第10話 やっぱり我が家が一番だね 特に、変態の魔物を殺したあとは


 ナナリアはナシオに呼ばれ、広間に移動した。

 ナナリアの部屋は二階なので、宙を舞って階段を下りた。

 足はまだ完治していない。


「玩具を壊す時は言ってくれないと」


 ナシオは豪華なソファに座って、脚を組んでいた。


「何の話?」


 ナナリアは浮かんだまま、ソファに移動。

 そしてナシオの隣に座る。


「ゼルマだよ。死んだみたい」


 ナシオは淡々と言って、テーブルの上のティーカップに手を伸ばした。


「ゼルマ、死んだの? それは清々するけど?」

「君が殺したようなものだけどね。命令しただろう? アスラを食べろって」


 ナシオは紅茶を一口飲んで、ティーカップをテーブルに戻す。


「僕に嘘は通じないよ、ナナリア。勝手にセブンアイズを動かしたね?」

「だって……」


 ナナリアは俯いた。


「怒ってはいないよ」


 知っている。ナシオは何をしても怒らない。怒るという感情がない。


「別にゼルマが死んでも、困らないしね。最初は期待していたんだよ? だって彼、食べれば強くなるだろう? でも残念、すぐに頭打ちした」

「うん……」


 ナナリアはただ頷いた。


「ちょうど僕も、新しいセブンアイズを作ろうかと思っていたんだ。弱い方から半分減らして」

「そうなの? どうして?」


 ナナリアは少し驚いて言った。

 セブンアイズのメンバーは長いこと変化していない。


「インスピレーションって言うのかな、きっと」ナシオが微笑む。「いい魔物を作れるような気がしたんだ」


 ナシオの神域属性、創造の生成魔法【再構築】。

 それは、死亡した生命を新たな形で蘇らせる魔法。

 MP消費が激しいので、滅多には使わない。


「突然?」


「そう。突然。深い意味はないよ。人生やフルセンマークと同じ。意味はない。ただ、作れそうな気がしたから、作ろうと思っただけ。それで素材を探してたんだけど、いい素材が手に入ったんだよ」


「どんな素材? 魔物? 人間?」

「人間。元大英雄」

「大英雄!?」


 それを素材にするのは2回目だ。

 最初の素材は、今ではセブンアイズの1位として働いている。

 そしてその戦闘能力は、現時点のナナリアを上回っている。


「名前は確か……なんだったかな、えっと……」ナシオが目を瞑って、首を斜めにした。「あ、ノエミだ。ノエミ、なんとか」


「お兄様、それはノエミ・クラピソンといって、アスラに殺された大英雄よ」


「ふぅん。そうなんだ? アスラってすごいね。会ってみたいかも」ふふっ、とナシオが笑う。「アスラをセブンアイズに加えたいな」


「そんな! あんな頭の緩んだ奴!! 絶対ダメ!!」


「でも従順になる」ナシオが言う。「僕たちの血に触れただけで死んでしまう、哀れで従順なケダモノにね」


 ナシオが【再構築】した生命は、ナシオたちファリアスの血でダメージを受ける。


「それでも嫌! アスラなんて大嫌い!! 私の脚を奪ったの! ファリアスである私の脚を!!」

「ナナリアが弱いからだろう? 変な子だなぁ」


 ナシオはナナリアがなぜ怒っているのか理解できない。

 ナナリアはこれ以上、議論しても意味はないと溜息を吐く。


「まだ2つ、素材を集めさせているから、6位と7位を使ってもいいよ」

「本当!?」

「もちろんだとも。6位と7位がアスラたちに殺されてもいいし、仮にアスラたちを殺して戻ったら、6位と7位は僕が殺すよ」

「分かった! お兄様大好き!」


 ナナリアはナシオの頬にキスをした。


「あ、アスラの死体は持ち帰るようにね。【再構築】してセブンアイズにするから」

「むぅ……どうしても?」

「当主は僕だよ、ナナリア」


 ナシオがナナリアの頭を撫でた。


「……セブンアイズになったアスラを、いじめてもいい?」

「セブンアイズの仕事の合間になら、ご自由に」

「やった!」


 ナナリアが小さく拳を握った。

 地獄を見せてやる。

 毎日、手足を数センチずつ切断したり、血反吐を吐くまで鞭で打ったり、棒で殴ったり、とにかくアスラの精神が崩壊するレベルで痛めつけたい。

 そして仕事に支障が出たら、セブンアイズから外してもらって、永遠にナナリアが痛めつけるだけの存在に堕とす。


 ナナリアは知らないのだ。

 アスラ・リョナに壊れるような精神がないことを。

 ナナリアは知らないのだ。

 そんなことをしても、アスラが喜ぶだけだと。

 そして。

 いつか、

 、ナナリアを殺すことも。


       ◇


 中央フルセン、アスラたちの拠点。


「君がメルヴィ?」


 城門のところで、帰投したアスラたちをティナとゴジラッシュ、そしてメルヴィが出迎えた。


「はい。《月花》の団長様、よろしくお願いします」


 メルヴィは丁寧にお辞儀をした。


「な、なんて礼儀正しい子」


 マルクスが馬から降りて、メルヴィの前に屈む。


「自分は副長のマルクス・レドフォード」マルクスは笑顔で言う。「今、自分たちは君の保護を請け負っている。よって、君は安全だ」


「はい。今、ユルキさんたちが、ハールス家を討伐してくれています」


 メルヴィはとっても丁寧に喋っている。


「オレ、レコだよ」


 レコが馬から飛び降りて言った。


「こんにちは。レコも保護されている子ですか?」

「違うよ、オレも《月花》」


 レコが言うと、メルヴィはビックリしたように目を丸くした。


「望むなら」アスラも馬から降りた。「君も仲間にしてあげるけど? どうせ行き場はないだろう?」


「えっと、私は、人間を、殺したことがありません」

「誰だって最初はそうさ。保護のままがいいなら、当然そうするけどね。好きな方を選びたまえ」


 アスラが言うと、メルヴィはしばらく考え込んだ。

 ゴジラッシュがアスラの頬をベロンと舐めた。


「ただいまゴジラッシュ。お前、私は美味そうか? 調味料なんてなくても私は美味そうだろう?」


 アスラが言うと、ゴジラッシュが楽しそうに鳴いた。

 たぶん言葉は通じていない。


「これがレッドダイヤですわ」ティナが右手に持っていたレッドダイヤを見せる。「すぐ見たいと思ったので、持って来ましたわ」


「ほう」アスラがティナの手からダイヤを抓む。「報告通り、ローズカットだね。これはいい物だね。さっそく現金に換えよう。ラスディアがいいかな?」


「ユルキが戻ってからの方がいいのでは?」


 マルクスはメルヴィを見てデレデレしていたのだが、立ち上がって真面目に言った。


「ふむ。それもそうか。連中はゴジラッシュに乗って行ったかね?」

「はいですわ。でも帰りは馬ですわね」


 ティナはゴジラッシュを見ながら言った。


「では、今頃は戻っている最中だろうね。中貴族を1つ滅ぼすのに、それほど時間は必要ない。1日で終わる仕事だね」

「アイリスは一緒じゃありませんの?」

「ああ、1日遅れで戻るよ。英雄たちと親交を深めている。新英雄ともね」


 新英雄とはマホロの彼女。ストロベリーブロンドで、ニコニコ笑いながらアスラを半殺しにした彼女だ。


「え?」


 ティナが驚いたように目を丸くした。


「なんだい?」

「アスラじゃありませんの? 英雄になったの」

「私じゃないよ。普通に負けたよ、私は」

「……なんだか、悔しいですわ」

「私は別に悔しくないよ。英雄になりたいわけでもないし」

「負けたすぐあとはね、訓練するって騒いでた」


 レコがティナに寄って行って、小声で言った。


「私らは傭兵だからねぇ、別に個人の勝ち負けはそれほど重要じゃない。任務が達成できるかどうか、だよ。そのための訓練であって、英雄になる訓練はしてないからね」

「訓練すれば、英雄になれると聞こえますわ」

「そう言ったんだよ」


 マホロのような規格外がいなければ、特に問題ない。

 英雄になるためには、1対1で、個人の戦闘能力を高める訓練を重視すればいい。

 まぁ、時間は必要だが。


「私でも、英雄になれますか?」


 メルヴィが両手を胸の前で組んで、アスラを見上げる。


「今から英才教育を施せば、10代で英雄になれるかもしれないね。君の才能と努力によるけど」

「もう、家族を失うようなことは、嫌です。守る力が、欲しいです」

「ふむ。英雄より傭兵の方が気楽だよ? 私は断然、傭兵をお勧めする」

「でも、人を殺せるか、分かりません」

「殺せるさ。簡単だよ。誰でもできる。短剣で刺すだけだよ。難しくない」

「物理的な意味ではないかと」


 マルクスが呆れたように言った。


「精神的な方なら、私が判断してあげるよ。殺しても大丈夫かどうかね。メンタルトレーニングも行うから、問題ない。いずれは殺せるようになる」


「簡単だったよ?」とレコ。

「お前は割と特別だ」とマルクス。


「考えて、みます」


 メルヴィは真剣だった。

 ラッキーだね、とアスラは思った。

 こんな小さいうちから、傭兵として英才教育を施せる。

 レコよりまだ若い。これは楽しい。ぜひ育てたい。

 しかも、サイコパスでもソシオパスでもない。


「さて、とりあえず今日は休もう。で、ユルキたちが戻るまで訓練をして、戻ったら宝石の売却。それから、たぶんアーニアでプロファイリングの講義かな」

「了解であります」


「また刺客が来たら?」とレコ。


「殺す。それ以外に何かあるかね?」

「ない。だから言わなかったんだね。決まってることだから」

「そう」


 正直、ゼルマ程度なら今の《月花》でも対応可能だ。

 ナナリアでさえなければ、負けやしない。

 多少の損失は、出るかもしれないが。


「刺客ですの? 何かありましたの?」

「ユルキたちが戻った時にまとめて話すよ」


 アスラは大きく背伸びをした。

 我が家に戻ったのだ。今日はゆっくり休む。

 やっぱり拠点があるっていいねぇ、とアスラは思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る