EX39 最高の業物ゲット! 将来は伝説となって『アスラの剣』とか呼ばれるよ!


 軍事独裁国家トピアディスの王城。謁見の間。

 2人の青年が剣を持ち、決闘をしていた。

 2人は泣きながら、ボロボロになって、それでも強い意志を持って戦っていた。

 そんな2人の様子を、独裁者モーリッツ・バイラーが太い葉巻を吹かしながら眺めていた。

 モーリッツは玉座で足を組んでいる。筋肉質な巨体で、見るからに強そうで、威圧感がある。

 髪は短髪で、色は白髪混じりの緑。戦闘服の上から、軽めの鎧と白いマントを装備。

 年齢は今年で53歳となる。


「死んでくれ、妹のために死んでくれ!」

「妻のために死んでくれ!」


 2人の青年は、叫びながら剣を交わしている。


「必死の殺し合いこそ、最も素晴らしい遊びだと思わんか? ん?」


 モーリッツは玉座の周囲に立っている部下たちに言った。

 部下たちは「その通りであります!」と元気よく応えた。

 決闘をしている青年たちは、何も決闘が好きなわけではない。

 それぞれ、妹と妻を人質に取られているのだ。

 必死の表情で斬り合いを続ける青年たちは知らない。

 妹も妻も、すでにモーリッツに何度も犯されたことを。その後、更に軍人たちに順番に犯され、精神が崩壊してしまったことを。

 だけれど、モーリッツは青年たちにこう言った。


「勝った方の家族は解放する。どちらも無事だが、負けた方の家族は、ワシらが楽しんだのち、人買い商人に売却だ」


 その言葉を聞いて、青年たちは妹を、あるいは妻を救うために戦っている。

 酒場で1度会っただけの、何の恨みもない相手と殺し合っている。

 そもそも、この2人は酔った勢いでモーリッツ政権をウッカリ批判してしまったのだ。それが不幸の始まり。

 批判とは即ち、モーリッツに逆らうということ。だからこんな目に遭っている。

 モーリッツは葉巻を吹かす。


「閣下!! 将軍閣下!!」


 兵士が1人、謁見の間に入ってきた。あまりにも必死な様子だったので、決闘をしていた青年たちでさえ、兵士の方を見た。


「大変な事態です将軍閣下!!」


 兵士は急いで玉座の近くまで寄り、崩れ落ちるように膝を折った。


「どうした? どこぞの国が攻めて来たか? それとも、アホの貴族どもが絶滅でもしたか? ん?」


 モーリッツは貴族が嫌いだった。

 この世界において、偉そうにしていいのは自分だけ。自分こそがもっとも偉大で、何をしても許される人間である。それがモーリッツの考え。

 だから、貴族軍が兵を出すよう要請してきたのも無視したし、連中が負けたと知った時は宴を開いた。


「オスカー様が! オスカー様が!」


「あのクソバカは、また国民の処刑でも行ったか?」モーリッツが首を振る。「殺し過ぎると税収が減ると、ワシは何度も言っているのだがなぁ」


 モーリッツ自身、殺しは大好きなのだが、ある程度は自粛している。

 税収以外にも、下級国民は上級国民のストレス発散の対象でもある。

 因縁を付けて殴ってもいいし、ケツの穴を犯してもいい。だが逆らわない限り、殺してはいけない。

 下級国民は生かさず殺さず。強いて言うなら半殺し。それが良い統治者だ、とモーリッツは思っている。


「それがその! 殺されました!」


 兵士の言葉を、モーリッツは理解できなかった。


「犯人は我が国の者ではない、という話です! 外国人による犯行である可能性が高いという話です!」


 この国では、人の出入りは厳しく制限されている。外国人が気軽に観光に来られる国ではない。

 モーリッツも兵士も知らないことだが、アスラとサルメはゴジラッシュを使って不法入国している。

 ちなみに、国民が国外に出ることは基本的に許されていない。仕事の都合上、どうしても出なければいけない者にだけ許可証を発行している。


「殺された? オスカーが?」


 やっと、モーリッツは理解した。

 そして立ち上がり、葉巻を捨てる。その葉巻を、近くにいた部下がソッと拾って灰皿へ。


「はい! オスカー様は殺害されました!」

「なんということだ……」


 モーリッツはフラフラと歩きながら兵士の側へ。

 そして、決闘をしていた青年の1人を裏拳で殴った。

 青年の頭蓋骨はバキバキに砕け、身体は壁まで吹き飛び、全身の骨も折れる。

 青年の身体が床に落ちたが、もう青年は動かなかった。


「そのようなことが、あっていいはずがない……」モーリッツは怒り心頭、といった様子で拳を握り締める。「オスカーは愚かで弱いが、それでもワシのたった1人の息子! 外国人などに殺されていいはずがない!!」


 モーリッツは勢いに任せて、もう1人の青年の腹部を蹴った。

 青年の内臓が破裂し、身体はやっぱり壁まで飛んで叩き付けられ、床に落ちて絶命した。

 モーリッツは別に、青年たちを殺そうと思ったわけではない。殺しは自重している。手近なサンドバッグ感覚で攻撃したに過ぎない。

 青年たちが死ぬとは思っていなかったし、死んだことにも気付いていない。


「その外国人の居場所は、当然把握しているんだろうな!?」


 モーリッツが叫ぶと、周囲の兵たちは全員が身を竦めた。

 恐ろしいのだ。モーリッツ・バイラーという男が心底恐ろしいのだ。


「は、はい! 城下町の武器屋にいるという話です!! 現在見張りを付けていますので、移動しても大丈夫です!」


 報告に来た兵士は、汗だくだ。別に疲れたわけではない。冷や汗だ。


「よし!! すぐに征くぞ貴様ら!! 精鋭どもを招集しろ!! この世の地獄を味わわせてやる!!」


 独裁者モーリッツ・バイラー将軍。

 もしも性格さえマトモなら、英雄になれた。誰もがそう思うほどの実力者だ。


       ◇


「おお? 連れの姉ちゃん縮んだかにゃ?」武器屋のオヤジが言う。「前はもっとこう、色っぽくて、いやらしくて、端的に言えば勃起する姉ちゃんだった気がするんだがにゃー?」


「冗談だと分かっていますが」サルメが言った。「あまりいい気分じゃないです」


「こいつはサルメ」アスラがサルメの頭に手を置いて、軽く撫でた。「前に私と一緒だったのはルミア」


「オヤジ!」リトヴァが怒った風に言う。「失礼だにゃ!!」


「がははは!」オヤジは下品に笑う。「細かいこと気にすんじゃねーよリトちゃん!! それよりアスラ嬢ちゃんに例の武器を渡すにゃ!」


「ごめんにゃー」


 リトヴァはサルメに謝ってから、店の奥に入った。

 店は普通の武器屋だ。店内はさほど広くない。カウンターの向こう側にオヤジがいる。

 そして、色々な武器が所狭しと並んでいるのだが、東フルセンなので長剣が多い。

 アスラはヒマ潰し程度に、武器を眺める。

 乱雑に置いてあるが、どれも割といい武器だ。このオヤジ、性格はアホだが腕は確か。そういう噂を聞いて、アスラも刀の製作を依頼した。


「おい、姉ちゃんの背中のクレイモア」オヤジが神妙な声で言う。「そいつは、かなりの業物だにゃ?」


「あ、はい。これはラグナロクといって」サルメが嬉しそうに言う。「かの有名なジャンヌ・オータン・ララが使用した剣です」


「ジャンヌの剣!?」オヤジが酷く驚いて目を見開いた。「そうか!! ジャンヌを倒した傭兵団《月花》のアスラは、アスラ嬢ちゃんだったか!!」


「私だよ」アスラは冷静に言った。「傭兵やるって言っただろう? 前に来た時。もう2年は前かな?」


「アスラ、本当に傭兵になったんだにゃ」


 奥から、一振りの小太刀を抱えてリトヴァが戻った。


「それが刀ですか?」とサルメが小太刀に目をやる。


「正確には小太刀。刀はもっと大きいんだけど、私の身長だと、たぶん扱えない。だから小さい刀、小太刀を作ってもらったんだよ」


 リトヴァが小太刀をアスラに渡す。

 アスラがゆっくりと、小太刀を抜いた。


「素晴らしい」とアスラ。


「おう。そいつは完全に注文通りの品だにゃ」オヤジが言う。「追加料金貰っていいかにゃ? 前金貰ったが、トントンでな。利益が欲しいにゃ」


「もちろんだとも」


 アスラは小太刀を鞘に仕舞い、腰に差した。

 それから、5万ドーラを出してオヤジに渡す。


「あの、それ本当にそんなにすごい武器なんですか?」サルメが首を傾げた。「なんだか細いですし、クレイモアの攻撃をガードしたら折れちゃいそうに見えます」


「いずれ分かるさ」アスラは超上機嫌で言う。「ふふ、こいつはラグナロクに勝るとも劣らない業物だよ。いずれ必ず伝説の武器の仲間入りさ。アスラの剣、って呼ばれるかもね、将来は。ふふふ」


「ふん。そんな嬉しそうな顔されちゃ、頑張った甲斐があるってもんだにゃ」オヤジが微笑む。「伝説の武器とまで言われちゃ、本当もう、ぐふふ」


 オヤジは頬を染め、照れていた。


「用が済んだなら、早く逃げるにゃ」とリトヴァ。


 アスラたちの視線がリトヴァへ。


「ぶっちゃけ、ウチとオヤジも逃げた方がいいかもにゃ」

「なぜだい?」とアスラ。

「なぜって……サルメがオスカー様を殺しちゃったからだにゃ! ウチらも関係者扱いされたら普通に殺されるにゃ。言い逃れできるか際どいにゃ」


 リトヴァの発言で、オヤジが硬直した。

 オヤジの手から、5万ドーラが落ちる。


「何かまずいんですか?」とサルメが首を傾げた。


「殺人罪だろう、普通に」アスラが笑う。「相手がゴミでもクズでも、憲兵的には殺人罪。よし、面倒に巻き込まれる前に行こうか」


「そうですね」とサルメ。


「裏から出た方がいいにゃ!」リトヴァが言う。「オヤジどうするにゃ? ウチらも行くなら、最低限の荷物だけ持って出るにゃ」


「おいちょっと待て。待て」オヤジが左手で頭を押さえながら言った。「マジで、ガチで、本気で、本当に、オスカー殺しちまったにゃ?」


「はい。ムカっとしたので」


 サルメがリトヴァに視線を送る。


「確実に首を刎ねたにゃ。この目で見たにゃ。ついでに軍人も4人、首が飛んだにゃ。胸がスッとしたにゃ」


「なんてこった!」オヤジが言う。「そいつは見たかったにゃ! クソッ! 全然気付かなかったにゃ!」


「オヤジはだって工房に引き籠もりだし、仕方ないにゃ」


 店の奥が工房だ。


「さて。悪いんだけど、裏から出る意味はもうなくなったようだ」とアスラ。


「はい。囲まれていますね」サルメが言う。「そういう気配です」


 2人の言葉で、リトヴァとオヤジの顔面が真っ青に。


「心配いらない。私らは普通に正面から出て、ゆっくり帰るさ。君らは安全だよ。約束する。ちょうど、試し斬りがしたかったからね」


 アスラは普通に、本当に普通に、店の入り口から外に出た。

 サルメもそれに続く。

 リトヴァとオヤジは、恐ろしくてその場を動けなかった。

 店の外には、多くの軍人たちが立っていた。

 彼らは間隔を開けて、武器屋の周囲を封鎖するように立っている。

 そんな軍人たちの中に、ただ一人、異彩を放つ者がいた。

 白髪混じりの緑の短髪に、筋肉質な巨体。マルクスよりも、下手をしたらアクセルよりも巨躯。

 戦闘服に、簡素な鎧と白いマント。

 手には巨大なモーニングスターを握っている。


「お前たちが、我が息子オスカーの首を刎ねたのか?」


 異彩を放つ巨躯の男が言った。


「君は?」とアスラ。


「この国の支配者、モーリッツ・バイラーだ」巨躯の男が言う。「ワシの顔を知らんとは、やはり外国人か」


 すでに、オスカーたちの死体は大通りから消えている。軍人たちが処理したのだ。

 実に迅速な処理だ、とアスラは思った。

 サルメがオスカーを殺してから、まだ20分程度しか経過していない。死体を処理し、報告し、報復に動く。実に迅速だ。


「私はアスラ・リョナだよ。傭兵団《月花》のアスラ・リョナ。もう帰るところだから」

「……ジャンヌを殺し、貴族たちを叩きのめした、あのアスラ・リョナ?」


 モーリッツが目を細めた。


「そのアスラ・リョナだよ」アスラが肩を竦める。「まぁ、他にアスラ・リョナがいるとは思えないけどね。それで? 私は名乗った。帰るからそこを退け」


「まずは質問に答えろ。我が息子を殺したのか?」

「知らないよ」


 アスラは淡々と言った。

 まるでそれが真実であるかのように。

 なので、軍人たちもモーリッツも、「あれ? 人違いかな?」と思った。


「騙されてはいけません閣下!! 情報では黒いローブに茶髪で、クレイモアの業物を装備しているとのこと! アスラの隣の女であります!!」


 軍人の1人がサルメを指さした。

 その瞬間に、モーリッツが闘気を放った。


「ムーブ!!」


 アスラは言いながら、右に飛んだ。

 サルメは左に飛ぶ。

 さっきまでアスラたちが立っていた場所に、モーニングスターの鉄球が落ちる。地面が激しく抉れ、震えた。

 モーリッツはアスラではなくサルメを追った。

 ふむ、とアスラは思った。

 私ならまだしも、サルメの手に負える相手じゃない。普通に戦えば殺される。

 でも、ここは市街地。逃げ切ることは可能だし、アスラの元に誘導することも可能だ。

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