第2話 貴族の怒りを世界に示そう! 「では貴族は絶滅させよう」


 タルヴォ・ハンヌネン・レレの前に、多くの軍が集った。

 タルヴォは木製の号令台の上に立っているので、集った人間たちの姿がよく見える。

 もちろん彼らからも、タルヴォの姿がよく見えている。


「諸君!! よくぞ集まってくれた!!」


 鉄製音響メガホンを右手に持って、タルヴォが叫んだ。

 実際のところ、ここに集まっている兵は1000に満たない。これから、進軍しながら合流するのだ。

 西と中央からも兵が集まり、最終的には1万を超える。ちなみに、西と中央の兵は現地集合だ。


「ハールス家のことは、みなも知っているだろう! 何の罪もない貴族家を、金のために滅ぼした悪魔どもには天誅が必要である!!」


「そうだ! 天誅だ!」「天誅!!」


 集まっている兵のほとんどが貴族とその私兵である。

 傭兵団《月花》が貴族家を滅ぼしたことに対して、怒りを覚えて当然だ。


「かつて! 我々は力を持っていた! かつて! 我々は尊敬されていた! 我々貴族を、このように舐め腐った者はいなかった! かつて! 我々が道を歩けば、平民どもは道の隅に寄って頭を下げた! それが今はどうだ!?」


 そのような光景は、もうほとんど見ることができない。唯一、中央集権化が遅い西フルセンで希に見かけるという程度。


「貴族家に仕えている、というだけで一目置かれる時代があった!! それが今ではどうだ!? 私兵諸君! 君らはかつて、肩で風を切って歩いた! それが今ではどうだ!? 誰も諸君らに注意を払わない! 我々の尊厳はどこへ消えた!?」


 貴族の権威は失墜した。いや、まだ失墜している最中だ。

 タルヴォは思うのだ。今ならまだ、取り返せるのではないか、と。かつての栄光を。かつての地位を。かつての尊敬を。


「ハールス家への暴虐はその象徴的な事件だと思わないか!? かつて、貴族に対してこのような振る舞いは許されなかった! かつて、我々には力があった! 諸君!! 取り戻そうではないか!! 貴族に逆らったらどうなるのか!! 貴族を敵に回したらどうなるのか!! 全世界に!! 全平民どもに!! 知らしめてやろうではないか!!」


 左手に音響メガホンを持ち替えて、タルヴォが右手で剣を抜く。

 タルヴォの剣は目映い光を放っている。

 その光が、タルヴォの青い鎧に反射して、キラキラと輝く。

 ちなみに、この鎧はタルヴォの蒼空騎士時代の鎧だ。かつて、タルヴォは蒼空騎士だったことがある。

 タルヴォは今年25歳で、蒼空騎士団では《月花》のマルクス・レドフォードと同期だった。


「この聖剣クレイヴ・ソリッシュに俺は誓う!!」


 光り輝く聖剣を、タルヴォが高く掲げる。


「この戦争が終わったら!! 再び貴族全盛の世を創り上げると!! 俺とともに来い!! 世界は貴族のためにある!! これが始まりだ諸君!! 貴族の怒りを!! 貴族の真の力を!! 世界に示そうじゃないか!! 悪意に満ちた、傭兵団《月花》を我々の手で断罪し!! その首を我々の新たな時代に捧げようじゃないか!! ハールスの連中も、きっとそれを望んでいる!!」


 タルヴォの台詞に呼応して、凄まじい雄叫びが上がる。

 誰もが不満に思っていたのだ。失われつつある貴族の権威に。消えつつある貴族の権力に。

 そして、

 ハールス家を虫ケラのように潰した《月花》に。


「進軍せよ!! 進軍せよ!! 正義は我らにある!! 道理は我らにある!! 今こそ貴族復活の時だ!!」


       ◇


「アスラ聞いてよぉぉぉ! あたしの家! 貴族号剥奪されちゃったぁぁ!!」


 拠点に戻った瞬間、アイリスが半泣きでそう言った。

 アーニア王にタルヴォが軍を起こしたと聞いた翌日の夜。

 アスラたちはゴジラッシュに乗って古城に戻っていた。


「私ら狩りに参加しなかったからだろう? その選択は間違っていないよ。アーニアも参加しないし、サンジェストも参加しないだろう。そっちが勝ち組だよ」


 アスラは小さく背伸びをしてから、床に座り込んだ。

 いつも通り、謁見の間にみんなで集合している。


「……ただのアイリス・クレイヴン……」イーナが言う。「もう、リリ名乗れないね……」


「貴族じゃないアイリスとか」レコが言う。「本当にもう胸しか価値なくなる」


「そんなことありませんわ」ティナが言う。「お尻にも価値がありますわ。いつか思いっきりぶっ叩きますわ。絶対に泣き叫ぶまで叩きますわ」


「あたしに当たりきつくない!?」アイリスがビックリして言う。「特にティナ!! あたしティナに何かしたっけ!?」


「いいえですわ。いいお尻だから、感触を楽しみたいだけですわ」


 ティナは当然のように言った。


「あたしが泣き叫ぶほど楽しまなくてもよくない!?」


「まぁまぁ、落ち着いて」ラウノが両掌を見せて場を治めようとする。「そんなことより、僕たちを討伐するための軍について話そう」


 すでに、アスラは昨日の手紙で状況を詳しく説明している。まぁ、実際に手紙を書いたのはレコだが。

 ちなみに、ラウノのローブをギュッと掴んだブリットがラウノに密着している。


「その前に確認しておきたいんだけどアイリス」アスラが言う。「貴族じゃなくなったけど、君の家は今まで通り領主をやれるのかい?」


「あ、それは大丈夫よ。領民との信頼関係は厚いから、貴族じゃなくても、ただの領主としてやっていけるわ」

「そうか。それなら良かったよ。せっかく自治権を得たからね」


「俺らも協力したっすからねぇ」ユルキが言う。「これで自治権なくなったら面白くねーっすわ」


「誰か他に、本題前に言っておくことはあるか?」マルクスが言う。「ないなら、差し迫った脅威について話したいが?」


「カエル食べる人いますか?」


 サルメはカエルを囓りながら言った。

 サルメの隣には木の棒が置いてある。その棒には、調理済みのカエルを何匹も括っていた。


「……あたし、いる」


 イーナが手を上げたので、サルメはカエルを1匹解いて、イーナに投げて渡した。

 ちなみに、サルメのケガはアイリスが魔法の練習がてら治した。

 他には誰も手を上げなかった。


「戦争……怖いです」とメルヴィ。


「ふむ。メルヴィは避難させてもいいね」アスラが言う。「まだ時間はあるし、望むならサンジェストかアーニアに頼もう」


 ちなみに、アスラはタルヴォのことはすでに軽く調べている。

 よって、タルヴォの国からここまで進軍するなら、割と日数が必要だと知っていた。

 タルヴォの国は東フルセンで、ここは中央フルセンだからだ。


「いいえ……あたしも、みなさんといます……怖いけど、一緒がいいです」


 メルヴィは首を横に振った。


「よろしい。では残って飯を作れ。他に誰か、言うべきことはあるかね?」


「あのー」アイリスが申し訳なさそうに言う。「実は、エルナ様からも手紙が来てて、その……」


「いいから言いたまえ」とアスラ。


「大英雄命令で、今の任務を中断して、しばらく《月花》と距離を置けって言われちゃった……」


「なるほど」アスラが頷く。「この戦争に英雄は一切関わらないつもりだね」


「妥当な判断ですね」マルクスが言う。「肩入れした方が負けたらシャレになりませんしね」


「てことは、エルナは俺らが勝つ可能性もあると思ってるわけか」


 ユルキがとっても楽しそうに言った。


「そうでなければ」ラウノが言う。「普通に貴族側に付けばいいからね。勝ち馬に乗った方が、あとは楽なはずだよ」


「アイリス行かないで」とレコが泣き真似。

「……アイリス、いないと……あたし寂しい」とイーナも泣き真似。

「どっちでもいいです」とサルメ。

「お尻だけ置いて行ってくださいませ」とティナ。


「ティナだけ酷い無茶言ってるわよ!?」アイリスが突っ込む。「上半身だけ帰れってこと!? あたし上下に分断されたらたぶん死ぬわよ!?」


「しまった、オレも胸って言えば良かった」とレコ。


「あんたはとりあえず黙ってて!」アイリスが言う。「話がややこしくなるから!」


「君たちはあれだね」ラウノが呆れた風に言う。「脅威が迫ってる感じが全然ないね。いつも通りというか、平和そのものというか、緊張感がないというか……」


「……ラウノ様、きっと彼らはバカなのですよぉ……」


 ブリットがボソッと言った。


「死刑」とレコがブリットを指さす。

「……死刑」とイーナもブリットを指した。


「バカの中にぼくも入ってますの?」


 ティナはブリットに笑顔を向けた。

 ブリットはブンブンと首を横に振った。ティナは神の血脈だ。その血の一滴だけでも、ブリットにとっては猛毒と同じ。

 要するに、ティナはやろうと思えば簡単にブリットを苦しめることが可能なのだ。


「本題に戻そう」アスラが言う。「アイリスはまぁ、離脱したまえ。大英雄命令に逆らうのは得策じゃない」


 最悪の場合は、称号の剥奪まで有り得る。まぁ、普通は大英雄の命令に逆らったりしないので、前例はないけれど。


「でも……」アイリスが言う。「万の兵と戦うんでしょ?」


「おいおい」アスラが呆れた風に言う。「いくら楽しそうだからって、君は参加しちゃダメだよ。気持ちは分かるよ? 私なら乱入するね。だけど、君は英雄だ。英雄らしく生きたまえ」


「いや、あたしは楽しそうとかじゃなくて……」


「話は終わりだよアイリス」アスラが真剣に言う。「君は離脱したまえ。命令だ」


「……分かったわよぉ……どうせあたしの力なんか、アスラたちには必要ないものね!」


 アイリスが頬を膨らませて、プイッとそっぽを向いた。

 可愛い仕草だなぁ、とアスラは思った。


「やっと本題に入れますな」マルクスが言う。「どうします団長?」


「諸君はどうしたい?」


 アスラはまずマルクスを見て、そこから視線を動かしてみんなの顔を順番に見た。


「自分は当然、《月花》に喧嘩を売った相手を生かしておこうとは思っていません」マルクスが言う。「タルヴォは蒼空時代の同期ですが、問題なく殺せます。伝説の武器を所有しているので、その点だけ注意すれば、個人の戦闘能力は蒼空騎士の平均です」


「皆殺しにして、身ぐるみ剥いでやろうぜ?」ユルキがニヤニヤと言う。「貴族どもだから、いいもん持ってるだろうしな」


「……皆殺し」イーナが言う。「片っ端から……全部……殺し尽くす」


「オレは団長に従う」優等生のレコが言う。「団長が殺せって言うならどんな手を使っても殺すし、死ねって言えば迷わず死ぬし、戦争するって言えば全力で戦争する」


「私もレコと同じですね」サルメが言う。「団長さんがやるなら、やります。和解するならそれでもいいですし、どちらでも」


「ぼくは準備をちゃんとするなら、好きにすればいいと思いますわ」かつて、長い年月をかけて戦争の準備をしたティナが言う。「まず城壁の修理業者の人たちに帰ってもらいますわ」


 現在、城壁の修理を行っている。結局、アスラは拡張ではなく修繕を選択した。

 城壁の内側に新たに何かを作るのではなく、城の外に街を作る方向に決めたのだ。よって、城壁のサイズはこのままでいい。


「彼ら来たばかりなのにね」ラウノが気の毒そうに言う。「まぁ仕方ないね。あ、僕は戦争には反対だよ? セブンアイズやナナリア、魔殲とも揉めている最中だからね。和解可能なら和解した方がいいと思うよ? でも、君らがそれを選択しないことも知ってる」


「では、私の意見を伝えよう」アスラが言う。「貴族とか皆殺しでよくないかね? この世界から貴族制度を排除しよう。今後、貴族を名乗る奴は皆殺しでどうかな? 世界、変えちゃおうか。せっかくだから」


「ええええええ!?」とアイリス。

「いいっすね」とユルキ。

「賛成……」とイーナ。


「よしよし、では私は全ての国の王様に手紙を書こう。貴族制度は終了しました、ってね。今後、貴族を名乗る奴は誰であろうと殺す。容赦なく殺す。殺してその首を街の広場に転がしてやる。子供たちがボールの代わりにその首を蹴って遊ぶのさ」


 ちなみに、手紙の内容は同じだから、一通だけ書いて代筆屋を雇えばいい。


「容赦なさすぎて笑えないけど!?」アイリスが言う。「子供たちにトラウマが残っちゃう!」


「それがどうしたアイリス」アスラが薄暗い表情で言う。「君であっても、貴族を名乗るなら殺す。君の親でも殺す。私の親でも殺す。私の子供でも殺す。貴族どもは私に戦争という楽しみを提供してくれたけれど、《月花》を舐めていることは許せない。だから思い知らせてやらなきゃ。徹底的に思い知ってもらわなきゃ」


「なんか、怖いよ……?」とアイリス。


「私はずっとこうだった。知っているだろう? 君は知っているはずだ。君だけは知っているはずだ。君は忘れてはいないはずだ。いつか言ったよね? 私らは、本当にどうしようもないほどの、さ」


 アスラが凶悪に笑う。


「見たまえアイリス。万の敵が迫っているというのに、マルクスを見ろ。笑っている。ユルキを見ろ。イーナを見ろ。分かるだろう? 楽しくて仕方ないのさ。ラウノですら、頬が紅潮している! 楽しみなんだよ! 迫り来る殺し合いの時間に心を奪われているのさ! 私らは所詮、みんな同じ穴の狢さ!」


 アイリスはこの時、やっと理解した。

 どれだけ近付いても、どれだけ仲良しになっても、どれだけアスラたちを好きになっても。

 こんなに大切に想っているのに。

 こんなにいつも一緒にいるのに。


「でも君は違う! だから君は、だからこそ君だけは! 私らをと罵ってくれなきゃ! 忘れないで! どうか忘れないで! 私らに思想はない! 私らに主張はない! 私らには主義さえない! 金で人を殺す! 誰だって殺す! どことだって戦争する! その戦争の余波で何万人死のうが、私らは知ったこっちゃないんだよ! 世界がどんだけボロボロになっても、気に留めやしないんだよ! ああ、アイリス! 私らはね! 好きこのんで! 私らは本当に好きで傭兵なんかやってるんだよアイリス! だから言ってアイリス! 言っておくれよ!」


 それでもきっと、とアイリスは思った。

 いつか、いつの日か。


「アスラはのクズよ……」


 アスラ・リョナは敵になる。


「ああ、気持ちいいなぁ! 純粋無垢な君の罵倒は本当に気持ちいい! 綺麗な君だけが、綺麗なままで戦闘を重ねる君だけが! 善性に生きる君だけが! 透明な泡のような君だけが!」


 いつか私を殺すのだ。

 ああ、でも、とアスラは思う。

 その逆もまた楽しい。

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