第3話 有り得ない場所に隠された魔王の弓 「いいからさっさと見つけたまえ」


 ユルキとイーナは宿でゆっくり休んでいた。

 ここは魔王弓を隠している国。

 ユルキたちのチームは朝一番にゴジラッシュを使ってこの国に入った。中央フルセンの真ん中より南の国だ。


「ガキどもはちゃんと偵察できてると思うか?」


 ユルキはベッドに転がって言った。

 ユルキの腹の上に、銀髪の人形が乗っている。連絡用に連れてきたブリットの人形だ。銀髪で目付きが悪いので、アスラ人形と呼ばれている。

 ちなみに、ユルキが自分で腹の上に乗せたのだ。猫を可愛がるような感じで、自然に。


「知らない……。心配なら、見に行けば……?」


 イーナは短剣を両手に持って、近接戦闘術の稽古をしている。まぁ簡単な型だけだが。

 この部屋は2人部屋だがそこそこ広い。


「いや、ぶっちゃけこのぐらいの任務は簡単にこなしてくれなきゃ困るぜ」

「……まぁね」


 ユルキはこの宿を取った時、サルメとレコに偵察を命じた。

 魔王弓の隠し場所はすでに分かっている。エルナが知っていたのだ。

 よって、サルメとレコの任務は本当にそこに魔王弓があるかの確認。それから、盗むためのプランを考えることだ。

 ちなみに、サルメとレコにも2人部屋を取っている。


「よぉイーナ」

「ん?」

「仲間が増えていくのって、なんかいいよな?」

「……盗賊団、思い出すね……」


 イーナは一通りの型稽古を終えて、小さく息を吐いた。


「まぁ、消えてく仲間もいるんだけどな」

「……辞めたり、死んだり……ね」

「ルミアが生きて戻ったら、一回だけやらせてくれって頼むか。結婚する前に」

「……はぁ?」


 イーナが酷く怒った風に言った。


「冗談だ。いや、ルミアは美人だが、拷問訓練で散々裸見たし、無様な姿も見たから興奮しねーよ。やっぱ女は外に作るに限るぜ」


「……変態、バカ、死ね……」


 イーナは短剣を仕舞いながら言った。


「おいおい。ドラゴンに惚れた女に変態って言われたくねーぞ?」


 ユルキはニヤニヤと笑った。


「……あたしのは……純愛だし……」


 イーナは少し頬を染めた。

 その様子に、ユルキは苦笑い。


「マジで聞くんだけどよぉ、何がいいんだ? その、ゴジラッシュの何がそんなに好きなんだ?」

「……恋に、合理的な理由なんて……ない」

「いや、まぁ、そうだろうけどよぉ。強いて言うなら? 強いて言うなら、何がいいんだ? 鱗か? 尻尾? それとも牙?」

「……今ユルキ兄が言ったの全部と、あと爪や……筋肉質な身体もだし……声とか、全部好き……かな」


 えへへ、とイーナが少し嬉しそうに言った。


「なるほどなぁ……」ユルキが起き上がる。「つか、やっぱガキども心配だな俺」


 ユルキが上半身を起こしたせいで、アスラ人形がコロン、と転がる。

 だけどアスラ人形はすぐベッドに座り込んだ。会話に参加しようという気配はない。ブリットはチャラチャラしたユルキが少し苦手なのだ。


「……ユルキ兄は、甘すぎる……けど、まぁあの2人にヘマされると困るし……あたしも行く」

「ぶっちゃけると、レコは大丈夫だと思うけどよぉ」


 ユルキがベッドを降りて背伸びをした。


「サルメでしょ……? あの子……たまに暴走するから……」


 レコが優等生なのは団員みんな知っている。同じように、サルメがやや暴走気味なのも。


「見守る感じでな? 2人にバレねーように、見守る感じだ。ヤバけりゃ助けに入るけど、何事もなさそうなら、見るだけな?」

「……はいはい……」


 イーナは小さく肩を竦めた。


       ◇


 プンティは病室で目を覚ました。

 医者だけでなく、光属性の魔法使いも所属している有名な病院だ。


「酷いケガだね」


 プンティの病室は個室で、ベッドの隣に小さなテーブルと椅子が二つ置いてある。お見舞いに来た人のためのものだ。


「アスラ……と?」


 プンティは起き上がろうとして、体のあちこちが痛み、少し呻いた。

 それでも上半身を起こした。


「ティナですわ。前に会ってますわ。プンティがルミアの馬に飛び乗った時、ぼくは若い彼氏って言いましたわ」

「あぁ、そっか。思い出したよ」


 かつて寵愛の子と呼ばれた少女。ジャンヌのお気に入り。


「本題に入ろう。ある程度、私らも情報収集をした」アスラは椅子に座っている。「槍の雨が降ったって?」


「そう……そうだね」プンティは酷く辛そうな表情で言う。「みんな死んだ……。僕も、ルミアさんの天使が護ってくれなきゃ危なかった……」


 思い出しただけで寒気がする。

 まったく容赦のない無差別攻撃だった。何の意味もない殺戮。プンティたちの住んでいた区画は全滅した。

 文字通り、全滅したのだ。肉の塊と化した人々と、赤い水たまり。

 まるで戦場のような惨状。それを、たった一人で作り上げたのだ、あの修道服の女は。


「ペトラが君の手紙を代筆してくれただろう?」アスラが淡々と言う。「それがうちの城に届いたのが昨日で、私らは今朝からテルバエ入りをして、独自に調査した。まぁ、今も調査中だけどね」


 アイリスとマルクスはまだ現場の方にいる。


「班長……、班長は?」


「今は外だよ。少し世間話をしてから、出てもらった」アスラが少し微笑んだ。「いやぁ、世界は狭いね。まさかペトラが君の班長だったとはね」


 アスラは驚くほど冷静だった。

 アスラがあんまり冷静だから、プンティは本当は何事もなかったんじゃないか、なんて淡い妄想をした。

 でも、自分のケガが、痛みが、悲劇を静かに物語る。


「ルミアさんが、何かあったらアスラを頼れって……」

「ああ。そうだね。私らの保護下だからね、ルミアは」

「僕は……ルミアさんを守れなかった……」


「そうだろうね」やはりアスラは冷静に言う。「君の実力ではルミアを守れない。でもルミアの邪魔はしなかったはずだよ。それで十分さ。世の中には、自分の実力を理解せずにしゃしゃり出て、状況を悪くするアホもいるからね」


「ルミアさんは……僕を逃がして……自分は連れ去られた……」


 プンティはルミアとノエミの会話の流れからそう推測した。

 それに、ルミアの死体は見つかっていない。

 英雄の息子であるプンティは、割と顔が利く。だから憲兵に捜索を頼んだのだ。

 プンティはあの日、半死半生で憲兵団の屯所にたどり着いた。そして事情を説明し、意識を失って病院へ運ばれた、という流れ。


「それが何日前なのか……僕には分からない……」


 最初に目覚めた時は、ペトラが新しい仲間と病室にいた。

 だから代筆を頼んだ。その時に憲兵からの報告も聞いた。

 そして、次に目覚めたのが今だ。


「心配しなくていい。それほど経過していないよ。私らは独自調査をしていると言っただろう? 君の手紙を疑ったわけじゃなくて、色々と確認しているだけさ。てゆーか君、寝転がっていいよ。しんどいだろう?」


 アスラの声が少し優しい。

 プンティは素直に寝転がった。

 窓から暖かい陽光が差し込んでいる。お昼前後だろうか、とプンティは思った。


「ああ、それと、補足しておくことがある」アスラが言う。「ルミアは確かに君を逃がすという意思もあったのだけど、それはたぶん2番だよ」


「2番?」


 プンティは意味が理解できなかった。


「1番はノエミをぶち殺すこと」


 アスラが急に冷えた声を出したので、プンティはビクッとなった。


「そのために私を呼んだ。私を呼ぶために君を逃がした。あの死者を、あの死人を、あのクソッタレの変態を、何がなんでもくびり殺したくて、ルミアは君を逃がしたんだよ」


 怖気がする表情と声音でアスラが言った。


「私はあのクソにあらゆる屈辱を与えてやったんだよ? あのクソアマの四肢をもぎ取って、トドメは格下のサルメに任せた。惨めに命乞いをしたくせに、あの阿呆はそれをもう忘れてやがる」アスラが言う。「いや、もちろんノエミは私らがルミアを保護していると知らなかっただろうけど、知っていてもあいつはやる。最上位の魔物に【再構築】されて、強くなって、調子に乗ったのさ。間違いないよ。そういうタイプだよ」


 プンティは何も言わなかった。聞きたいことがいくつもあるけれど、言わなかった。


「ああ、君に3つ言っておく。ルミアはもう死んでいるかもしれない。すでに殺されているかもしれない。淡い夢は見るな。拉致されて24時間が経過したら、大抵は死んでいる。だけどもちろん、希望もある。ノエミはルミアをすぐに殺すだろうか? ってこと。人間だった頃のノエミなら、しばらく楽しむはずだよ。性的な意味でもね。だから希望はある。だけど楽観はするな。葬式の用意はしておきたまえ。私らも参列する」


 やはりプンティは何も言わない。

 ただ、少し震えた。

 怒りと、悲しみと、無力感。


「そして2つ目」アスラが右手の指を2本立てた。「ルミアは連れて帰る。死体でも頭部だけでも、体の一部であっても、必ず連れて帰る」


 プンティは何も言わないけれど、泣いた。

 ルミアの死をリアルに感じて泣いた。

 すでに弄ばれて、殺された可能性があるのだ。しかも高い確率で。アスラの言葉は残酷だけれど、気休めよりはマシだった。

 ティナが手を伸ばそうとして止めた。プンティを慰めようと思ったのだが、結局は止めた形。


「最後に、ノエミは殺す。必ず殺す。ただただ殺す。必ず殺す。邪魔する者がいれば、1万人でも殺す。ただ殺してやる。英雄でも邪魔するなら殺してやる。私はノエミを殺す。私は、私たちは、ノエミを許しはしない。ルミアが生きていても、ノエミはただ殺してやる。ルミアが死んでいたら、それこそ地獄を見せてやる。私らとノエミと、どちらが真におぞましいか、どちらが真に狂っているか、分からせてやる。ルミアは君の恋人だけど、私にとって、唯一の本当の家族なんだよ」


 ルミアとアスラが家族なのは、プンティも知っている。

 アスラのことはルミアから何度も聞かされているのだ。


「僕の分も……」プンティが涙声で言う。「あの女を殺してよ……」


「いいとも。いいともプンティ。任せておけ。私らに任せておきたまえ。だから君は安心して眠れ。よく生きていてくれたね。よく知らせてくれたね。傷を癒やせ。私らが戻ったら葬式か、運が良ければ宴会だ。どっちにしても体力が必要だろう?」


 アスラの言葉を聞いて、プンティは再び目を瞑る。

 悲しくてたまらないけれど、自分には何もできないと知っている。

 最愛のルミアは、アスラを頼れば大丈夫だとよく言っていた。だからそれを信じる。信じて眠る。


       ◇


 サルメとレコは教会でお祈りをしていた。

 2人とも長椅子に座っているが、別にゾーヤ教に入ったわけではない。

 ステンドグラスが綺麗だなぁ、とレコは思っていた。

 サルメは柱頭の彫刻が綺麗ですねぇ、と思っている。

 要するに、2人ともまったく祈っていないのだ。参拝客に合わせて祈る振りをしているだけだ。

 教会の前の方、聖職者しか入れない祭壇エリアで司祭がよく分からない説教をしている。その話が退屈で、レコは眠ってしまいそうになった。


「レコ、魔王弓はどこだと思いますか?」


 サルメが小声で言った。

 ちなみに、サルメとレコは隣り合って座っている。


「分からないけど、あっちでしょ」


 レコは聖職者しか立ち入れない祭壇付近を小さく指さした。


「ですよね」サルメが言う。「説教が終わるまで、とりあえず待ちますか」


「眠いよ、オレ」


「教会についての知識でも復習しますか」サルメが言う。「説教中に寝てしまったら鞭で打たれます。目立つのは不可ですレコ。ですから起きてください」


 ここは中央フルセン。始まりの国イーティスとも近いので、ゾーヤ信仰が盛んな地だ。よって、体罰も盛んなのだ。


「ちなみにサルメ、私語もバレたら叩かれるよ?」とレコ。

「はい。ですから小声です。近くに誰もいないのでこの声量ならバレませんよ」


 2人はあえて、周囲に人のいない椅子を選んで座ったのだ。


「じゃあ、暇つぶしに教会の復習しようか」レコが怠そうに言う。「教会の最高権力者は神王で、イーティスの王様を兼任してる」


「その下が大司祭で、西に1人、東に1人、中央は3人います。これは東西に比べて、中央のゾーヤ信仰が盛んだからです」


「で、各教会の責任者が司祭」レコが説教している司祭をチラッと見た。「階級的には大司祭の下だね。この中から大司祭が選ばれるから、大激戦」


「そして司祭の下に、ノエミのような助祭が多く居ます」


 司祭の補助役だ。教会の規模によって人数が違う。

 ちなみに、ノエミの階級は助祭だが教会に勤めていなかった。大英雄としての仕事というか、邪教徒の教団を運営するのに忙しかったからだ。


「更に助祭の下に修道士」レコが言う。「女は修道女。修道院で生活して、神に色々捧げて、なんだかんだで助祭になるんだよね。それまで修道院で集団生活する」


「しかし、まさか教会に魔王弓が隠されているとは驚きです」


 サルメがいきなり話を変えたので、レコは少し苦笑いした。

 でもよくあることだし、レコ自身もいきなり話題を変えることがある。


「確かにね。ここに魔王に関する物があるとか、誰も思わないよね」

「ですね。まぁだからこそ、隠し場所として最適なんでしょう」


 と、司祭の説教が終わった。

 説教はお祈りしながら静かに聞くというのがルール。

 説教が終われば、雑談してもいいし、帰ってもいい。


「さて、それでは行ってみましょうか」


 サルメが立ち上がり、レコも続く。

 司祭が奥の部屋に引っ込んだ。そこから1度外に出て、少し離れた場所に司祭や助祭の生活スペースがある。

 教会とは別に家を持つ者もいるが、この司祭は教会に住んでいる。

 祭壇には銀色の神ゾーヤの像がドンッと設置されていた。


 レコとサルメは祭壇のギリギリまで身廊を通って移動。

 1番前の長椅子に腰を下ろす。レコが振り返り、他の参拝客を見る。みんな帰ろうとしていた。

 この教会の説教は一日に2回。午前、午後だ。今は午前の部が終わったのだ。ちなみに夜には懺悔の時間がある。

 罪を告白して司祭、または助祭に鞭で打ってもらうことで罪を浄化するという儀式だ。

 この儀式を知った時、レコは思った。

 マゾなら大喜びだな、と。団長が通いそうだからオレ助祭になろうかな、とも。


「はい、今」と小声でレコ。


 レコの声でサルメがスッと地面に伏せて姿を消す。

 今、サルメが消える瞬間を見た者は誰もいない。2人ともそもそも気配を消しているので、たぶん誰も気にしていないけれど。

 レコもタイミングを見て、姿を消した。

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