EX29 アスラと囚人たち いずれは彼らも兵隊さ


 ユルキがオークションに参加した日。

 アスラはゴジラッシュに乗って監獄島の上空を飛んでいた。

 最近のゴジラッシュは乗り物として大活躍中だ。昨日はユルキとメルヴィをラスディアの山に運び、今日はアスラとティナを監獄島へ。

 そして明日はまたユルキを迎えに行くのだ。


「空は気持ちが良いね」


 よく晴れていて、空を飛ぶにはうってつけの日だ。

 風も少ない。気温は少し低いけれど、凍え死ぬほどじゃない。


「そうですわね。下に人が集まってますわね」


 ティナが淡々と言った。

 ティナはゴジラッシュと意思疎通ができる。よって、ゴジラッシュを使う場合はティナが一緒の方がスムーズなのだ。

 ちなみに、ティナは大きな酒樽を抱えている。


「私だと知っているはずだからね。下降しよう」


 アスラが言うと、ティナがゴジラッシュの背中を軽く叩いた。

 ゴジラッシュがゆっくりと高度を下げる。

 そして砂浜に着陸。

 アスラがゴジラッシュから飛び降りると同時に、


「気を付け!!」


 仮のリーダーに指名した男が叫んだ。

 囚人たちは一斉に姿勢を正した。

 ちなみに、彼らはキチンと整列している。


「楽にしたまえ」


 アスラが言うと、囚人たちが足を肩幅に開き、手を後ろに回した。


「ふむ。統一は完了したようだね」

「はい団長!」


 リーダーの男が返事をした。

 この男の名前はホラーツ・ブラントミュラー。

 愛称はホラーでいいか、とアスラは思った。

 ラッツの方がシャレているかな?


「訓練も続けていたようだね、ホラー隊長。よくやった」

「はっ! ありがとうございます団長!」

「ところで、君はホラーと呼ばれるのとラッツと呼ばれるのなら、どっちがいいかね? ファミリーネームがよければそうするけど?」

「ラッツでお願いします団長!!」

「よろしい。ではラッツ、改めてご苦労」

「ありがとうございます!」


 この時、多くの囚人たちがこう思った。

 団長に愛称で呼ばれるなんて羨ましい、と。

 だが、もっと不穏なことを考えた者たちもいた。


「つーか、こんなガキがボスだって? ざけてんのか?」


 身体の大きな男が言った。


「マジでないわー。お前ら、このガキがボスとかジョークかよ?」


 ガラの悪い女が言った。

 2人ともちゃんと整列はしている。


「貴様ら!!」


 ラッツが怒り心頭という表情で振り返った。


「いい。落ち着けラッツ隊長」アスラが言う。「新入りだろう? 前回はいなかった2人だね。よろしい。私の恐ろしさを叩き込んでやろう。前に出たまえ。私に勝ったら、君らがボスだよ」


「マジかよ! ラッキーだぜ!」


 大きな男が、アスラの前まで歩いて出てくる。

 マルクスやアクセルよりも更に大きい。

 けれど、筋肉ではなくほとんど脂肪だ。


「あたしがぶっ殺してやるよ。マジでボスになっていいのか? まさか監獄島がこんなに統制された不自由な場所だなんて思ってもみなかったから、あたしが変えてやるよ」


 女はケタケタと笑いながら、大きな男の隣に立った。

 その2人を、他の囚人たちが憐れむような目で見ていた。


「おうよ!」男が言う。「何が挨拶だ、何が訓練だ。軍隊かってんだ」


「軍隊だよ」とアスラ。


「ははっ、バカ言うなよ!」女が言う。「犯罪者のどん詰まりじゃねーか、この島は」


「まぁ、否定はしないよ」


 そう言ったアスラは、すでに女の目の前にいた。


「ほえ?」


 アスラの移動が速すぎて、女はそんな妙な声を上げた。


「はい終わり」


 言いながら、アスラは全力で平手打ち。

 女の身体が横に飛んで、砂浜に落ちて砂を巻き上げ、少し滑った。

 その様子に、大きい男は口をポカーンと開けて固まった。

 他の囚人たちは「おぉ、さすが団長」と感嘆する。


「別に私は腕力が強いわけじゃない」アスラが言う。「正しい型で、正しい力の伝え方を知っている。つまり、テクニックだよ。私より腕力の強い者が私と同じ型で攻撃できたなら、もっと威力は上がる。当たり前の話さ」


 もちろん、アスラだって鍛えている。でも所詮は、13歳の少女だ。限界がある。

 だからスピードとテクニックを重視している。

 アスラに叩かれた女は、ピクピクと痙攣していたが、死んではいない。

 平手打ちぐらいで人間は死なない。

 まぁ、アクセルの平手打ちなら死ぬかもしれないけれど、とアスラは思った。


「さぁ次は君だよ」


 アスラが大きな男を見ながら、微笑みを浮かべた。


「な、舐めるなよガキがぁ!!」


 大きな男は砂浜の砂を蹴り上げた。

 アスラは目を閉じて、砂が目に入らないようにした。


「おら!! 頭蓋骨砕いてやるぜ!!」


 大きな男は上から打ち下ろすように右の拳を振るった。

 アスラはクルリと舞うように大きな男の左腕の方から背後に回った。

 目は閉じたままだ。


「この辺かな?」


 アスラは大きな男の股間を蹴り上げた。

 大きな男が悲鳴を上げる。

 ちなみに、玉はそれほど大きくなかった。あくまで感触だが。


「あはっ、クリーンヒットだね」


 アスラは嬉しそうに言ってから、目を開けた。

 大きな男は股間を押さえてうずくまっている。


「男と戦う時の基本だよ」アスラが得意気に言う。「股間にぶら下がった弱点を狙えば一発だってね」


 自分も前世では男だったので、そこがいかに弱いかよく知っている。


「あと、君は動きが分かり易すぎる。利き腕で全力パンチ。絶対そうすると思ったよ」


 大きな男が右利きなのは、観察していればすぐに分かる。


「次に私に舐めた口を利いたら、玉を完全に潰す。いいね?」

「ちくしょう……ちくしょう……」


 大きな男は半泣きで呻いている。

 アスラは小さく溜息を吐いて、男の頭を踏みつけた。

 男の顔が砂浜に埋まった。


「もう潰すかね?」


 アスラの質問に、男は応えなかった。


「ち、くだらんプライドだね。では望み通り、潰してあげよう。私は有言実行派だよ」


 アスラは大きな男の尻の方に回る。


「待って、待ってください……」

「なんだい? ちゃんと話せるじゃないか。最初からそうしたまえ」


 言いながら、軽く大きな男の玉を蹴った。

 大きな男が悲鳴を上げた。


「大丈夫、潰してないよ。でも次はない。理解したなら、『はい団長』だ」

「……はい団長」

「よろしい。ところで、今日は酒を持ってきた。飲もう」


 言いながら、アスラはティナに合図を出す。

 ゴジラッシュの背に乗ったままだったティナが、大きな酒樽を持ち上げてゴジラッシュから下りた。


「「ありがとうございます団長!!」」


 囚人たちの感謝の言葉は、僅かなズレもなく、綺麗に重なっていた。

 アスラはうんうんと頷いた。


       ◇


 みんなが酒を飲み、気持ち良く酔っ払っていた。

 アスラは砂浜に直接座っている。

 アスラの視界の端で、喧嘩している連中もいたが、放置。

 元気があっていいね、とアスラは思った。


「さてラッツ、新しい訓練メニューだよ」


 アスラはローブの内ポケットに仕舞っていた封筒をラッツに渡す。

 ちなみに、アスラは酒を一滴も飲んでいない。

 どうせ、今飲んでも吐くからだ。


「ありがとうございます団長」


 アスラの隣に座っているラッツが、封筒を受け取る。

 ここは監獄島の砂浜。

 まだ真っ昼間だが、火を焚き、魚や動物を焼いている。


「中を見ても?」とラッツ。


「宴会が終わってからでもいけど、今見たければ今でもいい。好きにしたまえ」

「では確認します」


 ラッツは封筒の中の紙を取り出して、目を通す。

 紙は全部で3枚。

 それぞれ、アスラの考えた訓練メニューが記載されている。

 傭兵団《月花》傭兵育成初級訓練。

 それから、初級警備訓練と中級警備訓練。


「我々は警備が主な仕事になる、ということですか団長?」


 ザッと3枚とも目を通したラッツが言った。


「そう。我が城の警備を頼みたい。まぁ、まだ少し先の話さ」アスラが肩を竦める。「城壁を拡張して、敷地内に君たちの宿舎を建てるか、敷地外に建てるかでも迷っている。いっそのこと、本当の国家のようにしようかと考えているところさ」


 城の外に街を作る。

 警備兵の宿舎や、鍛冶屋、馬屋など、戦争に必要なあらゆるモノを、近場で揃えられるように。


「国家を作るのがいいかと」ラッツが言う。「自分は以前、ある国でそれなりの立場でした」


「知ってるとも。運輸大臣の補佐官だろう? その立場を利用して、悪いことをクソほどやって、バレるとヘルハティに逃げた」


「ええ、まぁ」とラッツが苦笑い。


「ふん。私は公平な人間だよ。君が使える奴なら、金も地位も見合ったモノを与える。もちろん、その逆も」


 使えなければ、切り捨てる。

 けれど、アスラはすでに執着がある。

 ラッツだけでなく、この島の囚人たちに。

 正式な団員ほどではないが、それでも執着があるのだ。

 できるなら、全員を育て上げたい。

 もちろん、その執着はサイコパス特有のもので、一般人の愛情とは違う。

 私が育てる私のための私の兵として、彼らに執着しているのだ。


「よく分かります。とにかく今は訓練を続けます。その日まで」


 言って、ラッツが酒を飲んだ。

 ちなみに、酒は木を削って作った簡素なコップに注がれてた。

 この島にはまともな食器がないのだ。

 今度持って来てやろう、とアスラは思った。


「ところで、ヨウニはどこだい?」

「はっ、ヨウニでしたら、あちらに」


 ラッツが指さした方向に視線をやると、ヨウニが1人で座り、チビチビと酒を飲んでいた。

 アスラは立ち上がり、ゆっくりとヨウニの方へと歩いた。

 ヨウニがアスラに気付き、小さく頭を下げる。


「やぁ。元気かね?」

「まぁ、はい……」


 ヨウニは気恥ずかしそうに返事をした。

 たぶん、アスラの正体を知らずに「守ってやる」と言ったことをまだ気にしているのだ。


「そう固くなるな。私は君が言ったことを気にしていない。君は私が何者か知らなかったし、知ったあと少し拗ねていたのも知っているが、気にしていない」


 アスラが言うと、ヨウニが頬を染めた。

 ヨウニは傭兵団《月花》の団長に向かって、「守ってやるから近くにいろ」と豪語したのだ。知らなかったとは言え、思い返せば恥ずかしいに決まっている。


「それに、君は有言実行するチャンスがある」アスラは優しく言う。「ここで訓練を続け、私の目に留まれば、君を引き抜くこともあるし、警備として招集することもある。君は言ったことを実行できる。まぁ、私は君の妹ではもちろんない。でも、君が未だに守りたいと思っているなら、あの時の発言を気にしているなら、それを真実にするチャンスがある」


 ヨウニは少し、驚いた風に目を丸くした。


「誰にも内緒だよ?」アスラが可愛らしく笑う。「本当は少し嬉しかったんだよ? だから、君にはもっと頑張って欲しい。私が胸を張って君を引き抜けるように」


 再びヨウニの頬が染まる。

 アスラは心の中だけでニヤリと笑った。


「わ、分かりました団長……、その、生意気言ったけど、俺はそれを真実にします……」

「うん。楽しみにしているよ」


 ここで頬にキスでもしてやれば、ヨウニはもうアスラの虜だ。

 しかし、そこまでしてやる必要はない。現状で十分だ。

 アスラのために死ねるアスラのための兵士、一丁上がりである。

 まったく、どいつもこいつも、

 本当にチョロい。

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