ExtraStory

EX45 新たな脅威の誕生 アスラのために、ただアスラのためだけに


 元貴族王、ナシオ・ファリアスは公園のベンチに座って空を見ていた。

 まるで失業して何もやることがない青年のような雰囲気だ。

 高く青い空を、ハヤブサが滑空している。

 ハヤブサは旋回しながら徐々に高度を下げ、ナシオの隣に着地した。


「やぁブッチー。首尾はどうだい?」

「完璧、完璧!」


 ナシオが話しかけると、ハヤブサは楽しそうに応えた。

 セブンアイズの元4位、連絡係のブッチー。

 ナシオは昔、ブッチーの死骸を見てカッコいいと思った。だから【再構築】を施したのだ。


「それは良かった。僕は本格的にアスラに好かれたいからねぇ」ナシオが言う。「近親相姦でしか興奮しなかった僕が、アスラを好きになるなんてね」


「貴族王、変態、変態!」

「ふふっ、そう。そうだね。実の妹や実の娘でないと興奮しないなんてね。まぁ、理由は分かっているよ。本当に愛していたのは姉さんだから。みんな姉さんの代替品だよ」


 ナシオは再び空を見上げた。

 ブッチーも釣られて空を見た。


「そんな僕の前に、強烈な光……いや、闇かな? 強烈で純粋な闇をまとったアスラが現れた。興味を引かれたよ。今はぶっちゃけ大好きだね。お嫁さんにしたい。初めて、親族以外を好きになれた気がするよ」

「アスラ・リョナ、危険! 危険!」


「そうだね。ともすれば、僕は滅ぼされるかもしれない。でもいいんだ。それはそれで。ふふっ、アスラのために、アスラに好かれるために、僕は全力で《月花》を攻撃する。アスラは戦争が大好きで、戦闘が大好きで、地獄を見たいと願っている。だから見せてあげたいんだよね」


 空が青くて高い。空気が透き通っている。風は少し寒いけれど、ナシオは気にしなかった。


「そのための委員会! 委員会!」

「そうだよブッチー。我らが月花対策委員会に期待しよう。《月花》を本気で憎み、本気で傷つけたい、あるいは殺したいと願う者たちの集団」


 ナシオはスポンサーで、集団のまとめ役ではない。

 魔殲のトリスタンもメンバーなので、ナシオはいない方がいい。魔殲に色々と疑われているからだ。


「ふふっ、フルセンマークの統一とか、フルセンマーク人をまだ外に出さないとか、そういうのはほら、義務って感じだったけど、これは僕の衝動」


 アスラに望む物を与えたい。そして沢山与えたら、プロポーズだ。


       ◇


 月花対策委員会、最初の会合。

 どこかの国の、どこかの会議室。


「つまりですねー、本当は連中、人質が通用するのでは? ってことなんですわー」


 そう言ったのは20歳の男。

 小太りで、ヘラヘラと笑っている。男は多くの貴金属を身につけていた。

 彼の名はスロ・ハッシネン。かつて《月花》に父を殺された商人。


「通用するわけねーだろ、バカか。アスラなら人質ごと殺すっての」


 呆れながらそう言ったのは、魔物殲滅隊のトリスタン。

 黒髪の少年で現在15歳。

 トリスタンは師匠を2人もアスラに殺されている。


「そうでもない」


 酷く冷えた声で言ったのは、17歳の少女。

 フードを深く被っていて、顔は見えない。体型もブカブカのローブで隠している。

 アサシン同盟五代目頭領、ナラク。それが少女の名。

 ちなみに、四代目はジャンヌ軍の崩壊とともに死んだ。アサシン同盟では、頭領がナラクを名乗るのが慣わし。

 少女は元々ナラク候補として育てられていたし、実力的にも五代目に相応しい。


「情報によりゃ、英雄選抜の時にレコを人質に取られて、結局助けたみたいだぜ? 死んだ振りをさせたって話だ。本当は人質が通用する可能性は十分にある。だろ?」


 40歳前後の男が言った。

 元傭兵団《焔》の団長だ。たった1人で巨大な傭兵団を育て上げた戦神。

 まぁ、《焔》はジャンヌ軍の瓦解とともに滅び去ったけれど。


「アーニアでもですねー」スロが言う。「憲兵たちが魔物に人質にされた、という話があるんですわー。それも、アスラが助けたとかどうとかで、1人も死ななかったらしいですわー。噂ですがねー、信憑性は高いですねー。憲兵の中には、まだ私らと繋がってる者もいますからねー」


「そんな言うなら試してみろよ」トリスタンが言う。「俺は無理だと思うがな。お前らが気になるなら試せよ? まぁ俺はやらねーぞ? 通用しねーって思ってっからな」


「ボスは?」


 ナラクが月花対策委員会のボスに視線を向ける。


「男でも女でもいいから、このあとオレとやらないか? 性的な意味で。性的なことを。朝まで」


 酷く美しい容姿の男だった。

 その声は甘く、とろけるように脳に響く。

 色白で、長い黒髪。パッと見ると女にしか見えない。

 その場にいた全員が、ムラムラした。


「背徳的なことをしよう。オレの友達に、近親相姦でないと感じない真性の変態がいるんだが、こいつがなかなか顔がいい。誘ってるんだが、乗ってこない。オレが近親者じゃないからだ。まぁそれはいい。やろう」


 セブンアイズの1位。それが男の本性。もちろん、内緒にしているけれど。

 完璧に素性は偽っている。すでに死んだ人間なので、身元詐称は簡単だった。


「お断りします」


 ナラクの声はいつもより温かみがあった。


「俺もゴメンだぜ」とトリスタン。

「あー、えー、私でよろしいのですかー?」とスロ。


「構わん。人類みな兄弟。オレのモットーだ。男も女も子供も老人もブスも美人も平等に愛してやる」


 自信に満ちあふれたその声に、他のメンバーたちは脳が痺れるような感覚に陥った。


「ぜひやりたいわ!」


 ずっと黙っていた女性が言った。

 20代半ばの女性で、赤毛。かつて大貴族と呼ばれた者。

 コラリー・ジオネ・レレの妹。ジオネ家の現当主だ。まぁ、もう大貴族は名乗っていないが。


「俺っちは遠慮だ」《焔》の元団長が言う。「ボスは綺麗な見た目だが、俺っちは女が好きでね。特にジャンヌ。あいつとは寝たかったぜ」


「俺のモットーは和姦だ。よって、嫌な者とはやらん」ボスが言う。「お前とお前はあとで楽しもう」


 ボスはスロとジオネ家の当主を順番に指さした。


「おい、それで人質が通用するかどうか試すのかよ?」トリスタンが言う。「無駄だとは思うがな」


「試せばいい」ボスが言う。「納得がいくまで試せばいい。仮に失敗しても、人質を殺せばそれは《月花》が1人減るということだ。素晴らしいじゃないか。オレとしては、《月花》の全メンバーとやりたいが、それはそれ」


 ボスは別に《月花》には何の恨みもない。

 ナシオに頼まれた新たな任務として、この月花対策委員会をまとめているにすぎない。


「試したいのは2つですねー」スロが言う。「まず、団長は団員を見捨てるのか。ぶっちゃけ、そこらの一般人を人質に取っても、連中は無視するでしょうなー。しかし、団員ならどうなのか? これをまずは明確にしたいと思っておりますねー」


「拉致するならサルメかレコ」


 ナラクが言った。


「はいー。それには賛成ですねー」スロがヘラヘラと言う。「拉致しやすい上、アスラのお気に入りですからねー。サルメの方がいいかと思いますー。レコは最悪、本当に自殺する可能性がありますのでー」


 月花対策委員会は、《月花》についてよく調べている。


「そりゃあれか?」元《焔》団長が言う。「例の内通者の話か?」


「はいー。組織が大きくなると、どうしても不平不満は出るものですからー」スロが言う。「しっかり観察すれば、内通者を確保するのは難しくないんですよー」


 多くの憲兵や役人を味方に付けた闇商人。それがスロ・ハッシネンだ。まぁ、父の残した基盤のおかげもあるが。


「別に確保できなければ、送り込めばいいわ」ジオネ家の現当主が言う。「そういう工作は、あたくしも得意よ?」


「それで? 試したい2つ目は?」トリスタンが言う。「団員が団長を見捨てるかどうか、か?」


「その通りでございますー」スロが頷く。「アスラ・リョナを拉致した場合、団員はどう動くのか、ということですねー」


「以前、ノエミの教団が攫っている」とナラク。


「正しくは《焔》の支部な」と元団長。


「ええ、存じておりますけれどー。内通者の話が曖昧でしてねぇ。誰もアスラを心配していなかったらしいのですけどー、結果として助けたわけですし? やはり人質として通用するのではないか、と」


「なるほど」《焔》の元団長が言う。「つまり、言葉とは裏腹にアスラを助けるために動いた可能性があるってこったな。はん。だとしたら、意外と人望あるんじゃねーか」


「まぁそれが分かりませんのでー。確認のためもう一度アスラを拉致したい次第でございますねー」


 スロはややノンビリした風に喋った。そういう喋り方なだけで、意味があるわけではない。


「サルメは任せて」とナラク。


「さすがアサシン同盟だな。拉致はお手の物ってか?」トリスタンが言う。「けど、油断すんなよ? サルメもチェーザレ相手に逃げずに戦ったからな。俺のことも縛り上げたし、割と肝は据わってるぞ」


「傭兵なら当然だろ?」と《焔》の元団長。

「アスラの拉致はあたくしとスロで工作するわね」とジオネ家の当主。


「よし、話がまとまったところで、最初の会合を終える」ボスが言う。「連絡は密に。手紙のやり取りがメインだが、時々はこうして集まろう。そして会合が終われば、親睦を深めるためのファックを楽しむ、完璧だ。完璧すぎる。酒池肉林こそ我が人生」


 ボスにとって、《月花》など心からどうでもいい。頼まれた仕事に過ぎない。何の恨みもなければ愛情もない。

 他のセブンアイズたちが殺されたけれど、ボスにとってはそれも些細なこと。元々、他のセブンアイズとはあまり仲良くなかった。

 ミノタウロスとは1度やりたかったが、断られたし。

 今回の任務では、大好きな酒池肉林を好きなだけ楽しんでいい、とナシオが言っていた。

 だから徹底的に楽しむ。

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