EX36 メロディがどうなったかって? それより私を団長と呼べ
「うーん、失敗しちゃったなぁ」
メロディ・ノックスは船の残骸に寝転がって呟いた。
大海原の上、満天の星の海の下。
月明かりが綺麗な夜。
「やっぱり、『覇王降臨』は使わない方が良かったみたい」
理性が飛びかけた。でも完全に飛んだわけではない。アスラに対して、マホロを名乗らないだけの正気はあった。
まだその時ではない。
メロディはまず《魔王》を退治しなければいけない。一族1500年の悲願を達成するのが先だ。
まぁ、メロディが死んでも大きな問題はない。マホロ候補は他にもいるので、技が途絶えることはない。
ただ、《魔王》を殺せるだけの力量があるのは、現時点でメロディだけ。なので、《魔王》退治が100年は遅れることになる。
でも、それだけのことだ。
「えっと、あの星があっちで、あの星座がこっちだから……」
メロディはフルセンマーク大地の方角を、星座を元に割り出す。
「遠いよねぇ……」
ゴジラッシュに乗って移動したので、距離感が割と混乱している。
ゴジラッシュの速度はかなり速かった。
「ま、いっかぁ」
メロディは寝転がったまま背伸びした。
食料は魚を獲ればなんとかなる。水分もまぁ、魚の生血やら自分の尿やらで賄えるはず。
塩水は一気に飲まない方がいい。毎日、チビチビ飲む。そう聞いた。
メロディは過去に、母親と下界に降りたこともあるし、色々なことを教わっているのだ。
割とダメージが残っているが、この残骸を押して泳ぐぐらいは可能だ。
残骸は休憩用に必要だ。魚を食べる時にも、床があった方がいい。
「アスラってば、本当に自信満々で大好き」
メロディはアスラとの戦闘を思い返していた。その前に殺したハスミンのことは、すでに忘却の彼方だ。
アスラ、サルメ、マルクスの統率された一連の流れに、感動すら覚える。
単独での戦闘しか知らないメロディにとっては、非常に新鮮だった。
もちろん、敵が多数である場合の稽古もしているが、こちらは常に1人を想定している。
「今後、サルメとマルクスがアスラと同じ魔法使えるようになったら、厄介だなぁ」
ステルスマジックのことだ。あれは察知するのが難しい。躱すにはかなり高度な集中が必要だ。もちろん、メロディは躱せる。
厄介だ、と言う割にメロディは笑顔だった。ニコニコ、ニコニコと笑っている。
「下界って、結構楽しいかも」
英雄候補に落胆した。英雄たちに失望した。大英雄である自分の父でさえ、想像より弱かった。
でも。恐ろしくおぞましい存在に会えた。
アスラ・リョナ。13歳の少女。年齢からはおおよそ、想像すらできないような狂気を孕んでいる。
私の狂気と少し似ているね。
◇
「英雄!! 殺しちゃったかもしれないの!?」
傭兵国家《月花》の拠点、謁見の間。
アイリスは泣きそうな声で叫んだ。
アスラたちの戦闘は、ブリットが解説していたのだが、人形はゴジラッシュの攻撃で塵になった。
よって、メロディがどうなったかアイリスたちは知らない。
メロディだけでなく、コンラートやペトラもどうなったのか知らなかった。
しかし、ゴジラッシュが2人を脚で鷲掴みにして持って帰った。
どう見てもドラゴンが餌を運んでいるようにしか見えなかった。
「大丈夫じゃないかな?」アスラが脳天気に言う。「簡単に死ぬタイプじゃないし、仮に死んでいたとしてもゴジラッシュのせいだし、私には関係ない」
「ゴジラッシュのせいにしますの!?」
ティナがビックリして叫んだ。
ちなみに、アスラは両腕を首から吊っている。寝る前に、アイリスが覚えたての回復魔法を使って、ある程度治す予定。
アイリスの回復魔法は、ルミアのより性能が劣る。ケガは何でも治せるが、病気には無意味。完治に必要な時間はルミアの魔法とほぼ同じだ。
ルミアは固有属性で、アイリスは基本属性だから仕方ないのだが。
「ありゃ殺しても死なないだろうぜ!!」コンラートが笑う。「《魔王》か何かかとワシは思ったぞ!!」
「ああ、クソ、なんだってんだよクソ」ペトラが言う。「《焔》は壊滅、海賊団も壊滅、あたしに居場所はねーのかよクソ」
「ゴジラッシュの胃の中とかどう?」とレコ。
「うるせぇクソガキ、てか、《月花》の世話にはなりたくねー」ペトラが言う。「コンラートさん、もう行こうや?」
「ああ、どこにでも行け」マルクスが言う。「保護してやる義理もない。あの場から救出してやっただけでも感謝しろ」
「助けたのは、ぼくですわ」ティナが苦笑い。「マルクスは助ける気なかったと思いますけれど」
「ティナは優しいですね」サルメが言う。「コンラートさんたちには、とりあえず地図だけ渡すので、好きな場所に消えてください」
「オルガは残りたまえよ?」アスラが言う。「君はいくらでも払うと言ったからね」
「ちょっと待って!?」オルガがビックリして言う。「魔物を倒したのは英雄でしょ!? それって英雄の義務だから、お金払う必要なくない!?」
「そう思うわよ?」アイリスが言う。「気にせず帰っていいわ。魔物から市民を救うのは英雄としては当然の行動だもの」
「そのあと、市民を殺そうとしたけど?」とアスラ。
「市民って?」とアイリス。
アスラが自分の顔を指さそうとして、腕が動かないことを思い出して苦笑い。
察したレコが、アスラの代わりにアスラを指した。
「アスラは生きてるから平気よ」アイリスが言う。「むしろメロディが死んでた方が困るわ」
「だからそれはゴジラッシュだってば」とアスラ。
「アスラがスキル使わせたんでしょ!?」
「そうだったかな? 覚えていない。英雄に殺されそうで怖くて無我夢中だったんだよ私」アスラがしれっと言う。「英雄がいきなり攻撃してくるなんて、大英雄に抗議しよう」
「ゴジラッシュも自己防衛だ」とマルクス。
「メロディさんが悪いです」とサルメ。
ちなみに、サルメは肋骨が折れていて、顔も腫れている。すでに治療済みで、アスラの【花麻酔】も貼っているので痛みはかなり引いている。
「そうだとしても!! 一応、報告はするからね!? あたしも英雄だから、さすがに英雄が生死不明の状態なのは報告するわよ!?」
「好きにしたまえ」
アスラはやれやれと首を振った。
「さって、それじゃあ、ワシらは行くか」コンラートが立ち上がる。「アスラ、恩はいつか返す」
「ふん。さっきオルガが言ったように、魔物を倒したのは英雄さ」アスラが言う。「恩などない」
「それじゃあ、ワシの気が済まん。この海賊王、いや、冒険王コンラート・マイザー様が、受けた恩を仇で返すことはできん。船が必要な時は声かけろや?」
「いや、船ないだろう?」とアスラ。
「ワシは海の男だ。三度、ワシは海に出る。当然のことだ。新大陸発見は諦めるが、海は捨てん。船など奪っちまえば問題ない」
「そうかい。では時々、手紙を書いて居場所を知らせておくれ。船が必要な時は声をかける」
アスラの言葉に、コンラートが大きく頷いた。
「あたしはあとで合流するぜコンラートさん」ペトラも立ち上がる。「せっかく陸に戻ったから、ちょいと部下の様子見てくるわ。上手く逃げたとは思うけども、やや心配でな」
「おう。むしろワシも行こう。海に出るのはそのあとでもいい」
「お? そいつはありがてーな。あたしにとっちゃ、今はあんたがボスだし。オルガも来るだろ?」
「もちろん!」
オルガが飛び跳ねるように立ち上がった。
3人にはすでに絆がある。
「部下というのは、《焔》の時のかね?」とアスラ。
「ああ。団長のことも気になるけど、そっちはガチで消息不明だからな」
「部下の居場所は知ってるのかね?」
「おう。あそこだ、えっと、テルバエ大王国」ペトラが言う。「テメェらの助けは不要だぜ? ぶっちゃけ、あたしはまだテメェら憎いしな」
「おいおい」ユルキが言う。「んなこと言うなら、憲兵に突き出すぞ? ジャンヌ軍参加者はまだ手配中だからな?」
「……だいたい、《焔》は……」イーナがペトラを睨む。「うちの団長、拉致した……」
「過去は忘れようぜ」
ペトラは即座に両手を上げた。さすがに、ここで喧嘩するほどバカではない。せっかく助かった命をムダにする必要もない。
「まぁいい」アスラが言う。「テルバエ大王国か。私らも、様子を見に行くかね? どうせ明日にはアーニアに向かうからね。特殊部隊の訓練が終わったら、あいつの様子を見に行きたい人?」
「……行きたい」とイーナ。
「オレも! オレも!」とレコ。
「ぼくも会いたいですわ」とティナ。
「いいよ、でもアーニア特殊部隊の訓練を手伝いたまえ。明日はイーナ、レコ、ティナを連れて行く。他はいつも通り訓練を。ブリットは総務部に入れるから、メルヴィは家事を終えてあげて」
アスラの言葉に、「はいお姉様」とメルヴィが頷く。
「……わ、分かりましたですぅ……」
ラウノの背中に隠れているブリットが言った。
「ブリットって」サルメが言う。「人形を通すと強気なのに、直接だと弱気ですね」
サルメの言葉に、ブリットは何も応えなかった。
「じゃあ、あたしらはもう行くぜ?」
ペトラが片手を上げて、コンラートとオルガも同じように手を上げた。
アスラたちも小さく手を振って見送った。
ペトラたちが謁見の間を出たところで、アスラが息を吐く。
「メルヴィ、やっぱり私のことは団長と呼んでおくれ」
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