EX30 類(狂気)は友(狂気)を呼ぶ? 私のせいだと言いたいのかね?
アクセル・エーンルートの自宅には、大きな道場がある。
床は板張りで、男女別の更衣室完備。平均的な男性の身長より高い場所に窓がある。そしてその窓の下に地窓が設置されていた。
道場の隅の方には、筋トレ用の器具や、各種木製の武器、打ち込み用の木人などが置いてある。
メロディ・ノックスは道場の中心に立ち、目を瞑っている。
メロディは20歳の女性で、髪の色はストロベリーブロンド。髪型は、低い位置で無造作に括っているだけ。
身長と体重は一般的な20歳の女性と変わらない。一般の女性と違うのは、筋肉量が多いこと。
要するに、メロディの胸も小振りなのだ。
もっとも、メロディ本人は胸の大きさを気にしたことはない。
メロディはゆっくりと深呼吸をする。
メロディの服装は、道着と袴。メロディの里ではみんなその服装だ。道着は白色で、袴は赤。
メロディはゆっくりと、1人で型稽古を始める。
山脈の集落から降りてきて、メロディはガッカリした。深く深く失望した。英雄候補たちがあまりにも、あまりにも弱かったから。
「ヨォ、早いじゃネェかメロディ」
道場の中に、アクセルが入ってきた。
メロディは気にせず、型を続けた。
更にメロディを失望させたのは、正式な英雄たちの弱さ。
たとえば、あの人食いの魔物。もしメロディなら、もっと効果的に、もっと早く、ブチ殺せたのだ。
「いい加減、落ち着けヨォ」アクセルが呆れた風に言う。「そんなに楽しかったか?」
英雄選抜試験は、メロディには退屈だった。
あの魔物ですら、退屈だった。いつでも殺せたからだ。メロディの敵ではない。どいつもこいつも、メロディの敵にさえなれない。
ただ1人を除いて。
それは、決勝で当たったアクセルの弟子のことではない。
黒いローブの、銀髪の少女のこと。
アスラ・リョナ。
唯一、唯一、メロディはアスラを秒殺してしまった。
怖かったからだ。
アスラの放つ殺気が怖かったから。
本気を出さなければ殺される。そう強く信じられるほど、アスラの殺気は恐ろしかった。
単独で《魔王》を倒すために鍛え上げられたメロディの身体が、アスラを見て震えた。アスラの殺気に当てられて、冷静さを保てなかった。
メロディはアスラ以外、全ての相手を軽く倒してきた。手加減に手加減を重ね、ケガをさせないように、優しく倒した。
アスラにはそれができなかった。
アスラがそれを許さなかった。
「本気で来たまえ。1500年の技を見せろ。でなければ君を殺す。ルールもクソもない。私に技を見せろ。でなければ死ね」
おぞましい笑みを浮かべながら、アスラはそう言った。
「会いたい」
メロディは型を中断し、微笑みを浮かべた。
アスラ・リョナは人の形をしているが、きっと人ではない。メロディはそう思った。
あの年齢で、数百を殺している。あるいは数千か? そういう目だった。まともじゃない。
地上にあれほどの狂気が存在してるなんて。
「やめとけ」アクセルが言う。「あんま、アスラに関わるんじゃネェ。娘の友達にするには最低最悪の奴だぜ、ありゃ」
「でも、私はあの子にまた会いたい」
「会ってどうすんだヨォ?」
「今度はルールのない場所で、もう一度戦いたい。もう一度。もう一度だけ。あと1回でいい。だって――」
メロディが笑う。
それは酷くおぞましい笑い方で。
アクセルの表情が歪む。メロディとアスラが重なってしまったから。自分の娘と、人間より《魔王》に近いアスラが重なってしまったから。
「――どうせどっちか死ぬもん」
次で最期。メロディはそう思っている。
アスラを殺さなければアスラに殺される。そういう戦いになる。いや、そういう戦いにしたい。
マホロを名乗って戦えば、そうなる。
マホロを名乗った場合、死ぬか勝つかの二択だ。そういう決まりなのだ。代々、マホロは先代のマホロを殺して新たなマホロとなる。
マホロに敗北は許されない。敗北は死ぬことで償う。それがマホロ。
「クソ、俺様の周囲にはどうしてこう、恐ろしい女しかいネェんだヨォ……」
アクセルがガックリと項垂れた。
「パパが恐ろしい人だったから、じゃない?」
メロディが笑う。今度は屈託のない笑顔。
「俺様は別に恐ろしくネェよ。むしろ優しい方だぜ? まぁ……」アクセルがストレッチを始める。「……ちょいとばっかし、手は早ぇな」
「私と戦いたいの?」
「おう。ダメか?」
「ダメではないけど」
メロディは少し困ったように笑った。
「いいじゃネェか。門下生どもが来る前にヨォ、親子水入らず、殴り合おうや? な?」
「いいけど、パパってママに聞いてたより弱いんだもん」
「ケッ、あの頃はまだ今みたく衰えてなかったからヨォ」アクセルはストレッチを続けている。「つーか、テメェだっていつかはババアになんだぞ? 衰えてくんだヨォ、人間ってのは」
「私は私の子に技を継承するから、別にいいし」
「残念だが、テメェに見合う男は地上にはいネェよ。強いて紹介すんなら、西のギルベルトか、3年後のミルカだな」
「女の子同士で子供が産めたらいいのになぁ」
「おい勘弁しろや? テメェ今、アスラ思い浮かべただろ? 義理の娘にしたくネェ女の筆頭だぜ?」
「そういう魔法か何かないかなー?」メロディは楽しそうに言う。「しばらく《魔王》は出そうにないし、探してみよっかなー、私とアスラの子供を創る方法」
「いや、だからマジで勘弁しろって。アスラに『お義父さん』なんて呼ばれた日には、寒気で死んじまうぜ?」
「そのぐらいで死んじゃうなんて、本当パパって弱いんだから」
もー、困ったなぁ、とメロディが笑う。
「ケッ、そんなバカにされるほど弱くネェよ。衰えちゃいるがな!」
アクセルはストレッチを終え、拳と鉄の拳を打ち合わせた。
メロディが構えて、アクセルも構える。
合図は不要。
◇
「《月花》のドラゴン、オレっちが殺してきましょうか?」
ここは場末の酒場。魔物殲滅隊のたまり場である。魔物を殺していない時、隊員は大抵の場合、この酒場で飲んでいる。
憩いの場であると同時に、情報交換の場でもある。
店内にはアルコールの臭いと軽食の臭い、更に煙草の臭いが充満していて、トリスタンは少し顔を歪めた。
「トリスタンがやる。誰も《月花》には手を出すな」
チェーザレはカウンターに座って、度数の強い酒を呷った。
カウンターは細かい傷や汚れが目立つ。まぁ、この店自体、清潔さが少々足りないのだが。
チェーザレは人類の中で最も多くの魔物を殺した男だ。
トリスタンはチェーザレの隣でミルクを飲んでいる。酒は身体に合わないのだ。
「半人前のトリスタンじゃ無理っしょ!」
酔った男がケラケラと笑い、釣られた連中も笑った。
トリスタンは英雄になりたての英雄程度には強い。それでも、魔物殲滅隊の中では真ん中ぐらいの強さだ。
「ふん。今はオレがトリスタンの師匠だ。トリスタンをバカにするってことは、オレをバカにするってことだが?」
チェーザレは静かにそう言った。
その言葉で、店内がシンッと静まり返る。誰もチェーザレをバカにしたりしない。なぜなら、魔物殲滅隊の中で、チェーザレが一番強いからだ。
ちなみに、魔物殲滅隊は基本的にはツーマンセルで行動する。師匠と弟子の2人組だ。しかしチェーザレは長いこと弟子を取らず、ソロで活動していた。
「取り消すよチェーザレ。悪かったなトリスタン」
酔った男が謝って、トリスタンは「いいさ」と言った。
トリスタンがまだ半人前なのは事実なのだ。強くなるのはまだこれから。
魔物殲滅隊は英雄と違って、実戦で強くなる。とにかく実戦だ。
訓練を行うのは最初だけ。正式な隊員になるための、基本的な戦闘能力を身につける時だけだ。
そこからはツーマンセルで、ひたすら魔物狩りに明け暮れる。
「それよりチェーザレ」青い髪の女が、チェーザレの背後に立った。「気になる噂がある」
「言ってみろ」
チェーザレは振り返らない。
「確証があるわけじゃないんだけど、貴族王が魔物を飼ってるって噂がある」
青い髪の女は、自信なさげに言った。
「その噂なら、俺も聞いたぜ?」
「僕も聞きましたね」
「あたいも知ってるけど、まさかだろ」
周囲の隊員たちが、口々に言った。
「貴族王、ねぇ」とチェーザレ。
マスターが新しい酒をチェーザレの前に置いた。
マスターも元は魔物殲滅隊の一員だ。酷くケガをして、一線からは退いたのだ。まぁ、命があっただけマシ。
トリスタンの師匠は死んでしまったのだから。
「魔物を使って、暗殺とかもしてるらしい、って」
青い髪の女が言った。
「誰か事実確認をしてくれるか?」チェーザレが言った。「事実なら、貴族王は人類の裏切り者ということだ」
「有罪は死刑」と誰かが言った。
「魔物を使う奴は魔物」と別の誰か。
「死んだ魔物だけがいい魔物」と女。
「とはいえ、貴族王と全面対決はまずいんじゃ?」冷静な女が言った。「英雄と戦うよりはマシですけど」
貴族王はフルセンマークで最も強い権力を持つ男だ。各国の王ですら、貴族王の前では跪く。
当然、貴族王は私兵を持っているし、その気になれば各国の王に命令して軍を動かすことも可能だ。
「事実確認をしに行くだけなら、問題ない」チェーザレが言う。「誰か行ってくれるか? オレは傭兵団《月花》を見に行く」
どの程度の戦闘能力なのか、チェーザレは実際に確認したいのだ。
「その後はトリスタンを連れて、大森林に戻りたいから、貴族王の方は誰か行ってくれると助かる」
トリスタンを鍛えるためだ。前の師匠の仇討ちができるように。傭兵団《月花》と戦えるように。ドラゴンを殺せるように。
あのイカレた連中を断罪できるように。
特に、とトリスタンは思う。
あの残虐非道なアスラ・リョナだけは殺す。
もはや、トリスタンの中でアスラは魔物と大差ない。魔物と同じぐらいの絶対悪で、魔物と同じぐらい許しがたい存在だ。
「あたいらが行くよ」と女が手を挙げた。
「よろしく頼む」
チェーザレは振り返らずに、右手だけ上げた。
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