EX27 これもある意味、闇堕ちだけどね! 「闇堕ちだけはやめろとあれほど私が……」


 アイリスの祖国、王城。

 中央では、すでにクレイヴン家討伐軍が編成されていた。

 危なかったぁ、と胸を撫で下ろしながら、アイリスは謁見の間に向かう。

 レッドカーペットを歩き、王の近くに寄ってから、アイリスは両手を広げた。

 武器を持っていないことの証明。

 それから片膝をついて頭を下げる。


「ふむ。お主が来るとはな。よい。面を上げよ」


 アイリスが顔を上げる。

 ここまでが作法。

 多くのフルセンマークの国で採用されている、謁見の作法だ。


「ふむ。やはり美しいなぁ」


 デップリと太った王は、いやらしい笑みを浮かべた。


「お話ししたいことがあります、我が王」


 アイリスは真剣な面持ちで言った。


「聞こう。英雄アイリス。自治権の話であろう? 嫁に来る気になったか?」


 王は唇を舐めた。

 アイリスはゾッとしたけれど、表情には出さない。


「あたしはまだ、英雄としても半人前で、更に任務中です」アイリスが言う。「よって、嫁ぐことができないのです」


「ふむ。英雄の任務を投げ出せ、とは言えんのぉ」王が楽しそうに言う。「されど、余と結婚することは可能であろう? 式典はささやかに、1日で終える略式のものを採用しよう」


 あああああああ、気持ち悪いぃぃぃ!

 アイリスはゾワゾワした。

 王は何がなんでも、アイリスとエッチしたいのだと丸わかりだ。

 スケベ心が前面に出すぎて心底気持ち悪い。


「いえ……それは……」

「では出陣させるかのぉ」

「ちょっと待って!」


 アイリスは勢い余って立ち上がった。

 王の親衛隊たちがバッと寄って来てアイリスに槍を向けた。


「二択じゃアイリスよ」王はニヤニヤと言う。「余と結婚するか、滅ぶか。言っておくが、今更中央集権に賛成しても遅い。中央官僚に空きはない」


「なぜ、あたしと結婚したいのですか?」

「お主は英雄じゃ。よって、結婚後は軍に籍を置いて貰う。余とともに、我が国の更なる発展に尽くせ」


 ああ、やっぱり、とアイリスは思った。

 アイリスの若い肉体だけではなく、その称号までも思いのままにしたいのだ。


「……断ったら、出陣ですか?」

「うむ。当然じゃ」

「あたしを敵に回すとは、思わないんですか?」


「英雄は私怨では殺せんだろう? 余に何ができる? ん?」王は勝ち誇ったように言った。「生意気な態度よのぉアイリス。今の発言は、王への叛逆とも取れる」


「もしそうだとしても、そっちもあたしに何もできない」アイリスが言う。「英雄を殺せば、英雄が敵になる。王族でも関係ないわ。全ての人間に適用されるもの」


「称号の剥奪、というのがあるそうだな」王が言う。「クレイヴンを滅ぼし、お主の称号を剥奪し、余のペットとして飼うという方法も、あると言えばある」


「あたしは称号を剥奪されるようなことはしてない」

「ジャンヌ・オータン・ララも、そう言ったのだろう? 10年ほど前だったか?」


 でっち上げるつもりだ、とアイリスは思った。

 ああ、でも、このバカは結末を忘れている。

 それに。

 アイリスはジャンヌではないしルミアでもない。

 彼女たちにないけれど、アイリスにはある。

 アスラ・リョナの手法を間近で見続けた、という事実が。


「まぁ、余としては、円満に結婚し、我が国に尽くして欲しい。その方がお互いに、利益となる。そちらは自治権。余は英雄を手に入れる」


「話にならないわね」アイリスが溜息を吐いた。「1個、勘違いしてるから教えるけど、英雄は確かに私怨では殺せない。でも、殴っちゃダメって決まりはないのよ?」


「殴れば終わりであろう」王が言う。「話し合いの場で、正当な理由もなく、王を殴るなど、英雄にあってはならない行動。普通に犯罪だろう。証人も多い」


 王が周囲を見回した。

 親衛隊員に、大臣たち、召使い。

 ここには多くの人間がいる。


「ねぇ王様。勘違いしないでね?」アイリスが言う。「あなたは、あたしを脅迫しているつもりかもしれない。でも違う。違うの。あたしが脅迫してるの」


 アイリスの言葉に、王が首を傾げた。


「二択よ王様。滅ぶか、自治権を認めるか。あたしがそっちに突きつけてる。あたしには死神が味方してるの。ジャンヌやルミアになかったものよ」アイリスがニヤッと笑う。「だいたいさ、なんであんたみたいなデブで不細工で性格の悪い奴と結婚しなきゃいけないの? 絶対に嫌だし」


「不敬罪だ! 捕えろ!」


 王が叫ぶ。

 同時に、城の中で何度か爆発音が響いた。

 何がなんだか分からず、周囲の人間たちが狼狽える。


「時間切れ。死神の迎えが来ちゃったわ」アイリスが肩を竦める。「ねぇ、王様、。たまたま偶然、あんたに腹を立てた人が、この国を滅ぼす。残念だけど、あたしは関係ない」


「ドラゴンだー! ドラゴンが出たぞー!」


 外が騒がしい。


「こーんにーちはー! アスラ・リョナでーす!」


 ノリノリのアスラが謁見の間に入ってきた。


「なんだかよく分からないけど! うちの子をいじめてるって聞きましたー!」アスラがとっても楽しそうに言った。「判決!! 死刑!! だいたいいつも死刑!!」


「え? なんでそんなノリノリなの?」


 アスラのテンションが高すぎて、アイリスもやや引いていた。


「だってさぁ、いっつも小生意気だったとある女の子がさー! 私に手紙を書いたんだよ? 助けてくれーって! いい気分じゃないか!! あと、お腹痛いの治った!!」


 親衛隊員が2人、アスラに向かって行った。

 アスラは2人の槍を躱し、跳躍。

 そのまま1人の顔面に膝蹴りを入れた。

 着地して即座にもう1人の鳩尾に拳を叩き込む。


「な、なんだ貴様は!!」


 別の親衛隊員が叫んだ。


「アスラ・リョナって名乗ったじゃないか! 傭兵団《月花》だよ! 君たちは私の逆鱗に触れたので、処刑します!! 意味分かるかな!? ぶっ殺すって意味だよ!?」


 アスラは楽しそうに体を揺らしていた。


「はいそこ! 逃げない!」


 アスラが指を弾くと、床が爆発。

 逃げようとしていた王様が腰を抜かして尻餅を突いた。


「王様」アイリスが笑顔で言う。「助けてあげようか? あたし、助けてあげようか? 外ではドラゴンが暴れているみたいだし、英雄の力が必要じゃない? 助けて欲しい? ねぇ助けて欲しい?」


「ふふふふ、ふざけるでない! お主の仲間だろうが!!」

「えー? アイリスちゃん分からなーい」


 アイリスは人差し指を自分の頬に当てて、コテンと首を傾げた。


「こ、こんなことして、タダで済むと思っておるのか!? 出陣だ! 今すぐ出陣してクレイヴンを叩け!」


 王様が喚く。


「そりゃ無理ってもんだぜ」いつの間にか謁見の間にいたユルキが言う。「将軍は今頃イーナが縛っていじめてるぜ?」


「いや実に楽しいなぁ! 一度でいいから王様相手に暴れてみたかったんだよね!」


 アスラが【乱舞】を使って謁見の間に花びらをバラ蒔く。


「それそれ!」


 アスラが連続して指を弾くと、花びらが2枚爆発した。

 新性質、変化。

 アスラはこの無数の花びらの、どれでも好きなやつを【地雷】に変えられる。

 やろうと思えば、皆殺しにできるのだ。

 足下だけでなく、全員、体の一部に花びらが付着しているのだから。


「ねぇ王様、助けて欲しくないの?」アイリスが言う。「うちの自治権認めれば、助けてあげるけど?」


「大英雄に抗議してやる!」王が言う。「どう考えてもお主の策略ではないか!」


「えー? 証拠は?」アイリスが笑顔で言う。「あたしの策略だって、どうやって証明するのー? ねぇアスラ、これってあたしの作戦?」


「知らないなぁ」アスラが両手を広げる。「私はただ、そこのデブが気に入らないから暴れているだけだよ。私の仲間もね。アイリスは関係ないね」


「そ、そんな言い訳が……」

「通るよ」


 アイリスが王に向かって歩く。

 親衛隊が道を阻んだけれど、アイリスは親衛隊を叩きのめした。

 歩きながら、自然に叩きのめした。

 ユルキが口笛を吹いた。


「だって、エルナ様もアクセル様も、アスラの知り合いだし、アスラの性格をよく知ってるもの」


 アイリスが王の前に立つ。

 王はまだ腰を抜かしたままで、立ち上がれない。


「あたしの性格もね」アイリスが急に冷えた声を出した。「あたしが、こんなことしないって、2人とも知ってるの。あたしって、可愛がられてるのね。将来の大英雄候補だもん。そんなあたしの証言と、あんたの証言、どっち信じると思う?」


「しょ、証人が何人いると……」


「いないよ?」アイリスが周囲を見回して言う。「だってみんな、?」


 アイリスの言葉でみんな察した。

 理解した。分かってしまった。

 王の味方になるなら、この場で殺す。そういう意味だと。

 そして殺すのは英雄のアイリスではなく、傭兵のアスラだということも。


「え、英雄を脅迫するのは反対だった!」と大臣が言った。


「だいたい、クレイヴン家に圧力をかけるのは止めましょうって進言した!」


 王の補佐官が言った。


「王の独断! そう、これは王の独断! 我々は関係ない! クレイヴンとは対話による円満解決を目指すべきだと大臣はいつも言っていました!」


 大臣の補佐官も言った。


「今日ここで、何か見た?」とアイリス。

「何も!」と大臣。

「知りません!」と王の補佐官。

「助けてください!」と大臣の補佐官。


 親衛隊も、ガタガタと震えていて、もう誰も動かなかった。

 みんな知っているのだ。

 英雄に勝てないことを。


 アイリスが本気で怒ったら、

 なりふり構わずブチ切れたら、

 みんな殺されるということも。


 王の脅迫はアイリスの善性や良心、常識などを基盤としたものなのだ。

 アイリスがそれらを全て捨てて、本気で叛逆したなら、誰にも止められない。


「証人いないわね」アイリスが王に視線を合わせる。「どうする? 死んでみる? あたしは次の王と交渉すればいいだけだから、問題ないわよ? なんなら、あたしが次の王になろうか? 刃向かう者は殺せばいいんだから、簡単よね?」


 カキン、カキン、とアスラが両手の短剣を打ち合わせる。


「喉を裂こう。いや、まず腹を裂いて中身を引きずり出そう。きっと楽しい!」


「そりゃいいダイエットだぜ」ユルキが右手に【火球】を出現させる。「心配すんな、骨も残さず焼いてやる。お前は行方不明になるんだ」


 ちょうどその時、外でゴジラッシュが大きな咆哮。

 王がビクッと身を竦めた。


「もしくはドラゴンの餌」アイリスが言う。「どっちがいい? 選ばせてあげるわね。あたし優しいから」


「あー、早く君を殺したいよ王様」


 アスラは狂気的な笑みを浮かべて、短剣を打ち合わせる。


「た、助けて……」


 王のズボンが濡れる。


「うちの自治権は?」

「認める、認めるから……助けて……許して……」

「そう。良かった!」


 アイリスは王の顔面に蹴りを入れた。

 王の体が飛んで、床で跳ねる。

 そのまま王は気を失った。


「あー、サッパリした!」アイリスが言う。「みんな聞いたわね? うちは自治権を得た。今後もし、その約束を反故にするなら、またアスラたちが来る。分かった?」


 アイリスの言葉に、みんなが何度も頷いた。


「よし、じゃあ帰るか!」とユルキ。


「ありがとうアスラ、ユルキ」


 アイリスはいい気分で歩き始める。

 アスラとユルキもアイリスに続く。


「うちでご飯食べて行く?」とアイリス。


「いいね。置いてきたレコたちも呼んでも?」


 来たのはアスラ、ユルキ、イーナ、そしてティナとゴジラッシュ。


「もちろんよ! ゴジラッシュは往復大変そうだけど」


「いや平気だろ」ユルキが笑う。「ゴジラッシュは体力お化けだぜ?」


「あ、そうだ」アスラが思い出したように言う。「その花びらは無害だし、しばらくすると消えるよ。MPで作ったものだからね。だから片付ける必要はない」


 3人はピクニックでも楽しんでいるかのような足取りで王城を出た。


「いやー、誰も殺さずに暴れてくれって頼みは初めてだよ」とアスラ。

「皆殺しの方が難易度は低いっすからねー」とユルキ。

「ありがとう。本当に」とアイリス。


「いいってことよ」


 ユルキがアイリスの頭を乱暴に撫でた。

 アイリスは少し照れたけれど、抵抗はしなかった。

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