ExtraStory

EX32 イーナとゴジラッシュ 異種族間の恋愛もありだと思う!


 イーナ・クーセラは15歳の少女だ。

 髪の色は黒。夜の闇か、あるいは海の底ぐらい黒くて暗い。まぁ、イーナは海の底を知らないけれど。

 もう長いこと、髪型はショートカットのまま。長いと邪魔になるので、少し伸びると自分で切ってしまうのだ。

 攻撃魔法【風刃】で器用に自分の髪を切るイーナを見て、アスラは「カリスマ美容師かっ」と苦笑いしていた。


「ねぇ……ゴジラッシュ、暖かいね……」


 傭兵国家《月花》の王城。

 その庭で、イーナはゴジラッシュを背もたれ代わりにして地面に座っていた。

 ゴジラッシュは寝そべっている。

 今日はよく晴れていて、気温が高めだった。今の時期は例年なら涼しいのだが、今日は特別に暖かい。

 ちなみに、今日のイーナはオフだ。


「ゴジラッシュはさ……どんな子が……好み?」


 イーナは背中にゴジラッシュの鱗を感じながら言った。

 ゴジラッシュは何も応えず寝そべったまま。


「やっぱり……胸は……大きい方がいい?」


 イーナは目を瞑って、両手で自分の胸を触る。

 イーナの胸は小さい。

 幼い頃に栄養が足りなかった上、鍛えているので脂肪が少ないのだ。

 まぁそれでも、アスラよりは少しだけマシ。

 ついでに言うと、イーナは平均的な15歳の少女より背も低い。少し低いだけだ。


「顔はどう? あたし……あんま、可愛くは……ないかも」


 荒んだ表情だとよく言われる。

 目付きが悪いとも。

 たぶん幼い頃に世界の残酷さを知り、憎しみの中で生きてきたからだ、とイーナは自分を分析する。


「顔は関係ありませんわ」

「ティナ……」


 イーナが目を開くと、ティナが立っていた。

 まぁ、イーナはティナの足音に気付いていたので、驚いてはいないけれど。


「ゴジラッシュに細かい顔の違いなんて分かりませんわよ、きっと」

「……うん。そう思う……」


 ゴジラッシュの知能は低くない。犬ぐらいか、もしくは犬より少し賢い。

 だけど、ドラゴンなのだ。人間の顔を細かく見分けられるとは考え難い。シルエットと臭い、声、または味などで区別している節がある。


「イーナはゴジラッシュがお気に入りですのね」


 ティナがイーナの隣に座る。

 イーナと同じように、ゴジラッシュを背もたれにした。


「……違う……」

「違いますの!?」


 ティナは驚いて言った。


「……好き、のレベル……だから」

「なるほど、ですわ。ぼくもゴジラッシュは好きですわ」

「……ライバル宣言、頂きました……」


「ライバル!?」ティナはビックリしている。「別にぼくもイーナも、ゴジラッシュ好きでいいじゃありませんの!? なんなら、ラウノもゴジラッシュ好きですわよ!?」


「……あれ?」とイーナが首を傾げた。

「あれ? って何ですの?」とティナも首を傾げる。


「……たぶん、好きの意味……違ってる」

「好きの意味って違いありますの!? もしかしてぼくの認識が何か間違ってますの!?」

「あたしの好き、は……ゴジラッシュと、結婚して……」

「結婚!?」

「それから……交尾して……」

「交尾!?」

「……子供をもうけて」

「どんな子供ができますの!?」


 人間とドラゴンのダブル。見た目や能力が完全に未知数だ。

 そもそも、人間とドラゴンの間に子供が生まれるかどうかも、現時点では謎である。

 そんなことは、もちろんイーナも承知している。


「そして親子3人で……」

「幸せに暮らしますのね?」

「……愚かな人間どもを食い散らかす……」

「静かには暮らしませんのね!?」

「……そして、最後に、あたしたちは……団長に始末される……」


「ああ……」ティナが深く頷く。「有象無象を一切区別せず暴れるなら、いつかどこかでアスラとも敵対しますわね……」


「たぶんだけど」イーナは天を仰いだ。「あたし、それで幸せだと思う……」


 人間が嫌いだった。ずっと長いこと憎んでいた。たぶん今もそう。

 だけど、団員のことは嫌いじゃないし、むしろ好き。

 特にアスラのことは好きだった。あの限りない自由な振る舞いと、冷徹さと、そして強さ。どれも憧れた。

 だから、死ぬならアスラに殺されたい。


「……幸せの形はそれぞれですわ……。ぼくは姉様と暮らせれば、きっとそれが一番幸せでしたわ」ティナは少し悲しそうに笑う。「でも、今も実はそれなりに幸せですのよ? お友達が、たくさん増えましたわ」


「……あたしも、友達」


 イーナはソッとティナを抱き締めた。

 ティナもイーナを抱き返す。


「ティナも……好き」とイーナ。


「結婚しませんわよ!?」


 ティナが驚いてイーナから離れた。


「そっちの好きじゃ……ない」


 イーナがやれやれと肩を竦めた。

 しばらく沈黙。

 イーナもティナも、ゴジラッシュにもたれたまま、ぼんやりと時の流れに身を任せた。


「あ」とティナ。

「いりす」とイーナ。


「いえ、アイリスは関係ありませんわ」ティナが呆れたように言う。「アスラから手紙が届きましたのよ、迎えに来いって」


「……ああ、ティナそれで、ゴジラッシュのところに……?」

「はいですわ。普通にのんびり過ごすところでしたわ」


 ティナが立ち上がる。


「手紙……なんて?」


 すでに前回の手紙で、セブンアイズの6位を確保したことや、他のセブンアイズの情報などを知った。

 ちなみに前回の手紙を書いたのはサルメだった。

 手紙の頻度が非常に高いので、配達機関大変だなぁ、とイーナは思った。

 この城に、鳩所と配達機関員を駐在させればいいかも、とイーナは考えた。

 あとで団長に相談しよう。


「マルクスが読み終わって、今はたぶんレコも読み終わって、アイリスが読んでますわね、たぶん」

「……そっか。あたしは、じゃあ、アイリスが手紙届けてくれるの、待ってる……」

「それがいいですわね」


 ティナがゴジラッシュの背中に飛び乗った。

 ゴジラッシュは眠そうに低く鳴いた。あくびのようだった。


「ゴジラッシュ、お休み中、ごめんなさいですわ」


 ティナがゴジラッシュの背中を撫でる。

 イーナは立ち上がって、少し離れた。


「でもゴジラッシュ、アスラの命令ですわ」ティナはアスラの名前を強調して言う。「アスラが迎えに来いと言っていますわ。アスラが」


 ティナの言葉が終わると、ゴジラッシュは起き上がり、バッサバッサと翼を上下に動かした。


「ではイーナ、行って来ますわ」とティナが微笑む。

「……行って、らっしゃい……」とイーナが手を振る。


 ゴジラッシュが上昇し、そして空を移動し始める。

 イーナはゴジラッシュが見えなくなるまで、空を見ていた。


       ◇


「イーナはどう思う?」レコが言う。「団長の胸は大きくなると思う?」


「無理に決まってるでしょ?」アイリスが言う。「あんなに訓練してたら育つわけない。あたしだって、《月花》の訓練のせいで少し小さくなっちゃったんだから」


 アイリスとレコが揃って庭に出て来て、イーナに手紙を渡した。

 アスラからの手紙で、全員に周知する必要があるのだ。


「……胸の話は……あたしもダメージ負う……」


 イーナは手紙を読みながら言った。

 元々、イーナは胸のサイズなんて気にしてはいなかった。

 しかしながら、ゴジラッシュに恋をしてからは、少しメスらしさも欲しいかなと思い始めたのだ。

 ゴジラッシュと初めて会った日から、イーナはゴジラッシュに惹かれていた。

 そして、セブンアイズの7位をズタボロにしたゴジラッシュを見て、心が躍ったのだ。

 元々、魔物が人間を喰っている姿は好きだった。特にゴジラッシュは食べっぷりがいい。


「じゃあ、胸の話はいいや」レコが言う。「アイリスね、さっき話してたんだけど、団長に殺されたくないんだって。変わってるよね」


「変わってるのはあんたよ! アスラに殺されたいとか意味分からないから!」

「……あたしも、死ぬなら……団長に殺されたいけど?」


「イーナもかっ!」アイリスが飛び跳ねそうな勢いで驚いた。「この団には奇人と変人と変態しかいないの!?」


「まぁオレの場合、団長を殺すのもアリだけど」

「それこそ意味不明よぉぉぉぉぉ!」


 アイリスが頭を抱えてブンブンと振った。


「……団長を、いじめるのは、アリ……」とイーナ。


「それは、あたしもアリだけど!!」アイリスが言う。「でもアスラっていじめられたら喜ぶから、アスラを喜ばせるだけになるのよね!!」


「じゃあ、もしもだけどアイリス」レコが言う。「団長と殺し合うことになったら?」


「なんないわよぉぉぉぉ!!」アイリスが全力で否定する。「絶対に嫌よそんなの!!」


 アイリスの発言に、イーナは少し驚いた。

 アスラはたぶん、いつか、いつの日か、アイリスを敵にする。

 多くの団員がそう感じている。確信はないけれど、そんな気がするのだ。

 たぶんレコも感じている。

 それはきっと、胸を引き裂くような悲しい戦いになる。

 そして、でもだからこそ、アスラの好みなのだ。


「でもアイリス、団長が将来、英雄を殺しちゃったら?」


「普通に殺しそう!!」アイリスが言う。「でもあたしが止めるから! そうなる前に止めるから!」


 英雄は英雄殺しを生かしておかない。

 英雄というシステムを存続させるためには、必要なことだ。


「止められなかったら?」とレコ。


「うぅ……その時は、仕方ないけど……」アイリスが言う。「勝てる気が……しない……」


「じゃあ安心だね」


 レコがパッと笑顔になった。

 イーナもホッと息を吐いた。

 少なくとも、アイリスがアスラに挑める程度に仕上がるまで、アイリスは敵に回らない。


「何が安心なのよ!? どういう意味!?」

「……アイリスは、英雄だから……根本的には……あたしらと、違う」


「もちろん仲間だけどね」レコが言う。「それでも違うでしょ?」


「あたしらは……あたしらの敵にならない……でも、アイリスは……違うでしょ?」


「そ、そうだけどさぁ、あたしだってみんなの敵になりたくないわよ?」アイリスが言う。「だから、英雄殺しとか本当に勘弁してよね?」


 ああ、とイーナは思う。

 もう遅いのだ。

 すでに殺している。マティアス・アルランデルをすでに殺している。

 イーナは読み終わった手紙を綺麗に折り畳んで、封筒の中に戻した。


「読み終わった?」レコが言う。「じゃあ……」


 オレが何を考えたか、分かるよね?

 レコは視線でそう言った。

 イーナは頷く。


「じゃあ、何よ?」とアイリス。


 魔物殲滅隊との戦争が始まる。

 そして、アスラはトリスタンを敵に選んだ。手紙の中でトリスタンを褒めていた。性格はねじ曲がっているけど、男版のアイリスみたいでゾクゾクするよ、と。

 その文章の本意はこうだ。

 アイリスと殺し合いたくてたまらないけど、今はまだ時期じゃないからトリスタンを代わりにしようと思う。


「……また忙しくなるかも……」とイーナ。


「ナナリアに魔殲にセブンアイズ」レコが言う。「団長って本当、トラブルメーカーだよね」

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