第3話 英雄たちのお花畑が解消されそうです 「それと、夜の王が変態」


「ああ、なんと痛々しいお姿」


 ナナリアが自室のベッドに転がっていると、どこからともなく男の声が聞こえた。


「神の血脈であるナナリア様が、ああ、なんと無様で悲しいお姿」


 ナナリアは溜息を吐いてから、体を起こす。

 失った手足は、少しずつ修復されている。

 完全に元に戻るには、まだ30日か40日は必要。


「されど美しいお姿。ワタクシはいきりたってしまいますナナリア様」


「相変わらずの変態ぶりで安心したわ」ナナリアが言う。「夜の王、暗闇の主、人の血肉を喰らう化け物、セブンアイズの1人、ゼルマ・ウルス」


「ワタクシが化け物? ああ、実にその通りでございますナナリア様」


 ゼルマは少し笑っているようだった。

 しかし姿は見えない。

 ゼルマは影の中に潜んでいる。

 ゼルマには種族固有の特殊スキルが2つある。

 その1つが、影の中に身を潜める能力。


「あなたを呼んだのは、食べて欲しい人間がいるからよ」


「ああ、ナナリア様、人を喰らうことで戦闘能力を上げ続けたワタクシですが、最近は頭打ち感が酷く、どれだけ喰っても強くなれないのです。いつか、いつの日か、セブンアイズの1位になりたいと願い続け、無心に食い続け、されど未だに5位のまま」


「無心? 喜んで食べてたでしょうに」


 ナナリアは少し呆れた風に言った。


「ははっ、そうだったかもしれませんナナリア様。それで? わざわざセブンアイズのワタクシを呼ぶということは、相手は大英雄か何かで? だとすると、ナシオ様は許可済みで?」


「お兄様は関心がないの」ナナリアは寂しそうに言った。「私をこんなにした奴らを、殺したいのに、お兄様は放っておけって言うの」


「ほぉ、つまり未許可! まったくの独断! 素晴らしい! ワタクシはもちろん、ワタクシの大好きなナナリア様の手足をもぎ取った者を殺しましょう! ああ、ナナリア様の手足を、脳みそを、内臓を、ワタクシも食べてみたいですなぁ!」


「死ぬわよ?」

「ええ! ええ! それも良いでしょう!! ナナリア様を食って死ぬ!! 悪くない! ワタクシの人生に悔いはない!」


 ナナリアは「こいつマジでキモイ」と思ったが、言わなかった。

 それに、手足は食べられたわけじゃない。

 それも面倒なので説明しない。


「対象の名前はアスラ・リョナ」

「ほう、ほうほう! それはどういった人間で!? 大英雄!? 大英雄なら、頭打ちしたワタクシの能力も、少しは向上するかもしれませんな!」

「普通の人間よ」

「ああ、そう」


 ゼルマは急に興味を失った。


「首を持って来て。体は食べていいわ」

「はい」


 ゼルマはどうでも良さそうに返事をした。


「……預言を覆した少女よ」


「ほう!! ほうほうほう!!」ゼルマが食い付く。「預言を!? かのゾーヤが残した預言を!? 未来を見通す神域属性・神託の預言を!? 有り得ない! ああ、実に有り得ない!」


「有り得ないことを現実にしたのがアスラ・リョナ」ナナリアが言う。「食べれば、何か得られるかもしれないでしょう? ゼルマは私のお気に入りなの。だから、もっと力を付けて1位になって欲しい」


「ああああああ! なんという嬉しいお言葉!! ワタクシは今、絶頂を迎えてしまいました!!」


「え?」とナナリア。


「実に気持ち良かった!!」


 本気で気色悪いわね、こいつ。死ねばいいのに。


「深夜にコッソリ、ナナリア様の寝息を吸い込んだ時並の絶頂!」

「何してんの!? あんた私に何してんの!?」


 ゾワゾワと、ナナリアの背筋に冷たいものが走った。

 あまりの気持ち悪さに、吐き気までしてきた。

 早く話を終わらせて、どこかに行ってもらおう。ナナリアはそう強く思った。


「つ、ついでに、ダブルのティナも殺せるなら殺しておいて」


「いや無理でしょう」ゼルマは急に冷静に言った。「神の血脈は毒。ワタクシは食べられない」


「普通に殺して。血を浴びないように」


「難しいですな」ゼルマは乗り気じゃない。「面倒ですな。しかし、ナナリア様が今、着ている物を一式ワタクシにくれるなら、考えましょう」


「ティナはもういいわ」ナナリアが言う。「アスラだけ食べて。私の足を吹っ飛ばした恨みを晴らして」


「ククク、分かりましたナナリア様。頭だけ残して、残りは食い散らかしましょうぞ」


 そしてゼルマの気配が消える。

 ナナリアはホッと息を吐いた。

 セブンアイズの中で、ナナリアの命令を普通に聞いてくれるのがゼルマだ。

 他の6人はナシオが反対することには、同じく反対する。

 だからゼルマは便利なのだが、いかんせん、気持ち悪い。


「ところでナナリア様」

「まだいたの!?」


 ナナリアは驚いてビクッとなった。


「アスラ・リョナはどこに?」

「……監視からの情報だと、今頃はエーンルート闘技場で英雄選抜試験を受けてる」

「分かりました。それと、行ってらっしゃいのキスは?」

「ない」

「……やっぱり止めますかねぇ。ナシオ様も反対のようですし」


「ちゅ」とナナリアが虚空に投げキッス。


「行って参ります!!」


 そして今度こそ、本当にゼルマの気配が消えた。

 ナナリアはしばらく警戒していたが、どうやらちゃんと向かったらしい。


「はぁ……鳥肌ヤバイ」


 ゼルマより気持ち悪い生命体を、ナナリアは知らない。


       ◇


 アスラの1回戦の相手は、20代後半の男だった。

 常連で、4回目の出場。誰かの弟子というわけではないが、東の剣術を修得している。

 一応、事前に相手のことは軽く調べているアスラだった。


「お? アスラか」闘技場の真ん中で、アクセルが言った。「あとで色々、聞きたいことがあるからヨォ。今晩あけとけよ?」


「やだよ」とアスラ。


 アスラは対戦相手の男を見ながら言った。


「銀髪に黒いローブの少女は、なんと今話題の傭兵団、《月花》の団長アスラ・リョナ!!」


 1階席で解説をしている男が言った。

 男の声はラッパ状の鉄製音響メガホンを通して、闘技場内に響いた。

 円形闘技場は音響効果に優れているので、大声を出せば観衆に届くとは思うが、メガホンを使った方が効率的。


「対するは、3次試験4回目の挑戦!! 剣士ルーカス・ムイック!!」


 解説者の紹介で、ルーカスが木製の剣を掲げた。

 それなりにいい男なので、僅かだが黄色い歓声が飛んだ。


「大声で紹介されてしまったから、悪いけど、本気でやるよ」


 アスラが背中の木製クレイモアを握り、額の前で構えた。


「おっしゃ! 1回戦第4試合! 始めろや!」


 アクセルが大声で言って、3歩下がった。

 アスラは正面から踏み込んだ。

 そのままグルンと右から木剣を薙ぐ。

 しかしルーカスはそれを受け止めつつ、けれど受けきれないと悟り、力の方向と逆側に飛ぶ。

 ほう、さすが英雄候補、とアスラは感心した。

 割と、強烈にいったんだけどねぇ。


 ルーカスは少し驚いたような表情をしている。

 アスラは小柄だ。

 あれほどの威力を出せるのは、型が綺麗でキチンと力を伝えているから。

 体重が少ない分を技と速度でカバーしている。

 剣士であるルーカスは、それを一撃で理解したのだ。


「きょ、強烈な一撃!! 13歳の少女とは思えない強打!!」


 解説者も驚いていた。

 アスラの噂は聞いていても、実際に見たらやはり驚くものだ。


「なるほど」ルーカスが構え直す。「伊達や酔狂で傭兵をやっているわけではない、か。アイリスの例があったというのに、少し油断した」


 ルーカスが前回3次試験に参加したのは、アイリスがいた時だ。

 要するに、アイリスに負けたのだ。

 そこからしばらく鍛え直して、今回参加したというのが経緯。


「ルミアなら、今ので相手の剣ごとへし折ってるんだけどねぇ」


 やはりもう少し体重が欲しい。

 分かり易く言うと、大きくなりたい。

 ルーカスもアスラも隙がないので、お互いに構えたまま、ジリジリと距離を詰めた。


「あー、やっぱこういうのダメだ。向いてないよ私には」


 アスラは無防備にポイッと木剣を捨てた。

 それを降参と見て、ルーカスがホッと息を吐いた。

 その瞬間、アスラはローブの下から木製の短剣を抜いて投げた。

 ルーカスは慌てながらも、短剣を弾き落とした。


「グッドナイト」


 アスラはすでに近接戦闘術の間合いに入り込んでいた。

 短剣を投げてすぐ動いたのだ。

 地面を強く蹴って、掌底でルーカスの顎を打ち抜いた。

 ルーカスはその場でガクンと崩れ、膝を突く。

 木剣を杖のようにして立とうとしたが、ルーカスは立てない。


「やめておけ。脳を揺らした。拳で殴るよりも、ここ」アスラが右の掌底を左手で指さしながら言う。「顎を狙う場合はここで打った方が、ダメージが浸透する。だから立とうとするな」


 相手を戦闘不能にする技術の1つだ。

 観衆はシンッと静まり返っている。


「今のは、わざと武器を捨てて油断を誘った……?」解説者が曖昧に言う。「あまり、英雄的な戦闘方法とは呼べませんが……大英雄様の判定は……?」


 ざわざわ、と場内が騒がしくなる。

 密やかな声だが、その多くはアスラへの批判だった。


「ふざけるな!!」アスラが叫ぶ。「英雄は戦闘中に簡単に気を抜くのかね!? 相手が《魔王》でも、振り上げた腕を降ろしたら安堵するのかね!? 何が英雄的な戦闘方法だ! だから《魔王》戦で死ぬんだよ!! 私らはお遊戯会をしてるのかね!?」


 再び、場内が静まり返る。


「お花畑どもめ!! 今の戦闘に文句がある奴は相手になってあげよう!! かかってくるがいい!! その代わり、命の保証はしないよ!!」


 見学していた英雄候補たちが数名、壁を越えて場内に入った。

 アスラの挑発に乗ったのだ。


「まぁまぁ、アスラちゃん落ち着いて」エルナが解説者のメガホンを乗っ取った。「アスラちゃんは降参するなんて言ってないのに、ルーカスが勝手に油断したのだから、悪いのはルーカスよー」


 エルナはどこか嬉しそうだった。

 エルナの思考は実戦重視。つまり《月花》寄りなのだ。


「エルナ様?」解説者が言う。「いつの間に……」


「おうテメェら!!」アクセルが大声で言う。「英雄は《魔王》と戦うんだヨォ!! 他の候補者どもも聞こえてんだろう!? 半端な覚悟なら今すぐ消えろや!! アスラは間違ってネェぞ!!」


 アクセルの言葉で、場内に入った英雄候補たちは困惑の表情を浮かべた。


「今回から、くだらない伝統みたいなの、無しにするわねー」エルナが言う。「英雄は強くなければ意味がないのよー。肉体的な意味だけじゃなくて、精神的にもよー。戦闘中に気を抜くなんてもってのほかだわー」


「いつ、いかなる状況でも!!」アクセルが言う。「相手が降参するか、倒すまで気を抜くんじゃネェぞ!! 実戦なら死んでんだぞ!? 分かってんのか!? もっとも英雄らしい行動ってのはな!! 負けネェことだ!! その称号の重さを!! もう1度考えろ!!」


「ちっ」とアスラが舌打ち。


 嵌められた。

 アクセルとエルナは、最初からアスラが傭兵的な戦闘をすると分かっていたのだ。

 そして、それを利用して英雄候補たちに新たな観念を植え付けようとしているのだ。

 より実戦的に。どんな手段でも勝たなければ意味がないと。

 なぜなら、英雄の主敵は《魔王》なのだから。

 要するに、もっと実戦的に英雄の質を上げようとしているのだ。


「クソ、これも私を参加させたかった理由の1つか」


 手段を選ばず勝ちに行くアスラの姿勢。

 以前、エルナは言った。「本当はアスラちゃんのような人物こそ、《魔王》討伐に必要だと思っているのよ、わたしは」と。

 本気だったのだ。

 エルナは最悪、アスラが英雄になれなくても、今の英雄たちをそういう風に変化させたいのだ。

 普段は気の良い奴だが、戦闘となったら人格が変わるような、そんなベテラン兵士のような英雄を欲しているのだ。


「みんなが私みたいになったら、英雄と敵対した時に困るじゃないか……」アスラは小声で言った。「……気分が高揚して楽しくて、とことん、徹底的に、英雄がみんな死ぬまでやっちゃうじゃないか」


 楽しくなったら歯止めが利かない。

 願えるなら、神様でも何でもいいけれど、願い事を1つだけ叶えてくれるならば、

 私は自分と戦争したい。

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