九章

第1話 ローズカットのレッドダイヤ 人の命より高価な宝石ってことさ!


 アクセル・エーンルートの祖国、ケラノア王国。

 アスラたちはエーンルート闘技場の隣の宿にチェックイン。

 アスラ、マルクス、レコの3人だ。

 残りのメンバーは古城で訓練に努めている。

 宿のロビーには英雄候補らしき人物が数人、新聞を読んだり、ソファに座って煙草をふかしている。


「団長、オレを連れて来きたのは、やっぱりオレがいないと団長も寂しいから?」


 レコが笑顔で言った。


「違うよ。雑用が1人は欲しいからね。ほら、部屋に行くよ」


 アスラが歩き始める。

 マルクスとレコがそれに続く。

 アスラはいつものように、広い部屋を取った。ベッドは2つ。アスラとマルクスのだ。

 レコは放っておいてもどうせアスラのベッドに入る。

 アスラが「今日は1人で寝る」と言わない限り、だいたいレコやサルメと一緒に寝るのが習慣。

 希にティナも混じることがあって、ベッドが酷く窮屈な時もあるが。


「でも、雑用ならサルメでもよかったよね? なのにオレってことは、やっぱり団長もオレが好きだから?」


 レコはアスラを追い抜いて、振り返って言った。

 とっても楽しそうである。


「旅行に来たわけじゃないよ」アスラが溜息を吐いた。「明日から英雄選抜試験で、私もマルクスも出場する。だから君は雑用係。サルメでもよかったけど、君の方が言うこと聞くからね」


 サルメはたまに暴走する。

 実力はどっちもどっちだが、信頼度で言えば、レコの方が上なのだ。

 サルメを信頼していないという意味ではない。


「ふぅん。じゃあオレ、明日に備えてマッサージしてあげようか?」

「私の胸をか?」

「え? ないでしょ、そんな立派なもの……ごふぅ」


 アスラはうっかりレコの金的を蹴り上げた。

 レコが廊下でゴロゴロと転がった。


「相変わらず、だな」


 マルクスが呆れたような口調で言った。


「やっぱりサルメにすれば良かったかな……」


 アスラがやれやれと肩を竦めた。


「ねぇ、早く進んでや。うちの部屋、奥なんやけど」


 背中から女の声。

 他の宿泊客だ。

 レコを蹴った時に、アスラたちは立ち止まったので、邪魔だったのだ。


「お先にどうぞ」


 アスラが廊下の隅に寄って、マルクスも同じようにした。

 レコはまだ転がっている。


「銀髪の少女……、黒いローブの可愛い子……アスラ・リョナ?」


 女がアスラの顔を見て言った。

 女は金色の髪を低い位置で括っている。

 見た目の年齢は18歳前後。

 ロビンフッドのような服装に、左手で弓を持っていた。

 背中には矢筒。


「エルナの弟子か?」


 見た目からの判断で、そう言った。


「せや! エルナ様からアスラのことは聞いてるで! うちはハンナや。気楽に呼び捨てでええよ」

「ほう。少し訛ってるね。出身は?」


 訛っている人物は珍しい。

 かなりの辺境に住んでいたのだと推測される。


「西やで! うちは西の西の隅っこの出身やけど、エルナ様に憧れて弟子入りしたんや!」


「また小さい胸」とレコ。


 レコは廊下に転がったまま、ハンナを見上げていた。

 レコの言葉通り、ハンナの胸もあまり大きくない。


「鍛えているから、体脂肪が少ないんだよ。この話、何度目だい?」


 アスラが呆れたように言った。


「うち、軽くショックなんやけど……」


 ハンナが右手で自分の胸に触れた。


「申し訳ない。女性の胸が気になる年頃なんだ。許してやってくれ」


 マルクスが微笑みかける。


「え、ええよ!」


 ハンナは少し頬を染めて頷いた。


「明日の試験ではお手柔らかに頼む」マルクスが言う。「自分は3度目の挑戦だが、ハンナは初めてか?」


「うちはこれが初めて! エルナ様、なかなか出してくれんくて! 20歳にしてやっとや!」


 ハンナはアスラの予想より年上だった。

 確かにしっかり見ると、20歳前後に見える。

 しかし、はつらつとした雰囲気が若さを演出しているので、よく見なければ18歳ぐらいに見えるのだ。


「20歳で英雄なら早い方だよ、勝ち抜ければの話だけど」


 10代で英雄になったのは歴史上、3人だけ。

 エルナ、ジャンヌだった頃のルミア、アイリスの3人だ。


「絶対に英雄になるで! そんで、エルナ様の跡継ぎになるんや!」


「そうか。まぁ頑張りたまえ」アスラが言う。「途中で私に当たらなければ、いい線いくだろう。私は英雄の称号なんて望んではいないが、手を抜く気もない」


 武力を売りにしている《月花》の団長が、初戦で敗退するわけにはいかない。

 勝てる限り勝ち続ける。

 そして英雄並の実力があることを公に示す。


「いやいや! うちだって負けんし! ほんなら、また明日、闘技場で!」


 ハンナは小さく手を振って、ついでに笑顔まで浮かべてから廊下を進んだ。


「私らも部屋に行こう。明日のためにのんびり休息としゃれ込もうじゃないか」


       ◇


 傭兵国家《月花》の古城。城門の外側。

 残された団員たちは今日も訓練に励んでいた。


「死ぬ……僕は……死ぬ」ラウノが息も絶え絶えな様子で言った。「キツイ……。本当にキツイ……」


 午前中に基礎的な訓練を全て終わらせ、今は実戦形式の訓練を行っていた。

 ラウノがパタッと倒れた。


「休憩にすっか」とユルキ。


 チーム分けはユルキとラウノが組んで、イーナとサルメが組んでいる。

 2対2の戦闘訓練。

 もちろん、使用した武器は訓練用のもの。


「大丈夫ですかラウノさん」


 サルメがラウノに駆け寄る。

 ラウノが訓練に参加したのは、今日が初めて。


「サルメ……平気なんだね……すごい」


「私はもう結構、《月花》に所属しているので」サルメが自慢気に言う。「まぁ、日々がめまぐるしいので、何日所属しているのかサッパリ分かりませんけど」


「……そんな長くない」イーナが言う。「100日ぐらい……?」


「思えば俺ら、初陣から今日まで、クッソ忙しかったよなぁ」ユルキが言う。「初陣のあと速攻で魔物部隊と戦って、次はテルバエ大王国軍」


「あ、魔物部隊のあとですね、私が仲間になったの」とサルメ。


「……団長がアクセルに……ボコボコにされた……」

「私はその日、初めて団長さんの椅子になりました」

「定期的に椅子になってるみたいな言い方だね」


 ラウノが体を起こし、地面に座り込む。

 合わせて、ユルキ、イーナ、サルメも座った。


「そのあとはフルマフィを壊滅させて、そっから大森林か」

「私は死にかけました」

「君たちは死線を何度も潜っているんだね」


 傭兵団《月花》の軌跡。


「……大森林のあと、ゴジラッシュ来襲……」イーナが言う。「ジャンヌとティナも……」


「んで、ルミアが脱退」ユルキが言う。「団長が拉致される」


「君ら、本当に忙しいね。ビックリするぐらい忙しいね」ラウノが苦笑い。「てゆーか、アスラ拉致されたんだ? そういうタイプには見えないけど。普通に犯人殺しそうだけどね」


「当然、殺したさ」ユルキが言う。「拉致されたあとでな」


「その犯人が大英雄のノエミ・クラピソンでした」

「……そのあとは、カジノで……遊んだ」


「そしてジャンヌの戦争に敵として参加。ジャンヌ撃破。なんだかんだで、ラウノを仲間にしたわけだ」

「いやー、僕はそんな忙しい日々に対応できるかなぁ」ラウノが言う。「監獄島では割とのんびりしてたからねぇ」


 もちろん、領土争いもあったけれど。

 毎日のように殺し合っていたわけではない。


「あら? 憲兵だった頃のラウノは、同じぐらい忙しかったじゃないの」


 彼女が会話に混じった。

 ラウノは微笑みを浮かべた。


「……なんで笑ったの?」とイーナ。

「いや、別に」とラウノ。


 彼女は他の人には見えない。

 と、蹄の音が聞こえてラウノ以外の3人が立ち上がる。


「客の予定はねぇぞ。魔殲だったら、相手の実力によっちゃ、ティナに助けてもらうぞ」

「……うん」


「本当に忙しいなぁ」とラウノも立ち上がる。


 城門から伸びる道の先に、馬が何頭か見える。


「先頭の馬が追われているように見えるね」


 それがラウノの判断。


「だな。馬は全部で4。人数は……5か?」


 先頭の馬には男が乗っているのだが、男の前に小さな女の子が乗っている。


「……魔殲じゃない」イーナが言う。「……軍隊?」


 先頭の馬以外の馬は鎧を着ている。

 つまり軍馬だ。

 乗っている人間たちも、兵士のような格好だった。


「旗がないから、どこの国か分からないね」ラウノが言う。「どうする? 不法入国だよね?」


「追われている方を助けて、お金貰いましょう!」とサルメ。

「……敵勢力が、どこかによる……」とイーナ。


「団長不在の状況で、妙なとこと敵対するのは避けてぇな」


 追われている男の馬が、ラウノたちのすぐ近くまで来た。

 男の背中にはいくつもの矢が刺さっていた。


「どうか、この子を……」


 男は馬を止め、そのまま馬からずり落ちて息絶えた。

 どうか、この子を。

 それが最期の言葉。


「依頼だな?」とユルキ。


「……お金は、払えそうな身なり……」


 馬に乗っている女の子を観察したイーナが頷く。

 女の子は急いで馬から飛び降りて、死んでしまった男を揺すった。

 当然、男は死んでいるので反応しない。


「おい! そのガキを渡せ!!」

「我々はクスタヴィ・ハールス・ルル様の私兵である!」

「その娘は討伐対象だ!」


 軍馬がラウノたちを囲んだ。


「ルルってことは中貴族か」ユルキが言う。「敵対しても問題ねぇな」


「……ねぇ。いくら払えるの……?」


 イーナが女の子に寄って行く。

 女の子は7歳か8歳ぐらい。

 黒髪で、ハーフアップ。高そうな髪飾り。

 服装もフリルの多い綺麗なドレス。


「あのですね」サルメがハールス家の私兵たちに言う。「ここがどこか、分かってます?」


「知らん!」と私兵の1人。

「中央まで逃げやがってクソが」と別の私兵。

「さっさと首を落として帰りたいんだ、渡せ」と更に別の私兵。


「ここは傭兵国家《月花》の領土内」ラウノが言う。「君らは不法入国している。意味分かるかな? アスラ・リョナって知らない?」


 ラウノの言葉で、私兵たちが顔を見合わせる。


「ちなみにですが」サルメが言う。「この女の子を渡したら、幾らくれます?」


 サルメの言葉で、女の子がビクッとした。


「おい、《月花》はまずいだろう?」

「ジャンヌ殺しの傭兵団だろ? 穏便に話そうぜ、金で解決できるっぽいし」

「アスラ・リョナってあれだろ? ジャンヌより頭おかしいって話だろ?」


 私兵たちは小声で会話している。

 当然、ラウノたちには全て聞こえているのだが。


「こ、この宝石を!」


 女の子が首飾りを外してイーナに渡した。

 首飾りのトップは赤い宝石。


「お? おお?」ユルキが宝石に興味を示す。「ちょ、ちょっと待て。おい、イーナ、それ……」


「……レッドダイヤ……」


 イーナが口を半開きにした。


「何それ?」ラウノが言う。「高価なの?」


「高価なんてもんじゃねーぞ!? フルセンマークに3つしかねぇ超絶貴重な宝石だ! 昔狙ってたんだよな! つか、ローズカット!? 昔狙ってたのにソックリだぞ!」

「……ローズカットのレッドダイヤは……東フルセンの大貴族……ノロネン家が所有してた……」

「ローズカット?」


 ラウノは宝石には詳しくない。

 憲兵だった頃も、宝石に関わったことはない。宝石は高価なので、担当の部署があった。


「蕾みたいな形になってんだろ?」元盗賊のユルキはテンション高めで言う。「火の下でいい感じに輝くんだよなー」


「よく分からないですけど、凄そうです! 幾らですか? 私、現金で言われた方が分かります!」

「……軽く100万ドーラ……」


 イーナが言って、ラウノは思考が停止した。

 そんな大金、手にしたこともなければ、目にしたこともない。

 そのとんでもない価値の宝石を、女の子はイーナに渡したのだ。


「いや、オークションに出せば200……300まで上がるんじゃねぇの?」

「……オークション参加者によっては……500出すかも……」


「えー、私兵のみなさん」サルメが笑顔で言う。「女の子は渡しません。帰るか死ぬか選んでください!」


「ふ、ふざけるな! レッドダイヤだと!?」

「おい、こいつら殺してダイヤも持って帰ろうぜ!」

「当主様に渡したら……いや、くすね……」


 台詞の途中で、私兵の1人が馬から落ちた。

 イーナが短剣を投げて、それが彼の額に刺さったのだ。


「死ね。レッドダイヤのために死ね」


 ユルキが右手で【火球】を放ち、私兵の1人を焼き殺す。

 軍馬が慌てて、火だるまの私兵を振り落として走り去った。


「500万ドーラならどんな依頼でも請けていいですよね!!」


 サルメが馬上の私兵に飛びかかる。

 サルメは私兵の顔を掴んで、そのまま反対側に私兵を落とす。

 落とした時に、全力で掴んだ手に体重を乗せる。

 私兵は地面で後頭部を強打。意識を失う。

 そのまま首を絞めて絶命させる。


「簡単な仕事でした!!」

「おう!! これでレッドダイヤとか最高だぜ!!」

「……ついでに中貴族、殺しても……まだ余る……」


「君ら……現金な性格というか……なんというか」ラウノが引きつった表情で言う。「それでいいのか?」


「傭兵ですから! 私たちは報酬さえ見合えば何でもやりますよ!」

「おう! マジで今からお嬢ちゃんを追って来た中貴族家、滅ぼしに行ってもいいぞ!」

「……うん。それでも余る……」


 サルメ、ユルキ、イーナはテンションが高く、ニコニコしている。

 ラウノは溜息を吐いてから女の子に近寄って、頭を撫でた。


「お名前は?」とラウノが優しい声で言った。


 ラウノを見て、女の子は照れたように頬を染めた。


「あたしは……、メルヴィ・ノロネンです……レレ号は剥奪されて、追われています。《月花》のみなさん、助けてください」

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