第4話 娘の話をしよう 君が余所で作った娘の話だよ


 今日の試合が全て終了し、アスラたちは宿に戻った。

 アスラは受付の男から手紙を受け取り、読みながら廊下を歩いた。


「団長、皆殺しにするのかと思った」


 レコは相変わらず楽しそうだ。


「私は君にビックリしたよ」


 手紙を見ながら、アスラが言った。

 ルーカスとの戦闘を終え、控え室に戻ると、レコが武器を集めて待っていたのだ。

 エーンルート闘技場の控え室には、普通の武器も各種取り揃えてある。

 体術が盛んな国だが、闘技場では武器の出し物――いわゆる演武なども多い。

 武芸全般が国民に愛されているのだ。


「自分も団長はやると思ったので、武器を集めるレコを止めませんでした」


 それどころか、マルクスも長剣を持っていた。


「私をなんだと思ってるんだい? アクセルとエルナが話を上手くまとめたじゃないか。私は普通に勝ったことになったし、不満はないよ」


 とりあえず、1回戦の結果は上々。マルクスも勝ち抜いた。

 マルクスの場合は、割と普通に剣だけで相手を降参に追い込んだ。

 ルーカスほど相手が強くなかったから、魔法は不要だった。

 と、部屋の前に到着した。

 レコがドアを開けて中に入る。

 アスラとマルクスもそれに続く。


「ほい。読んでおけ」


 アスラは読み終わった手紙をマルクスに渡した。


「ユルキからですか」


 マルクスはベッドに腰掛けて手紙を読み始める。


「レコ、今日の1回戦を見てどうだった? 気になる奴はいたかね?」


 2回戦は明日。


「ハンナ!!」


 レコがベッドにダイブしながら言った。

 アスラのベッドだ。

 順調にいけば、アスラは明後日の3回戦でハンナと当たる。

 アスラはローブを脱いで、キチンと畳む。


「他には?」


 ローブを棚に置き、ブーツ、靴下、ズボンを脱ぐ。


「団長の生足!!」

「……ああ、それは毎日のように見てるじゃないか」


 アスラは眠る時、下着とシャツだけで眠る。


「団長の相手だったルーカスはかなり強いよね」

「そうだね。一撃で沈めるつもりだったよ、私は」

「あとはね、アクセルの弟子! 筋肉ムキムキの若い男! あいつは強い! 英雄になれるんじゃないかな!」

「私と当たるのは決勝戦だね。マルクスが負ければ、だけど」


 チラッとマルクスを見る。


「レコ」


 マルクスが手紙を読み終わり、左手で手紙を持ち上げた。

 レコがベッドで跳ねてから、マルクスのベッドに飛び移って手紙を受け取る。


「もう1人、不気味な奴がいますね」マルクスが言った。「体術でしたが、この国の体術ではない。どちらかと言えば、近接戦闘術に近い」


「20歳ぐらいの女だろう?」

「はい。相当、手加減して倒したように見えましたね」


「ニコニコと笑いながら、相手を破壊可能な攻撃を繰り出した」アスラが言う。「もちろん、破壊しないように加減していたがね。あれは確かに不気味だね」


「読めたよ!」


 レコが言った。


「では手紙の話をしよう」アスラが言う。「どう思う? レッドダイヤが本物なら、ハールス家なんて滅ぼしても全然余裕で余るけどね」


「問題は、貴族王が出てくる可能性がある、ということですね?」


「実際どうなんだろうね?」アスラが言う。「出てくるのかなぁ。判断難しいところだね」


「そもそも、貴族王はノロネン家の討伐を中貴族に投げたわけでしょ?」レコが言う。「それって自分でやりたくないからでしょ? 理由は知らないけど」


「そう。そこがね、判断難しい部分なんだよレコ」


 アスラは椅子を動かして、マルクスの前に置く。

 そして自分が椅子に座った。

 マルクスは相変わらず、ベッドに座ったまま。

 レコもマルクスの隣から移動していない。


「貴族王が表立って何かした、という話はあまり聞きませんしね。ジャンヌだった頃のルミアに会いに行ったのだって、異例中の異例でありますな」

「そう。それにナナリアはまだ回復中だろうから、8割方、連中は直接出てこない、と思うんだけどね」


「部下を派遣するんじゃない?」とレコ。


「人間の部下なら問題ないよ。英雄でも派遣されない限りはね」

「そこで問題となるのは、最上位の魔物が部下として仕えていた場合ですかね……」


「それなら、もう私を殺しに来てるんじゃないかな?」アスラが言う。「来ていないということは、そんな部下はいないか、少なくとも貴族王は私らに興味がないってことさ」


 ナナリア個人は、ケガから回復したら報復に来る可能性は十分にあるけれど。


「だったら、報酬いいみたいだし、請ければいいと思う」とレコ。


「そうだね。ハールス家の討伐と、メルヴィの保護。この2つは許可しよう。ただし、不測の事態に備えて、依頼主であるメルヴィはティナと古城に残る。ユルキ、イーナ、ラウノ、サルメで出陣。最上位の魔物が出たら即退却。こんなところだろう。どう思う? 副長」


「妥当ですね。断るには報酬が良すぎます」マルクスが言う。「ただ、ラウノを出陣させる理由を聞いても?」


「あいつは使える」とアスラ。

「傭兵としては未熟かと思いますが?」とマルクス。


「そう。だけど、サルメより強いし、実戦で試してみたいというのもある。足を引っ張るようなら、次はしっかり訓練してから使うし、死んでしまったなら、その程度の男だったってこと」


「ラウノの実験的な使用、ということですね?」

「そうだよ。まだ反対かね?」

「いいえ。元々、反対ではありませんがね、自分は。理由を知っておきたかっただけです」

「副長の自覚が出てきたようで何よ……またか……」


 アスラが溜息を吐いた。

 部屋の外から、荒れ狂うような激しい闘気を感じたのだ。


「……アクセルは普通に訪問できないのか……」とマルクス。


「レコ、開けてやれ」

「はぁい」


 レコがタッと走ってドアに向かい、サッとドアを開けた。


「おう、邪魔するぜ!」


 アクセルは部屋に入ってから闘気を消した。


「早いね。もっと夜に来るのかと思ってた」


 アスラはもう、闘気を出しながらの訪問については咎めないことにした。

 言ってもきっと意味はない。


「今日の試合はスムーズだったからな。アスラ以外、だがヨォ」


 アクセルがニヤニヤしながら言った。


「あーあーそうだろうね、そうだろうとも」アスラが投げやりに言う。「どうせ、だいたい何でも私以外だよ。そうそう、私以外!」


「用件を言え」とマルクス。


「おいおい、そうツンケンすんなよマルクス」アクセルは椅子を見つけて、ドカッと座った。「分かってんだろうがヨォ。ルミアのことだ、ルミアの」


「別に話すようなことはないけど?」とアスラ。


「いや、あるだろうがヨォ。テメェらは、ルミア殺したって言ったじゃネェか」アクセルが呆れたように言う。「プンティ訪ねたら普通にルミアいて、さすがの俺様も驚いて、開いた口が塞がらなかったって話ヨォ」


「ちゃんと塞がるようになって何よりだ」とアスラ。

「口の話だよ」とレコが補足。


「そもそもな? プンティの野郎が《焔》に入ってたからヨォ、まさかジャンヌ軍に参加したんじゃネェかと思って、問い質しに行ったわけヨォ、俺様は」


「それで? プンティはどう言った?」とアスラ。


「『ははっ、アクセルさん何言ってんのー、僕があんな非道な連中の仲間になるわけないじゃーん。抜けたよー』、だとさ」


「そりゃ良かったね。解決だ」アスラが手を叩く。「私らはしばらく休んで、飯に行く。だからもう帰れ」


「いやいや、待てよアスラ」アクセルが慌てたように言った。「俺様はルミアに脅されたんだぞ? 《魔王》軍に幹部として参加してたルミアを、お咎めなしってわけには、いかネェからヨォ、制裁加えたわけだ」


「戦ったってことだね。ルミアはどうだった? 強かっただろう?」


 ルミアはもう以前のルミアではない。

 ブレーキをかけながら戦っていた頃とは違う。

 理由さえ与えてやれば、本来の実力を発揮できる状態なのだ。


「強いなんてもんじゃネェだろあいつ。普通に【神罰】3体もかまされてヨォ」アクセルが表情を歪めた。「死ぬかと思ったぜ。若い頃なら、それでも負けやしネェんだがヨォ、今の俺様じゃ、どっこいだったぜ」


「……ルミアの【神罰】3体とどっこい……」マルクスが引きつった表情で言う。「……本当に衰えているのか?」


「嫌になるぐらい、俺様は弱くなっちまった」アクセルが溜息を吐いた。「大英雄の称号に見合う実力じゃネェよ。早けりゃ今年いっぱいでミルカと交代だ」


 今年はもうそれほど長く残っていない。


「そうか。残念だけど、年齢には勝てないものさ」アスラが言う。「それで? ルミアにはどう脅されたんだい?」


「『わたしは《月花》の保護下にあるの。だから、これ以上やるなら、《月花》があなたを殺すわ』、だとさ」


 アクセルが大げさに両手を広げた。

 左腕は鉄製だ。


「事実だよ。私らはルミアを殺さなかった。そして保護している。色々と事情はあるけど、それは省く」


「そうかヨォ。まぁいいんだけどヨォ」アクセルが体の力を抜いて、天井を見た。「俺様は若くネェ。テメェらと敵対なんざ、したくもネェ。あーあ、若返りてぇなぁ」


「諦めたまえ」アスラが言う。「私だって、いつかはババアになる。それまで生きていれば、だけどね」


 アスラが小さく背伸びをした。

 話は終わり。


「ねぇアクセル」レコが言う。「話変わるけどさ、今日の試合どうだった? 誰が一番強そうに見えた?」


 話が終わらなかったので、アスラは苦笑いした。

 レコはもう少し、空気を読む力を養った方がいいね、とアスラは思った。


「あん? そりゃうちの娘……」


 何気なく言ったあと、アクセルは慌てて右手で口を押さえた。


「おいおいおい!」アスラが食い付いた。「娘!? 君、娘がいるのかい!? 誰の子!? エルナ!?」


「あ、いや……」とアクセルが口ごもる。


「違うんだね!? でも君、エルナと付き合ってるだろう!? 浮気かね!? 浮気なのかね!? いいことを聞いた!!」


「団長が急に元気になった」とレコ。


「つか、テメェはどうして、俺様がエルナと付き合ってんの知ってんだヨォ? エルナが言ったのか?」

「ハッキリとは言ってないけどね! 推測したんだよ! ははっ! 大英雄の痴話喧嘩、見たい人!?」

「はぁい!」

「自分も見たい」


「いや、待てよ。マジで待てって」アクセルが慌てる。「俺様とエルナは、付き合ったり別れたりしてんだヨォ」


「なるほど」マルクスが頷く。「別れている時期に余所で作ったのか」


「でもその慌てようだと」レコが言う。「エルナには内緒にしてるんだね?」


「分かった! 分かったから待てってテメェら。説明してやる、説明してやるからエルナには言うな。いいな?」


「口止め料が必要だよ?」アスラがニヤニヤと言う。「私らは傭兵だからね。金さえ払えば、秘密は墓まで持って逝ってあげるさ」


「マジかよテメェ、俺様を恐喝すんのかヨォ」


 アクセルは苦笑いしながら言った。


「話が面白ければ、それを口止め料の代わりにしてあげよう。さぁ話せ。洗いざらい話せ。実に面白い」


「クソ、テメェは本当に性格悪いな……」アクセルが溜息を吐いた。「マホロって知ってっか?」


「いや?」とアスラ。

「知らない」とレコ。

「街伝説のマホロか?」とマルクス。


「そのマホロだ」アクセルが言う。「俺様とマホロの娘なんだヨォ」


「まさか……実在していたのか?」


 マルクスは酷く驚いた風に言った。


「おい、説明したまえ。私は知らんよ」


「本人らが言うには」アクセルが説明する。「1500年ぐらい前から、単独で《魔王》を狩るためだけに、技を磨き続けた一族って話だ」


「ほう。それはまた、面白い存在だね」

「連中は普段、東の山脈の集落に住んでるらしいぜ」


 フルセンマーク大地は南を大森林、北と西を海、そして東を巨大な山脈で囲われている。

 フルセンマーク大地の外側がどうなっているのかは、誰も知らない。

 誰も辿り着いていないからだ。

 あるいは、辿り着いても戻っていない。


「そんな集落、本当にあるのか俺様も疑問だがヨォ。とにかく、連中は時々、山を下りて力試しをして、強い奴と交わってガキを作る」

「男のマホロなら強い女を、女のマホロなら強い男を、地上で捜すそうです」


 マルクスが補足した。


「21年ぐらい前の俺様が、負けたんだヨォ、そのマホロに。一対一で負けたのは、生まれて初めてでヨォ、惹かれて口説いて、あっさりオッケーでヨォ。そんでまぁ、腰振ったわけだ」


「強い男を捜しているわけですからね」マルクスが言う。「当時のアクセルなら、マホロが断る理由はない」


「で、それっきりだったんだがヨォ」アクセルが肩を竦めた。「最近になって、俺様の娘を名乗る奴が現れ、マホロが完成したから《魔王》の情報が欲しいってヨォ」


「残念だったね。入れ違いじゃないか」


 マホロが本当に単独で《魔王》と戦えるのか、アスラも気になるところ。


「おう。だからまぁ、《英雄》になって次の機会を待つよう言ったんだヨォ」

「それで参加しているのか。私とは準決勝で当たる」

「あ? 俺様、娘の名前言ったか?」


「言ってないよ」レコが笑う。「でも、そんなの1人しかいないし」


「だな」マルクスが言う。「あの不気味な女だ」


「20歳ぐらいで、ストロベリーブロンドの髪だろう? ニコニコ笑いながら人体を破壊可能な技を繰り出す不気味な女」


 極めて実戦的な技だった。

 準決勝が楽しみだ、とアスラは思った。

 1500年も《魔王》を単独で狩ることに拘った一族。

 どの程度のものか、やり合ってみたい。

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