ExtraStory
EX38 独裁者は絶対的な権力の行使 私たちは絶対的な暴力の行使
リトヴァ・ステンロースは、客を出迎えるために店の外に出た。
予定通りなら、客はもうすぐ到着する。この辺りは2年でガラリと変わったので、念のため外で待つことにしたのだ。
リトヴァは17歳になったばかりの少女で、髪の色は赤。瞳の色も同じだ。服装は、厚手の茶色い作業着。
まだ職人には程遠いが、鍛冶師見習いである。
「いい天気にゃー」
空を見上げながら、リトヴァが言った。
語尾の『にゃー』は父親の口癖で、リトヴァにも移ったもの。猫の真似をしているわけではない。
ここは軍事独裁国家トピアディスの城下町。その大通り。
リトヴァが背伸びをすると、急に大通りの人々が沈黙した。さっきまで通りを歩いていた者たちは、みんな隅の方に寄る。
別に、リトヴァの背伸びが原因ではない。これはよくあること。
リトヴァが大通りの入り口側に目をやると、軍人たちが馬に乗って大通りを進んでいるのが見えた。
この国では、軍人は上級国民だ。彼らの前を横切っただけで酷い目に遭わされる。
リトヴァは「最悪にゃー」と言いながら、店の窓枠を直す振りをした。
ジロジロと軍人たちを見たり、慌てて家に入ったら、絡まれる可能性がある。
絡まれたら最悪だ。大通りで全裸になることを強要されたり、しゃぶれと言われたり、女は性的な虐待を受けることが多い。
男は暴行を受ける場合が多い。どちらも最悪だが、逆らわなければ、殺されることはない。
逆に言えば、彼らに反抗したら殺されることも有り得るのだ。
軍人たちの先頭が、リトヴァの店の近くまで進む。
人数は5人。小隊だ。リトヴァはバレないように、チラッとだけ彼らに視線を送った。
そして吐き気を催した。
この国でもっとも強権を振るう、最低最悪な男の姿がそこにあった。
クーデターを起こし、国を乗っ取った者の息子だ。彼は女好きで、13歳の少女から40歳の熟女まで、容赦なくレイプする。
絡まれませんように、とリトヴァが願った。
と、軍人たちの馬が立ち止まった。
まさか、あたしが絡まれたにゃ!?
リトヴァは恐怖で真っ青になったが、違っていた。
「このクソガキ、俺の進路を塞いでやがるぞ?」
ゲラゲラと、支配者の息子が笑った。
支配者の息子の名はオスカー・バイラー。今年で30歳になる。
オスカーの前に、8歳か7歳ぐらいの男の子が立っていた。
「申し訳ありません!!」
男の子の母親らしき女性が、急いで男の子に走り寄る。
親子で買い物をしていたのだろう、とリトヴァは思った。大通りには多くの店が軒を連ねている。
そして、運が悪いなぁ、と同情した。
「それで済むと思うのか?」
オスカーが馬から降りて、他の4人の軍人も馬から降りた。軍人たちは女が1人に男が3人だった。
「本当に申し訳ありません!! いつも軍人様の道を塞ぐなと言い聞かせているのですが!!」
母親らしき女性が、無理やり男の子を土下座させて、自分も土下座して頭を地面に擦りつけた。
「いや、今、塞いだはずだ」オスカーがニヤニヤと言う。「それはつまり、言い聞かせていない、ということだ」
「このようなことは二度と! 二度とないよう、しっかり教育しますので!」
「いくつだ?」
「はい! この子は7歳になったばかりで!!」
「ガキのことじゃない!!」
オスカーは男の子を蹴り飛ばした。
その様子を見て、リトヴァは拳を握った。こいつらの横暴には、嫌気が差す。でも、逆らえない。逆らったら殺されるかもしれないし、家族に迷惑がかかることもある。
男の子が泣き出した。
母親が立ち上がると、オスカーは母親を殴りつけた。
「誰が立っていいと言った!? 軍人の前を横切らない!! 軍人の進路を妨害しない!! こんなのは常識だろうが!!」
「お許しください、お許しください」
母親は再び土下座の姿勢へ。
男の子は泣いている。
「うるせぇクソガキ!!」オスカーが背中の長剣を抜いた。「それ以上泣いたら、てめぇの母ちゃん真っ二つにして晒すぞ!?」
男の子は両手で自分の口を押さえ、必死に泣くのを我慢した。
「よぉし」オスカーは剣を仕舞う。「それで、いくつだ女」
「は、はい、わたくしめは、24歳でございます」
今のリトヴァの歳で、子供を産んだということ。
「まぁ、ブスというわけでもないし、そうだな、脱げ」
オスカーが言うと、母親は少し躊躇いながら立ち上がり、服を脱ぎ始めた。
逆らう意味はない。少しも意味はない。だって、従順でさえあれば、殺されることは滅多にないのだから。
母親が服を脱ぎ終える。
「さてどうするか」オスカーが顎に手をやる。「俺は高級娼婦とやったばかりだし、お前たちもだろう?」
オスカーの言葉に、軍人たちが頷く。女軍人も頷いていた。
性的に何もしないのなら、脱がしたのは辱めるため。ただそれだけのためだ。
「そうだ、そこのお前」
オスカーはリトヴァを指さした。
最悪だ。最悪も最悪も最悪。リトヴァは硬直して、返事ができなかった。
「お前だ赤毛。返事をしろ。殺すぞ?」
「は、はいオスカー様!」
声が裏返ってしまったが、なんとか返事はできた。
「そう緊張するな。お前、そこの女を100回殴れ」
「え?」
「何度も同じことを言わせるな!」
「も、申し訳ありませんにゃ!」
リトヴァの語尾を聞いて、軍人たちが笑った。緊張して噛んだと思ったのだ。
リトヴァはゆっくりと、母親の前に移動した。
「子供の躾けもできないダメ親から、まず躾ける」オスカーが言う。「言っておくが、手加減するな? 手加減したと俺が思ったら、数に加えない。更に、手加減10回でお前も躾けだ。分かったな?」
「は、はいぃ!」
返事をして、リトヴァは母親の顔を殴った。
軍人たちはニヤニヤしながら、「おー、酷い女だ」とか「今の痛いなぁ」とか、楽しそうに感想を述べた。
ごめんなさい、ごめんなさい、リトヴァは心の中で連呼した。
「全身、まんべんなく殴れ」とオスカー。
「はい!」
殴りたくなんてない。本当に、心から、嫌なのだ。
だけれど、殴らなければリトヴァが酷い目に遭う。今日は運が悪かった。でも幸いなのは、リトヴァが殴られる方じゃなかったこと。
そう割り切って、続けるしかない。
男の子と目が合った。泣くのを我慢している。ずっと我慢している。偉いなぁ、って思った。
母親と目が合った。母親は微笑み、「お願いします。遠慮なく殴ってください」と言った。
ああ、知っているのだ。殴らなければ、リトヴァが次は酷い目に遭うと。
その微笑みを見たせいで、リトヴァは泣いた。
どうしてこんな国になってしまったのだろう?
どうして、こんな横暴がまかり通ってしまうのだろう?
オスカーも軍人たちも、ヒマ潰し感覚でこういうことをする。
国民で遊んでいるのだ。何をしても許されるから。滅多に殺さないことだけが救い。でもそれだって、国民の数が減ったら税収が減るからだ。
「ぐぅ……」
リトヴァが腕を振り上げる。
苦しい。殴りたくない。でもやらなければ、自分が被害者になってしまう。
「どうした? あと99回だ。早くしろ。俺たちはヒマじゃないんだぞ?」
オスカーが退屈そうに言った。
用事があるなら、さっさと行けばいいのだ。子供が進路を塞いだぐらいで、ここまでする必要はない。
ここはまるで地獄。誰もが怯えながら日々を過ごしている。軍人たちに絡まれないように、軍人たちを怒らせないように。
「誰か……助けて……」
リトヴァはその場に座り込んだ。
無理だ。リトヴァの手は誰かを殴るためにあるわけじゃない。剣を作るための手なのだ。
「うちの子が怒ってしまって手が付けられない。よって、無料だよ」
聞き覚えのある声に、リトヴァが振り返る。
そうすると、世にも美しい銀髪の少女が立っていた。黒いローブ姿に、キラキラした銀髪が映える。
一度会ったら二度と忘れない。リトヴァの父親に超が付くほど難しい武器の製作を依頼した少女だ。
アスラ・リョナ。それが少女の名前。リトヴァが出迎えようとしていた客。
そして、アスラの背後で軍人たちの首が次々に飛んだ。
軍人たちを斬り殺したのは、茶髪の少女だった。
リトヴァよりも年下で、一度も見たことのない少女。アスラと同じ黒いローブ姿なので、アスラの仲間だというのは理解できた。
「あの子はサルメ」アスラが言う。「あの子も理不尽の中で生きてきたから仕方ないけど、もっと自分を抑える術を教えないとね」
茶髪の少女――サルメの持っている武器はクレイモアだった。それも、普通のクレイモアではない。
その輝きは、自らを超一流の武器だと主張している。その斬れ味は、紛れもなく一級品。滅多に見られる武器ではない。
「ムカツクんですよ!」
サルメが大声で言った。
軍人たちはみんな死に、残ったのはオスカーだけ。
「お前たちみたいな連中は!! 心から!!」
サルメが武器を構える。
「おい待て! 俺を誰だと思っている!? 今ならまだ許してやるぞ!? 俺はこの国の支配者のむす……」
言葉の途中で、サルメはオスカーの首を刎ねた。
強い、とリトヴァは思った。
このサルメという少女は、見たことないぐらい強い。まがりなりにも、彼らは軍人だ。戦闘のスペシャリスト。それを、サルメはあっさり殺してしまった。
「サルメ。元々、君の中央剣術は微妙だけど」アスラが言う。「怒りのせいでブレまくりだね。そんなんじゃ、相手が強いと負けるよ? 今回は雑魚だったようだし、君の怒りにビビッてたから良かったけども」
「……はい。ごめんなさい」
サルメは素直に謝ってから、クレイモアを振って血を払った。
それから、ゆっくりと背中に仕舞う。
「お、おいアンタ!!」町民の1人が震える声で言う。「なんてことをしてくれたんだ!!」
サルメはその町民を無視して、全裸の母親の前に移動した。
母親は男の子を抱き締めて泣いている。男の子も泣いている。
「服を着てください」サルメは優しい声で言った。「ゴミは処理しておきましたので、もう大丈夫です」
「あ、ありがとうございます」母親が言う。「でも、その、ごめんなさい!」
母親は服を拾い集め、男の子を抱き上げ、走り去った。
仕方ないことだ、とリトヴァは思った。
サルメはとんでもないことをやったのだ。逃げたくもなる。感謝の言葉が出ただけ、マシである。
「ああ!! なんてことだ!!」
「関係ない!! 我々は関係ない!!」
町民たちが慌てふためいている。
その気持ちも、リトヴァには理解できる。本当に、本当に、サルメは恐ろしいことをしたのだから。
ああ、でも、とリトヴァは思う。
胸がスッとした。
「アスラ、久しぶりだにゃ」リトヴァは涙の痕をゴシゴシと拭って、笑顔を見せる。「店の中にどうぞですにゃ!」
「久しぶりだね猫ちゃん」アスラも微笑む。「相変わらず君の語尾は可愛いね。君の父は同じ語尾でもまったく可愛くないけど」
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