ExtraStory

EX28 ユルキ・クーセラだ ダイヤをなるべく高く売ってくるぜ


 宝石の価値を決めるのは何かって?

 素材の美しさと、人工的な美しさの融合?

 カット? 磨き?

 それとも希少性?

 ああ、もちろんそれらは大切な要素だ。

 キラキラと、ロウソクの灯の下で輝く宝石には価値がある。

 そんなのは当たり前の話さ。


 元盗賊の俺だけじゃなくて、普通の人間でも知ってることだろう?

 それこそ、靴屋の親父でも知ってるだろうぜ。

 なんなら、母親のおっぱいを吸っているクソガキだって、本能で知ってるさ。

 俺が言いたいのは、そういうことじゃない。

 宝石には付加価値ってのがあるのさ。

 つまりどういうことかって?

 エピソードだよ。

 宝石の持つエピソード。

 何でもいいからその宝石にまつわる物語が、宝石の価値を格段に引き上げるのさ。

 とはいえ、物語の性質に序列はもちろんある。


「私は、メルヴィ・ノロネンです」


 オークションハウスのステージで、メルヴィが言った。

 メルヴィの隣に屈んでいるオークショニアの男が、鉄製の音響メガホンをメルヴィの口の近くに向けている。


「この宝石は、ノロネン家が代々受け継いできた、家宝です」


 メルヴィは一生懸命、話をしている。

 その話を、オークション参加者たちが聞いている。

 ノロネン家のレッドダイヤは、このオークションハウスの目玉だ。

 ちなみに、俺はメルヴィの少し後ろに立っている。

 ははっ、まるで保護者のようだ。


「ですが、私は、この宝石を手放しました」


 ここはラスディア王国。

 多くの盗品が売買されている犯罪者の天国。

 まぁ、レッドダイヤは盗品ではないけれど。


「我が家は大貴族でしたが、貴族王に刃向かって……」


 ぐすん、とメルヴィ。

 いいね、と俺は思った。

 そういう感情の籠もったエピソードは喜ばれる。

 これでレッドダイヤの価値が50万ドーラは上がったはずだ。

 なるべく高く売って、団の資金を増やしたい。

 団長は城の改築と警備を雇うことを計画しているので、高く売れた方がいい。

 俺はメルヴィの肩に手を置いた。

 メルヴィが振り向いて俺を見上げる。

 俺は微笑み、言う。


「辛いなら、続きは俺が話そう」


 メルヴィは俺の足にギュッとしがみつく。

 演技ではない。本当に辛いのだ。

 まぁ、気持ちは分かる。一族郎党、皆殺しにされたのだから。

 でも、正直、よくある話だろ?

 俺の心は動かない。そんな程度じゃ動きゃしない。世界が綺麗じゃないと知っているから。

 オークショニアが音響メガホンを俺の方に向けた。


「俺は元《自由の札束》のカシラだ」


 俺の言葉で、参加者たちがざわついた。

 参加者の数は100人前後。

 ちなみに、場所はホテルの一室。

 宿とホテルの違いは単純で、ホテルの方が宿泊料金が高い。だがその値段に見合ったサービスを受けられる。プライバシーの保護とかな。


「今は傭兵団《月花》、いや、傭兵国家《月花》のセクションリーダーだ」


 セクションリーダーって言えば、どこか偉そうな感じがするだろう?

 でも実際は班長だ。スリーマンセルやツーマンセルで、団長と副長がいなければ、俺が班長になる。

 序列的にそうなる。

 参加者たちはさっき以上にざわついた。


「俺たちは、メルヴィ・ノロネンの依頼で、彼女を保護している」


 俺はメルヴィの頭を撫でながら言った。

 まるで、優しい《月花》が追われる身のお姫様を守っているかのように。


「俺らのことは、知ってるだろ? 俺らは依頼を請けたなら、必ず果たす。手段は問わない。んで、当たり前だが、相応の報酬を貰う。それが、今回レッドダイヤだった」


 チラリと左側を見る。

 そこには背の高いテーブルがあって、レッドダイヤが飾られていた。


「俺たちはこのダイヤのために、追われるメルヴィのために、何をしたと思う?」


 俺が言うと、数名の参加者が息を呑んだ。

 情報通なら、《月花》が何をしたかすでに知っていてもおかしくない。

 中貴族家を1つ、丸ごとこの世から消し去ったのだから。

 噂にならないはずがない。


「メルヴィを追っていた中貴族、ハールス家を潰した」俺は少し興奮気味に言った。「この世から消してやったのさ! なぜかって!? 俺たちが傭兵だからさ!! 金のために、レッドダイヤのために、ハールスの人間を皆殺しにしたのさ! 分かるか!? このダイヤは、そういう血塗れのダイヤってこった!!」


 決まった、と俺は思ったね。

 みんな好きなんだよ、こういう話。

 血塗れのダイヤ、とか。ドロドロした感じの物語がさ。

 すっきり爽やかな正義の話なんて誰も求めちゃいない。

 なぜなら、ここは犯罪者の天国ラスディアだから。

 薄暗い欲望が渦巻く国なのだから。

 物語の性質の序列、ってやつさ。

 別の国なら、もちろん正義や爽やかさが重視される場合もある。


「ではこの血塗れのレッドダイヤ!」オークショニアが言う。「100万ドーラから! 真っ赤な血で染まった真っ赤な稀少ダイヤ!! 美しく輝くローズカット、しかしその輝きは多くの命を喰らった悪夢の輝き!!」


 さすがプロのオークショニアだ。

 俺は感心するとともに、感激したね。

 言い回しすげぇ。団長並だぜ。


「200万!!」

「300!!」


「300万出ました!!」オークショニアが言う。「他には!? 血塗られた物語の中心、この世にたった1つのダイヤですよ!?」


 正直、物語の中心は俺たち《月花》であってダイヤではない。

 ダイヤはただ、報酬として受け取っただけなのだ。

 実は何の物語もない。ただの報酬にすぎない。


「500!!」


 男が1人、勢い余って立ち上がった。


「500万出ました!」オークショニアが興奮して言う。「みなさん! もう2度と、これほどの宝石とは出会えませんよ!? 500以上はありませんか!?」


 付加価値で値段を釣り上げる。

 俺とオークションハウスの戦略だ。

 オークションハウスは5%の手数料を取る。

 売却価格が高ければ高いほど、取り分が増えるのだ。


「600万いきますわ!!」


 いかにも金を持ってそうな貴婦人が、右手を上げた。

 凄まじく値上がりして、俺はニヤニヤしそうになった。

 でもまだ我慢だ。神妙な表情を続ける。


「他には!? ないですか!? それでは600万で落札!!」


 オークショニアが叫び、オークションが終了した。

 これで全ての品物の売買が終わった。

 参加者たちは立ち上がり、ゾロゾロと帰り始める。

 貴婦人の護衛らしき男が2人、それぞれスーツケースを持ってステージへ。

 2人はテーブルの上にスーツケースを乗せて、中を見せる。

 俺は思わず口笛を吹いた。


 現金が詰まってやがる。このサイズのケースだと、500万ドーラ入るはず。

 護衛の男がスーツケースを閉じて、俺を見る。

 俺は頷いて、スーツケースを手に取った。

 重い。500万ドーラの重み。たまらんねぇ。滾るぜ。

 もう1人の男が、開いたままのスーツケースからドーラの束を10個出してテーブルへ。

 そしてスーツケースを閉じる。


 オークショニアがレッドダイヤを専用のケースに仕舞う。

 もちろん手袋をはめて、ダイヤに汚れが付かないよう、丁寧に。

 俺にスーツケースを渡した方の護衛が、ダイヤの入ったケースを受け取る。

 オークショニアがドーラの束を3個、慣れた手つきで取った。

 手数料の5%だ。

 俺は計算が苦手だが、このオークションハウスは信用できる。

 団長に座学教わってるんだけども、なかなか計算が速くならなくて困っている。

 あまり俺には向いてないのだ。

 イーナは割とスムーズに座学を覚えているので、ちょっとムカツク。


「残りは私が運びましょうか?」


 オークションハウスの黒服が、小さなスーツケースを持って来た。


「いや、俺が運ぶ。詰めてくれ」


 俺が言うと、黒服はドーラの束を小さなスーツケースに詰め始める。

 貴婦人の護衛たちはすでに貴婦人の元へと歩き始めていた。

 全体的に、いい感じに終わった。

 特に問題もなかったしな。今のところ。

 まぁ、経験上、問題があるとしたらこのあと。

 帰り道だ。


 俺なら、帰り道で襲う。

 嬉しそうに大金持って歩いてる奴の情報はいい値で売れるのだ。

 そして、その情報を買った奴は襲ってくる。

 経験者なんだよな、俺。

 情報を買って、襲った方の。

 この世界ではそういう循環が出来上がっている。


 嬉しそうに金を持って歩くバカの情報を、自分では襲えない奴が売る。

 そして腕に自信のある奴らが襲う。単独で襲うことはまずない。

 大抵、金持ちは護衛を付けているからだ。

 もちろん、返り討ちに遭って逆に身ぐるみ剥がされる可能性も低くはない。

 だが俺には護衛がいない。

 それどころか、子供連れ。狙いやすい。むしろ狙い目。俺なら絶対に狙うね。


「どうぞ。詰め終わりました」


 黒服が小さなスーツケースを俺に差し出す。

 俺はそれを受け取る。

 これで、俺は両手が塞がった。

 襲ってくださいと言わんばかりの姿だ。


「よし、宿に戻るぞメルヴィ」


 俺が歩き始めると、メルヴィがそれに続く。

 ちなみに、俺たちはラスディア国内の山まではゴジラッシュに乗って来た。

 そこからは歩いて、この街に入った。

 昨日の話だ。

 俺はオークションの段取りを付けてから、昨日はカジノで遊んだ。

 メルヴィも連れて行ったのだが、意外とメルヴィはギャンブルに強かった。


「あの、今日も、お泊まりですか?」

「ああ。明日はまた山まで歩くぞ」


 そこでゴジラッシュと合流して、乗って帰る。

 ゴジラッシュのおかげで、移動が本当に楽になった。


「あの、えっと、大金……」メルヴィが不安そうに言う。「……襲われ、ませんか?」


「襲われるだろうな」

「そうですか、それなら……え?」


 メルヴィが立ち止まったので、俺も止まる。


「襲われるだろうな、間違いなく」


 このホテルを出た瞬間か、あるいは少し歩いてからか、もしくは人気の少ない場所か、そうでなければ宿で。

 日中か夕方か夜か、あるいは夜中かもしれないし朝方かもしれない。

 襲う方の考え方次第だ。


「えっと、ボディガードを、雇った方が……」

「平気だメルヴィ。俺を誰だと思ってんだ?」


 元《自由の札束》のカシラで、今は傭兵団《月花》の所属。

 襲われたって返り討ちにする自信はある。

 相手が英雄並のならず者でなければ。


       ◇


「んでな、ホテルから宿までの道で2回襲われたわけよ」


 ユルキは気分良く話をしていた。

 ここは《月花》拠点の城。中庭のベンチ。


「どっちも焼き殺してやったけどな」


 話を聞いているのは、《月花》のメンバー全員。

 570万ドーラを無事に持って帰ったその日のことだ。


「宿でも、襲われました」


 ユルキの隣に座っているメルヴィが言った。


「どうせ焼き殺したんでしょ?」とレコ。


「おう。そしたら宿も燃えちまって笑ったぜ」


「……笑えません……」メルヴィが言う。「死ぬかと……」


「室内で火を扱う時は気を付けろと、あれほど言っただろうに」


 アスラが苦笑いしながら言った。

 ちなみに、アスラたちは中庭の芝生の上に座っている。


「ま、とりあえず宿は燃えちまったから、次はホテルに泊まったわけよ。そっちのが安全だからな」

「……最初から、ホテルに……泊まれば良かったのに」


 イーナが苦笑いしながら言った。

 安全管理はホテルの方がずっと上なのだ。

 宿のメリットは安いこと。

 ホテルのメリットは宿より安全なこと。


「ホテルなんか使うのは金持ちだけだろ? 俺はオークション以外でホテルに行ったことねーし。メルヴィがいたから、ホテルにしただけで、俺だけならまた宿だったぜ?」

「ちゃんとメルヴィのこと考えてあげるとか、ユルキは優しいわね」


 うんうんとアイリスが頷いた。


「……そしてホテルを出た朝、襲われました」


 メルヴィが泣きそうな顔で言った。


「で、また焼き殺したのか?」とマルクス。

「まぁな」とユルキ。


「……焼死体ばっかり……ぐすっ」メルヴィが思い出して顔を歪める。「……酷い臭い……悲鳴……怖い」


「そのうち慣れますわ」ティナがメルヴィに寄って行って、頭を撫でた。「《月花》と一緒にいたら、基本的に死体と一緒にいるのと同じですわ。まぁ、姉様よりはマシですけれど」


「それより、570万ドーラ、どう分けるんですか!?」


 サルメが瞳をキラキラさせながら言った。


「悪いけど、この城の改築をしたいから、1人頭10万ドーラだよ」アスラが肩を竦めながら言った。「ユルキ、イーナ、ラウノ、サルメ」


 ハールス家を潰したメンバー。


「大金だね」ラウノが言う。「あんな簡単な仕事で10万も貰っていいのかな?」


「バッカ」ユルキが言う。「相手は中貴族だぞ? やや少ねぇよ。改築には賛成だし、不満はねーけどな」


「あたしも、問題ない」イーナが言う。「城の見栄え……ちょっと悪いし」


「私も問題ないです! むしろ10万も嬉しいです!」


 サルメはウキウキしていた。


「城を直して貰えるのは、ぼくとしても嬉しいですわ」

「よし。誰も不満ないね? それじゃあマルクス、ラウノと一緒に業者を探しておくれ。とりあえず城壁の拡張を頼む」

「了解。早速、行ってきましょう」


 マルクスが立ち上がって、他のメンバーも立ち上がる。


「ユルキは休め。ほら、君らは訓練だよ」


 アスラがレコとサルメを追い立てた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る