第7話 私のパンツでも食ってろ 美味いだろう? 美味いよね?


 深夜。

 アスラは豪華なベッド眠る神王の頬をペチペチと叩いた。

 ここは神王の寝室。部屋の四隅の燭台だけ火が揺れている。全体的に薄暗いが、夜中に目を覚ましても周囲が認識できる明るさ。眠るにはいい感じだ。

 イーナはゴソゴソと部屋の中を漁っている。金目の物が多いので、どれを持って帰るか迷っているのだ。


 神王が目を開き、そしてアスラと目が合う。

 神王が口を開けて何かを叫ぼうとした。だけどその前にアスラが神王の口に布を突っ込んだ。

「しぃ」とアスラが人差し指を自分の口に当てた。

 神王は怯えた風な表情を浮かべる。


「君、私ぐらいの年齢の女の子が好きなんだろう?」アスラが優しく微笑む。「だから私のパンツを食わせてやった。よく噛み締めたまえ。実に美味いだろう?」


 神王は何がなんだか分からない様子で、口の中の布を味わう気配はない。


「団長……それ、宿の雑巾……」イーナが言う。「パンツじゃない……」


「ロリコンの神王様なら、雑巾もパンツだと思ったら元気になるかと思ってね」アスラが肩を竦める。「てか、私のパンツとか勿体ないじゃないか。こんなクズに食わせるぐらいなら、レコにやった方がまだマシだよ」


「……レコは普通に食べそう……」

「どうかな? あいつは私そのものが好きなのであって、私の身に付けている物にはあまり興味なさそうだがね」

「……食べるか気になる。……今度与えてみて?」

「いや、本当に食ったら、それはそれでビビるから止めておこう」


 アスラはニコニコしている。

 だが神王はずっと怯えている。理解が追い付かないのだ。

 夜中に頬を叩かれて目覚めたら、いきなり口の中に雑巾を突っ込まれたのだから当然と言えば当然だが。


「さて神王。私は君にいくつか質問がある。答えてくれるね?」


 アスラが問うと、神王が小さく頷いた。


「よろしい。では雑巾を取るけど、大きな声を出してはいけないよ? もしそんなことをしたら、この場でアッサリ殺しちゃうからね? 分かったらまた頷くこと」


 アスラの言葉に、神王が頷く。

 アスラがゆっくりと、神王の口の中の雑巾を取った。


「き、貴様は……」

「勝手に喋らない」


 アスラは再び雑巾を神王の口に突っ込んだ。

 神王は口の中に広がる不快な味と臭いに表情を歪めた。


「いいかい? 私がいいと言うまで、喋っちゃダメだよ? 命令通りにできたら、今度こそ本当に私のパンツを食べさせてあげてもいい。欲しいだろう?」


 神王が首を横に振った。


「おいおい、君はロリコンだろう? そこは欲しがっておくれよ。色々と調べたから知ってるんだよ? 君の被害者はみんな私ぐらいの年齢だった。銀色の神様の像の前でやるのが好きなんだよね? ノエミがゾーヤを嫌いになった原因、絶対それだろう?」


 アスラは再び雑巾を取った。

 神王がアスラをジッと見詰める。


「喋ってもいいよ。そうだなぁ、質問を1つ許そう。何でも聞いておくれ」


 アスラはとっても楽しそうだった。


「な、何者だ……? ワシを誰だと……」

「質問は1つだよ。私は2秒で君を殺せる。そのことをしっかりと理解したまえ」


 アスラが睨むと、神王は酷く怯えた表情を見せた。

 神王にとって、アスラの視線は未だかつて経験したことのないものだった。冷たく、おぞましく、底が見えない。


「さて、私が何者であるか、という質問に答えてあげよう」アスラが楽しそうな表情に戻った。「私は傭兵団《月花》の団長アスラ・リョナだよ」


「貴様が……あのアスラ……」


 神王は目を見開いた。


「おや? 神王様が私を知っているなんて光栄だね。実に嬉しいよ。では私がどんな人間なのかも、当然知っているね?」


 アスラが笑う。

 大きく口角を釣り上げ、悪意たっぷりに笑った。

 その表情が恐ろしく、神王は咄嗟に布団を被ろうとした。

 しかしアスラが布団の上に座ったので、神王は布団に隠れることができない。


「子供じゃないんだから、布団に潜ったって無駄だよ?」アスラがヘラヘラと言った。「さてそれじゃあ、君に質問だよ。君は引退するらしいけど、神位を誰に譲るんだい?」


 興味本位の質問だ。別に誰が次の神王になろうと、アスラには何の関係もない。


「引退するのは、ワシがもう……長くないからで……後任はまだ……話が付いてない」

「なるほど。まだ正式に決定していない、というわけだね」

「ワシが推薦している者が……受けないのだ……。それで、困っている……。友人が説得している最中であるが……。そんなことを聞くために、ワシの寝室に忍び込んだのか?」


「まさか。そんなわけないだろう?」アスラが笑った。「でも、警備はもう少し厳重にした方がいいよ? いや、まぁ神王を殺そうなんてこの国じゃ誰も考えないのだろうけどさ」


 国民総信者。

 神王による性的暴行の被害者たち以外は、誰も神王に逆らわない。

 そしてそんな国だから、被害者たちは憲兵に通報することもできない。もし神王に襲われたなどと口にしたら、逆に神王への侮辱罪で酷い目に遭うからだ。


「……別に、警備が緩いわけじゃないし……」イーナが呆れた風に言う。「あたしらだから……潜入できただけ……」


 イーナは鞄を肩から提げている。

 その鞄の中に、よく分からない小さな調度品を仕舞った。元盗賊の勘で、その調度品が高価だと思ったのだ。

 イーナは更に物色する。


「さてそれじゃあ、質問その2」アスラがベッドの隅に座ったまま言う。「君たち神王は何か特別な魔法を受け継ぐ、と聞いたのだけど、それについて説明しておくれ」


 アスラは魔法兵だし、魔法が好きだ。

 ロマンを感じるし、実戦でも使える。だから魔法のことはなるべく知っておきたい。

 まぁそれはそれとして、特別な魔法なんて聞くと、疼くのだ。私も使いたい、と。


「なぜそれを……」


 神王は心底、驚愕した風に言った。


「うん。君の側近が吐いた。酔って気持ちよく吐いた。ゲロの話じゃなくて、そういう魔法があることをね」アスラが言う。「でも中身は知らないってさ。だから教えておくれ?」


「それは……話せない」

「ふむ。それは困ったね」


 アスラは笑いながら雑巾を神王の口に突っ込んだ。

 それから短剣を出して、笑いながら神王の腕を刺した。

 神王が悲鳴を上げようとしたが、雑巾のせいで声にならない。

 神王が痛みにもがくが、アスラが「しぃ」と短剣を持っていない方の人差し指を自分の唇に当てた。

 その様子が、神王には酷く恐ろしかった。

 アスラは終始、笑顔なのだ。


「残念だね神王。利き手だろう?」アスラが言う。「もう女の子を叩いたり、殴ったりできないね」


 アスラは神王の腹の上に乗って、短剣を更に深く突き刺した。

 神王が首を振り、身体を跳ねさせる。

 しかしアスラが上に乗っているので、神王はほとんど動けていない。


「暴れちゃダメだよ? 殺しちゃうよ? 近衛兵が来たら、そいつらも殺しちゃうよ? ふふっ、なんなら、ゾーヤを信仰する全ての人を殺そうか?」


 そう言ったアスラの表情があまりにもおぞましく、神王はガタガタと震えた。


「……それは、いい考え……」


 イーナがウンウンと頷いた。

 そして金細工の手鏡を手に取る。

 神王たる者、身だしなみも大切だ。まぁ、もう使うことはないけれど、とイーナは思った。

 そのまま手鏡を鞄に仕舞う。


「よし、大人しくなったね。でも刺したままにしておこうね? 失血死されるとつまらないから」


 言いながら、アスラは雑巾を引っこ抜いた。


「で? どんな魔法なんだい?」

「……話せば、ワシを解放するのか?」


「そうだねぇ、解放すると約束しよう」アスラが言う。「実は質問はそれで最後なんだよね。だから、答えてくれたらもう用はないよ」


「……ワシらの魔法が目当て……か」神王が言う。「かつて、ゾーヤより与えられし神域属性・時空」


「時空だって?」


 アスラが目を細め、神王が頷く。


「あまりにも膨大な魔力を使用する故、生涯で一度しか使えない……。ただし【継承】は除く」

「それも魔法かね? その【継承】ってやつ」

「そうだ。ワシらは代々、【継承】してきたのだ、この時空魔法を」

「具体的に何ができるんだい? 過去の改変とか?」


 もしそうであるなら、あまり有効な魔法ではない。

 過去を改変しても、アスラの知る限り今に影響はない。その時点で世界が枝分かれするだけだ。

 よって、改変する意味がない。

 神王が首を横に振った。


「望んだ者を別の時空から召喚する魔法だ」

「君はそれを使ったのかい?」


 神王が頷いた。


「私を望んだかい?」

「まさか。誰が貴様など……」


 神王が吐き捨てるように言った。


「ワシが望んだのは、世界を変えうる者だ」

「やっぱり私じゃないか」

「……自意識過剰にも、程がある……」


 だが、アスラにその能力があることを神王は知っている。

 ナシオがそう言っていたからだ。

 そして今、実際にアスラと対面して感じた。

 きっとアスラにもフルセンマーク統一は可能だろう、と。

 だが、それをさせたくない、と神王は強く思った。

 こんなおぞましい小娘が、統一の偉人として歴史に名を残すなど許せない。

 対面して分かったのは、アスラの能力だけじゃない。

 その狂気も、十分に伝わった。


「10年ほど前かい? 使ったのは」

「違う。最近だ」


 アスラの脳裏に、金髪の女性の顔が浮かんだ。

 あの女性の言葉から、その正体をいくつか推測していた。

 そして、今、繋がった。

 世界を変えうる力を持ち、本物のジャンヌを倒した者。


「《天聖》……?」アスラが呟いた。「君が呼んだのは《天聖》アイリスか?」


「だったらなんだと言うのだ!? 世界は彼女に委ねられた!! 彼女次第だ!! 彼女が再び統一を始めれば、瞬く間にそれが完了する!! すでに一度、彼女は天下統一を果たしているのだから!!」


 神王は笑いながら、大きな声で言った。


「クソ、でかい声を出しやがって……」


 アスラは新たに短剣を出して、神王の喉を裂いた。


「……団長、足音……がする。近衛兵が……来る。窓から逃げよう」


 言いながら、イーナが自分とアスラに【浮船】を使用。

 アスラとイーナは同時に窓に突っ込んで、そのまま外へと飛び出した。

 神王城の三階だが、【浮船】があれば問題ない。

 ゆっくりと落下しながら、アスラは考えた。

 あの《天聖》とかち合うのはマズい。確実にこっちが殺される。むしろ天下統一を手伝って金を貰う方が得だ。

 けれど。

 戦うのも楽しそうだ。みんな殺されるのもまた楽しい。血の海に溺れてみたい。

 ああ、でも。

 こっちにもアイリスがいるのだ。

 ならば勝てなくもないか?


 こっちのアイリスの方が、最終的には強くなるはずだ、とアスラは思った。

 アスラは真剣に、《天聖》が動き出したらどうするべきか考えていた。

 無難にいくなら《天聖》に雇われる。

 楽しくいくなら《天聖》の敵に雇われるのがいい。

 どちらにしても稼げるし、スルーはない。

 ああでも、《天聖》の敵は見合うドーラを払えるかな?

 

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