第12話 絶望を超えていけ いつかその悪を倒すために
チェーザレは魔物のように咆哮した。
いや、その姿はもうほとんど魔物と変わらない。憎み、殺し続けた相手に、チェーザレは似てしまったのだ。
「ああ、気持ちいいよチェーザレ。君の本気が気持ちいい。君の殺意が、君の憤慨が、君の理念が気持ちいい」
アスラは両手を広げた。
抱き締めておくれ、という意味ではない。ただの動作だ。そっちに注意がいくように大げさに広げたけれど、ただの動作だ。
チェーザレはここで死ぬつもりだ。そういう気迫がある。アスラと相打ちになる覚悟なのだ。
「来たまえ。受け止めてあげよう」
アスラがニヤニヤと笑って、チェーザレが地面を蹴って加速。
アスラが指を弾いて、チェーザレのブーツが爆発する。
チェーザレの身体が爆発の余波で回転し、地面に落ちて、そのまま滑る。
「ははっ! 素晴らしい! 実に素晴らしい」アスラは天を仰いで言った。「私のステルスマジックは、君レベルの男にさえ通用してしまう!!」
魔法を使ったと相手に察知されずに魔法を使うこと。それがステルスマジック。
アスラは両手を広げた時に、チェーザレの右のブーツの中に花びらを生成した。そして指を弾いて【地雷】に変化させたのだ。
要するに、受け止める気など最初からなかった。
地面を滑り終わったチェーザレの背中に、矢が2本刺さった。
「それが、どうしたぁぁぁぁあああああ!!」
チェーザレは両腕をバネにして跳躍した。
空中で回転し、右足から血が舞った。空中に赤い絵を描いたようで、割と綺麗だった。
更に空中で、矢が2本チェーザレに刺さる。
サルメもユルキも、弓の腕はいい。だけれど、チェーザレは意に介していない。
アスラは横に飛んだ。
チェーザレの拳が、地面を抉った。
チェーザレはアスラを目で追っている。
アスラが短剣を投げるが、チェーザレは身体を動かして回避。
再び両手をバネにして跳躍。
「ははっ! 本当に魔物みたいだね君! 楽しいよ! これならどうだい!?」
アスラは全力の【乱舞】で周囲の空間を花びらで埋めた。
しかしチェーザレは突っ込んできた。
空中で数多の花びらに触れて、身体中が花びら塗れになって、それでもアスラを捉えている。
アスラが微笑むと、チェーザレの身体の花びら順番に爆発。
爆発の衝撃で、チェーザレの軌道がズレる。
そしてアスラから離れた場所に落ちたのだけど、まだ形の残っている左脚だけで地面を蹴って、アスラの方へと飛ぶ。
凄まじい執念だ。
ユルキはまだしも、サルメは少しビビッたかもしれないな、とアスラは思った。
「死んで詫びろぉぉぉぉ!」
チェーザレが叫び、アスラに頭突きをした。
アスラはチェーザレの頭突きを、同じく頭突きで受けた。
2人の額がぶつかった瞬間に、酷く大きな音がして、アスラがヨロッと後方に下がった。
アスラの額に血が滲む。
チェーザレは地面に落ちて、それでもアスラを睨んでいる。
「素晴らしい」アスラが右手で自分の額を押さえて言った。「腕がなければ、脚がなければ、頭で攻撃する。素晴らしいよチェーザレ。君はいい敵だった」
チェーザレに残った原型のある左脚に、矢が2本刺さる。
しかしチェーザレはもう痛みを感じていない。
「お前は、いつか、必ず、魔殲の誰かが殺す!」チェーザレの形相はまるで《魔王》のようだった。「そうでなくても、誰かが、必ずお前に気付く! お前の異常さに!」
「もし武器があったら、メロディ戦のダメージがなければ、君の方が勝ったかもしれないね」アスラは飄々と言った。「ああ、でも、武器を持っていなかった君が悪い。ダメージを負ったままウロウロしている君が悪い。私らに喧嘩を売った翌日に、無防備な姿でウロウロするなんてね。トリスタンにはよく言っておくよ。今後、魔殲は武器を抱いて眠れってね」
アスラは短剣を投げた。
その短剣はチェーザレの額に刺さり、チェーザレは絶命した。
さっきアスラの額を割ったチェーザレの額だったが、刃物の前では無力だった。
「正直、この人、怖かったです」
民家の屋根から飛び降りたサルメが、アスラの隣に並んで言った。
「それでもちゃんと狙えたね。偉いよ」
アスラは小さく肩を竦めた。
「つか団長、なんで最後の頭突き躱さなかったんっすか? 別に躱せない攻撃じゃなかったっしょ?」
ユルキも姿を現した。
「ははっ、おかげで頭が割れてしまったよ」アスラは額に【花麻酔】を貼り付けた。「私がなぜ頭突きを受けたかって? 本当に分からないのかい?」
「いや、分かるっす」
「私も分かります」
「では説明は不要だね」
ダメージを受けたかったのだ。単純に、それだけのことだ。たぶんチェーザレの最後の攻撃になるから、その威力を受けたかった。
「つーか、こいつレベルになると、あんま弓矢での援護が意味ねーっすね。俺もイーナみたいに毒矢を何本か持つべきっすか?」
「場合による。まぁ今回は用意しても良かったね」アスラが小さく両手を広げる。「とはいえ、君たちはセオリー通り、上手くやっていたよ。チェーザレが規格外なだけで、普通の敵なら毒矢でなくても通用する」
「今後、普通の敵と戦う機会より、妙な敵と戦う方が多いのでは?」とサルメ。
「うん。サルメの疑問はもっともだね。しかし今回は私たちも3人だけだったし、もっと人数がいれば弓矢も効果的だとは思うんだけどね。行動の阻害にもなるし」
「こっちがスリーマンセルで、相手が英雄並の時は動き変えた方がいいっすよね?」
「そのようだね。今回、英雄レベルの相手と普通の殺し合いができて良かった。ノエミはあっさり殺しちゃったからね」
訓練とは違う、ガチの殺し合い。しかも対魔物ではなく対人間。
それを高いレベルで行えたのは収穫だ。
ジャンヌの時は7対1だったし、こちらが3人しかいない場合のデータが取れた。
結論として、ステルスマジックが完成していなかったら危なかった。
やはり魔法だ、とアスラは思う。
使い方次第では、本当に強力な武器になる。
「スリーマンセルだと、だいたい今日と同じ戦力になりますしね」とサルメ。
「その通り」アスラが言う。「変わるとしても、サルメがイーナになるぐらいだろう」
戦力はなるべく均等に分ける。
現状、戦闘員だけで最強のスリーマンセルを組むとアスラ、マルクス、アイリスになる。しかしそのメンバーで組んでしまうと、他のチームが弱くなってしまうのだ。
仮に1チームしか必要ない依頼でも、拠点防衛や他の依頼が入った時のために戦力は分散しておきたい。
「さぁて、とりあえず勝利の豪遊でもやっとくっすか?」
ユルキが楽しそうに言った。
「そうだね。ブリットももう安全だし、親交を深めよう。あの子は今後、私らの道具として徹底的に利用する」
「ういっす! んじゃあ俺、店探してくるっす!」
ユルキがサッとその場から消える。
「トリスタンどうします?」サルメが言う。「一応縛ってますけど、たぶん縛らなくても動けないかと」
「死なれては困るし、医者を呼んで来ておくれ。彼は大切なメッセンジャーだからね」
「分かりました。では早速」
サルメもその場を立ち去った。さすがにユルキほど鮮やかには消えられないので、普通に道を小走りで去った。
アスラは小さく息を吐いて、トリスタンに歩み寄る。
「君はその年齢で、それほどの実力を身につけている」アスラがトリスタンを見下ろして言う。「男版のアイリスみたいな感じだね」
「うるせぇクソ女……。話しかけるな、耳が腐るぜ……」
トリスタンは半死半生でも、口の悪さは衰えない。
「だからさぁ」アスラがトリスタンに顔を近づける。「君にも私の敵になってもらう。楽しい楽しい殺し合いを続けよう。ふふっ、私が憎いだろう? 君の連れを2人も殺したんだからね」
「うるせぇって言ってんだろ……。てめぇだけは、殺す……。俺をここで殺さないなら、必ず後悔させてやる……。必ずだ……」
トリスタンの瞳は死んでいない。それどころか、ギラギラとしている。
「そう、それでいいんだよ。そういう言葉が欲しかった。君はきっと、途中で日和ったりしないだろう。ちゃんと私を殺すために強くなって、ちゃんと私を殺しに来るだろう。楽しみだなぁ。その日が楽しみだよ」
果実のように、育てて、そして収穫する。
アイリスよりも先に、トリスタンを収穫することになるはずだ。
トリスタンが前菜で、アイリスが主菜。
「クソが……面白がってんじゃねぇぞ……俺は今日を糧にする……。俺はお前に殺された師匠のことも、チェーザレのことも、糧にして……お前という絶対悪を片時も忘れず、必ず打ち倒してみせる……」
「おいおい、そんなに激しく想われたら、まるで愛されているようじゃないか。照れるね」
「ふざけてろ、クソッタレめ……」
トリスタンはもう何も言わなかった。
個人的な会話はこれで終了したのだ。
では、次は《月花》の団長として、トリスタンに言わなければいけない。
「あ、そうそう。君の仲間たち全員に伝言」アスラが凶悪に笑う。「武器を抱いて眠れ。片時も離すな。私ら《月花》は、君らを見かけたら秒で殺す。会話もなければ、降伏も認めない。認識と同時に必殺。分かったかね?」
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