第6話 拷問注意、ズタボロのアイリス 薄暗い闇の中での覚醒


 アイリスはついに漏らした。

 首と両手首を木製の枷で固定され、アイリスは身体の自由を奪われている。

 枷は鎖で吊されていて、アイリスは立った状態だ。

 両足首には鉄製の枷と鎖が装着され、鎖は床に繋がっている。

 アイリスはほとんど動けない。


「ふぅ、英雄様のお漏らしなんて貴重ねぇ」


 カーリンはお仕置き用の棒鞭をビュンビュンと振りながら言った。

 ここは酒場の地下。スロたちの商会で使っている拷問ルームだ。


「すでに1000打以上」スロが言う。「よく耐えたほうですがねー」


 スロは椅子に座ってカーリンの鞭打ちを見学していた。

 スロの隣にはナラクも座っている。


「これも2本目だし、頑丈な身体ね」


 カーリンがアイリスの背中を打った。

 すでにアイリスの身体は赤い筋で覆われている。胸、腹、太ももの前。それから背中、腰、尻、太ももの後ろ。

 合計1000打以上。800打あたりで、1本目の棒鞭が折れた。

 アイリスの身体は、もはや正常な皮膚を探す方が大変なレベルだった。


「それで?」カーリンがアイリスの前に回る。「そろそろボスと寝る準備はできたかしら?」


 アイリスは答えなかった。

 気を失っているのだ。途中で何度も気を失ったのだが、容赦なく打たれて目を覚ました。その繰り返しだ。打たれて気絶し、打たれて目を覚ます。

 ちなみに、ナラクがアイリスの生死を管理していた。アイリスが死なないように、適度な休憩を挟むようカーリンに言ったし、アイリスに水も与えた。


「あら? また気絶だわ」


 やれやれ、とカーリンが小さく首を振った。


「これを使えば一発で目覚めるのですけどねー」


 スロは『苦悩の梨』と呼ばれる凶悪な拷問器具を持っていた。


「バカね」カーリンが溜息を吐く。「破壊しちゃったらボスが怒るでしょうが」


「分かってますよー」スロが言う。「だから使ってないでしょうに。はぁ、使いたかったですねー」


 スロは立ち上がって歩き、『苦悩の梨』を棚に戻した。


「まぁ、焼き鏝の準備がいいようですのでー? 次は焼いてみましょうかー」


「顔を焼きましょう」カーリンが言う。「こいつ何気に可愛いのがムカつくでしょ?」


 用意された焼き鏝は、西側の物だ。主に奴隷に印を付けるのに使用する。拷問での使用はあまり多くない。


「いいですねー」スロがニヤニヤと言う。「可愛い顔に奴隷の印を付けてやりましょう。でも楽しみはあとにして、先に全身いきましょうカーリンさん」


 スロが焼き鏝を手に取る。

 カーリンも取った。焼き鏝は全部で3つ用意されている。


「その前に」ナラクが言う。「死なれたら困る。薬塗る」


 ナラクが立ち上がり、持っていた瓶の蓋を空ける。

 そしてクリーム状の傷薬を指に取って、アイリスの身体に塗り始めた。


「気が利くわね」カーリンが言う。「ナラクが居なかったら私、殺しちゃってたかも」


「アサシン同盟は、拷問による情報収集をすることもある」


 ナラクはアイリスに薬を塗りながら言った。

 要するに、殺さないよう調整するのに慣れているのだ。

 反面、カーリンは遊びの拷問で奴隷を殺し続けたので、加減がよく分かっていない。

 スロとカーリンは焼き鏝を置いて、ナラクの作業が終わるのを待った。

 ナラクはゆっくり丁寧に薬を塗る。それは優しさではない。死なせてはいけない、という義務感だ。

 アイリスが死んだらボスが怒る。目的はあくまで、アイリスにボスとの性行為を承諾させることだ。

 アイリスは美しい。だから、ボスがこだわるのもナラクには理解できた。

 ナラクは作業が終わると、手拭いで自分の手を綺麗に拭いた。アイリスの血が付いてしまったからだ。


「それじゃあ、まずはコレで起こしましょうか」


 カーリンが焼き鏝を手に取る。


「どこにしようかしらん?」


 カーリンはとっても楽しそうに、アイリスの周囲をグルグルと回った。

 そして、アイリスのお腹に焼き鏝を当てた。


「ぎゃあああああああああああ!!」


 アイリスが絶叫しながら目を覚ます。


「いい声ね! 本当いい声!」カーリンが恍惚の表情で言う。「英雄なんて言っても、所詮は人間よね! こうなったら奴隷どもと大差ないわね!」


「……もう、殺……」

「ダーメ!」


 アイリスの掠れた言葉を、カーリンが遮った。

 カーリンは焼き鏝を持っていない方の手で、アイリスの頬を掴んでいる。


「あなたは、玩具なの。殺したりしないわ。もっともっと、泣いてちょうだい。英雄を拷問する機会なんて滅多にないものね。楽しくて仕方ないわ」

「カーリン、目的忘れないように」


 楽しさで我を忘れそうなカーリンに、ナラクが釘を刺した。

 カーリンがアイリスから離れる。


「では次は私が」


 スロが焼き鏝を手に取って、カーリンは置いた。

 スロはアイリスの背後に回って、右の尻に焼き鏝を当てた。

 再びアイリスが絶叫する。

 大粒の涙をボロボロと零しながら、苦痛に顔を歪め、叫んだ。

 その様子を、ナラクは綺麗だと思った。

 カーリンも思った。

 アイリスの美しさは、歪んでも衰えない。

 それどころか、歪みが美しさを増加させているようにさえ見える。

 泣き叫ぶアイリスは扇情的で、もっとズタボロにしたいと3人は思った。


「もう……無理……」


 嗚咽混じりのアイリスの言葉は、耳から入って心を刺激する。

 3人はたまらなくいい気分だった。


「あなたが無理かどうかんて、関係ないの」カーリンが言う。「ボスと寝るって言うまでね」


 カーリンが新しい焼き鏝を手に取る。


「そろそろ顔いいでしょう?」とカーリン。


「……無理だって……」アイリスが言う。「もう、限界……。もう、もう耐えられないぃぃぃぃぃぃ!!」


 叫び、アイリスは同時に闘気を使用した。

 激しい怒りに満ちた闘気に当てられ、スロとカーリンが怯んだ。


「大丈夫、闘気は怖くない」ナラクが言う。「十全の力が出せるだけ。強化されるわけじゃない。アイリスの腕力で鎖は切れない」


       ◇


 膨らむ殺意。

 抑えて、抑えて、必死に耐えた。

 アイリスは自分の中で広がる闇を、抑え込もうと必死だった。

 初めて人間を殺したいと思った。心から思った。「もう殺す」そう呟きそうになって、だけどカーリンがそれを止めた。

 もう一度頑張ろう、ってそう思ったけれど、ダメだった。無理だったのだ。

 痛みと屈辱の中で、顔を焼くと言われて、結局、何かが弾け飛んだ。

 理性なのか、善性なのか、分からないけれど、何かが壊れた。


「もう殺すぅぅぅぅぅぅ!! 殺してやるぅぅぅぅぅ!! お前たちは殺してやるんだからぁぁぁぁぁ!」


 アイリスは闘気を更に高めた。

 それを、アイリスは知っていたけれど、見たことはなかった。

 メロディが闘気の更に上位の技を使ったと聞いただけで、見てすらいない。

 それにアイリスは魔法兵だ。闘気すら最近では使わなくなっていた。


「ちょっと待って」ナラクが言った。「これ、何?」


 アイリスの周囲で激しく螺旋を描く赤いMP。

 以前、アスラ・リョナはアイリスを天才だと思った。そして、いつか死ぬならアイリスに殺されたいとすら思った。

 それほどまでに、圧倒的な才能だったのだ。

 惚れてしまうほどの才能を、アイリスは秘めていた。

 歴史上、もっとも若くして英雄になったのがアイリスだ。


 可憐な容姿、隠しもしない善性、極限の才能。

 そして、教わったことを素直に吸収する能力。教わっていないことも、勝手に覚えていく。

 アイリスは中央の剣術を、見て真似て覚えたこともある。

 MPの取り出しも一発だった。魔法だってすぐ覚えた。

 アイリスにとっては、知っているだけで十分だったのだ。それが存在すると、知っていれば辿り着ける。

 即ち。


 マホロの奥義である『覇王降臨』。

 アイリス・クレイヴン、最初の覚醒。圧倒的に早い覚醒。

 闘気は本来の実力を発揮するためのもの。

 そして『覇王降臨』は本来持つ以上の力を発揮するためのもの。

 アイリスを中心に衝撃波が起こって、カーリンたちは壁に叩きつけられた。

 アイリスは最初に足の鎖を床ごと剥がした。鎖そのものは切れなかったが、床を破壊することで自由を得た。


 天井も同じだ。木製の首かせは壊せないが、それに繋がっている鎖を天井ごと落とした。と言っても、天井の板一枚だけだ。

 天井そのものを崩落させたわけじゃない。

 アイリスは跳躍し、最初にナラクを蹴った。

 ナラクの身体は壁にめり込み、嗚咽を漏らす時間もなく気絶。


「これを外せぇぇ!! この枷を外せぇぇ!!」


 アイリスは気絶しているナラクを再度蹴った。

 ナラクは痛みで目を覚ます。だがダメージが大きすぎて動けない。

 アイリスは次に、部屋の隅で震えているスロに近寄った。


「外さないなら殺す」とアイリス。


 スロは震えながら、枷の鍵をポケットから出した。

 しかし震えすぎて、鍵を落としてしまう。

 スロは必死に鍵を拾い、立ち上がり、アイリスの枷を外した。

 枷が床に落ちる。

 同時に、アイリスはスロの顔面にパンチした。

 スロは鼻の骨が砕け、ひっくり返り、そのまま気絶。

 そしてアイリスはカーリンに目を向ける。


「ま、待って、私は、命令されて仕方なく……」


 報復を恐れたカーリンが、ガタガタ震えながら言い訳した。


「服脱いで」とアイリス。


 カーリンは最初、何を言われたのか理解できなかった。


「服、脱がないなら殺す」とアイリス。


 カーリンは慌ててベージュのドレスを脱いだ。

 アイリスがそのドレスを拾って、自分で着た。サイズが少し大きいけれど、全裸よりはマシ。

 ドレスの生地が全身の傷に触れているけれど、今のアイリスは痛みをあまり感じていない。


「舌を引き抜いて、目玉を抉って」アイリスがカーリンを見る。「他には何をしようかしら? スロが持ってた器具、あれ使ってみる?」


 アイリスの言葉で、カーリンが漏らした。

 カーリンはもう完全に腰が抜けていて、立つこともできない。まぁ、立てたからと言って、今のアイリスの前では何の意味もないけれど。


「なんてね」


 アイリスはカーリンの顔を蹴った。

 カーリンは引っくり返って気絶。

 アイリスは部屋の中を漁ってロープを発見。3人をキツく縛り上げる。

 そして『覇王降臨』を終了させた。

 その瞬間、全身の痛みが戻ってアイリスは呻いた。

 気絶するかと思ったけれど、それはできない。気力だけで、アイリスは自身の意識を保った。


 早くここを出て、憲兵を呼ばなくては。

 結局、アイリスは3人を殺さなかった。

 殺すつもりだったのだが、『覇王降臨』で得た圧倒的な戦闘能力が、アイリスの心に余裕を取り戻したのだ。


「でも、怒り任せで殺そうとしたのは、事実なのよね……」


 自分の中に、あれほど激しい憎悪と憤怒が眠っているのだと知って、アイリスは少し怖くなった。

 今後もし、何かで道を踏み外してしまったら、と考えたら恐ろしい。

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