第6話 パクッとモニュモニュ 実に美味いですねぇ! 人間は!!


 アスラはハンナと対峙していた。

 ケラノア王国、エーンルート闘技場の中央。


「やっとアスラと戦えるんやなー」


 ハンナはどこか嬉しそうに言った。


「私も、君との戦闘は楽しみだったよ」


 本心だ。

 大英雄エルナ・ヘイケラの弟子であるハンナは、非常に実戦的。

 ファイア・アンド・ムーブメントを用いた、遠距離攻撃がメイン。

 もちろん、矢は練習用のもの。

 矢尻が丸くて柔らかい素材に変更されている。

 だが、当たると結構痛い。


「さて注目の一戦です!!」解説者が言う。「優勝候補同士の戦いです! 改めて紹介しましょう!!」


 毎回、試合前には簡単な紹介がある。

 アスラたちの近くに立っているアクセルが、退屈そうに首のストレッチを始めた。

 アスラも軽めにストレッチを始める。


「銀髪、黒ローブの少女は、話題の傭兵団《月花》の団長アスラ・リョナ! 1回戦でいきなり論争を巻き起こした問題児! ただし、大英雄様たちはアスラの戦闘方法を容認しています! 英雄はより実戦的に! より攻撃的に、という変革の意図があるようです!」


 アスラの紹介が終わると、酷いブーイングが巻き起こる。

 アスラはストレッチを止めて、観衆に手を振った。


「この激しいブーイングにも余裕で笑顔を浮かべるアスラ・リョナ!」解説者が言う。「人気者だと勘違いしているのか、それともメンタルが化け物なのか!」


 酷い言われようだね、とアスラは思った。

 歓声に応えてあげただけなのに、と。


「さて対するはハンナ・ミンナ!! 大英雄エルナ様の弟子で、弓使い!! エルナ様も昔は論争を巻き起こした問題児でしたが、今は立派で尊敬される大英雄です!!」


 今度はブーイングではなく、本当の歓声で闘技場が揺れる。


「ハンナはアスラと違って、人懐っこく、みんなに愛される英雄候補!! もちろん解説のわたくしも大好きです! 英雄になって欲しいですね!!」解説者が言う。「更に言うなら、クソ生意気なアスラが悔し泣きするところが見たいですね!! みんなも見たいでしょう!?」


 解説者の言葉に、観衆が呼応する。

 そして再びアスラへのブーイングが始まる。


「お互い人気者だね」とアスラ。


「せ、せやな……」ハンナが苦笑い。「ほんまにメンタル化け物やん……」


 と、そいつは唐突に現れた。

 ハンナの影から、ヌッと現れたそれは、

 大きな人間の口。

 大きく開いた大きな口。

 ギザギザした歯が特徴的で、真っ赤な舌が気色悪い。

 さすがのアスラも、状況を飲み込めなかった。

 その巨大な口は、ハンナを食べた。

 頭からハンナをパクッと食べたのだ。

 そしてモニュモニュと咀嚼。


 そのあんまりな光景に、闘技場がシンッと静まり返った。

 残されたハンナの両足が、コロンと倒れる。

 ゴクン、と音がして、巨大な口が人間のような姿に変形した。

 40代前半の男の姿。

 ウネウネした黒いロングヘアーで、口ひげがある。

 病的なほど色白で、痩せている。

 蝶ネクタイと礼服。

 その上から黒いマント。裏地は真紅。

 まるでドラキュラのような姿だ、とアスラは思った。


「ふむ、美味ですなぁ」ドラキュラ男が言う。「まぁ、やはり力はほとんど上がりませんがね」


 そしてアスラを見据え、ニタッと笑う。

 本当の狙いは私だ、とアスラが直感する。


「初めまし――」


「ざけんなテメェ!!」アクセルの怒声。「クソッタレの化け物がぁ!!」


 ドラキュラ男の挨拶の途中で、アクセルが闘気を使用。

 それに呼応するように、

 闘気を全開にした英雄たちがドラキュラ男に群がった。

 アイリスも片刃の剣を抜いて攻撃参加している。

 観客たちが悲鳴を上げた。

 そして、我先に闘技場から脱出しようとして、大きく混乱している。

 英雄たちの攻撃がドラキュラ男に届く寸前で、ドラキュラ男が消える。

 高速で移動したのとは違う、本当に消えたのだ。

 英雄たちも戸惑っている。

 アレは何だ?

 アレはどういう存在だ?

 見たことない。でも、私を狙っていた。


「どこに行きやがった!!」アクセルがキョロキョロしている。「ふざけんなクソ! 殺してやるから出てきやがれ化け物が!!」


「神域属性、暗黒」ドラキュラ男の声がアスラの近くから聞こえた。「支援魔法【愛すべき黒】」


 アスラが振り返った瞬間に、周囲が真っ暗闇になった。

 視界ゼロ。

 同時に、音も聞こえなくなった。

 感覚がおかしくなりそうだった。

 どっちだ?

 私の視覚と聴覚がやられた?

 それとも、別の空間に連れ込まれた?


「怖いですか!?」


 背後から抱き付かれた。

 触覚は機能している。

 そして、ドラキュラ男の声だけは聞こえる。


「人間はこういうの、恐ろしいでしょう!? ああ! 人間たちの恐怖が伝わってくる!! ゾクゾクしますなぁ!! たまりませんなぁ!!」


 今の言葉で確信。

 まとめて別の空間に連れ込まれたのだ。

 もしくは、場所は闘技場のままで、全ての光と音を遮断したか。

 どちらにしても、アスラだけに作用しているわけではない。

 ドラキュラ男の荒い息が首筋に当たって気持ち悪い。


「何者だね?」とアスラ。


 どうやら、自分の声は聞こえるようだ。

 ただ、他の者の声は聞こえない。動く音も。


「ワタクシは偉大なるセブンアイズ。絶大なるセブンアイズの5位」ドラキュラ男が言う。「夜の王、闇の友人、暗闇の主、深淵の覇者。そして、人食いの化け物。ゼルマ・ウルス。それがワタクシの名前ですよ、アスラ・リョナ」


 やはり私が目的だ。


「私の声は、きっと君以外の誰にも届いていないのだろう。でも君の声はどうだね? 私以外にも聞こえている?」

「もちろん!! もちろんですとも!!」


 ドラキュラ男――ゼルマがアスラの身体を撫で回す。


「あー、愛しのナーちゃんと同じ銀髪! 肉体的な年齢も近く、食べ頃!! これはたまらん!! ギンギンですよワタクシは!!」


 アスラの背中に固いモノが当たる。


「君がイカレた変態で、最上位の魔物だというのは理解した」アスラが言う。「そして私を食べたいということもね」


「恐怖してくださいね!! 恐怖ですよ恐怖!! 恐怖は最高の調味料!! 恐怖に震える人間の美味いこと美味いこと!! 怖いでしょうアスラ!! 恐ろしいでしょう!?」

「別に?」


 アスラが淡々と否定したので、ゼルマは「え?」と呟いた。


「調味料は諦めたまえ。素材の味を楽しみたまえ。私はきっと調味料なしでも美味いはずだよ?」

「ええええ? そこ!? そこ突っ込むとか、状況理解してないんですかぁ!?」


「理解しているよ。愚かな魔物が英雄たちの巣窟に飛び込んできた」アスラが楽しそうに言う。「本当に愚かだ。君はきっと強いのだろう。とっても強いのだろうね。だけど、ここがどこか、理解していない」


「はっはっは!! 理解していないのはアスラの方でありますねぇ!! ワタクシは別に、英雄たちと戦う必要はない!! 彼らの恐怖をビンビン感じて気持ち良くなっているだけで!! アスラだけ食べて、そのまま帰ればいいだけでございます故!!」


 ゼルマがアスラの服の中にまで手を入れてきた。

 さすがにそろそろ、我慢の限界。

 変態セクハラロリコン野郎め。


「今から魔法の呪文を唱えるよ?」アスラが言う。「アイリス、光あれ」


 しかし何も起こらない。

 当然だ。アスラの声はアイリスに届いていない。

 けれど、アスラはローブのフードを被って、目を瞑る。


「はぁ? アイリス? 光あれ? って、何も……」


 ゼルマの台詞の途中で、激しい閃光。

 驚いたゼルマが、アスラから離れた。

 その時に、アスラは花びらを1枚、ゼルマの身体に仕込んだ。

 ステルスマジック。

 ゼルマは気付いていない。


「バカが、


 アスラの言葉に合わせたように、空間が元に戻る。

 けれど、それは偶然。ゼルマが魔法を維持できなくなっただけ。


「爆音と悲鳴に合わせてみんな!」


 アイリスが叫んだ。

 ゼルマは両目を押さえて悶えていた。

 ついでに英雄たちも。

 アスラが指を弾く。

 ゼルマの股間が爆裂。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」


 ゼルマが断末魔のように叫んだ。

 魔物でも男ならそこは弱点だ。

 そして、英雄たちがゼルマを細切れにした。

 アイリスの【閃光弾】で視界をやられていても、音さえ聞こえていれば問題ない。

 少し前までゼルマだった肉片と、おびただしい量の血液が地面に広がっている。


「よくやったアイリス」

「まぁ、このゼルマっていう化け物がアスラと話してるのは聞こえてたから、【閃光弾】を使えって指示だと思った。アスラが言わせたんでしょ?」


 魔法の呪文、アイリス、光あれ。


「そうだよ。君の光で照らせば、敵が見えるかと思ってね」


 元の闘技場に戻るかどうかは、どちらでも良かった。

 敵が見えれば、アイリスと連携して仕留めるつもりだったのだ。


「しかし、英雄たちみんな見事に目をやられてるね」


 アスラが笑った。

 それでも仕留めるあたり、やはり英雄。


「わたしは見えてるわよー」エルナが言う。「そうだと思ったから、目を覆ってたのよ」


「エルナ、ハンナのことは残念だ。本気でそう思っている」

「そうね……」


 エルナはとっても悲しそうに、顔を歪めた。


「いやはや、痛いですなぁ」


 ゼルマの声で、アスラたちは後方に飛んだ。

 目をやられている英雄たちも、1度引く。

 肉片と血液が集まって、あっと言う間に再びゼルマを形成。

 ゼルマが背伸びをする。


「おいおい、冗談はよせよ」アスラが言う。「殺しただろう?」


 不死身の存在なんて聞いたことがない。

 そして、本当に不死身なら、勝ち目がない。


「いいじゃない」エルナが言う。「何回でも殺してあげるわねー」


「おう」アクセルが薄目で言う。「死ぬまで殺してやるぞ化け物が」


「殺し切れますかな?」ゼルマが楽しそうに言う。「ワタクシの種族固有スキル、『命の簒奪』と名付けたのですが、人を喰えば喰うほど強くなり、同時にその命も取り込めます故」


 要するに、喰った数だけ命があるということ。

 100人喰っているなら、本人の命と合わせて101回殺す必要がある。


「そしてもう1つのスキルが、『影の移動』と言いまして」


 言葉の途中で、ゼルマの姿が消える。


「見えている範囲の影に潜むことができるでありまーす!!」


 エルナの影から顔だけ出してゼルマが言った。

 同時に、アクセルがエルナの影を鉄の拳で殴りつける。

 地面が激しく抉れた。


「更に更に!!」


 今度は別の英雄の影から顔を出すゼルマ。


「クソが!! チョロチョロ隠れやがって!!」


 アクセルが突っ込もうとしたのを、エルナが制した。

 いい判断だ。

 ゼルマは今、自分の能力を自慢している最中なのだ。

 そのまま気持ち良く、全部話してもらった方がいい。


「究極にして最上位の魔法、神域属性まで得ておりますので!! ワタクシが負ける要素はありませーん!!」


 ゼルマが顔を出している影の主である英雄は、いつでも攻撃できるように身構えていた。


「ほう! 魔法には固有属性の上がやはりあるんだね!?」アスラが喜んで言う。「素晴らしい!! 最高だよ!! ところで君、私に何の用だね!?」


 引き出せるだけの情報を引き出す。

 戦闘はそのあとでも遅くない。

 エルナがアクセルを制しているおかげで、他の英雄たちも動かない。


「食べたい」とゼルマ。


 実に気持ち悪い奴だなぁ、とアスラは思った。

 そして、会話の最中に英雄候補たちも集まってきた。

 マルクスとレコもいる。

 アスラがハンドサインを出そうとしたのだが、先にアクセルが言葉を発する。


「ヒヨッコどもは下がってろ。手に負える相手じゃネェ。英雄だけで対処する」

「じゃあ遠慮なく」


 アスラが戦線離脱しようとする。


「テメェは残れよ!!」アクセルが怒ったように言う。「原因そもそもテメェだろうが!! 何をさり気なく逃げようとしてんだコラ!! ふざけんなアスラ!! 残って戦えや!!」


「いや、私、英雄じゃないし」


 こんな化け物、相手にしたくもない。

 殺しても死なないのは面倒だ。


「ここで逃げたら、さすがのわたしも怒るわー」エルナが言う。「ハンナのこと、残念に思ってくれてるのよねー?」


 エルナは有無を言わせないような圧力を発している。

 ハンナのことで、本気で怒っているのだ。

 私が食べたわけじゃないのに、とアスラは思った。

 でも言わなかった。


「ぶっちゃけますけどもー」ゼルマが言う。「アスラ・リョナさえ置いて帰るなら、英雄たちは帰ってもいいですよー?」


「そっかー。じゃあ遠慮なく!」とミルカ・ラムステッド。


「ちょっとミルカさん!?」アイリスが驚いたように言う。「ここで逃げたら軽蔑するから!!」


「いや、冗談……」とミルカ。

「最低」とアイリス。


「てゆーかさ、私を食べたいなら、他にもチャンスはあっただろうに」アスラが言う。「なぜ今日、この場なんだい?」


 宿で襲った方が簡単なのだ。

 わざわざ、英雄たちの巣窟に入ってくる意味はない。


「それはですね!! ワタクシが!! 迷子になりまして!!」ゼルマが言う。「辿り着いたのが偶然、今だったという、それだけのことでありますね!!」


 ああ、とアスラは納得した。

 こいつバカなんだ。

 すごくバカなんだ。

 作戦を立てるとか、そういう考えがないのだ。

 自分が強いから、圧倒的に強いから。

 その上、死なないのだから、傲慢になるのも分かるけれど。


「ねぇ、ゼルマだったかしらー?」エルナが言う。「生きて帰れると思うのー? 最上位の魔物だかなんだか知らないけれど、わたしの弟子を殺して、英雄たちの前で英雄候補を殺して、生きて帰れると本気で思ってるのー?」


「お前の弟子はー!! 美味かったですね!! 他にも美味そうなのがいますしー? 食い散らかしてから帰りますかねぇ」


 その挑発で、エルナが切れた。

 再び闘気をまとって、矢を速射。

 矢を矢筒から取り出す、弓につがえる、狙う、放つ。

 それらの動作があまりにも速すぎて、アスラは驚いた。

 人間、極めたらここまで高速で矢を放てるのか、と。

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