EX31 ティナの朝は早い ぼくは家事マスターですわ!


 夜明けとともに、ティナは目を覚ます。

 そして顔を洗って歯を磨く。二度寝することはない。

 クローゼットを開くと、同じ服が何着も吊られている。

 スカートが短く、お腹が見える少しいやらしい服。この服はジャンヌの趣味。ティナはジャンヌが死んでからも、ジャンヌが好きだった服を着ている。

 寒い時期になると、この上からジャケットを羽織るのだ。


「姉様はずるいですわ」ティナは1人、呟く。「ぼくばっかり露出させるんですもの」


 ティナは以前、ジャンヌに虐待されていた。基本的には尻叩きだったのだが、なぜかジャンヌはティナを裸にした。

 尻を叩くだけなら、全裸にする必要はない。

 ふぅ、とティナが息を吐く。

 本気で叩かれるのは嫌いだが、ペチペチされるのは嫌いじゃなかった。

 それに、他人が叩かれている場面を見るのは割と興奮した。

 そんなことを考えながら、服を着替える。


 そして部屋を出て、食堂へと移動。古城の中は薄暗いが、地図が完全に頭に入っているので、目を瞑っていても目的地に辿り着ける。

 食堂に到着すると、最初に燭台に火を灯す。メタルマッチを使えば簡単。

 食堂にはテーブルと椅子が並んでいる。テーブルの上に、数日前の新聞が置かれたままだが、ティナは気にしなかった。

 ちなみに、テーブルは毎日綺麗に拭いているので、汚れはない。

 ティナは食堂の奥のキッチンに入って、ここでも最初に明かりとしての火を灯す。


 それから、調理用の火を点けて、鍋を吊してお湯を沸かす。

 沸かしている間に、コーヒーカップを3個用意。次にリネンの袋をカップの中に入れる。このリネンの袋には、挽いたコーヒー豆が入っている。

 アスラはこれをティーバッグと呼ぶ。

 まぁ、一般的には浸漬式コーヒーだ。

 お湯が沸いて、ティナはコーヒーカップにお湯を注ぐ。

 そうすると、すぐに香ばしいコーヒーの香りが漂う。

 その香りに引き寄せられたかのように、アスラがやってきた。


「おはようティナ。今日の朝食当番は私だよ」


 言いながら、アスラはコーヒーカップを手に取る。


「おはようですわ」


 ティナが挨拶を返すと、今度はメルヴィが目を擦りながらキッチンに入ってきた。


「あの、おはよう、ございます」


 言いながら、メルヴィもコーヒーカップに手を伸ばす。


「まだですわ」


 言ってから、ティナはメルヴィのカップに砂糖をたっぷり入れて、小さいスプーンで混ぜた。


「ありがとう、ございます。ティナお姉様」


 メルヴィがお辞儀する。

 ティナはお姉様と呼ばれていい気分だった。

 いつかメルヴィのお尻を叩きたいなぁ、と思っているのだが、とりあえずそのことは内緒にしておく。

 いつか叩く機会はあるはずだ。メルヴィがこのまま、ティナの弟子として《月花》の家事全般を手伝うのなら。


「私のこともお姉様と呼んでいいんだよ?」とアスラ。

「アスラお姉様」とメルヴィ。


 メルヴィは実に素直だ、とティナは思った。


「なんだかムズムズするね」とアスラが肩を竦めた。


「自分が言わせましたのに」ティナが笑う。「さぁ、今日も張りきって朝食を作りますわよ」


 ティナは家事全般が得意だ。ジャンヌが有り得ないほどだらしない人間だったので、身の回りのことは全てティナがこなした。

 そうすると、いつの間にか得意になっていたのだ。

 ティナは組織経営もできる。

 そして、家事をしないとやや落ち着かない。だから、アスラに言って傭兵団《月花》の料理長に志願したのだ。

 しかし、アスラはティナを料理長に指名しなかった。


「そうだね、総務部長」


 アスラがティナに与えた役職。

 それが総務部長。

 あらゆる業務を担当する総務部のボス、という意味だ。

 現在、総務部にはティナとメルヴィが所属している。

 メルヴィも何か仕事が欲しいとアスラに頼んだのだ。


 つまり、ティナもメルヴィも今は正式に《月花》のメンバーなのだ。非戦闘員ではあるが、組織を運営するためには欠かせない立ち位置。

 裏方、というやつだ。

 ちなみに、ティナとメルヴィだけでは大変なので、戦闘員も順番に朝食の用意を手伝うことになっている。

 今日の当番はアスラ。

 3人はのんびりと朝食を作り始める。


「あ、2人とも、お皿を割ったりしたらお仕置きですわよ?」


 ティナはメルヴィとアスラの尻を妄想しながら言った。

 2人とも、あまり魅力的な尻ではないが、まぁそれでも尻は尻である。


「ふむ。君がまさかお仕置きマニアになるとはね」

「姉様の後を継ぎますわ」

「まぁ君の人生だから、好きにしたまえよ」


 アスラは手際よく料理を作る。

 何をやらせても、アスラは上手にやってしまうので、ティナは少し面白くない。

 たまにはアスラが失敗する場面を見たいと思うけれど、見たら見たで微妙な気分になるのは分かっている。

 アスラが英雄選抜試験で負けたのが、ティナには衝撃だったし、悔しい気持ちだった。


「含みのある言い方ですわね」

「君はジャンヌじゃないからね。でも、そうなりたいと望むのもまた、君の自由だよ」

「限りなく自由ですのね、ぼくは」

「そうさ。そうとも。君はとことん自由なんだよ。私も、他のメンバーも、全ての人間も、魔物も、本質的には自由なんだよ。自分で自由を放棄しているだけさ、私に言わせればね」


 アスラはいつも、自由に振る舞う。

 相手が誰でも、自由に話し、自由に動き、そして自由に殺す。

 ティナたちはそこから黙々と朝食を作り、テーブルに並べる。

 他のメンバーたちが順番に起きてきて、自分のペースで朝食を済ませる。

 食器だけはセルフでキッチンに戻してもらう。そうすると、メルヴィが一生懸命食器を洗う。


 メルヴィは何でも一生懸命にやる。いい子だ。戦闘員になるよりは、このまま総務部にいればいいのに、とティナは思った。

 でも、それを決めるのもメルヴィだ。

 メルヴィもティナと同じように、自由なのだから。


 朝食が終わると、みんなは訓練のために外に出る。

 ティナとメルヴィは片付けが終わると、次は洗濯。城の外に洗濯場があるので、そこに移動。当然、城壁の内側。

 日によっては、ここでゴジラッシュと合流する。しかし今日はゴジラッシュの姿が見えない。どこかで遊んでいるのだろう、とティナは思った。

 ティナはメルヴィを指導しながら洗濯して、それから全部干す。


 次は掃除。掃除は区間を決めて、少しずつ毎日やっている。城が広いので、一気にはできないからだ。

 掃除が終わると、ティナは中庭へ。そこでジャンヌの墓に跪いて祈る。

 今でも許せないことは、ジャンヌがティナより復讐を選んだこと。

 祈りが終わって、ティナはベンチに座る。メルヴィも隣に座った。

 しばらく沈黙したのち、メルヴィがおずおずと言う。


「あの、誰の、お墓ですか?」


 たぶん、メルヴィはずっと誰の墓なのか気になっていたのだろう、とティナは思った。

 でも、今日までそれを聞けなかった。


「ジャンヌ・オータン・ララ」とティナ。


 メルヴィは少し驚いたような表情を見せた。

 こんな子供でも、姉様のことは知っていますのね。

 たぶん悪い意味で。

 メルヴィはそれ以上、何も言わなかった。

 聞いてくれたら、ティナは何でも教えてあげるのだけれど。

 ジャンヌとの思い出は多く、そして深い。


 昼までぼんやりと日光浴して、ティナとメルヴィは食堂へと向かった。

 昼食は各自、自由に、というのが団の方針だ。この古城を拠点と決めて以降のルール。

 食堂では、サルメとイーナがカエルを食べていた。

 ユルキとアイリスはパンを食べていて、マルクスはスープを飲んでいる。

 マルクスと同じスープを、ラウノも飲んでいた。

 アスラは干し肉を囓り、その隣でレコも干し肉を食べている。

 ティナは貯蔵庫からフルーツを出して、ナイフで切ってメルヴィと食べた。


「さて、みんな聞いておくれ」アスラが言う。「すでに知っているし、君たちは忘れちゃいないと思うけど、明日から、私はアーニアに出向いてプロファイリングを教える。ついでに教えるからラウノは同行するように。それと、サルメが雑用として同行。用意しておくように」


「はい団長さん」とサルメ。

「了解」とラウノ。


 ラウノはいい男ですわ、とティナは思った。

 見た目だけでなく、性格も結構好きな部類だ。まぁ、それでも姉様ほど好きではありませんけれど、とティナは思った。


「残りはマルクス指導で訓練に励め。何か依頼があれば、マルクスの判断で受けていい。ただし、手紙で報告だけは忘れないようにね」


 アスラはしばらくの間、ここには戻らない。

 アスラ式プロファイリングは1日で教えられるほど単純ではないのだ。

 受講者を選りすぐっての短期集中講座ということだが、それでも10日を予定している。


「アスラ」ティナが言う。「気を付けて」


 ティナの言葉に、アスラは少し驚いたように目を丸くした。

 でもすぐに、「ああ。大丈夫だよ」と微笑んだ。


「団長ってすぐトラブルに巻き込まれるからね」レコが言う。「その上、セブンアイズに狙われてるっぽいし」


「団長狙うのが運の尽きってな」とユルキが笑った。

「……本当、可哀想に……」とイーナ。


 団員たちは誰もアスラの心配をしない。

 安心感があるのだ。アスラなら大丈夫、というかむしろ相手が大丈夫か? みたいな。

 この安心感こそが、群れのボスにとっては大切なものだ。

 残念ながら、ジャンヌにはなかった。

 ジャンヌはすぐキレる。しかもよく分からない理由でキレる。

 色々なことを途中で飽きて放り出すし、面倒になったらとりあえず殺して解決するし、とにかく安心感は少しもなかった。

 だから、ティナは色々と世話を焼いたのだ。

 それはそれで、なんだかんだ、楽しい日々だった。

 でも、

 今も割と楽しいですわ、姉様。

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