EX35 神さえ殺せる者、それがマホロ そうかい、でも生き残るのは私だよ


 尋常ではない。

 オルガ、ペトラ、コンラートは我が目を疑った。

 自分たちの仲間を秒殺した最上位の魔物が、ストロベリーブロンドの英雄たった1人に半殺しにされている。


「【絶対氷壁】」


 ハスミンが氷の壁の中に引き籠もる。

 自分が不利だと悟ったのだ。すでにハスミンの肉体は酷く痛んでいる。

 氷の壁の中で、ハスミンが血を吐いた。


「信じらんねー」アスラの肩の人形が言う。「ハスミンは魔法タイプで、物理タイプじゃないけど、それでもセブンアイズの3位だぞ? あの英雄、本当に人間かよ?」


「実に驚いたねレコ。これがマホロの全力か」アスラが感嘆する。「冗談じゃない。本当に冗談じゃないよ」


「レコ?」人形が首を傾げる。「俺様はブリットだけども?」


「知ってるよ」アスラが苦笑い。「人形の姿がレコに似てると思ってたんだよ。レコ本人に言うなよ?」


「両手を上げて喜んでたぜ? やっぱり団長はオレが好きなんだ! って」

「くそっ、すでに言ったあとか……」

「喋るのが苦手なくせに、そういう情報は素早く伝達するんだな」


 マルクスが呆れた風に言った。


「それはそうと、メロディさんどうするんでしょう?」


 サルメが言った。

 メロディは氷の壁の周囲を歩いていた。

 氷の壁はそれほど大きくはない。ハスミンを1人、完全に密封しているだけ。ただし氷なので、中の様子は窺える。

 ハスミンは膝を突いていて、酷く困惑している。

 メロディがあまりにも圧倒的に強かったからだ。


「ねぇアスラ」メロディが言う。「私の全力、見たい?」


「まだ全力じゃない、と聞こえるよ?」

「そう言ったつもりだけど?」


 メロディは笑わない。マホロを名乗ってから、普段のような穏やかな笑顔が消えた。代わりに、アスラとよく似た醜悪な笑みを浮かべることはあるけれど。


「見せてもらおうか」


 いつか、いつの日か、君が敵に回った時のために、とアスラは思った。


「滅多に見られないから、運が良いよアスラたち」


 メロディが凶悪に笑う。

 そして、闘気を使用した。

 メロディを中心に衝撃波が発生した。威力は小さいが、アスラたちは驚いた。

 その闘気は静かだけど、恐ろしい。

 純粋に狂った闘気。戦闘に、闘争に、戦うことに、闘うことに、争うことに、心の底から心酔した者の闘気。

 それが一瞬で理解できるような、異様な闘気。


「全力の更に上も見せてあげる。闘気の更に上」メロディが言う。「闘気は能力の限界を引き出してくれるけど、これはそれを凌駕する」


 その言葉に、誰もが驚いた。

 闘気の存在は、割と広く知られている。だけれど、その上を知っている者はいない。誰もその領域に辿り着いていないからだ。


ほろ流・奥義『覇王降臨』」


 今度は衝撃波でオルガが吹っ飛ばされた。

 アスラたちも少し危なかった。サルメはマルクスの腕を掴むことで耐えた。

 視認できるほどの赤いMPの嵐が、メロディの周囲に発生している。

 そのせいで、メロディの道着と髪の毛が乱れ、激しく揺れている。

 さすがのアスラも冷や汗をかいた。

 これほどか? マホロとはこれほどの存在なのか?

 1500年の技の集大成。それがメロディ・ノックス。たった1人で《魔王》を狩ることに固執した、頭のネジが緩んだ一族の夢の塊。

 1500年、ひたすら追い求めた者たちの極地。《魔王》を滅ぼすための、ほろの覇王。


「この私が! そんな氷ぐらいで!」


 メロディは氷の壁を殴りつけ、そして砕いた。

 砕かれた氷が散って、キラキラと幻想的な光景を生みだした。


「止まるとでも!? マホロを名乗った、私はマホロを名乗った! だからもっと闘え! もっと私を楽しませて! 最上位の魔物なら、もっと私を楽しませて!」


 メロディは理性が飛びかけている。

 アスラはマルクスとサルメにハンドサインを出した。

 やや危険だ、離脱の準備を。

 最悪、メロディは捨てる。

 オルガを確保しろ。


「くっ、【つらら雨】」

「遅い」


 ハスミンが魔法を発動させる前に、メロディがハスミンの腹部を殴りつけた。

 ハスミンの身体が、くの字に曲がった。


「遅い! 遅い! 遅い!! もっと早く! もっと! もっと! その二倍! その三倍の速度で魔法を放って! 私に、このマホロに対抗したいなら、もっともっと速度を上げて! 魔法の速度を極限まで引き上げて!」


 マホロがここまで危険な存在だとは、さすがのアスラも気付かなかった。

 完全に想定外。本当に1人で《魔王》を倒せてしまえるレベル。物理的な戦闘能力の最果て。

 ジャンヌが人間の限界だとアスラたちは認識していたが、マホロはそれを超えている。

 マルクスがオルガをお姫様抱っこした。

 旋回するゴジラッシュが、徐々に高度を下げる。ちなみに、ゴジラッシュはティナが操縦している。

 コンラートとペトラは右隣の船へと移った。左隣の船はすでに半分以上沈んでいる。

 メロディが一方的にハスミンを殴打する。

 拳で、蹴りで。

 上段で、中段で、下段で。

 連撃。止まることのない連撃。

 ハスミンは防御もできぬまま、完全に意識を失っている。

 それでも倒れないのは、メロディが延々と撃ち込んでいるから。倒れたくても倒れることができない。


「素手で挽肉にする気か、あの姉ちゃん……」


 コンラートが顔をしかめた。

 ペトラも目を背ける。


「もう、死んでますよね……」


 サルメが悲痛な声で言った。光景があまりにも凄惨すぎる。


「そうだね」


 アスラが応えたと同時に、マルクスがオルガを抱いたままゴジラッシュに飛び乗った。

 血と肉が舞い散り、やがてメロディは自分の攻撃対象が死んでいることに気付いた。

 死んでいる、というのは比較的、穏やかな表現だ。

 コンラートの言葉を借りるなら、挽肉。


「つまんなーい」


 メロディが薄暗い笑顔でアスラを見た。

 ゾッとするような笑顔。

 アスラは咄嗟に、サルメから離れた。


「ねぇアスラ。恐怖をちょうだい」


 アスラが移動した先に、メロディがいた。

 そしてアスラの顔を覗き込む。


「恐怖が欲しいの。私、恐怖を感じたいの。ブルブルしたいの。震えたい。私より怖い存在に会いたい。お願いアスラ。私を恐怖させて?」

「君は人の領域を逸脱している。悪いが他を当たっておくれ」


 アスラが言うと、メロディは中段蹴りを放った。

 それはアスラにとっては顔面だ。咄嗟にガードして、アスラは力の方向に飛ぶ。上手く受けたが、ガードした右腕が痺れる。

 そしてレコ人形がどこかに落ちた。

 飛んだアスラの背後に、メロディが先回り。


「どんな速度だよっ」


 アスラは空中で反転。

 同時に、メロディの掌底が飛んでくる。アスラはまず地面に両足をつけて制動。勢いを殺さなければ、自分の速度でダメージが増える。

 アスラは掌底を両腕でガードしたけれど、弾き飛ばされる。

 自分で飛んだわけではない。なので、ダメージがモロに入った。端的に言うと、両腕が折れた。

 メロディがアスラを追うが、サルメが矢を放ってメロディを牽制。

 しかし、メロディは矢を掴んで、そのまま投げ返す。当然、メロディの移動速度は落ちていない。

 投げ返した矢が、サルメの右肩に刺さる。サルメが痛みで膝を突いた。

 メロディはふと思い付いたように、ニヤッと笑い、サルメの方へと方向転換。

 アスラは甲板を転がってから立ち上がる。

 その時には、すでにサルメは半死半生だった。

 あの一瞬で、メロディはサルメを4発攻撃した。

 その威力が大きすぎて、サルメは意識を失いかけている。だがメロディがサルメの髪を掴んで、サルメが倒れることを妨げていた。


「テンションが上がってきたよメロディ」アスラが笑う。「これ以上は殺す。もう殺す。ここまでだよ。ここが分水嶺、ここが死線、ここが運命の分かれ道だよメロディ」


「ああ! それよそれ!!」


 メロディが片手で自分の肩を抱いた。サルメを掴んでいない方の手だ。


「怖気が走る! すごい! ゾクゾク! ゾクゾク! なんて気持ちいいの!?」


 メロディは半狂乱で叫んだ。

 そして即座に身体の位置を変更。

 そうすると、さっきまでメロディの顔があった部分にマルクスの【水牢】が出現。

 メロディは裏拳であっさりと【水牢】を散らせた。

 マルクスはまだステルスマジックを使えない。だからメロディは魔法に気付き、回避した。


「メロディ・ノックス! 私を敵に回すかね!? 今ここで、全てを終わらせるかね!? 君は一族の悲願を遂げることもなく、ここで死に果てるかね!?」


 両腕が折れているにも関わらず、アスラはいつもの調子で言った。

 アスラはメロディをマホロとは呼ばない。


「ねぇどうして!? どうしてアスラはそんな状態で、この私を挑発できるの!?」


 メロディもまだアスラに対してマホロを名乗っていない。名乗ったら引き返せないからだ。

 現状、メロディはハスミンに名乗っただけだ。アスラがそれを聞いていても、関係ない。メロディの意思で名乗ったかどうか、それだけが大切なのだ。


「私らの定義じゃ、最後に生きていた方が強いんだよ」アスラがニヤニヤと言う。「だとしたら、君は世界最強なんかじゃない。それは私らだよ。私ら《月花》のことだよ! 試すかい!? むしろ試そう!! 面白くなってきた!!」


 アスラの【乱舞】が船全体に降り注ぐ。

 と、船が大きく揺れた。

 突き刺さっていた氷の船が、徐々に消滅している。

 ハスミンが魔法かスキルで創った船なので、ハスミンの死で崩れ始めたのだとアスラは推測。つまり、あまり時間がない。

 メロディはサルメを盾にして、自分に花びらが付着しないようにした。


「ああ、サルメ。楽しかったよ。君との日々は忘れない」


 アスラの言葉で、メロディはサルメを離した。

 アスラはサルメごと、花びらを爆発させる気だと思ったからだ。アスラが平気でそれをやる人間だと知っているから。


「……私もです団長さん。大好きです。【目隠し】」


 周囲の花びらが順番に爆発。メロディの移動を大きく制限した。

 そして、メロディはサルメに注意を払っていなかった。すでに役目を終えた半死半生の盾という認識だった。

 それに、メロディは知らなかった。

 サルメが負けず嫌いだと。

 レコが生成魔法を覚えたのだから、少し遅れてサルメだって覚えていると。

 そしてもう一つ。

 サルメは二度と、誰にも屈しないと。

 たとえ、相手がどれほど強大であっても。

 昔のように、卑屈に生きるぐらいなら死んだ方がマシだと心底から思っていることを。

 命と引き替えてでも、自分の敵を倒すほどの気概をすでに持っていると。

 そのことを、メロディは知らなかった。

 だから、躱せなかった。

 注意は完全にアスラと爆発に向いていた。

 メロディの目は完全に暗闇に覆われ、何も見えない状態になっていた。

 闇属性の生成魔法【目隠し】。

 敵の目に暗闇を生成して、その視界を奪う魔法。アスラから聞いたゼルマ・ウルスの魔法を参考にして創ったものだ。


       ◇


「【雷神剣】!!」


 ティナがゴジラッシュから飛び降りながら、攻撃魔法を使用。

 メロディはその場から飛び退く。目が見えなくても、気配で分かる。

 音、臭い、空気の流れ、殺気、害意、敵意。

 メロディは普段から、目だけに頼っているわけではない。

 サルメはさっきの場所を動いていない。ティナは空中。オルガとマルクスがドラゴンの背中。コンラートとペトラは隣の船。そしてこの船はもうすぐ沈む。

 だけど、とメロディは思った。

 ティナの【雷神剣】が船を引き裂くのを、気配で理解。

 周囲の状況を理解できる。完璧に理解できる。だからこそ、即座にこっちに向かってきたティナに反応し、【雷神剣】の攻撃を躱し続けた。

 だけど、とメロディは再び思う。

 アスラ・リョナがいない。どこにもいない。気配を感じない。まるでゴースト。どこにも存在していないのだ。

 最初にサルメを殺そう、とメロディは考えた。

 視界が必要だ。アスラを見つけられない。だから視界がいる。

 しかしティナの攻撃が激しく、更にマルクスが空中から援護の矢を放っている。

 そうこうしている間に、サルメがゴジラッシュに飛び乗った。

 メロディは舌打ちした。

 ティナはさっきのハスミンよりずっと強い。

 それでも視界さえ良好なら、メロディの方が強い。今の状態でも互角以上に戦えるからだ。

 メロディは【雷神剣】を躱し、回り込み、反撃の蹴りを放った。

 それは命中し、ティナが甲板を転がる。ティナは強いけれど、格闘は素人だ。技を身につければ、かなり楽しめるだろう、とメロディは思った。

 ティナが態勢を立て直し、そして大きく跳躍した。着地したのはコンラートとペトラの前。視界ゼロのメロディには、その行動が理解できなかった。


「さよならメロディ。運良く生き残ったらまた遊ぼう。次は私にもマホロを名乗りたまえ」


 上空からアスラの声が聞こえたと同時に、凄まじい悪寒。強烈な魔力の奔流を感じた。それは未だかつて経験したことのない、超極大の魔力。

 ここにいたら死ぬ――そう直感し、メロディは走った。海の方へと。

 その判断が正しかったと、凄まじい爆発音と衝撃波に巻き込まれた時に理解。直撃を避けてこの威力。

 だけれど、メロディの意識はそこで途切れた。

 その攻撃が竜王種の固有スキル『王の暴虐』であることを、メロディは知らない。

 知らないまま、意識が闇に落ちた。

 落ちる前に、「次はもっともっと私を怖がらせてね、アスラ。大好き」と心の中で呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る