第9話 まだ誰も知らない死の気配 崩壊の序曲か、それとも?


 神王城の玉座に、ナシオが座っていた。

 ナシオの前には大英雄のエステル・モルチエが立っている。

 ここは謁見の間だが、他には誰もいない。


「神王様の葬儀も全て終わりました。ファリアス様。予定通り、国民には病死と発表しています」


 エステルはいつも通り、赤毛をポニーテイルに括っている。

 純白のフルプレートアーマーもいつもと同じ。


「どうでもいいよ、そんなこと。彼が誰に殺されたのかも、興味ない」ナシオが言う。「それより君は、ゾーヤの願いのためにゾーヤ信仰を終わらせる覚悟はできたかい?」


「はい。苦渋の決断ですが、私が愛し、崇め、委ねるのはゾーヤ様のみ」エステルのルビーみたいな真紅の瞳は決意に満ちている。「であるならば、ゾーヤ様のため、この国のゾーヤ信仰を滅ぼしましょう。私自身の信仰心は内に秘め、スカーレットなる者に従いましょう」


「統一が終わったあと、スカーレットを殺してもいい」ナシオが言う。「そして再びゾーヤ信仰を取り戻せばいいさ。その時は君が王だ」


 まぁ、無理だろうけど、とナシオは思った。

 スカーレットは怪物だ。誰も彼女を殺せやしない。

 自然に死ぬのを待つだけだ。目を伏せ、頭を床に擦りつけ、殺されないように従って、ただ彼女の寿命が尽きるのを待つだけだ。


「ありがとうございますファリアス様。ゾーヤ様の弟君。私は全て、あなたに従いましょう。どこの誰かも知らぬスカーレットなる王も、受け入れましょう。大切なのは、その者ならばゾーヤ様の願いであるフルセンマーク統一が可能だということでしょう」


「君が従順な信者で嬉しいよ」ナシオが笑みを浮かべる。「現時点で、スカーレットは僕、君、メロディを手に入れた。更に僕の手元にはアクセル・エーンルートの死体がある。まぁアクセルはまだ復活させないにしても、戦力としては十分だろう」


「そうですね。この国に根付いた信仰を破壊できる戦力です。まぁ、人口は大きく減るでしょうし、半年は必要でしょうが……」

「それはないよエステル。まず人口は変わらない」

「なぜです?」

「まずこの国にも、実はゾーヤ信仰を快く思ってない者たちがいる」


 ナシオは小さく肩を竦めた。


「事実なら見つけ出して過酷な体罰が必要ですね」エステルが言う。「まぁ、その必要はなくなるわけですが、寂しいですね。私は体罰とともに育ちましたから」


 ゾーヤは別に体罰を推奨したわけではない。人間たちの勝手な解釈に過ぎない。


「イーティスは国民総信者と言われているけれど、同調圧力に屈しているだけの連中がいる。他にも信者ではあるけれど、あまり熱心でない者もいる。よって、殺すのはそもそも人口の2割から3割程度の熱心な信者たちだけで済む」


「なるほど。それでも人口減であることに違いはないかと思いますが?」

「心配ないよ。周辺諸国のアンチゾーヤが集まってくるから。ぶっちゃけ、人口は増える可能性の方が高いってわけ」


「理想郷の真逆ですね」エステルが小さく首を振った。「誰もゾーヤ様を信仰していない国など、吐き気がする」


 エステルは根っからの信者だ。


「その吐き気は我慢してくれ」ナシオが言う。「スカーレットは宗教が嫌いだから」


「信仰のない者たちは、どう日々を生きているのか疑問です」

「ただ生きているのだろうね。それはそうと、信仰を破壊するのに半年も必要ないよ。スカーレットがその気になれば、3日でこの国の住民を皆殺しにできるだろうね」


 ちょっと大げさに言いすぎたかな、とナシオは思った。

 スカーレットは人間なので、体力というものがある。腹も減るし喉だって渇くのだ。


「どんな化け物ですか?」


 エステルが苦笑いした。


「尋常じゃない化け物だよ。常軌を逸した怪物。正気でもないし、正直、僕は恐ろしい。神王はとんでもない者をこの世界に残してしまった。全人類と全魔物が協力してスカーレットと戦ったら、どっちが勝つと思う?」


「そこまで強くはないでしょう?」エステルが言う。「全人類と全魔物なら、当然そちらでしょう」


「まぁ、一気に全部と戦えばそうだけど」ナシオが首を横に振った。「連戦しなくていいならスカーレットだよ。確実に、間違いなく、揺るぎない確信を持って断言する。休憩……睡眠や食事を挟んでいいなら勝つのはスカーレットだよ。あれは絶対者。本来、存在してはいけない者」


「……そこまでですか?」


「嘘だと思うなら試せばいい」ナシオが笑う。「だけど、覚えておいて。彼女はありとあらゆる未来の可能性の中で、数億、数兆と枝分かれした世界の中で、もっとも強い彼女だから」


 ありとあらゆる可能性の中から選ばれた極限の存在。

 森羅万象を漁り尽くし、拾い上げた最強。

 存在しないはずの存在。

 ああ、でも、とナシオは思った。

 この世界線を除いて、だ。


       ◇


「一体、なんとお礼を言えばいいのか……」


 執事ヘルムートはアスラの部屋で膝を折り、泣きながら言った。

 アスラはカーリンたち3人を早めに殺害して、その後ゴジラッシュで中央フルセンへ移動。ヘルムートの孫を救出、西フルセンの実家へと届けた。

 そのことを、拠点に戻って執事に伝えたのが今だ。


「別にいいよ」


 アスラは魔法書を読んでいた。

 すでに日が落ちているので、シャツだけのラフな格好だ。


「わたくしめは、《月花》をスパイしておりましたのに……」


「みんな知ってる」アスラは興味なさそうに言う。「その上で、君を泳がせていた。だから気にしなくていい。君が流した上辺だけの情報に価値はない」


「しかし、それではわたくしめの気が済みません」ヘルムートが言う。「スパイ行為を許して頂いた上、孫まで救出してくださるとは、あなたは神か?」


「……キモいことを言うなよ……」アスラが苦笑い。「私はただの傭兵だよ。君の孫を救ったのだって、アイリスに頼まれたからだよ」


 アスラは魔法書を机に置いた。

 アスラ的には報告してはい終了、ぐらいの軽い気持ちだったのだ。


「それでも、それでもわたくしめは、この借りをどう返せばいいのでしょうか? わたくしめの人生を賭しても、それでも足りないほどの大きすぎる借りでございます団長殿」


 執事はまだ泣いていたし、声も微かに震えている。


「では、今後もうちで執事を続けたまえ」アスラが言う。「もちろん、まずは孫の顔を見に故郷に戻って、それからの話だけれど」


 アスラの言葉に、ヘルムートは酷く驚いた風に目を丸くした。


「君の飯は美味い。給料も支払う」

「しかし、それでは借りを返しきれませんな」

「なんだい? 無給で働くかね?」


「いえ、給料はありがたく頂きます。何か他に、わたくしめにできることはございませんか? ああ、よろしければ」閃いた、という風に執事が言う。「マッサージでもいたしましょう団長殿。わたくし、案外得意なので」


「私の身体に触りたいだけのロリコン……じゃないのは知ってるから、そうだね。よろしく頼むとするか」


 アスラは立ち上がり、ベッドに移動。

 そのままうつ伏せに寝転がった。

 執事は「失礼します」と言ってからベッドに上がり、アスラの背中を指圧する。


「そうだ執事、こういうのはどうだい?」アスラが提案する。「うちの城が襲われたら、毎回君も防衛してくれたまえ。もちろん、自分の命が危険だと思ったら逃げていい。でも、とりあえず守ってくれるとありがたい。危険手当はなし」


「もちろんでございます。命に代えても、誰1人失わないと誓いましょう。逃げるならばわたくしめが殿でございます」


「そこまでは望んでいないよ。ほどほどでいい」アスラが言う。「私は仲間を失うのが大嫌いでね。殿なら私がやる」


「お優しいですな……」


 執事は涙ぐみながら、アスラの背中を丁寧にほぐす。


「いや、魔法兵を1人育てるのにどれだけの金と時間が必要かって話さ」アスラが言う。「私が目指しているのは歴史に残る最強の傭兵団なんだよ。1人1人が超一流の魔法兵で構成された、究極の部隊。まぁ、今のところ、そこまで届いてはいないけれど、みんな日々成長している。数年で私らは名実ともに最強の座につけるだろう」


 余計なことをしなければ。

 たとえば、《天聖》と敵対するとか、そういう愚かさの頂点を極めなければ。


「なるほど。団長殿は実は照れ屋さんである、というわけですな」

「いや違う。いつ私が照れた?」


 アスラは苦笑い。

 背中をほぐし終わった執事が、今度はアスラの腰を丁寧にマッサージする。


「それにしても、13歳の少女とは思えない体つきでございますね」

「胸の話なら蹴るよ?」

「……この位置から団長殿の胸は見えませんが?」

「ああ、そうだね。みんな私の胸をバカにするから、ついその話かと思ってしまう」

「これから成長しますとも」

「だといいがね」


 アスラは目を瞑った。

 何気にマッサージが気持ちいい。

 しばらくマッサージに身を委ねていると、執事はアスラの尻をスルーして太ももに手を移した。


「執事」

「はい団長殿」

「大臀筋もほぐせ。別にセクハラで訴えたりしない」

「……分かりました。年齢的にも、尻は嫌かと思った次第でございます」

「君の年齢? それとも私の?」

「団長殿のでございます。難しい年頃だと聞きますので」

「別に難しくないさ。ティーンエイジャーにはソシオパス予備軍が多いってだけ」

「そうでございますか」


 執事はアスラの尻を揉み始める。

 いやらしい意味ではない。大臀筋をほぐしているだけだ。

 もしもレコがこの場面を見たら、涙を流して悔しがるところだが、執事もアスラもやましい気持ちは一切ない。


「ああ、ソシオパスって言うのはね……」


 アスラはソシオパスについて執事に丁寧に教えた。

 話している間に大臀筋のマッサージが終わり、脚のマッサージに移行した。


「ではレコお坊ちゃまはソシオパスですか?」

「そうだよ。真性のソシオパス。私に近い。実力さえ確かなら、私が死んだらレコが団長だね」


「なるほど。《月花》はみなソシオパスかその予備軍に見えます」

「そうだね。私もそう思うよ」

「つかぬことを伺いますが、団長殿がもっとも信頼しているのは誰でございましょう?」

「なぜ急に?」


「ただの興味でございます。どのような基準で、どのような人物を信頼するのか、知っておきたいとでも言いましょうか。わたくしめにも関係のあることですし。今後もお世話になる予定ですので」


 執事は休むことなくマッサージを続けている。


「団員としてならマルクス」

「なるほど。副長殿というわけでございますな」

「人間としてならユルキかな」

「ほう。ユルキ殿? チャラチャラしていて、不真面目な風に見えますが?」


「節穴だなぁ……」アスラが少し笑った。「三枚目を演じているだけだよ、あいつは。たぶん私らの中で、一番いい奴だね。あ、アイリスは省いてるけどね」


「ほう。いい奴ならラウノ殿もでは?」

「そうだね。ラウノもいい奴だ。でもユルキには勝てない。あいつ、得た金の大半を世界中の孤児院に寄付してやがるんだよ?」

「人は見かけによりませんねぇ」


 執事は感心した風に言った。


「あと団員じゃないけど、ルミアのことは信頼しているよ。全人類の中で一番信頼していると言ってもいい。まぁ前に裏切られたけど、それも愛嬌だね」

「助かって良かったですね。心からそう思います」


「助かったんじゃなくて助けたんだけど、まぁいいか」アスラが笑う。「生きていて良かったよ。願えるなら、幸福な人生を送って欲しいね」


       ◇


 翌朝。

 ラヘーニ王国にて。


「よぉブッチー君。《月花》と元《月花》、合わせて3人もいるのか」


 セブンアイズの1位、エッカルト・アーレルスマイアーが言った。

 その右腕ではセブンアイズの4位、ハヤブサのブッチーが翼を休めている。


「そう! 3人いる! ちなみにアイリスは逃げた! 逃げた!」

「とことん腹の立つ女だアイリス・クレイヴン。ここにいる3人、全部殺してアイリスに首を送りつけてやる。もちろん、一発やってから殺すがな」

「エッカルトは変態! 超変態!」

「ふん。ブッチー君はオスだったかな? ケツの穴はあるんだよな?」

「さよなら! さよなら!」


 ブッチーは急いで空に舞い上がった。


「つれない奴だな」エッカルトが溜息を吐いた。「まぁいいか。ユルキ・クーセラ、ラウノ・サクサ、そしてルミア・カナール」


 それぞれの似顔絵を思い浮かべ、エッカルトは笑みを浮かべた。


「全員美形とか、すでにギンギンだ。早く連中のところに行こう。そしてやろう。もちろん和姦だ。やりながら殺そう。殺しに合意は不要。オレの気分で殺そう。ああ、アイリス、お前のせいだぞ?」

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