第8話 私はレコを甘やかさない! 「でも団長、オレのこと好きでしょ?」


「おい、よせ」


 アスラが言った。

 そして、レコの隣のマルクスにハンドサインを出した。

 マルクスは腕を組んだまま指先で自分の影を指し、それからレコを指した。


「おや?」


 ゼルマがアスラを見る。

 アスラは闘技場のほぼ中心にいる。


「その子に触るな」


 アスラの出したサインは、「ゼルマはどこから出た?」で、マルクスの答えが「自分の影から出て、レコの方に行った」だ。


 アスラとしては、満足のいく答えだった。

 これで殺せる。


「おやおや? 反応が違いますねー? 髪色は違いますが、もしかして、弟か何かで? ほうほうほう。だとしたら、泣き叫ぶところを見せてあげましょうね!! 腕をもぎ取って、足を喰って、ちょっとずつバラバラにしてあげましょう!! 最高ですよー!! 嘆き悲しみ、怒り狂う人間たちの姿は最高ですよー!!」


「団長! やっぱりオレが好きなんだね!」


 レコはとっても嬉しそうに言った。


「いや、違うだろう」


 レコの隣にいたマルクスが冷静に突っ込む。

 マルクスは普段通り、壁にもたれている。


「さーて!! 英雄のみなさん!! 動いたらこの子、食べちゃいますよー!? こーんな可愛い男の子、ワタクシ、ビンビンになりますねー!!」


 ゼルマはレコの背後に回って、股間をレコの背中に押しつけた。

 両手でレコの肩をグッと掴んでいるので、レコは動けない。


「固いの当たってる」レコが言う。「気持ち悪い。団長が嫌がるのもよく分かるね」


 言いながら、レコは笑った。

 まぁ、オレはやるけどね、という意味だ。


「あの子、アスラちゃんとこの子だろ……」


 ミルカが呟く。

 その言葉で、英雄たちも戸惑った。

 アスラの連れを、アスラの前で殺させていいのか、という良心。


「あれ? オレもしかして人質?」

「そうですよー!! 頭が弱い子ですなー!! どう考えても人質!! さぁ!! 英雄たちはアスラを置いて、さっさと帰りましょうねー!!」

「動くなと帰れを同時にやるのは難しいんじゃない?」


 レコが冷静に突っ込んだ。

 英雄たちがチラチラとアスラを見る。

 エルナもアスラを見ていた。

 アスラは溜息を吐き、レコを見る。


「レコ」

「はぁい!」

「人質になった時、どうするか言ったよね?」

「うん!」

「自分がやりましょうか?」


 マルクスがパチンと指を弾く。

 魔法を使ったのだが、見た目には何が起こったのか分からない。


「この子に、何かしましたかねぇ?」


 ゼルマも分かっていなかった。

 当然だ。魔法の発動は察知できても、何をしたかまでは分からない。

 どんな魔法を使うのか、最初から知っている者でないと。


「甘やかすなマルクス。レコ、自分でできるね?」

「できる!」

「では死ね」

「はぁい!」


 レコはローブに手を入れて短剣を出し、一切の躊躇なく自分の胸に突き立てた。


「はぁ!? え!? はぁ!?」


 そのあんまりな光景に、ゼルマが目を見開いた。

 驚きのあまり、レコの肩に置いた手を離す。

 レコは横向きに、地面に倒れ始める。

 倒れる時、レコは、ゼルマから離れるように、少し飛んだ。

 アスラの【地雷】に巻き込まれない程度の距離を飛んだのだ。


「お前、終わったぞ」マルクスが言う。「団長は英雄の案件として動いていた。英雄候補のハンナが殺されたからだ。しかし、お前はうちの団員に手を出した。終わりだ」


「終わったも何も、ワタクシは何もして……」


 言い終わる前に、ゼルマの両足が爆発。

 ゼルマの身体が地面に落ちる。

 同時に、頭が爆発。


「もう誰も手を出すな。レコを人質にした時点で、うちの案件だ」


 ゼルマの死体を覆うように、アスラの花びらが降り積もる。

 生成魔法【乱舞】。それ自体は何の害もない。

 綺麗なだけの、ピンクの花びらにすぎない。


「死に続けろゼルマ。死ぬまで死ね。よくもうちの団員を人質にしたな? 死ね。死んで詫びろ。死ね。永遠に死ね。2度と喋るな」


 ゼルマに降り積もった花びらが、順番に爆発。

 ほんの僅かな隙間もないほど、連続して爆発する。

 アスラは右手で【乱舞】を発動させながら、左手で【地雷】に変化させていた。


「そうだそうだ! バーカ! 死ね!」


 レコが立ち上がって、楽しそうに言った。


「ちょっとレコ! 大丈夫なの!?」


 アイリスがレコに駆け寄る。


「オレ、ゼルマから離れただけだよ?」


 レコがローブを開くと、マルクスの【水牢】が浮いていて、短剣の刃を包んでいた。


「もう消すぞ? レコの移動に合わせて動かしていたからな」


 マルクスの言葉で、レコが短剣の柄を掴む。

 そして【水牢】が消え、レコは短剣を仕舞った。


「ちなみに、まだアイリスには教えていないが」マルクスが言う。「今のは《月花》秘技、人質になったらとりあえず死んで、その価値をなくす方法、名付けて『死んだふり』だ」


「そのまんまじゃない!! てゆーか!! 普段から偉そうに『私たちに人質は通用しない』って言ってたのって、こういうこと!?」


「死んだ人質には価値ないからね。勝手に解放する」レコが淡々と言う。「刺したように見えて、実は刺してないっていう高度な技術だよ」


 爆音が続く。


「大切なのは、その前段階の会話だ。団長の死ねという発言が、現実感を与える」マルクスが言う。「そして間髪容れずに、短剣を出して自決」


「あたし、アスラならやりかねないって思った!!」アイリスが言う。「本当に死ねって言ったと思った!!」


「そう思わせる演技が、この技の大切な部分だ」マルクスが真面目に言う。「しかしゼルマもマヌケな奴だ。わざわざ、うちの案件にするとは」


 ゼルマは今も死に続けている。


「なんで影に移動しないの?」とアイリス。


「見えないからだよ」


 ゆっくり歩いて近寄ったアスラが言った。


「見えないって?」

「ゼルマの影移動は、見えている範囲の影ではなくて、見て認識した影だよ。客席に行く前、私の影に1度入った。それは私の影から客席の影を確認するためだよ」

「だからゼルマを花びらで埋めたの!?」

「そうだよ。見えなきゃ移動できない」


「あと、たぶん小さすぎる影には入れないよ?」レコが言う。「ゼルマが入った影で、一番小さいのが団長の影。それより小さい影には入ってない。オレを食べるなら、オレの影から出る方が効率的だけど、マルクスの影から出たもん」


 レコの方がアスラより少し小さい。


「その通り。偉いぞレコ。よく見ていた」


 アスラが笑顔を浮かべる。

 笑顔でゼルマを爆殺し続けている。


「いくらゼルマがバカでも、レコの影から出られるなら、そうしたはずだよ。だから仮に、生き返った一瞬で花びらの影を認識できたとしても、逃げられない」


「さすがにそこまでは、俺様らは分析できネェな」アクセルが言う。「悪いんだがヨォ、トドメは譲ってくれネェか?」


「うちの案件だと言ったはずだが?」


「分かってるわー」エルナが言う。「アスラちゃんが本気じゃなかったのも、わたしたちのメンツを立ててくれたのよねー?」


 アスラは最初、ほとんど攻撃参加していなかった。

 サボっていたのではなく、英雄に花を持たせようとしていたのだ。

 ゼルマの狙いがアスラでも、最初に殺されたのが英雄候補のハンナだったから。


「それでもね」エルナが真面目に言う。「わたしの弟子なの、ハンナは。お願い」


「ちゃんと殺しておくれよ?」

「もちろん」


 エルナが短剣を構えた。

 矢筒の中に、もう矢が残っていなかった。


「ああ、私が殺したかったけど、MP切れだよ。任せた」

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