第3話 みんなアスラには従順です 「そういう風に訓練したからね」
城壁と城の間の空間に、墜落する何かを発見。
アスラは一直線に墜落予測地点へと走る。上空ではゴジラッシュが勝利の雄叫びを上げていた。
「なんっすか今の光線、ゴジラッシュっすか!?」
いつの間にかアスラの隣に並んで走っているユルキが言った。
「冗談じゃないわよ!? 《魔王》の魔法と同レベルじゃないの!」
アイリスも追いついてきた。
遅れてマルクスとイーナ、サルメにレコ、ラウノもいる。
ティナとメルヴィ以外は全員集合したということ。
みんなゴジラッシュの最初の咆哮で目を覚ましたのだ。耳をつんざくような、凄まじい声量の咆哮だったからだ。
右半身が消し飛んでいる女性が、地面に叩き付けられて、その身体が少し跳ねた。
同時に、ゴジラッシュが勢いよく下降。トドメを刺す気なのだと、アスラは即座に理解。
「待て!!」
アスラは急制動をかけながら上空のゴジラッシュに言った。
アスラのブーツが地面を滑って、身体半分の女性を少し通り過ぎた。ゴジラッシュに気を取られたせいで、速度を緩めるタイミングをミスったのだ。
ユルキとアイリスは普通に走ったまま通りすぎて、途中で急制動してクルッと反転。
2人もゴジラッシュに意識を向けたせいで、目測を誤ったのだ。
ゴジラッシュはアスラの声で、空中に静止していた。少し怯えている様子だった。
「そっちだゴジラッシュ。いいね? ゆっくり降りて、そっちで待て」
アスラは指でゴジラッシュを示し、それから少し離れた場所を指した。
意図が伝わったのか、ゴジラッシュはアスラの指示通りの場所に着地。そのまま翼を畳む。しょんぼりしているように見えた。
「レコ、ラウノ、ゴジラッシュを褒めてやって」アスラが言う。「でもトドメを刺されると困る。相手が誰なのか把握しておきたい。たぶん、私は攻撃された」
レコとラウノがゴジラッシュの方へと向かった。
「お前は……」死にかけの女性が言った。「自分が……何を飼っているのか……理解していない……」
「そんなことはどうでもいい。君は間もなく死ぬだろう。人間ならとっくに死んでいる。つまり、君は魔物だ。それも上位か最上位。羽も生えているしね」
「私は……ユーナ・メーマ」死にかけの女性が名乗った。「偉大なる……セブンアイズの7位……」
「ふむ。セブンアイズであることを誇りに思っているんだね」アスラが言う。「いいね。素晴らしい。それで? 私を攻撃したかね? 夢を操作したかね?」
「私は夢魔……。夢だけが……私の武器……」
ユーナは目を瞑った。
これで、あの幸福な夢が攻撃であったという確証を得た。
「おい、まだ死ぬんじゃない」
アスラは【花麻酔】を何枚も発動させて、ユーナの傷口を塞ぐ。
「なぜ私を攻撃した? ナナリアの命令かね?」
「アスラ・リョナ……」ユーナが目を開き、アスラを見る。「化け物め……。竜王種に……命令しているなんて……」
「ゴジラッシュの話はどうでもいい。君が縄張りに入ってスキルを使ったから、迎撃しただけだろうしね。それで? 私を攻撃した理由は? ナナリアかね? ナナリアの差し金かね?」
アスラは質問したあと、人形がユーナの身体の上に乗っていることに気付いた。
黒いドレスに、黒髪の少女の人形。小さな人形だ。15センチから20センチぐらい。
いつからそこに?
「負け犬は、負け犬らしく、さっと死にやがれゴミクソが」
人形が可愛らしい表情のままで言った。
アスラは酷く嫌な予感がした。
「離れろ!!」
叫びながら、後方に飛ぶ。他のみんなも、アスラの声に合わせて飛んだ。
瞬間、人形が爆発。
ユーナの身体がバラバラになって、地面が抉れるレベルの威力。アスラの【地雷】よりも強力な爆発。
ユーナの肉片が周囲に散らばった。
「今の人形は何だろうね? 存在そのものと、爆発と両方ね」アスラが髪に付着したユーナの内臓の欠片を払いながら言った。「魔法ではないけれど、火薬でもない。種族固有スキルかな?」
「たぶん、そうっすね」ユルキが頬に散ったユーナの血を拭って言う。「つか、ほとんど情報得られなかったっすね」
「イーナ、アイリス、自分と周囲を警戒」マルクスが言う。「人形を動かしていた奴がいるはずだ。あの人形が自らの意思で動いていたとは思えない」
「……あい」
「了解」
マルクス、イーナ、アイリスの3人は、武器を構える。それから、ゆっくりと広がりながら索敵。
イーナは自分に【浮船】を使用し、城壁の上に飛び乗った。そこから、目視で周辺を調べる。
「サルメはティナとメルヴィの様子を確認」
アスラが指示を出して、サルメが城の入り口へと走った。
「ゴジラッシュは他にも魔物がいるならあぶり出せ」
アスラが言うと、ゴジラッシュが小さく吠えてから翼を広げ、空へと舞い上がる。
「オレ思ったんだけど、ゴジラッシュって団長の言うことはすぐ聞くよね。オレたちだと、割と無視することあるのに」
レコが呆れた風に言って、同時に短剣を装備。
「ドラゴンの串焼きにされたくねーからだろ」ユルキが肩を竦めた。「本能で分かるんだろーな、逆らっちゃいけない相手ってのが」
「ほとんど伝説の生物なんだけどねぇ、竜王種って」ラウノが言う。「食物連鎖どうなってるのやら……」
ユルキとラウノも短剣を装備。いつでも戦闘に入れるように警戒。
「おい、私はゴジラッシュに優しいじゃないか。言うこと聞くのは、私の愛情のような何かが伝わったからじゃないかね?」
アスラはサイコパスだ。そしてサイコパスは誰も愛せない。愛する能力がない。
だけれど、アスラはそれを模倣することができる。相手が「愛されている」と感じる程度には、精度の高い模倣が可能だ。
「あと、言うことを聞かなかったら串焼きにすると何度か脅したからね。私が本気だと伝わったのだろう」
「絶対そっちだし、全然優しくないしそれ」とレコが笑った。
それから、しばらくみんなで索敵を行ったが、結局敵は見つからなかった。
ゴジラッシュも城の周囲を旋回していたが、やがて諦めて降りてきた。
◇
傀儡師ブリット・ニーグレーンは、《月花》の古城から遠く離れた森の中にいた。
暗くてジメジメした森で、ブリットにとっては居心地がいい。
ちなみに、ブリットは太くて固い樹の幹にもたれて座っている。
ブリットはこの場所から、人形を通してユーナを見ていた。
「……竜王種とか……無理すぎるのですぅ……」
ぐすん、と涙ぐむ。
ブリットは見た目16歳ぐらいの少女だが、れっきとしたセブンアイズの一員だ。
金髪の女の子の人形が、ブリットの薄い水色の髪の毛を撫でた。
最後に髪を切ったのっていつだっけ?
ブリットの髪の毛は腰ぐらいまで長さがある。手入れをしていないので、ボサボサ。
銀髪の女の子の人形が、櫛を持ってブリットの髪をとき始める。
この金と銀の人形は、ブリットの一番のお気に入り。
種族固有スキル『人形劇』の産物。
「……アスラ・リョナも……化け物だし……」ブリットは膝を強く抱えた。「……幸福を捨てるとか……考えられないし……。ボク、ユーナの夢の中で生きていきたいし……」
まぁ、ブリットは他者との交流が苦手なので、ユーナのスキルを褒めたことはない。もちろん、自分にスキルを使ってくれと頼んだこともない。
「……うぅ、無茶な命令を下すナナリア様とか……死ねばいいのですぅ……」
◇
メルヴィはゴジラッシュの声が怖くて、布団の中に潜っていた。
サルメが部屋に入ると、メルヴィは凄い勢いで走って来て、サルメに抱き付いた。
サルメはメルヴィの頭を撫でて、抱き返して、あやして、それから一緒にティナの部屋へと移動。
ティナは起きていなかった。声をかけても目を覚まさない。揺すってみても覚醒しない。これはおかしい。
だが死んでいるわけではない。ティナは呼吸をしているし、脈もあった。
サルメはメルヴィにこの部屋で待つように言って、すぐに城の外へ。
ちょうど、アスラたちが索敵を終えて戻っている最中だった。
「団長さん! ティナが反応しません! 眠っている様子ですけど、何をしても起きないんです!」
「ほう。それはたぶん攻撃の余韻だね」アスラが冷静に言う。「さっきのセブンアイズは夢を操作してその中に閉じ込めるとか、たぶんそういう系統なんだよね」
アスラはサルメの報告を聞くために立ち止まっていたのだが、再び歩き始める。
他のメンバーもそれに続く。
「団長さんも攻撃されたんですよね?」
サルメはアスラの隣に並んで歩く。
「そうだね。かなり面白い夢を見せてくれる。ティナだと、たぶんジャンヌ関連だろうね。ジャンヌと平和に暮らしている夢とか、そういうのを見ているはず」
「でもセブンアイズは死んだっすよね?」とユルキ。
「夢が心地良いのだろうね」アスラが言う。「現実より好きだから、自分で夢に留まっているのだろう。私には理解できないが、人間は時に現実よりも空想を好む」
「ティナは人間じゃないよ、半分しか」とレコ。
「言葉のアヤだよ。突っ込むな」アスラが呆れた風に言った。「まぁ起こしてあげよう。あまり深みに嵌まると、本気で衰弱死する可能性がある」
「……現実が辛いって、気持ちは……理解できる」イーナが言う。「今は……楽しく生きてるけど……あたしも、昔は……」
「僕も気持ちは理解できるよ」ラウノが言った。「なんなら、僕は今この瞬間も非現実な空想を続けているしね」
他の誰にも見えない、ラウノだけの恋人のことだ。
死んでしまった愛しい人。失った傷が癒えなくて、失っていないことにした彼女のこと。
「空想だと理解できているだけ、成長したね」アスラが嬉しそうに言った。「あ、サルメ、メルヴィはどうだったんだい?」
「はい。怯えて布団に潜っていましたが、保護して今はティナの部屋です」
「攻撃対象は私とティナか」アスラが言う。「やはりナナリアだろうね、セブンアイズを動かしているのは」
「絶対じゃないわよね?」アイリスが言う。「全然、まったく違う線かも。アスラって色々な人に恨まれてるし」
「私は他人に恨まれる覚えはないよ」
アスラが素で言ったので、団員たちは目を丸くした。でも何も言わなかった。
「団長、今後の方針を示してください」マルクスが言う。「明日のアーニア訪問は中止しますか? セブンアイズは随時こちらを襲ってくる可能性があります」
「ふざけるな副長。その程度で予定を覆してたまるか。私は明日、アーニアに行ってプロファイリングを教える。依頼を達成する」
ゴジラッシュで行くので、その日のうちにアーニア入りが可能だ。
「分かりました。ではメンバーを再考してください」マルクスが言う。「一緒にプロファイリングを学ばせるためのラウノと、雑用のサルメでは、襲われた時の戦力としては不安です」
「あたし、一緒に行ってあげようか?」アイリスが言った。「セブンアイズは英雄の案件でもあるから」
「いや、君は1日でも早く回復魔法を覚えてくれたまえ。そっちを最優先して欲しい。よって、残って訓練すること」アスラが言う。「そうだなぁ、マルクスには訓練の指揮を執って欲しいし、ユルキを連れて行こう」
「了解」とユルキが頷く。
「可能性は低いと思いますが、こちらにセブンアイズが現れたら、こちらで対処します」
「ああ。副長の裁量で最善を尽くせ。でもやはり可能性は低いね。狙いは私だろう。ゼルマもユーナもそうだった」
「でも、なんで1人ずつ来るのかな?」レコが首を傾げた。「セブンアイズみんなで来ればいいのにね」
「1人で余裕だと思ってる自信過剰なバカなんだろう」アスラが言う。「もしくは、時間が合わないか、外せない任務があるか、何かしらの理由があるのかもね」
言い終わった頃、ちょうどティナの部屋の前だった。
「ま、とりあえずティナを起こしてあげよう。君たちは部屋の外で待て。サルメの報告通り、普通に起こして起きなければ、少し危ないことをする」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます