第3話 威力偵察を開始しよう! 貴族軍にとっては最初の関門だね!


 タルヴォたちは何の問題もなく進軍していた。すでに、集った兵の数は3000を超えている。

 ここは中央フルセンとの境界の国。この国を抜ければ中央フルセンなのだが、タルヴォたちは広い平原に陣を敷いた。

 2日か3日、ここに留まって兵の集結を待つ。東の端っこの国からの増援が、まだ合流していないのだ。

 東フルセンだけで、5000を超える兵が集う。

 太陽が傾き始めた頃、タルヴォたちの軍は陣を敷き終わった。


「タルヴォ様! お手紙が届いております!」


 馬から降りて、司令官用のテントに入ろうとしたタルヴォを、伝令兵が呼び止めた。

 タルヴォは手紙を受け取り、テントの中に入って椅子に座る。

 そして小さく息を吐いてから、手紙を開封した。


       ◇


 親愛なる大貴族タルヴォ・ハンヌネン・レレ様


 傭兵団《月花》団長アスラ・リョナです。

 この度は、楽しいパーティへのお誘いありがとうございます。音符マーク。

 どうか、どうかお願いですから、最後まで楽しみましょう。どうか、どうか、心からお願いします。途中でヘタレないでください。

 途中で諦めないでください。途中で心を折らないでください。星マーク。

 まぁ、仮に君が諦めたとしても、私らは今回の戦争に参加した全ての兵を殺して回るけどね。ハートマーク。

 さぁ、強い心で進軍したまえ! 第一関門だ! いきなり死んでくれるなよ?


 それでは、よい地獄を。

 アスラ・リョナと《月花》一同、及びゴジラッシュ。


       ◇


「ドラゴンです!! タルヴォ様!! ドラゴンが出現しました!!」


 兵がタルヴォのテントに走り込んできた。


「ドラゴンだと!?」


 タルヴォは急いで外に出た。

 確か、そう、確か、傭兵団《月花》はドラゴンを飼っていたはず。そのことで、魔殲と揉めたのは確認済み。

 タルヴォが空を見上げると、まだ幼いドラゴンが滞空していた。

 幼いと言っても、ドラゴンはドラゴン。鋭いかぎ爪に、堅牢な鱗。巨大な翼に、太い尻尾。


「弓隊用意!!」タルヴォが叫ぶ。「恐れることはない!! ドラゴンはまだ幼体!! 恐れず撃墜せよ!!」


       ◇


 アスラはゴジラッシュの背で、貴族軍の反応を見ていた。


「速攻で弓隊が構えたっすね」ユルキが言う。「割と対応速いっすね」


「あそこで輝く剣を掲げているのがタルヴォです団長」マルクスが言う。「ここで殺したら終わってしまいますかねぇ?」


 マルクスの指した場所が、キラキラと輝いている。


「なんだっけ? かつて暗闇を払った伝説の剣だっけ?」アスラが言う。「人の薄暗い部分さえも照らしてしまえるとか?」


「そうです」とマルクス。


「団長、1回照らしてもらったら、いいんじゃねーっすか?」


 ユルキが楽しそうに笑ったと同時に、下から矢がいくつも飛んで来た。

 ゴジラッシュはその矢を躱そうともしない。当然だ。当たってもダメージなどないのだから。


「エルナ並の奴はいないね、今のところ」


 飛び交う矢を眺めながら、アスラが言った。


「そうですね」マルクスが言う。「まぁ、まだ3000前後しか集まっていないようですし、こんなものでしょう」


「つか、エルナ並の弓使いがそんなホイホイいるわけねーっしょ」


「まぁね」アスラが肩を竦める。「さて、せっかくだし、楽しもうじゃないか」


 アスラがゴジラッシュの背中をガンガンと叩く。

 そうすると、ゴジラッシュは凄まじい咆哮を轟かせた。ビリビリと空気が震え、下の貴族軍が少しビビッたのが分かった。

 そして。

 ゴジラッシュは口の中に魔力を溜める。これは魔法ではなく、ゴジラッシュ固有のスキル。

 ゴジラッシュは貴族軍に向けて、極大の青い熱線を放った。

 その熱線は大地を裂いて、激しく爆裂。

 竜王種だけに許された固有スキル『王の暴虐』。

 1000に近い兵が、その一撃で消し飛んだ。かつて世界を恐怖のどん底に叩き込んだ、《魔王》に次ぐ脅威。それが竜王種。


「見たまえ!! やはり空からの爆撃は素晴らしいね!! 戦略爆撃機を手に入れた気分だよ! 連続で撃てたら無敵だね!!」


 アスラが両手を叩いて喜んだ。


「まぁ連射不可なんだけどね! 次は私らの番だね! 軽く単騎駆けして戻ろう! 無理はしなくていい! 遊びだからね!」


 アスラがゴジラッシュの背中をテンポ良く叩く。

 そうすると、ゴジラッシュが低空飛行へ。

 まずユルキが飛び降りた。

 ユルキは両手に短剣を装備し、着地地点にいた敵の喉を裂いて殺した。

 そのままユルキは走る。走りながら、目に付く敵兵の喉を裂いて回る。

 貴族軍の装備は非常に良い装備だった。盾部隊、剣部隊、槍部隊、弓部隊。どの部隊も、革の鎧ではなくプレートアーマー。

 とはいえ、フルプレートではない。急所だけを守っている普通の形状。付け入る隙はある。

 たとえば首だ。

 ユルキは首を狙って、サッと裂いて次の首へと移動している。

 ユルキが飛び降りた場所にいたのは弓部隊なので、彼らはユルキに反撃できないでいた。

 戦に慣れている者は、弓を置いて予備の短剣や剣を構えているが、そういう奴はスルーした。


「ははっ! 俺! 強くね!?」


 ユルキは舞うように綺麗な動作で、次々に喉を裂いていく。

 アスラに出会って、《月花》に入って、毎日訓練して、バカみたいに訓練して、気付いたらアホほど強くなっていた。

 数百の敵兵の中を、単独で走り抜けられるぐらいには強くなっていた。


       ◇


 ユルキの次に飛び降りたのはアスラだった。

 アスラも両手に短剣を握って、降りた先の敵兵たちの喉を裂いた。

 アスラが降りた場所には、槍の部隊がいた。

 ちなみに、ゴジラッシュが消し飛ばしたのはほぼ全ての盾の部隊と、剣の部隊を半分ほどか。

 アスラの攻撃速度に、貴族軍の兵たちは反応できない。

 彼らにはアスラの動きが疾風のように映っていた。槍を構える時間すらなく、彼らの喉が熱くなる。

 少し離れた場所で冷静に見て、槍を構えようとした者は頭が吹き飛んだ。

 アスラは超高速で移動しながら敵兵の喉を裂き、更に【地雷】を用いて強そうな奴の頭を爆発させていた。


 驚異的な状況分析能力と、処理能力。

 しかし、そんなアスラの蹂躙を止めた者がいた。それは1人の貴族だった。

 彼の槍はアスラの左側から降ってきた。アスラは身を捻って、その一撃を躱した。

 だがそのせいで、思い描いていた機動が不可能に。アスラは動きが止まってしまう。短い時間だったが、即座に囲まれる。たくさん殺したけれど、敵兵はまだまだ多い。


「やるじゃないか君」アスラが言う。「名前は? 私はアスラ・リョナ。君たちの目的であり、ラスボスだよ」


 まぁ、ラスボスが自ら進んで前線に出て来てしまったけれど。それでも、まだほんの挨拶程度。本気で攻めているわけじゃないからセーフ、とアスラは思った。


「ニーロ・ハンヌネン・レレ」


 貴族の男が名乗った。

 茶色の短髪に、同じ色の瞳。装備は高価な白銀の鎧。


「優秀な弟くんか」アスラが笑顔を見せる。「カトニスク王国の師団長。とはいえ、大貴族だから出世が早いだけだろう?」


「俺は兄とは違う」ニーロが槍をグルグルと回す。「実力で成り上がった。兄ほど大貴族家に誇りを持っているわけでもない。だが、貴様らの暴虐が許せないという気持ちだけは、兄と同じだ」


「そうかい。でも死ね」


 アスラが笑うと、ニーロがその場から飛び退いた。

 ヒラヒラと、花びらが地面に落ちる。


「魔法、か」ニーロが言う。「俺には通じない。貴様が花びらを爆発させることはすでに知っている。このまま一騎打ちで……ぐふぅ!」


 ニーロは突然喘ぎ、そして口から大量の花びらを吐いた。


「固有属性・花、生成魔法【乱舞】、ステルスバージョン」


 アスラが言うと、ニーロは地面に膝を突いて、苦しそうにもがいた。


「君の体内に花びらを生成したんだけど、どうだろう? お腹は膨れたかね? ふふっ、君が躱したのは花びら1枚だけ。私は【乱舞】を2つ同時に発動できる。片方はステルスで君の胃の中に。もう片方は分かり易く、1枚だけ」


 ニヤニヤと笑うアスラと、苦しそうに地面を掻きむしりながら吐き続けるニーロ。

 口から花びらを吐いているという異様な光景に、周囲の兵たちも戦慄している。


「で、これは私のオリジナルというか、新たに確立した性質なんだけどね」


 アスラが指を弾くと、ニーロの体内で7回の爆発があって、ニーロの身体は粉々に砕け散った。


「ひっ」と肉片が顔に当たった兵が腰を抜かした。


「変化と言って、すでに発動した魔法を、あとから別の性質に変えられるんだよね」アスラは得意気に言う。「私たちは魔法兵。私たちこそが魔法兵。覚えておきたまえ。私らは、魔法を武器として扱う新たな時代の兵士。君たちはもう時代遅れだよ。これからは魔法兵の時代さ。だから、旧時代の遺物どもは、私らの栄光のために、無様に蹂躙されて死ね!!」


       ◇


 最後に飛び降りたマルクスは、長剣を抜いてそのままタルヴォに斬りかかった。

 タルヴォはマルクスの剣を聖剣クレイヴ・ソリッシュで受け止める。


「久しいな、タルヴォ」


 マルクスは距離を取って、長剣を構え直す。


「こちらの台詞だマルクス」タルヴォが聖剣を構える。「貴様は俺にとって、憧れの存在だった。かつて、貴様は《蒼空の薔薇》で一番の実力者だった」


 蒼空騎士養成学校、それが《蒼空の薔薇》である。全ての蒼空騎士は、必ず《蒼空の薔薇》を卒業している。


「そうだったかもしれないな」


「貴様は卒業し、正式な蒼空騎士となってからも、ひときわ輝いていた」タルヴォが言う。「次期団長とまで言われ、遅くても30歳前には英雄になるだろうと評価され、貴様は本当に輝いていた」


「昔話は、まだ続くのか?」


 周囲に貴族軍の兵たちが集まっている。だが遠巻きに見ているだけで、誰もマルクスを攻撃しようとしない。

 大将であるタルヴォが話をしているからだ。


「いつか、いつか貴様を、俺の私兵に加えたかった。お前が蒼空を辞めたと知った時、その願いが叶うかと思った。しかし」タルヴォがマルクスを睨む。「貴様は傭兵などに落ちぶれた!! なぜだマルクス!! なぜそこまで堕ちた!?」


「感傷的な奴だな」マルクスが溜息を吐く。「自分はただ、自分らしく生きられる道を選んだに過ぎない。これが、本当のマルクス・レドフォードだ。好きこのんで戦争に荷担する、ロクデナシの傭兵。そして、世界で最初の魔法兵」


 マルクスが言うと同時に、【水牢】を発動。

 しかしタルヴォは躱す。躱してから、聖剣を横に振る。明らかに間合いが遠い。


「『光刃月下』!」


 タルヴォの聖剣から、三日月型の輝く衝撃波が発生し、マルクスへと向かう。


「相変わらず、面白い剣だ」


 マルクスはしゃがんで回避。真っ直ぐ飛んでくるだけの衝撃波を躱すなど、造作もない。

 速度もそれほど速いわけじゃない。

 持ち主の振りの速度に比例して衝撃波の速度が増す、という話だったか、とマルクスは思い出す。

 スピードとテクニックを重視するアスラが振ったら、とんでもない武器になりそうだと思った。


 衝撃波がマルクスの頭の上を通り抜けた瞬間、マルクスは一足飛びでタルヴォとの距離を詰める。

 詰めながら斜めに斬撃。

 タルヴォが聖剣で弾く。

 マルクスは止まらず、そのまま連続で斬り付ける。

 タルヴォは反撃できないが、それでも防ぎ続けた。

 そしてマルクスの長剣が折れる。何度も聖剣と斬り結んだ結果だ。

 マルクスは即座に後方に飛びながら短剣を2本投げる。

 タルヴォはマルクスを攻撃しようとしていたが、短剣をガード。

 2人の距離が少し離れる。


「懐かしいなマルクス!」タルヴォが言う。「よくこうやって、俺たちは稽古をした!」


「ああ。だからこそ、お前は自分の太刀筋を知っている」


 実力はマルクスの方が上だが、タルヴォが全て防御できた理由がそれ。

 タルヴォはマルクスがどう斬るか知っているのだ。


「距離さえあれば、俺の方が有利だ! 『十字架の戯れ』!」


 タルヴォが聖剣を縦に振り、即座に横に振る。

 それによって、十字に近い形の衝撃波が生まれる。完全に十字ではない。縦の方が少し前にある。

 マルクスは右側に移動して回避。

 同時に短剣を投げる。

 更に衝撃波を生もうとしていたタルヴォが、攻撃を中断して短剣を回避。


「時間切れだ。また遊ぼうタルヴォ」


 マルクスの背後から、超低空でゴジラッシュが飛んで来た。

 マルクスは高く跳躍し、そのままゴジラッシュの背中へ。


「どうだいマルクス?」先にゴジラッシュの背中に座っていたアスラが言う。「旧友との再会は」


 ちなみに、ユルキもすでに座っていた。


「少し強くなっているようですが、問題ありません」マルクスが言う。「もう少し時間があれば殺せたかと」


「威力偵察で戦争が終わったら、それはそれで悲しいね」


 そう、アスラたちにとって、この襲撃はあくまで威力偵察に過ぎない。

 どんなものか、試してみようじゃないか! というノリ。


「まぁでも、今回の戦争は」ユルキが言う。「司令官を倒して終わる類いじゃない可能性があるっしょ?」


「そうだね。私らの勝利条件が、指揮を執れる貴族の全滅になるかもしれない」


 タルヴォが死んでも、他の貴族がその意思を継いで戦争を継続するという意味。


「望むところでしょう?」とマルクス。


「そうだね。その通りだよマルクス」アスラが肩を竦めた。「どのみち皆殺しにするつもりだからね、私らは」

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