第4話 ルミアは拷問されているだろうか? 「あらアスラ、わたしが拷問しているみたいよ?」


「ヌルいわね」ルミアが言った。「わざわざわたしを拉致して、大森林の奥に連れて来て、どんな楽しいことをしてくれるのかと思ったら、チクチクと乳房と乳首に針を刺すだけ? そんなんじゃ、わたしは気持ちよくならないわよ?」


 ルミアは全裸で縛られていた。縛っているのは縄ではなく茨。だから当然、棘が皮膚に食い込んでいる。

 ここは大森林の奥地。少し開けた場所で、いくつかの巨石が転がっている。崩れた岩、壊れた岩、そして岩に生えた苔。適度な草木。

 いい場所だ、とルミアは思った。


「強がり……ではないな」


 ノエミはルミアの前に立っている。

 ノエミの足下には大きな革の鞄があって、その中に拷問用具が揃っていた。

 ルミアは地面に転がっている。ちなみに茨は現地でノエミが確保したものだ。

 ノエミはルミアを大きな袋の中に詰めて、担いでここまで来た。魔物となったノエミの体力は膨大で、ほとんど休むことなくここまで走ることができた。


「わたしはもう少女じゃないもの。この程度の拷問では何も感じないわ」


「まぁもう少し刺してみよう。針が残っている」ノエミが皮革水筒を手に取る。「だがまずは水を飲め。死なれては困る」


 ノエミはしゃがみ込んで、水筒の飲み口をルミアの顔の前へ。

 ルミアは普通に口を付けて水を飲んだ。水は必要だ。拒否する理由はない。


「よし。では続けよう」


 皮革水筒を置いて、ノエミは長く細い針を手に取る。

 すでにルミアの乳首には針が横向きに刺さっている。だから今度は縦に刺した。


「だから、それじゃダメよノエミ」ルミアが言う。「メタルマッチは持っていないの? 松明を用意して、針を炎で炙らなきゃ。少なくとも、そのぐらいはしないと、退屈で声も出せないわ」


 ルミアはアスラの拷問訓練をくぐり抜けている。

 あの超絶サディストのアスラ・リョナが用意した拷問訓練のメニューは、過酷そのもの。

 まぁ、アスラ自身は自分をサディストだとは思っていないけれど、とルミアは思った。


「……貴様、驚くほど変わったな……」

「あなたは驚くほど変わってない」


 ノエミは少し硬直していたけれど、すぐにルミアの下半身に手を伸ばす。


「これならどうだ? 貴様は確か、純潔を誓っていたはず。我に犯され、泣きわめけばいい」

「ノエミ、自分が昔されたことを誰かにしても、あなたの心は救われないわ」


 ルミアの言葉に、ノエミの動きが止まる。

 そして酷く驚いたような表情を浮かべた。


「あなたはサイコパスではない。生まれた時は普通の子だったはず。であるならば、環境があなたを歪ませた」

「やめろジャンヌ……我の心を覗くな」

「あなたは邪教徒だったわよね? 銀色の神が大嫌い。そうねぇ、聖職者に犯されたのかしら? ゾーヤの像の前で? 何度も? 抵抗できない子供の頃に?」

「やめろぉぉぉぉ!!」


 ノエミがルミアの顔を殴りつけた。

 ノエミは馬乗りになって何度も何度も殴って、ルミアの意識が飛びかける。

 しばらくしてノエミの殴打が終わったので、ルミアは顔を横に向けて血の塊を吐いた。


「やだノエミ、そんな顔されると、わたしが気持ちよくなっちゃうわ」


 ノエミは泣いていた。酷く辛そうに泣いていた。

 どっちがどっちを拷問していたのかしら? とルミアは少し楽しくなった。


「思い出して恐ろしいのね? 逆らうと鞭で打たれたんでしょ? 仕置き用の棒鞭ね? 中央では一般的だものね。そしてその様子だと、まだ報復していないわね?」

「うるさい……」


 ノエミは力なく、ルミアの腹から降りた。


「大英雄にまでなったあなたが、未だに報復できていないなんてね」ルミアが言う。「それとも、報復なんて無意味かしら?」


「我に神王を殺せと? バカを言うなジャンヌ……」

「神王ですって?」


 始まりの国イーティスの王。

 中央フルセンの南西に位置するその国は、フルセンマーク最初の国と言われている。

 約1600年前に、銀神ゾーヤが罪人たちと一緒に建国したと、『神典』に記されている。

 それもあって、イーティスでは教会の力が非常に強い。

 もっと正確に言えば、教会そのものが国なのだ。

 宗教を基盤とした神聖国家よりも神聖で、イーティスの王は代々教会の最高権力者を兼任し、神王を名乗る。


「フルセンマークにおいて、貴族王に次ぐ権力者」ルミアが言う。「今の神王は50歳代の男性だったかしら? なるほど。報復できないわけね」


 貴族たちは没落の一途を辿っているので、権力の逆転はすぐ起こる。


「興が冷めた」


 ノエミはルミアに刺した針を丁寧に抜いていく。

 ルミアは反応しなかったが、痛くないわけではない。


「回復魔法を使っておけ」ノエミが言う。「食事を確保してくる。夜はまた別の拷問を試そう」


「どれほど拷問しても、わたしの心はあなたの思い通りにはならないわ」


 世界には2種類の人間がいる。拷問に屈する人間と、死んでも屈しない人間。今のルミアは後者だ。


「あなたはわたしに泣き叫んで欲しいんでしょう? かつての自分のように。そして支配したいんでしょ? かつて神王があなたを支配していたように」


「違う!!」ノエミが必死に叫ぶ。「我はただ!!」


「愛されたいだけでしょ? 知ってるわ」


 ルミアは優しく言った。

 ノエミは呆けたようにルミアを見た。


「みんなに愛されていたジャンヌ・オータン・ララが羨ましかったんでしょ? しかも綺麗なままで愛されていたから。あなたは薄汚れ、お仕置きされ、心が壊れても愛されなかったのに」


 ルミアの言葉で、ノエミの瞳に再び涙が溜まる。


「可哀想に」


「哀れむな!!」ノエミが立ち上がる。「『邪淫の槍』よ!」


 ノエミは右手に、卑猥な石突きの槍を出現させた。

 そしてそのまま、ルミアを突き殺そうと持ち上げ、突き落とす。

 だがその穂先は地面を刺している。


「あなたはわたしを殺さない。あなた本当は、まだわたしのこと好きでしょ? こじらせちゃってるのよね? 好きな人をいじめたいって子供じみた想いを。あるいは、痛めつけることがあなたにとっては愛情表現なのかしら。神王はあなたをお仕置きしながら愛してるって言ったの? 強姦しながら愛を囁いたの?」


 ルミアが澄まし顔で言った。

 ノエミは泣きそうな顔のまま、ルミアを見下ろしている。ルミアの質問には答えない。


「でも本当に残念ね。あなたが優しいノエミお姉様のままだったなら、わたしはいつかあなたに身体を許したわよ? 根気よく誘惑してくれれば。だってわたし、自分の性欲を抑制したくて純潔の誓いとか立てたのだから」


 当時は知らなかったのだ。10代後半の少女が性的なことに興味を持つのが普通だと。


「残念ねぇ。わたしって普段はツンと澄ましてるでしょ? でも一回落ちたらもうずっとデレデレなのに。手とか自分から繋いじゃうタイプなのに」


       ◇


 アイリスとマルクスは誰もいなくなった区画を散策していた。


「酷い……皆殺しの足跡が、そこら中に残ってるわね……」


 すでに憲兵にも話を聞いたし、現場検証も行った。これは最終チェックのようなもの。見落としがないか見て回っているのだ。


「ノエミが槍を降らせたという話だが、事実だろうな」


 どこの家も穴だらけで、まだ血の跡が残っている。死体は全部処理していたけれど、さすがに血の掃除までは手が回っていない。

 この区画は憲兵が封鎖しているので、アイリスは英雄特権を使って中に入ったのだ。


「槍は残ってないから、魔法か固有スキルね」

「被害はかなり広範囲に及んでいる。魔法なら神域属性だろう」


 と、アイリスたちの前方から2人の人間が歩いてくる。

 アイリスたちと同じ組み合わせだ。男と女。でっかいのと普通の。筋肉とスレンダー。美女と野獣。


「アクセル様とメロディ」アイリスが言った。「メロディ無事だったのね」


「そのようだな。我々に用があるようだ」


 アクセルが手を上げたので、マルクスも同じように挨拶した。

 そして二組の距離が近づく。格闘の間合いだ。もちろん、戦うわけではないけれど。


「元気そうで良かったわ」とアイリス。

「正直、ちょっとだけ死ぬかと思った」とメロディ。


 メロディはニコニコと笑っている。怒った様子はない。北の海に放り出され、更に見捨てられたのだけれど。


「まぁその件はテメェが悪いだろ?」


 アクセルがメロディの頭に義手を置いて、乱暴に撫でた。


「アスラにごめんって言っといて」メロディが言う。「今度はもっと、ちゃんとした舞台で、ちゃんと殺し合おうねって」


 メロディが薄暗く笑う。

 アイリスは苦笑い。メロディはアスラ側の人間だ。イカレてるって意味。


「それより、俺様はテルバエの大王に依頼されてんだヨォ」アクセルが言う。「こりゃ人間の仕業じゃネェから、英雄で犯人を退治してくれってヨォ」


「なるほど。正しい判断だ。憲兵の手には負えまい」とマルクス。


「色々と情報収集してるところに、テメェらが来てるって聞いてな」アクセルが肩を竦めた。「拉致られたんだろ? プンティの知人に聞いた。犯人――死んだはずのノエミの居場所、テメェら知ってんじゃネェか?」


 なるほど、とアイリスは頷いた。

 アクセルはもうだいたい全部知っているのだ。何が起こったのか、誰が起こしたのか。

 知らないのは、ノエミの正体と現在の居場所。


「悪いが、我々も居場所は知らない」マルクスが言う。「ところでアクセル、大英雄会議はいいのか?」


「あん? このあと、ここをメロディに任せて出発だ」


「英雄としての初仕事」メロディがニコニコと言う。「これだけの破壊を行える相手なら、きっと私も楽しめるし」


「悪いが手を引いておくれ」


 アスラとティナが合流。2人は家屋の屋根の上にいたのだが、すぐに飛び降りてアイリスたちの近くまで歩いた。

 2人はプンティが目を覚ますのを待っていた。こっちに来たのなら、もうプンティとは話したということ。


「ここは憲兵が閉鎖してるはずなんだがヨォ」とアクセル。


「心配するな。こっそり入った。誰も傷つけてないよ」アスラがヘラヘラと言う。「見つかったら賄賂渡す予定だったしね」


「アスラにしては優しいわね」とアイリス。


「任務中だからね。余計な揉め事を増やす気はない」アスラがアクセルに向き直る。「悪いが英雄は手を引いておくれ。もしくは、アイリスを連れて行くから、それで英雄が関与したことにしておくれ」


「関与したことってーか、アイリスは英雄だからヨォ」アクセルが苦笑い。「普通に何も問題ネェよ」


「えぇ!?」メロディがビックリして言う。「私は!?」


「テメェはこいつらに迷惑かけてんだろうが、ここは引いてやれや、な?」


 アクセルはルミアのことを知っている。だから簡単に身を引くのだ。


「はいはい」メロディが肩を竦めた。「パパがそこまで言うなら、別にいいけど」


「ありがとうアクセル、助かるよ」アスラが言う。「大英雄会議はいいのかい?」


「さっきマルクスにも言われたけどヨォ、これから行くんだヨォ。つーか、全然余裕で間に合うだろうが」


「そうか。ではこれで……」


 アスラが踵を返したその先に。

 金髪の女性が立っていた。20代後半ぐらいの女性で、くたびれたマントを羽織っている。

 顔立ちはとっても美しく、だけど少し汚れている。パッと見ると旅人のように見える。

 女性は少し困ったような表情を浮かべたが、こちらに歩いて来た。

 知らない女性だ。たぶん、誰も彼女を知らない、とアイリスはみんなの様子を見て理解。

 メロディが闘気を使用。アスラがMPを認識して取り出す。マルクスが聖剣を抜いて、アイリスはサルメに借りたラグナロクを抜いた。

 敵かどうかは分からない。分からないのだけど、言いようのない恐怖と不安がアイリスを襲っていた。

 この金髪の女性はヤバい。何か分からないけど、とってもヤバい。

 

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