EX41 戦闘能力談義 私は別に最強じゃないよ? そうである必要もないし
傭兵国家《月花》、拠点の古城。
アスラ、サルメを除いた団員たちは、食堂で夕食を摂っていた。
「つーか、ゴジラッシュだけ戻って団長戻って来ねーと思ったら、何やってんだか」
ユルキはやれやれと肩を竦めた。
食堂には長机が置かれていて、団員たちはそれぞれ好きな場所に座っている。
「独裁者殺しちゃった、てへ」レコが言う。「そしてハートマーク」
夕方、訓練を行っている時に、アスラから手紙が届いた。
訓練後、全員で回し読みをして現在に至る。
ちなみに、訓練中も遺体の処理業者と城壁の修理業者が作業をしていた。
作業員たちは城の外にテントを張って、泊まり込んでいる。
「出かけたら絶対に1人は殺して帰るってルールでもあるわけ?」
アイリスが呆れた風に言って、焼いた蛇を食べた。
蛇は串に刺さっている。アイリスが夕飯用に取って来て、ティナたち総務部が調理した。
別に食料に困っているわけではなく、サバイバルの感覚を忘れないように、時々食料を自分で調達しているのだ。
「そんなルールはないが」マルクスが言う。「大方、喧嘩を売られたから何も考えずに買ったのだろう」
マルクスは普通に野菜スープを飲んでいる。
アイリス以外は、みんな普通の食事だ。
「……道を塞がれた、とか……そんな些細な理由かも」
イーナがやれやれと首を振った。
「いやいや君たち、原因はサルメだよ」とラウノ。
「どうしてですの?」ティナが言う。「サルメのことは何も書いてませんわよ?」
アスラの手紙はとってもシンプルだった。書かれていた内容は、という意味だ。ハートマークや音符マークは便せんに飛び交っていた。
「あー、俺分かるわぁ」ユルキが呆れた風に言った。「あれだろ? 理不尽な兵隊どもの態度にキレたんだな?」
「……あー。サルメ、きっとキレるね……」
「ああ。そうだな。トピアディスの実情が噂通りなら、サルメはキレる可能性があるな」
「前から思ってたけど、うちの団って」レコが言う。「オレと団長以外はみんなキレやすいよね?」
「んなことねーよ」
「……あたし、キレたことないし」
「自分も覚えがないな」
「僕も滅多に怒らないよ?」
ユルキ、イーナ、マルクス、そしてラウノが否定した。
「え? でもみんな、トピアディスの兵隊たちがさぁ」レコが言う。「オレみたいな可愛い市民をいじめてたら、殴るでしょ?」
「レコはどうでもいいけどよぉ」ユルキが笑う。「まぁ、権力者の市民いじめは見てていい気分ってわけじゃねーな」
「……そんな奴は死ねばいい……」
「うむ。外道は死んでもいい」
「僕も賛成」
「ほら!!」レコが嬉しそうに言う。「絶対これ、サルメじゃなくても同じ結果になったよね!? うちの団で冷静なのはオレと団長だけ!!」
「ぼくたちは?」
ティナが自分を指して、続いてメルヴィとブリットを指した。
「うーん」レコが首を傾げた。「どうだろう? メルヴィはキレないと思うし、キレても何もできないけど、2人はどうだろう?」
レコが視線をラウノへ。
「ブリットは何もしないよ」ラウノが淡々と言う。「暴君怖いですぅ、って言って隠れる」
「……うぅ……正解なのですぅ……」
ブリットはなぜか照れたように頬を染めた。
「ティナはちょっと難しいかな」ラウノが言う。「怒るかもしれないけど、戦闘が好きじゃないからなぁ。成ってみないと分からない」
「別に成る必要はありませんわ。たぶんぼくは、見て見ぬ振りをすると思いますわね」
「話をまとめると」ユルキが言う。「今回の独裁者抹殺はサルメが始めたことだな?」
「だね」ラウノが言う。「サルメが怒って兵隊を殺して、そこから問題が波及して、最終的に独裁者を殺すに至った」
「そして、別にサルメじゃなくても同じ結果になったと思う」レコが言う。「ただ、オレ、ティナ、ブリット、メルヴィが同行者なら、独裁者は生きてたかも」
「そうは言っても、結局団長がいる限り、同じ結果なのでは?」
マルクスが冷静に言った。
「そうよ」アイリスが言う。「トピアディスが噂通りなら、絶対どこかでアスラが揉めるわよ。だからまぁ、当然の結果というか、誰が同行者でも同じよ」
「この団の問題点は」ティナが言う。「見て見ぬ振りができないことですわ。イラッとしたらすぐに手が出ますわ。それだと、行く先々で揉めますわ」
「だって俺たち傭兵だぞ?」
ユルキが真顔で言った。
「……喧嘩上等……」とイーナ。
「任務中でなければ、特に問題もない」マルクスが言う。「好きにすればいい」
「それで結局、アスラはしばらく帰れないのよね?」とアイリス。
「ああ。そのようだ」とマルクス。
アスラの手紙には、トピアディスの社会的混乱が落ち着くまで、国王代理として指揮を執ると書いてあった。
「これって、領土が増えたってこと?」
レコがマルクスを見る。
「どうだろうな」とマルクスが首を傾げた。
「てゆーか、なんで買い物のついでに一国の支配体系を破壊しちゃうのよ」アイリスがげんなりした風に言った。「そういうのって普通、革命軍が頑張ったりして、やっと達成されるものでしょ?」
「団長は! 買い物のついでに!!」とレコ。
「一国を滅ぼしたと言っても過言じゃねーな」とユルキ。
「それで、結局領土が増えますの?」ティナが言う。「そうなると、誰かがトピアディスで領主だか王様だかをやりますの?」
「あ、あたし、頑張ります」メルヴィが言う。「これでも、元大貴族なので、統治方法は、習ってます」
とはいえ、メルヴィの家は何年も前に中央集権化の波に呑まれて中央官僚となっていた。なので、メルヴィは一応、統治学の概要を習ったに過ぎない。
「いや、さすがにメルヴィに任せることはないから安心していい」マルクスがメルヴィに笑顔を向ける。「たぶん団長のことだから、落ち着いたらアーニア辺りに押しつけるだろう」
「……アーニア王、哀れ……」
「まぁ、死ぬまで団……」
そこまで言って、ユルキは口を閉じた。
アーニア王は死ぬまでアスラのお願いを聞き続ける必要がある。そういう約束だ。
けれど、それは英雄将軍を暗殺した報酬なのだ。
「何? どうしたのユルキ?」とアイリス。
「いや、アーニアは俺らと関係が深いし、死ぬまで団長にあれこれ言われるだろうなぁ、って思って」
ユルキがヘラヘラと言った。
「ふぅん。でもどうして、途中で止めたの?」アイリスが何の気なしに言う。「何か不自然だったわよ? しかも、黙った瞬間にみんなあたしを気にしたでしょ?」
アイリスもアスラ式プロファイリングを扱える。
それと同時に、注意力、観察力も格段に上がっているのだ。
「実は密約があるんだ」マルクスが言う。「アイリスにはそれを話していない」
「そうなの? あたし、聞かない方がいいこと?」
「うむ」マルクスが頷く。「団長がいいと言えば話すが、今の時点では団外秘だ」
「じゃあ仕方ないわね」
アイリスが肩を竦めた。
アイリスは現時点で、《月花》をまったく疑っていない。だから特に深入りすることもなく引いた。
マルクスは視線だけでユルキを責めた。軽率だぞ、ユルキ。
ユルキは苦笑いで応えた。悪い、アイリスもう真の仲間だと思っちまうんだよな。
「が、副長判断で概要だけ話しておこう」マルクスが言う。「隠し事は少ない方がいい。要するに、今後アーニアの依頼を優先して請けるが、アーニアも我々に便宜を図って欲しい、というものだ。もっと詳しい内容が知りたければ団長に聞け」
マルクスはサラリと嘘を吐いた。
今のアイリスは一般人の嘘なら見抜ける。だけれど、古参の団員の嘘は見抜けない。詳しく言うと、アスラ、マルクス、ユルキ、イーナの嘘を見抜く能力はない。
「なるほどね。特定の国に肩入れしてる、ってのはあんまり外に出ない方がいいわね」アイリスが言う。「《月花》はお金さえ払えば誰の味方でもするって触れ込みだものね」
アイリスは完全に納得した。
これでいい、とマルクスは思った。
今は気にしていなくても、後々、何かで引っかかっては困る。だから完全に解決したのだ。
◇
「だーかーらー!」アイリスが言う。「有り得ない仮定に意味なんてないでしょ!?」
「だけど!」レコも負けずと言う。「仮定しないと無理でしょ!?」
「まぁ、どちらの言うことも一理ある」マルクスが言う。「一旦、落ち着け」
アイリスたちは食事のあと、そのまま食堂で雑談していた。
雑談がいつの間にか「人間の中で誰が一番強いか」という話題になって、それを決めるための議論が白熱したのだ。
「今回はとりあえず、有り得ない仮定でやるしかなくね?」ユルキが言う。「有り得る仮定だと、そもそも1対1ってのが難しいぜ?」
傭兵団《月花》は魔法兵の集団だ。その真髄は先制攻撃にある。更に言うと、連携して市街地で戦うことにある。
「……同感」イーナが言う。「アイリスの気持ちも、分かるけど……。無意味な仮定だと、現実感が失われる……」
「そもそも状況を仮定しませんと」ティナが言う。「強さの議論に入れませんわ。ぼくもアイリスの言い分には賛成ですのよ? でも、あくまでこれは遊びみたいなものですわ。有り得ない仮定でもいいと思いますわ、ぼくは」
「まぁ、確かに話が進まないわね」アイリスが頷く。「じゃあ、仮定はどうするの? 比べるのは戦闘能力でいいの?」
「オレの案聞いて!」レコが言う。「まず、人類が全員敵になる!」
「ほう」マルクスが言う。「面白いな。有り得ないが、まぁ面白ければいい。どうせ遊びだ」
「それで、最後の1人になるまで殺し合う! 絶対に協力しちゃダメ! だから必然的に1対1になる!」
「なるほど」ラウノが頷く。「バトルロイヤル形式ってやつだね。いいんじゃないかな? 自分の得意なステージに敵を誘い込む能力も必要になってくるし、サバイバル能力もいるね」
「それで段々と、世界が壁か何かで狭まっていく。だから絶対にいつか戦うんだけど、えっと、発見したら必ず戦うとかにしようかな?」レコが言う。「そうしないと戦わない人が出てくるから」
「てゆーか、ぶっちゃけその形式だと、最後まで残るのアスラでしょ?」
アイリスが肩を竦めた。
「まぁ団長だろうな」とユルキ。
「……間違いない……」とイーナ。
「いや、案外メロディ・ノックスも有り得るぞ?」とマルクス。
「みんな、バカ言わないで欲しいですわ」ティナがムスッとして言う。「そのルールなら姉様ですわ」
「ティナの姉様は死んでるけど?」レコが言う。「まぁ特別に参加させよっか。でも死者はジャンヌだけね? 歴代の大英雄とか出て来たらゴチャゴチャになる」
「アスラ、メロディ、ジャンヌ」ラウノが言う。「まぁこの三人はトップスリーで確定だね。順番はこれから議論しようか」
「ねぇレコ」アイリスが言う。「相手を殺さなくても、戦闘不能でもいいってことにしてよ。じゃないとあたしが参加できないし」
「分かった。いいよ」とレコ。
「それで?」ユルキが言う。「1位はやっぱ団長だろ? 身内贔屓じゃなくて、普通に団長が最後に立ってそうじゃね?」
「それは根拠が曖昧ですわ」ティナが言う。「姉様はぶっちゃけ、めっちゃ強いですわよ? それに、みんなだって姉様を倒すのに7人がかりでしたわ。1対1が基本なら、姉様が負ける要素なんてありませんわ」
「……それも、そうか……」
イーナが小さく何度か頷いた。
「あのぉ」ブリットが申し訳なさそうに言う。「ボクが思うに……セブンアイズの3位を……余裕で挽肉にしたメロディが最強ですぅ……」
「むっきー!!」ティナが怒った風に言う。「姉様の方が絶対強いですわ!! メロディも別に弱くはありませんわよ!? でも、姉様は四重【神滅の舞い】だって使えますのよ!? 順番は姉様、メロディ、アスラですわ!!」
「どうだろうな? 自分は強いのはメロディが一番強いとは思うが」マルクスが言う。「しかし四重【神滅の舞い】は確かに脅威だ」
「いや、使えねーって」ユルキが言う。「メロディの速度なら、魔法を使う余裕なんてねーよ。だから勝つのはメロディじゃね?」
「だけど、戦う場所によっては【神滅の舞い】を出す余裕あるんじゃない?」レコが言う。「市街戦とかなら、隠れたりできるし、【神滅の舞い】を出す時間ぐらい稼げると思うけど?」
「別にどっちが強くてもいいけど」アイリスが言う。「生き残るのはアスラよ。ジャンヌやメロディがアスラを差し置いて生き残るとか想像できないもん」
「それは根拠が薄いですわ!」とティナ。
「今のアスラはちょっと強すぎるわ」アイリスが真剣に言う。「正直に言って、人類の敵に回ったらジャンヌより脅威だと思うわ」
「むぅぅぅぅ!」ティナが頬を膨らませる。「そんなことありませんわ! 人類に与えたダメージは姉様の方がずっと大きいですわ!! そうそう抜かれたりしませんわよ!」
「まぁそうだけどさぁ!!」アイリスがビックリして言う。「それ自慢されても困るんだけど!?」
「強さ議論は荒れるな」マルクスが言う。「まぁ、トップスリーの順番はまた追々考えるとして、先に4番を決めよう。自分は自分を推す」
「え? そこはあたしでしょ?」とアイリス。
「いや、アイリスとかルール無用なら俺でも殺せるって」
ユルキがケラケラと笑った。
「あらー? 普通は大英雄の名前が出るんじゃないのー?」
いつの間にか、食堂にエルナがいてニコニコと笑っていた。
みんなエルナの気配に気付かなかったので、酷く驚いた。
「現に、みんなわたしに気付かなかったわよねー? わたし、今の間にみんな殺す自信あるわよー?」
「……オレ、異論ないかも」レコがあっさりとエルナの主張を認めた。「仮定的に、たぶんアクセルより、エルナの方が生き残ると思うし」
「そうでしょー?」エルナはニコニコとしている。「アイリスなんて、まだまだわたしには勝てないわよー? ねー?」
「あ、ええ、はい、ええ……」
アイリスがビクビクしながら言った。
「わたしが何しに来たか分かるわよねー? 大英雄命令を無視した罰を受けてもらうわよー?」
「はい!!」ティナが勢いよく手を挙げる。「お尻叩きがいいですわ!! なんならぼくが代行しますわ!!」
「はい!!」レコが勢いよく手を挙げる。「おっぱい叩きがいい! オレに任せてくれれば、すごい叩くよ!! あと揉むよ!!」
「ふ、太ももがいいですぅ……」ブリットが言う。「太もも、大好きですぅ……」
「あらあら」エルナはずっとニコニコしている。「アイリスの味方はいないようね? つまり、《月花》はアイリスの離脱を推奨したってことねー?」
「もちろんだエルナ」マルクスが言う。「団として、大英雄命令に従うよう要請した」
「そう。良かったわ。最悪《月花》と揉めることも覚悟してたのよねー」エルナが言う。「そしてまたメンバーが増えてるわね」
エルナはブリットを見ていた。
「ああ。貴族王の配下の魔物だ」マルクスが言う。「団長に脅されて寝返った。連中が魔物を使っているという証拠になる。だがマティアス暗殺とは関係なさそうだ」
「へぇ」エルナはジロジロとブリットを見た。「そっちはあとで詳しく聞くとして、まずはアイリス、とりあえず立ちなさい」
「は、はい!」
アイリスは光の速さで立ち上がった。
もちろん、光の速さというのは比喩だが、凄まじく速かったのは事実。
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