第9話 ハールス家はこの世から消滅した 「なぁに、よくあることさ。気にするな」


 ゼルマは死んだ。ただ死んだ。

 アスラの連続爆殺のあと、エルナが3回殺した時点で本当に死んだ。

 全ての命を使い果たしたのだ。

 ちなみに、ゼルマが影に逃げないよう、マルクスが【水牢】でゼルマの顔を覆い、その上からアスラが花びらを貼り付けた。

 ゼルマは復活と同時に溺れて、焦り、周囲が見えず焦り、エルナに殺されて焦り、それを3回繰り返し、そのまま死んだ。

 MP切れたんじゃないの? という突っ込みはなかった。


「ま、強いというよりは面倒な相手だったね」


 アスラがやれやれと肩を竦めた。

 魔物の種族固有スキルは厄介だ。


「終わったぁぁ!!」解説者が叫ぶ。「ついに、乱入した最上位の魔物を退治しました!!」


 そして歓声。


「観客が1人、死んじゃったのが心残りね」とアイリス。

「1人で済んで良かったと思え」とアスラ。


 バクバク食べられたら、それだけ命が増えてしまう。


「団長」レコがアスラに抱き付く。「怖かったよ団長!! オレ人質にされて怖かったからナデナデして!!」


「嘘吐くな」アスラは呆れ顔でレコの頭を撫でた。「全然、少しも怖くなかっただろうに」


「レコを人質にした時点で、あいつは終わっていた」マルクスが言う。「しかし英雄選抜試験はどうなるんだ?」


「明日、3回戦と4回戦をまとめてやる」


 アクセルが言った。


「それよりアスラちゃん」エルナが微笑む。「ありがとう。譲ってくれて。それと、知ってること全部、吐いてねー?」


「私は何も知らないよ。機密でも何でもなく、単純に私はゼルマを知らない」


「事実だ」マルクスが補足する。「我々はゼルマを知らない」


「でも、どう見てもアスラちゃんが目的だったじゃないか」


 ミルカが言った。


「それは確かに変だね。私は恨まれる覚えもないし、私の話を聞いて興味を持ったストーカー的な奴かもね」

「恨まれる覚えがないって言った!?」


 アイリスがビックリして叫んだ。


「アイリスー?」エルナが笑顔のままでアイリスを見る。「知ってること、全部話してねー? 大英雄命令よー」


「そ、そう言われても……」アイリスが困惑する。「あたし、本当にゼルマのこと知らない……」


「マジで知らネェのか?」


 アクセルはアイリスを見て、次にアスラを見た。


「推測でもいいかね?」


「いいから言ってみてー」とエルナ。


「別室で話そう。大英雄だけ来て」


 アスラが控え室の方へと歩き、エルナとアクセルがそれに続く。


「自分たちは宿に戻るか、レコ」

「うん。アイリスも来る?」

「あたしは残る。アクセル様やエルナ様から何か命令あるかもしれないし」


「分かった」レコがアイリスに近付く。「じゃあね」


 言いながら、レコはアイリスの胸にタッチ。


「何すんのよ!?」


 アイリスがバッと飛び退く。


「お約束だな」とマルクス。


「おいおい、それは羨ましいぞ坊主」ミルカ言う。「オレだってアイリス狙ってるのに」


「オレは狙ってないよ。都合のいい胸ってだけ」

「妙な言い方するのやめろ!!」


 アイリスが怒って言った。

 レコはヘラヘラと笑いながら、手を振った。


       ◇


「ナナリア・ファリアス・ロロだとぉ?」


 エーンルート闘技場の、スタッフ用会議室。

 椅子と机が並んでいるが、今はアスラたちしかいない。


「ナーちゃんって言ってたし、私の銀髪を気にしていた」アスラは机に座っている。「最近、実はナナリアと揉めてね。それで刺客を送り込んだ可能性がある」


「いつ揉めたのかしらー?」

「けっこう前だね。君が古城に訪ねてくる2日前だったかな」

「貴族王の屋敷からだと、日数的にそんなものかしらー?」

「そうだね」


 いや遅い。遅すぎる。ナナリアは空を飛べる。その日のうちに家に帰ったはず。

 ちなみに、ナナリアが魔物だということは伏せて話した。


「つーかアスラ、まだ何か隠してネェか?」


 アクセルはドカッと椅子に座った。

 エルナはすでに座っている。


「隠しちゃいない。推測に過ぎないってだけ」


 刺客がなぜこんなに遅かったのか、という疑問はある。

 そして、その疑問に答えるいくつかの仮説が成り立つ。


 その1、セブンアイズには、本来は何かしらの任務がある。だからすぐに来なかった。

 その2、私らへの対応を協議していた。

 その3、もしくはその両方。

 その4、貴族王の勢力内に派閥があって、対応で揉めた。


「もしも」エルナが言う。「貴族王が魔物を飼っているなら、大問題よー?」


「おう。今までも、魔物を使って暗殺してた可能性がある」アクセルが言う。「マティアス、とかヨォ」


「貴族王がマティアスを殺す理由は?」とアスラ。


「知らネェ。けどヨォ、俺様らがあんだけ必死に探して、何も分からなかったんだぜ? 魔物が犯人の可能性は低くネェよ」


「でも弓だろう?」アスラが言う。「使うかね? 魔物が弓」


「人間型の魔物なら、武器の使用も有り得るだろうがヨォ」

「そうねー。人間では考えられないような距離からの射撃よー。魔物の固有スキルを使用した可能性は大いにあるわねー」


 わぁお。私の射撃は魔物級ってことか。


「まぁでも、人間に絶対不可能か、と言えばそうでもないのよねー」エルナがチラッとアスラを見た。「使とか、ね」


 アスラは少し楽しくなったが、もちろん表情には出さない。

 エルナはコンポジットボウの存在を知っている。

 間違いなく知っている。

 でも、エルナはアスラを見逃す。利用できる間は、という注釈が必要だが。


「西の大英雄に話して、調べてもらいましょうか」エルナが言う。「まずは魔物を飼っているという証拠。それから、マティアスちゃんの暗殺に関わったかどうか」


「やめとけ」アスラが言う。「下手に貴族王を突かない方がいい。傭兵の言葉で貴族王を敵に回すなんて愚かだよ。君ら、私を信頼しすぎじゃないかね? そもそも推測だよ?」


「アスラちゃんの推測は、当たるでしょー?」

「おう。テメェはクソみたいな性格だがヨォ、頭だけはいい」

「だとしても、貴族王はゼルマのようなクソ面倒な魔物をまだ6匹飼っている可能性がある。下手に動くと殺されるよ?」


 2人には話していないが、ナナリアが魔物なのだから、その兄も魔物であることは確定している。

 それも最上位の中の最上位。


「ハンナを殺されたのよアスラちゃん? ねぇ? 巻き込まれただけだとしても、ゼルマを派遣した者がいるのなら、黙ってられないわよー? これは私怨だけじゃないわー」

「おう。選抜試験に乗り込んできたんだからヨォ、宣戦布告だろうが。人間が魔物を使って英雄選抜試験を攻撃なんて、あっていいはずがネェ」


「ふむ。まぁ私らも仲間をやられたら報復するし、君らの気持ちは分かる」アスラが頷く。「だからまず、魔殲を使ったらどうだろう?」


「噂を流すのねー? 魔殲が動くように」エルナがアスラの意図を理解する。「それで事実が明らかになる可能性はあるわねー」


「連中は強引だからね。貴族王相手でも引きやしないよ」


 実際、魔物殲滅隊と言葉を交わし、その異常さをアスラは知っている。

 せいぜい、貴族王の戦力分析の役に立て。


「……悪そうな顔してんなぁ」


 アクセルが苦笑い。


「あんな連中、全滅したって構わないからね」

「同意するわー。それらしい噂を流しておくわねー」

「情報の共有を要求する。狙われているのは私だ」

「いいけどヨォ、テメェも隠さず話せよ?」

「もちろんだとも」


 アスラは笑顔を向けた。


       ◇


 翌日。


「頼む!! 殺さないでくれ!! いくら欲しい!? ノロネン家の倍、いや3倍払う!!」


 血の海となった屋敷の中で、ハールス家の当主が泣き叫んだ。


「君ら、本気で容赦ないね」ラウノが呆れたように言った。「死体の山じゃないか」


「ラウノも容赦なかっただろ?」ユルキが笑う。「団長にいい報告ができそうだな」


「僕について?」

「おう。命令に従うし、実力も高い。将来有望だってな」

「それはどうも」


 ラウノが小さく肩を竦めた。

 まだお試し期間中なのだが、きっと団に残るのだろうなぁ、とラウノは感じていた。


「頼むから聞いてくれ! 3倍払うから殺さないで!」

「と、言っていますよ、ユルキ隊長」


 当主の懇願を聞いて、サルメが笑顔で言った。

 サルメは両手に短剣を装備していて、どちらも血で濡れていた。


「レッドダイヤの3倍?」ユルキが言う。「マジで払えるのか?」


「う、うちの持つ鉱山の権利!! 長期的に見れば、レッドダイヤ以上の収入になる!! だから殺さないで!! 傭兵なんだろう!? 金払うから許してくれ!!」


「……鉱山は、運営しなきゃいけない……」イーナが言う。「面倒」


「だなぁ」ユルキが頷く。「ラウノ、お前殺せ」


「いいなぁ」サルメが言う。「ラウノさん、初陣で私たちと同じぐらい活躍して、しかも一番美味しいところまで……」


 事実、ラウノはユルキたちと同じぐらい、この作戦で人を殺した。

 4人は正面から、順番に殺しながらここまで来た。

 護衛もメイドも執事も庭師もハールスの人間も、全員平等にぶち殺した。

 反撃の暇を与えず、速攻で地獄に叩き落としたのだ。

 ラウノにとって幸いだったのは、小さな子供がいなかったこと。

 子供を殺すのは辛すぎる。

 でもたぶん、とラウノは思う。

 殺せてしまえるのだろうな、と。


「……ラウノは新入り」イーナが言う。「最初は……美味しいところ、譲って……あげるもの。サルメだって……団長に大英雄……譲ってもらった」


「そういうことなら、じゃあ譲ってもらおうかな」


 ラウノが一歩、ハールス家の当主に近寄った。

 当主はビクッと身を竦める。


「頼む……命令されただけなんだ……殺さないでくれ……」


「私たちも、依頼を請けただけですよ?」とサルメ。


「ノロネン家を潰せって命令されて、それを実行したんだろ?」ユルキが言う。「なら、逆に潰される覚悟もしねーとな」


「……そう。結局、そういうこと……。あたしらは……いつでも、死ぬ覚悟で戦ってる」

「領地!! そうだ!! この領地も渡す!! 全財産!! それならどうだ!?」


「いい話だけどよぉ」ユルキが苦笑い。「俺ら、傭兵なんだわ」


「はい。すでに請けた依頼を覆すような真似はしません」

「あたしらの……美学。あたしらは、ひとでなし……。でも。その美学だけは……死んでも譲れない……」


 傭兵団《月花》の依頼達成率は100%である。

 それは団員たちにとって、大きな自信であり、同時に誇りでもある。

 そして、その結果はそのまま《月花》という組織の信頼度なのだ。

 顧客が安心して仕事を任せられる傭兵団。


「そんな!! 頼む!! この通り……」


 話している途中で、ラウノが当主を刺した。


「3回刺せ」とユルキ。

「それで絶命です」とサルメ。


「……それ以上は……オーバーキル……。人間なら」

「効率的なことで」


 ラウノは言われた通り、3回刺した。

 当主が床に倒れ、血溜まりが広がる。


「終了だな。豪遊してから帰るか」

「……馬だけどね、帰りは……」


 ゴジラッシュは昨日、ユルキたちを降ろしたあと、そのまま飛び去ってしまった。

 縄張りに帰ったのだ。


「豪遊楽しみです!!」サルメがパッと笑顔になる。「そういえば、団長さんはそろそろ英雄になった頃でしょうか?」


「……さぁ。参加人数によるんじゃない……?」

「団長が英雄かぁ、妙な気分だなぁ」

「正直、《魔王》の方がシックリきますよね!」

「……そう思う」


 団員たちはアスラの勝利を疑っていなかった。


「そんなにアスラは信頼できるの?」とラウノ。


「はい。団長さんはある意味最強ですよ」

「だなぁ」

「……殺せない相手、いないと思う……人間なら」


 だが団員たちは忘れていた。

 英雄選抜試験では、相手を殺してはいけないのだ。

 相手の戦士生命を奪ってもいけない。

 正面から戦う試合形式。

 要するに、アスラは死ぬほど不利なのだ。


       ◇


 アスラは4回戦でマホロに秒殺された。

 あまりにも戦闘能力に差がありすぎて、アスラは宿に戻ってすぐ「訓練だよ!! もっと訓練をするんだ!!」と少しムキになっていた。


「個人の強さには、それほどこだわらなくても……」

「そうだよ。団長いつも連携って言ってるじゃん」


 マルクスとレコがアスラを慰める。


「だいたい、1500年も練り上げた一族に、13歳の団長が試合形式で勝てるとは思えません」

「そうだよ。ルール無用で、連携してもいいなら、オレたちにも勝ち目あるよ!」


 ちなみに、マルクスもアクセルの弟子に負けた。


「クソ、実戦なら殺してやるのに!! なんという無様な敗退!!」

「気持ち良かった?」


「……実はかなりね!」アスラが言った。「一方的に負けるなんて、気持ち良すぎる!! こんなにボコボコにされて、テンションマックスだよ!! 敗戦大好き!! 屈辱大好き!! ゾクゾクする!!」


「団長は勝つのも負けるのも好きだもんね」


「ただのバトルジャンキーですな……」マルクスが呆れて言う。「ま、自分たちは傭兵なので、依頼さえ達成すれば個人が負けても問題ないですがね」


「そうだね。それに、ゼルマ戦までで、私の能力は証明できただろうし、宣伝効果としても、不満はないね。マホロが強すぎるだけってのは、みんな理解するさ。余裕の優勝だよ、あれは」


 アスラの言葉通り、英雄選抜試験はマホロの圧倒的な優勝で幕を閉じることになる。

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