第2話 ノエミが生き返ったって? 「死ぬまで殺してやりますわ」


「出かけたら誰か連れて帰るってルールでもあるんっすか?」


 執事と奴隷少女を連れて帰ったアスラに対して、ユルキが苦笑いしながら言った。


「執事はうちで雇った。女の子の方はラウノがアーニアに連れて行く」


 ここはアスラたちの古城。昼食が終わってみんなが休憩している食堂。


「何か食べたらすぐ連れて行くよ」とラウノ。


 アスラがティナを手招きすると、ティナがタタッとアスラに近寄った。


「ティナ。この執事は君たちと同じ総務部に入って貰う」

「団員ですの?」


「いいえ」執事が言う。「わたくしめは、あくまで雇われただけの執事でございます」


「そういうこと。固定給を支払って、仕事をしてもらう」アスラが言う。「まぁ君たちの補助がメインだよ」


「信用できますの?」


「さぁ」アスラが言う。「会ったばかりだし、知らないよ。でも妙なことをしたら殺せばいいだけだし、問題はないよ」


「ははっ、わたくしめはプロの執事を自称しておりますので、仕事の範疇であれば信用して頂いて大丈夫です。もちろん、この城が戦場になりましたら、避難させて頂きますがね。わたくしめはあくまで執事」


「敵には降伏するしね」とアスラ。


「もちろんですとも。趣味に命までは懸けられません」執事が言う。「それとこれとは、話が別でございますアスラお嬢様」


「ここで仕事をするなら、私のことは団長と呼べ」

「分かりました、団長殿」


 執事は胸に手を当てて、綺麗に礼をした。


「ねぇ、ちょっといいかしらー?」


 エルナが寄ってきた。


「おや? これはこれはエルナ嬢」執事が言う。「元気そうで何よりです」


「やっぱり!」エルナが嬉しそうに手を叩いた。「西の英雄、双剣のヘルムート・ピーク! 対となった二本の剣による華麗な連続攻撃の使い手! それは見る者の目を奪うほど美しかったわねー!」


「古い話でございます。今のわたくしめは、あくまで執事でございます故、自衛以外の戦闘には参加いたしません」


「ほう。双剣のヘルムートか」マルクスも寄ってくる。「名前だけなら聞いたことがある。自分は《月花》副長のマルクス・レドフォードだ」


「よろしくどうぞ、副長殿」と執事ヘルムート。


 そしてヘルムートは「おや?」と首を傾げる。


「もしや、以前は蒼空騎士でしたかな?」とヘルムート。

「そうだったこともあるが、西の英雄が自分を知っているとは光栄だ」


「それはねー、マルクス」エルナが言う。「ミルカ君がね、『うちのマルクスをよろしく』って行く先々で言い回っていたのよー。将来は英雄になってうちの団を引き継ぐから、って」


「なるほど。自分が有名なのはミルカのせいか。おかしいと思っていたんだ。自分は行く先々で名前を知られていたからな」


「つーか、なんで英雄がうちで執事やるんだ?」ユルキが言う。「まぁ、年齢的に英雄は引退したんだろうけどよぉ」


 アスラは成り行きをユルキに説明した。


「それはそうと執事」アスラが言う。「そのうち双剣の使い方を私らにレクチャーしたまえ。私ら傭兵団はあらゆる武器に精通する必要がある」


 敵の武器を奪って使ったり、戦場に落ちている武器を拾ったりするからだ。

 ヘルムートが「はい団長殿」と頷く。


「それはそうと団長、我々は今日もエルナに弓を教わっています」マルクスが言う。「やはりエルナは別格ですね」


「照れるわねー」エルナが言う。「ところで、コンポジットボウはどうして使わないのかしらー? わたし、扱えるわよー?」


 エルナの発言に、みんなが少し驚いた。

 でも一瞬だ。ほとんど表情には出ていない。


「扱えるということは」アスラが言う。「君も持っているということだね?」


「ええ。偶然、その存在を知ったのよー。いい弓ねー。わたしのメインもそっちにしようと考えているのよー」

「ふむ。どこで知ったか尋ねてもいいかね?」


 弓職人の契約違反なら、罰金を支払ってもらう。コンポジットボウはまだ流出させない約束なのだ。


「偶然って言ったでしょ? それにね、アスラちゃん――」エルナが真顔で言う。「――分かるでしょ?」


 言葉の真意はこうだ。

 コンポジットボウを使って、更に魔法を乗せれば超遠距離からの狙撃が可能だとわたしは知ってるのよー?

 そのことを、他の英雄には黙ってるわ。だから細かいことは忘れなさいなー。


「そうか、偶然か。偶然なら仕方ないね」


 アスラは少し笑った。

 エルナはアスラたちに利用価値がある限り、英雄殺しを追求しない。そういう性格なのだ。プライドより実利を取るタイプ。


「そう、それにもっと強力な骨弓も存在してるわよー?」

「骨弓? 材質が骨なのかね? 骨のみ?」

「ええ。魔王弓と言って、魔王の骨で作った呪われた弓よー」

「初耳だね」


 言いながら、アスラは団員たちを見回した。

 全員が「同じく初耳」と表情でアスラに応えた。アイリスも同じだった。


「作ったはいいけど、使用者が呪われるってことで封印されているのよー」エルナが溜め息交じりに言う。「弓使いとしては、是非にとも使ってみたいわねー」


「ちなみにですが」ヘルムートが言う。「魔王剣や魔王槍などもありますが、一般には知られていません。一部の英雄たちと職人、あとはそれぞれの隠し場所の主だけですね、知っているのは」


「なぜ私に教える?」

「アスラちゃんなら、うっかり魔王弓の封印を解いて、持って帰るかもしれないでしょー? それで、処分に困ってわたしに渡してくれるかもー?」

「盗んで来いと? 依頼かね?」


「まさかー」エルナがヘラヘラっと笑う。「大英雄のわたしが、そんなバカな依頼するわけないでしょー? あくまで、アスラちゃんがウッカリ魔王弓に興味を持って、ウッカリ持って帰るって話よー?」


 弓が大好きで、弓に全てを捧げた大英雄エルナ・ヘイケラ。

 最強の弓がそこにあるのに使えないという状況はイライラするだろう、とアスラは思った。


「あ、あのー」アイリスが言う。「それ持って帰ったらアスラ困るんじゃ……。英雄に狙われる的な意味で……」


「大丈夫よ」エルナが言う。「だって魔王武器の存在は表に出ていないもの。英雄の義務や権利の中でも触れていないわー。現にアイリスだって今まで知らなかったでしょー?」


 アイリスがコクンと頷いた。


「それで? どこに封印されているんだい?」


 エルナの願いを叶えてやってもいい、とアスラは思った。

 エルナがアスラたちを利用しているように、アスラたちもまた、エルナを利用している。今後も大英雄とは持ちつ持たれつの関係が望ましい。

 あと、アスラ自身も呪いの武器に少し興味があった。


       ◇


 その日の夜。

 ラウノはすでに奴隷少女をアーニアの施設に預けて戻っている。

 アスラたち、大貴族討伐組はゆっくりと午後を過ごした。

 当然、居残り組は午後も食事前まで訓練だった。


「あの、お手紙が届きました」


 メルヴィが鳩所から戻って言った。

 ここは食堂。みんなで夕食後の雑談を楽しんでいた。

 主に、レコにまた女装させようという話。今度は女装姿で街を歩かせて、女装に気付く者がいるかどうか賭けようという流れ。


「私宛かね?」


 メルヴィが手紙をアスラに渡したので、アスラはそう聞いた。

 メルヴィは首を横に振った。

 宛先は傭兵団《月花》になっている。ということは、依頼だろうな、と思いながらアスラは差出人を確認。

 プンティ・アルランデル。

 それが差出人の名前だった。


「ほう。これは珍しい」


 アスラは封を切って便せんを取り出し、内容を確認。

 そして。


「エルナ。悪いが外してくれないかな?」


 アスラは真剣な声音で言った。

 団員たちが談笑を止めた。大切な話があると、全員が察したのだ。


「はいはい」エルナが席を立つ。「団外秘ってやつねー」


 エルナが完全に食堂を出てから、アスラは全員を自分の近くに集めた。その中には執事も混じっている。


「回して読め」アスラがマルクスに手紙を渡す。「それから、事情を詳しく知らない者はあとでユルキが説明する」


「了解っす」

「これは……」


 手紙を読んだマルクスの腕が、少し震えていた。

 怒りによるものだ、と手紙を読んだアスラはすぐに理解。


「読んだら回せ副長」アスラが淡々と言う。「感情は仕舞っておきたまえ。傭兵は冷静であるべきだよ」


「申し訳ありません」


 マルクスは小さく息を吐いて、手紙をユルキに回す。

 そして全員が手紙に目を通し終えた。

 事情を知っている者はみんな怒っている。特にティナ。今にも飛び出して行きそうな表情だ。


「あのルミアが拉致されるなんて……」とアイリス。


「……しかも、修道服の女……」イーナが言う。「水色の髪で……ルミアの知り合いで、それで……名前がノエミって……」


「ノエミ・クラピソン、だろうな」とマルクス。


「今のルミアはノエミ如きに負けねーよ」ユルキが言う。「てかノエミ死んだしな」


「はい。私が殺しました」サルメが言う。「ですので、本当にノエミがルミアさんを拉致したのなら、生き返ったということになりますね」


「セブンアイズになったんだろうね」ラウノが言う。「ぶっちゃけ、すごい魔法だよ。僕の妻も生き返らせて欲しいぐらいさ。別に魔物でもいいから」


「私は死んだら死にっぱなしでいいと思うがね」

「……それだとぉ、ボクの存在……全否定ですぅ」とブリット。


「まぁ実際問題、魔物でもいいから生き返って欲しい人物ってのは、誰にでもいるんじゃねーの」ユルキが言う。「俺には別にいねーけど、いわゆる一般人にはいるだろ?」


「一般人認定ありがとう」とラウノ。


「ノエミ……黒焦げになるまで電撃食らわせて殺してやりたいですわ」


 ティナが感情むき出しで言った。


「まぁ落ち着け諸君。冷静に考えよう。今ある情報では動けない。だろう?」


「そうですね」マルクスが言う。「まずは事実確認が先決かと」


「チームを3つに分ける」アスラが言う。「ルミア奪還班、魔王弓強奪班、それから古城を襲撃された時に対応する待機班」


「ぼくをルミア奪還班に入れて欲しいですわ」ティナが言う。「ぼくなら、姉様も呼べますから、戦力になる自信がありますわ。本当にノエミがセブンアイズになったのなら、その居場所を吐かせるためにファリアス家とやり合うかもしれませんし」


「ブリット。自分以外のセブンアイズの持ち場を詳しく知ってるかね?」

「……いいえですぅ。ボクたちは……自分の持ち場以外は、大まかにしか……知らないのですぅ。あ、4位のハヤブサは別ですぅ」


 連絡係なので、全員の居場所を把握しているという意味。


「よろしい。ではルミア奪還班は私、マルクス、ティナ、アイリスの4人だ」


「わぁお」ユルキが言う。「戦力そっちに固めたっすね」


「ああ。ティナの言葉通り、ファリアスを拷問するかもしれないからね」アスラが言う。「訓練重視の普段はやらないけど、今回は最大戦力で挑む」


「まずは現状の確認でしょ?」アイリスが言う。「テルバエに行くわよね?」


「ルミア奪還班は明日の朝、ゴジラッシュでテルバエ入りする。そこで詳しい状況を把握しよう。次の動きはそこで得た情報を元に決める」


「了解です」とマルクス。


「そして魔王弓強奪班だが、ユルキが小隊長を務めたまえ。隊員はイーナ、サルメ、レコだよ。エルナに詳しい話を聞いて、隠し場所に向かえ。近ければ馬で、遠ければゴジラッシュを使うといい。私らより先に使うなら、ちゃんと戻すように頼む」


 ユルキたちが頷く。


「残りは古城で普段通りに過ごせ。何者かの襲撃があれば、ラウノの判断で迎撃したまえ。ブリット、執事、それからエルナも巻き込んでいい」


「わたくしめは戦闘はいたしませんが?」とヘルムート。


「戦闘に参加したら危険手当を出そう」アスラが言う。「それでも嫌かね?」


「ふむ……武器はありますかな?」

「武器庫から好きな武器を持ち出していい。双剣もあったはずだよ」


「言っておきますが団長殿、わたくしめは積極的には参加いたしません。援護程度とお考えください。それと、本気で危ない場合は逃走いたしますので、あしからず」


「それでよろしい」


 引退したと言っても元英雄。援護があるだけでもありがたい。

 まぁ、襲撃される可能性は極めて低い、とアスラは思っている。

 今は、まだ。という注釈が必要だけれど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る