
「違いねぇ」とユルキが笑った。
「まぁ、でもアスラにもいいところはあるのよ?」ルミアが言う。「たとえば、敵を倒す時に一切の容赦がないこと。仕事をきっちりこなす、または全力で達成しようとする」
「……仕事抜きで」アスラ人形が言う。「人間としていい点はないのか?」
ユルキ、ラウノ、ルミアの三人は真剣に頭を悩ませた。
「えぇ? そんなに悩む感じなの?」ライリが苦笑いする。「自分たちの団長なのに」
「とりあえず、見た目は超絶美少女だな」とユルキ。
「仲間には比較的、優しいところとか?」とラウノ。
「いつも前向きなところとか?」とルミア。
「それだけ聞くと、超いい奴っぽいな」アスラ人形が笑う。「美少女で優しくて前向きとか、人形劇でヒロイン役やれるぞ」
「まぁ正しくは」ユルキが言う。「美少女で極悪非道で我が道を真っ直ぐ突き進む《魔王》みたいってか、人形劇なら敵のボス役が似合うタイプだな」
「それ伝えていいか?」とアスラ人形。
「ダメだよブリット」ラウノが真顔で言う。「てかアスラ近くにいるの?」
「いないぞ。俺様……俺様の本体は休憩中だから、中庭で日向ぼっこしてる」
「人形が日向ぼっこしてるの、本当可愛い」
ライリがニコニコと笑顔で言った。
アスラ人形が頬を染める。
どういう原理なのかしら? とルミアは思った。
でも深く突っ込む気はない。
と、来客を告げる鐘が鳴った。
みんなはチラリと入り口を見た。
男? 女? やっぱ男か? とユルキは思った。
へぇ。綺麗な顔だけど、男かな? とラウノは思った。
あらあら、すごい美形だわ、とルミアは思った。
ライリはルミアとほぼ同じことを考えた。
そしてアスラ人形は青ざめ、即座にラウノの頭からジャンプ。
そしてルミアの膝に移動した。
ルミアはよく分からないけれど、とりあえずアスラ人形を撫でる。
「こ、殺される、俺様を守ってくれルミア。あいつ、俺様を探しに来たのかも!」
アスラ人形は必死な様子で言った。
ちなみに、アスラ人形がルミアの膝に移動した理由は単純。
この中でルミアが一番強いとブリットは知っているからだ。
「どういうことだ?」とユルキ。
アスラ人形の言葉で、ユルキたち全員が警戒した。
もちろん、ライリは除く。
「やぁ《月花》の小鳥たち。俺はエッカルトだ。初めましてだな」
エッカルトはユルキたちのテーブルまで歩いてきて、自己紹介をした。
「なんだよ?」ユルキが言う。「依頼か?」
「おや? ブリットじゃないか」エッカルトはユルキをスルーした。「裏切ったと聞いたが、本当に裏切ったんだな。まぁいい、オレとやらないか? お前みたいなジメジメした女とも楽しみたい」
「誰がジメジメした根暗のクソ女だ!!」アスラ人形がルミアの膝で暴れる。「てゆーか、お前エッカルトって名前だったんだな!! 初耳だぞ!!」
「オレはあまり名乗らないからな」
エッカルトの背中には、高価そうな双剣が装備されている。
今のところ、殺意や敵意は見えないが、警戒するに越したことはない。
ユルキはハンドサインを出した。
万が一の時は、ライリの命を一番に考えてくれ、というものだ。
せっかく救ったのに、戦闘に巻き込んで死なれては何の意味もない。
ラウノもルミアもそれを了承。
「と、ところでお前」アスラ人形が怯えながら言う。「酒を飲みに来ただけか? そ、それとも俺様を抹殺に来たのか?」
「ん? なぜオレがブリットを抹殺するんだ? そんな命令は受けてないし、オレ自身もお前を殺す気はない。お前のジメジメした身体を堪能したいしな」
「誰の身体がジメジメしてるって!?」
アスラ人形がポコポコとルミアのお腹を殴った。
「一応、確認したいんだけどよぉ」ユルキが言う。「お前、セブンアイズだよな?」
今までの会話から推測して言ったのだ。
「おっと、これは失礼した」エッカルトが笑顔を浮かべる。「もう一度キチンと名乗ろう。《月花》の美しい小鳥たち。オレはセブンアイズの1位、エッカルト・アーレルスマイアー。享年29歳だ。趣味は酒池肉林。酒と肉欲こそがオレの望み。というわけで、ユルキ・クーセラ。オレとやらないか?」
「やらねぇよ。クーセラ家の家訓なんだよ、舌噛みそうなファミリーネームの奴とは寝るなってな」
「お前はどうだ?」とエッカルトがラウノを見る。
「僕は男とは寝ない。まぁ、女とも寝ないけどさ。一応、妻帯者だから」
それは幻である。ラウノの妻はすでに死んでいる。
「わたしも寝ないわよ? 誘われてないけど先に断っておくわね」
ルミアは淡々と言った。
「ふむ。オレは和姦しか興味がない」エッカルトが言う。「だから、まずはお前たちを痛めつけて、オレとやりたいと言わせよう」
エッカルトが闘気を放ったと同時に、ルミアが天使を召喚。
天使の斬撃をエッカルトが後方に飛んで躱す。
ルミアは更に天使を呼び出す。
2番目の天使は店の壁を斬って出入り口を作った。
ユルキがライリを抱いてそこから外へ。
アスラ人形も外へ。ラウノは立ち上がって短剣を両手に装備。
「ほう。これが有名な【神罰】か」エッカルトが双剣を抜く。「面白い」
酒場のまばらな客たちが悲鳴を上げて、店の入り口へと走った。
店主も奥に引っ込んだ。
「冗談じゃないわ」ルミアが言う。「なんだって連続で化け物に襲われなきゃいけないのよ? それがわたしの運命なわけ?」
ルミアは半分、生き残ることを諦めていた。
でも最悪、ライリだけは逃がす。
ユルキとラウノは傭兵だ。死ぬ覚悟はある。でもライリは、やっと前向きに生きようとしているのだ。
「オレが化け物に見えるのか? すごぶる美形のいい男だろう? だからやろう。お前を見ていると勃起する」
言葉の通り、エッカルトの股間が膨らんでいた。
「しかも変態だなんて……わたしは変態に好かれる特性でも持ってるのかしら?」
アスラを筆頭に、ノエミ、実の妹、そしてエッカルト。
ルミアの天使たちが、ルミアの左右に移動。
入れ替わるように、ラウノが壁の穴から外へ。
「そうか。お前たち魔法兵は狭い室内より街全体を戦場にする方が得意だったな」
「言い方……」ルミアが苦笑い。「まるでわたしらが戦火を広げてるみたいじゃないのよ、その言い方だと。遮蔽物のある場所で戦うのが得意ってだけよ」
「ところで性行為の経験は?」
「ないわ。でもすごく興味があるの」
言ったあとで、ルミアは右手で自分の頭を押さえた。
脳が痺れるような、妙な感覚があった。
「お前はもう嘘を吐くだけの思考能力がない」エッカルトが言う。「オレのスキルだ」
「なるほど。でもそんなの、正直者のわたしには何の意味もないわね」
片方の天使がエッカルトに向かって行く。
エッカルトは流れるような美しい動作で天使を斬り刻む。
あまりにも美しい動作だったので、ルミアは感嘆の声を上げた。
「流水のエッカルト、と呼ばれていたこともあった」エッカルトが笑顔で言う。「まぁ、生前の古い話だがな」
「そう。確かに流水を思い起こさせる見事な技ね」
テクニックを持った人間が魔物になった時、恐ろしいまでの戦闘能力を発揮する。
魔物の腕力や速度、魔力が加わるから当然だ。
ルミアはさっきの攻防で、エッカルトがノエミより強いことを理解した。
「褒められると嬉しいものだ」エッカルトが言う。「ルミア。お前は本当に美しい。そして扇情的だ。なにがなんでも、お前とやりたい」
「聞きたいのだけど」ルミアが言う。「もしもわたしが寝ると言ったら、ユルキとラウノは逃がしてくれるのかしら?」
勝ち目はほぼない。逃げるのが得策だ。
逃げるのも叶わないなら、せめてユルキとラウノのどちらかは生かしたい。
「いや、悪いがそれはない。お前たちとやったあと、オレはお前たちの首をアイリスに届けてこう言うんだ。お前のせいだぞ、って」
「アイリスに何か恨みでもあるわけ?」
「死ぬほど痛めつけたのに、オレとやらないと言うから」エッカルトが肩を竦めた。「その上、逃げ出したようだ」
「なるほどね。あなたが《月花》を狙う組織のボスってわけね」
アイリスからアスラへ。アスラからブリットへ。そしてアスラ人形を通して、ルミアたちはアイリスの状況を知っている。
「さぁ、最後のチャンスだルミア。今なら、痛い目に遭わずに済む。やらないか?」
「わたしの人生知らないの? 屈すると思う? 愚かな人ね。わたしは痛みでは落ちないわ。それとね?」
ルミアがクスッと笑う。
「正直な意見なのだけど、あなたは酷い死に方をするわ。だって、わたしと団員2人を殺すんだもの。アスラが許すわけない。あなたは悲惨に死ぬ。あなたの仲間のように」
天使がルミアの前に移動。
ルミアは壁の穴から外へ。
エッカルトは天使を斬り裂いてからルミアを追って外へ。
エッカルトが出たと同時に、ルミアたちは3方向から攻撃した。
ルミアが屋根から【閃光弾】を放ってエッカルトの視界を奪う。
ラウノがエッカルトの右側から【加速】を乗せた短剣を2本連続で投げた。
ユルキは左側から炎をまとわせた短剣を投げる。
◇
エッカルトは閃光で完全に目をやられた。何も見えない。
だが気配だけで短剣三本を双剣で叩き落とす。
「まぁ、わたしたち抵抗するから、殺すのきっと苦労するわよ?」
ルミアの声はエッカルトの上から。
エッカルトは真っ直ぐ飛び上がり、ルミアの声がした場所を攻撃したが空振り。
ルミアはもうそこにいない。
バカな、とエッカルトは思った。
ルミアの思考能力は奪っている。計算して戦うなんて不可能だ。
なのになぜ、連携できる?
エッカルトは知らない。魔法兵の連携は、何も考えていなくても自然に連携してしまうレベルまで洗練されていることを。
ルミアはアイリスとは違う。《月花》の元副長である。
思考を奪われたのは、ルミアにとって痛手ではない。
そもそも、ルミアは元から経験と本能で戦えるのだから。何も考えずにただただ、目の前の敵を斬り殺していた時期だってある。
考えるより先に身体が動くタイプなのだ。
優雅な見た目からは想像もできないぐらい、ルミアはバリバリの脳筋なのだ。
エッカルトが着地。
同時に右手に熱を感じ、剣を手放した。
その判断は正しい。エッカルトには見えていないが、ユルキの火が剣に移っていたのだ。短剣を叩き落とした時のことだ。
「次はどこからだ?」
視界ゼロでもエッカルトは戦える。
だがしばらく待っても攻撃はなかった。
「……勝てないと悟って逃げたのか……」
エッカルトは怒りで沸騰しそうになった。完全に虚仮にされた。
ルミアはまるで戦うかのような口ぶりだった。だからエッカルトもそのつもりだったのだ。
ルミアに嘘を吐くだけの思考能力はないはず。
ルミアの言葉を正しく解釈するとこうだ。
抵抗とは即ち逃走という意味。
最初から逃げるつもりだったのだ。
嘘を吐いていない。言い換えているだけ。
ルミアは思ったことをそのまま言っている。
本気で心から、退却することも抵抗のうちだとルミアは思っているということ。
「どいつも! こいつも!!」
エッカルトは怒りに任せて叫んだ。
「皆殺しだ!! この街の住人を皆殺しにしてやる!! お前たちのせいだぞ!! ルミア!! 特にお前だ!!」
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