第7話 命のバーゲンセール この世界じゃ、いつも安売りだがね


 英雄たちに疲れの色が見える。

 ほとんど全員が肩で息をしている。


「おやおや? もうお仕舞いですかねぇ?」


 ゼルマは余裕でヘラヘラと笑っていた。


「死なネェつってもヨォ、限度あんだろクソが……」


 忌々しい、という風にアクセルが言った。

 開戦からすでに1時間は経過しただろうか。

 ゼルマは実に74回死亡した。

 英雄たちはその人間離れした戦闘能力を存分に発揮し、1分間に1度以上の頻度でゼルマを殺したのだ。

 大英雄が2人、英雄が6人。

 英雄6人のうち、アイリスとミルカは大英雄候補。

 そしてアスラ。

 これだけの戦力が揃っているのだ。負けるはずがない。本来なら。普通なら。

 相手が最上位の魔物でも、これだけ揃っているのだ。

 それなのに、殺し切れない。


「本当に死ぬのか……?」


 ミルカが呟いた。

 他の英雄たちも、同じ疑問を抱いている。

 肉体的な疲労も大きいが、精神的な疲労の方が英雄たちを蝕んでいる。


「《魔王》より全然弱いけど、ずっとしんどい……」


 アイリスが愚痴るように言った。

 1時間、全力で相手を殺し続けたのだ。

 相手が死んだのに戦闘が終わらない。次こそは、次こそは、と殺し続けて74回。

 最初の1回も含めて、74回。

 英雄でなければ、もうとっくに諦めている。

 アスラなら10回殺した時点で撤退を指示する。

 早ければ3回ぐらいかもしれないけど、とアスラは思った。

 唯一の救いは、ゼルマは言うほど強くなかったという点。

 同じ最上位でも、ティナとナナリアに比べると格段に落ちる。

 ただ、その2人よりも圧倒的に面倒なのだ。


「これは想定外も想定外!!」


 解説者の男が言った。

 彼は逃げずに、解説を続けていた。

 観客も、2割ほど残って見学している。

 英雄候補たちも戦闘には参加していないが、壁際でずっと見ている。


「不死身の魔物!! 我らが東の英雄たちは本当に勝てるのか!? 負けて欲しくはありません!! わたくしは英雄大好きですからね!! それに、ハンナの仇を討って欲しい!! 心からそう思います!!」


 解説者の台詞で、残ったわずかな観客たちが英雄を応援する。

 アスラが観客に手を振った。


「いやいや!!」ゼルマが突っ込む。「普通に手を振りますか!? 1人だけ、やけに元気じゃないですかー!!」


「そりゃそうだろう。私は一度も君を殺してないし」


 アスラは攻撃に参加するフリをしていただけで、実際には何もしていない。

 美味しいところまで待っていたのだ。

 要するに、もう少しでゼルマが本当に死ぬ、という場面まで英雄たちに任せていた形。


「でも、君の様子はずっと観察していたよ」

「はう! 見られていた!? ワタクシはずっと、見られていた!? 愛されているようですね!! しかーし!! ワタクシにはナーちゃんが!!」

「死ね」


 アスラが指を弾いて、ゼルマの頭が吹っ飛ぶ。

 しかし、すぐに頭が生えてくる。

 何度見ても気持ち悪い。


「今のが、嫉妬!? アスラもワタクシとしては可愛いと思いますけれども!!」

「死ね」


 再び、ゼルマの頭が吹っ飛ぶ。

 しかし、すぐに再生。

 確かに、これが続けば精神的に疲労もする。

 本当に殺せるのか? と。

 とはいえ、精神的に疲労するのはまともな精神を持った者だけ。

 疲労するような軟弱な精神を、最初から持ち合わせていない場合は?


「怒らなくても大丈夫でありますよー!! 食べる前に、隅々まで犯してあげますからね!!」

「ふむ。やはりまだ半分も死んでないね、君」


 アスラはやれやれ、と両手を広げた。


「いやいや! ワタクシは自分の命が何個あるかなんて知りませんよ!! 食事の回数なんて、数えないでしょう!? パンを何個食べたか覚えている奴ってキモイじゃないですかー!!」


「今世ではちょうど7300個だけど問題かね?」

「気持ち悪いですねー!! 覚えてる奴いましたわー!! ナーちゃんに教えてあげなくては!!」


「嘘だよ」アスラが言う。「私だって数えてない。1日2個食べると仮定して、10年で計算しただけだよ。死ね」


 ゼルマの頭が爆発し、そして元に戻る。


「君は自分の命の個数を知っている」アスラが言う。「だから余裕なのさ。これで77回。まだ半分ではないけど、半分に近いかな?」


「だから、ワタクシは命の個数など……」

「ありがとう。もうすぐ半分なんだね。なら200回ぐらい殺せば終わりだね」


「な、なんで……」とゼルマ。


「ありがとう。ではとりあえず200回を目標にしよう。みんな頑張って。もちろん、私も頑張るよ?」


 アスラは英雄たちに笑顔を向けた。

 190回ぐらいでまた参加しよう、とアスラは思った。


「具体的な数字が出ると、ちょっとやる気出るわね」とアイリス。


「遊びの時間は終わりでありまーす!!」ゼルマが言う。「命の数を知られてしまったからには!! さっさとアスラを食べて帰るのです!!」


 英雄たちが攻撃を開始。

 同時にゼルマが消える。


「ここだろう?」


 アスラが指を弾くと、アスラの影から出ていたゼルマの頭が爆発。


「君はバカだよ。私を狙うって宣言したら、当然、私は対策する。78回」


 ゼルマの死体が影の中に沈む。

 そこで再生しているのだろう、とアスラは思った。


「分かっちまえば、どうってことネェんだよテメェの能力は!!」


 アクセルが、アイリスの影から出てきたゼルマの頭を鉄の拳で粉砕。


「79」とアスラ。


 ゼルマはまた影の中に潜む。

 そして10秒ほど経過したが、出てこなかった。


「【乱舞】」


 アスラが両手を持ち上げると、大量の花びらが闘技場内を埋め尽くす。


「上!!」


 アイリスがジャンプして、ミルカの肩を使って二段ジャンプ。


「踏みつけられた!?」


 ミルカが少し驚いたように言った。

 ゼルマは闘技場の上部の影から飛び下りた、という感じだった。

 正確にどこから飛んだのかは分からない。影はたくさんある。

 ゼルマがアイリスに気付き、迎撃しようと空中で構えた。

 しかし、エルナの矢が連続してゼルマに刺さって、ゼルマの姿勢が崩れる。

 そしてアイリスがゼルマを斬殺。


「相手が魔物なら、もう普通に殺せるね」


 アスラは小さく呟いた。

 それに、ゼルマはとんでもないクソヤローだ。

 変態だし、ハンナを喰った。

 心情的にも殺しやすいはず。

 アイリスに斬られ、2つに分かれたゼルマの身体が花びらの上に落ちる。

 片方の身体が消えて、もう片方が再生。


「遊びは終わったんじゃないのかね?」


 アスラがヘラヘラと笑いながら言った。

 ゼルマの種族固有スキルは2つとも厄介だが、それだけだ。

 固有スキルがなければ、実力は上位の魔物と大差ない。


「神域属性の攻撃魔法を見せてみろ」アスラが言う。「ぜひ見たい。ああ、でも、もしかして君、支援魔法しかまだ使えないんじゃないかね?」


 その支援魔法も、アイリスがいれば問題なく破れる。


「それから君、セブンアイズって言ったよね? つまり7人、君のような奴がいるんだろう? 目の数なら3人と半分だけど、どっちにしても、その中で一番弱いんだろう?」


 ゼルマは自分を5位だと言った。アスラはそのことを覚えている。挑発するためだけに、アスラは聞こえていなかったフリをしているのだ。


「ワタクシは!! 一番弱くなどありません故!!」

「だいたい、こういう面倒な出張は下っ端が行くんだよ。偉い奴は動かない。だから君は下っ端。きっと一番の雑魚」

「おのれっ……」


 ゼルマが顔を上げて、立ち上がろうとした瞬間、ミルカがゼルマの頭に剣を突き立てた。

 ミルカの剣は刀身が青い。非常に綺麗な剣だ。


「何回だっけアスラちゃん?」

「81回だよ」

「オレと寝る回数」

「その化け物と一緒に死ぬかね?」


 こんな時でも軽薄さを失わないミルカ。

 ある意味、感心するなぁ、とアスラは思った。


「このまま刺しっぱなしにしていたら、再生して即死ぬんじゃないか?」


 ミルカが言った。


「それはそうだろうけど……」


 無理じゃないかな、とアスラが言う前にゼルマが消える。

 復活して即、影に移動したのだ。


「たぶん82回」


 頭に剣が刺さったままだったので、移動と同時に死んだはず。

 ゼルマはまたアスラの影から顔を出して、けれどすぐに移動した。


「なるほど、やっぱりか」


 アスラはクスッと笑った。

 ゼルマの殺し方が半分、理解できた。

 もう少しで、確実に殺す方法が分かる。

 と、観客席で悲鳴。

 視線を移すと、ゼルマが観客を喰っていた。

 最初に出現した時の、大口を開けて。


「おおっと!! 化け物が観客を食べてしまったぁぁ!!」解説者が言う。「しかし自業自得です!! 死ぬのが嫌なら逃げるのが賢明!! だがこれで命が1つ増えてしまった!!」


「クソッタレが!!」


 アクセルが叫び、壁まで突進し、ジャンプしてゼルマのところへ。

 アクセルが空中にいる間に、ゼルマは消える。

 客席にも花びらまこうかな、とアスラは思った。

 いや、ダメだ。

 観客を巻き添えにしたら英雄たちが怒る。

 もう英雄たち消えてくれないかなぁ、と思い始めるアスラ。


「命はいくらでも増やせるんですよー!! 残念でしたー!!」


 今度は客席ではなく、闘技場と客席を隔てる壁の前にゼルマが出現した。

 そして。

 ゼルマはレコの両肩を掴んでいた。


「美味しそうな子だね君!! ワタクシは女の子が好きですが、君ぐらいの年齢なら、男女の差はほとんどありませんからねー!!」


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