EX25 人間か魔物かなんて些細な話さ 大切なのは、私の敵か味方かってこと
ラウノは唖然とした。
目の前で、アスラが人質を取ったからだ。
更に、見せしめのように人質の足を奪った。
ラウノが憲兵時代に捕えた犯罪者たちのような行動に、正直戸惑った。
「アスラはいつも、あんな風なのか……?」
「いえ。いつもではないです」サルメが言う。「今回はたまたま、敵が師弟関係だったので、人質が通用したというだけですね」
「そうじゃなくて、ああいう卑劣なことを平気な顔でやるのか、って意味」
「卑劣なこと?」レコが言う。「敵が師弟関係だった時点で、片方倒して人質にするのが効率的だよ? なんで卑劣なの?」
「僕がおかしいのか……?」
サルメとレコの回答に、ラウノは再び戸惑う。
「姉様なら両方容赦なく殺してますわ」ティナが言う。「片方、逃げるのを許しただけでもアスラは甘いですわ」
「それはたぶん、お腹痛いから追いかけたくなかっただけ」
レコが肩を竦めながら言った。
「イーナさんに頼めば良かったんですけど、お腹痛いし、どうでも良かったんでしょうね」
サルメは苦笑いしながら言った。
「あの女はどうする?」ラウノが言う。「ゴジラッシュを殺そうとした敵だというのは理解できるし、実際にゴジラッシュを殺していたら、僕は彼女を殺すだろう」
ラウノは自分のことをよく理解している。
大切な者を奪ったら、報復する。
それは妻が殺された時に知った自分の暗黒面。
だがもう受け入れている。少年少女のように葛藤することもない。
「分かりません。お腹痛いので、それなりの条件で追い返すのでは?」
「行ってみよう」とレコ。
「そうだね。行ってみよう」
ラウノが歩き始めると、ゴジラッシュもノソノソと歩き始める。
◇
「殺す……魔物は殺す……」
女はゴジラッシュを見上げて言った。
まだ地面に伏せたままだが、瞳の憎悪は消えていない。
「どうやら話し合う余地はないようだね」アスラが呆れたように言った。「今後、魔殲が我々に手を出さないと約束するなら、生きて返してあげてもいいんだけども」
「我々は……魔物を殺す……」女の決意は固い。「死ぬまでに、何匹殺せるか。それだけ……。目の前にいるのに……魔物がいるのに……殺せない……」
女は片足で立ち上がろうとする。
アスラが女の背中を踏みつけた。
「マジで頭がどうかしているよ君たち」アスラが言う。「生きて戻るチャンスを与えたのに」
「うるさい……。人類の裏切り者め……。いつか、いつの日か、お前たちも、ドラゴンも、魔殲の誰かが殺す……。必ず殺す……。死ね。死んだ魔物だけがいい魔物だから……」
「お話になりませんね」サルメが言う。「私が殺してもいいですか?」
「オレ! オレが殺すよ! そのあとはゴジラッシュの餌だね!」
「食えば良い……。呪ってやる……この呪詛に塗れた体、食えば良い」女の表情が酷く歪む。「永遠に、呪い続けてやる……」
「君は将来、《魔王》になるタイプだね」アスラが言う。「その時にまた殺してあげるよ。でも今回は、ラウノ、君が殺せ」
「なんで僕?」
「私の命令で殺せ。初めての命令だよ。殺せラウノ。この女の言葉を聞いていたら吐き気がする。喉を裂いて殺せ」
アスラが短剣を差し出す。
ラウノが短剣を受け取る。
ラウノは短剣の刃をジッと見詰めた。
「死ぬ前に聞きますわ」再びゴジラッシュの背に乗ったティナが言う。「なぜそんなに魔物が嫌いですの? 親でも殺されましたの?」
「魔物と仲良くしている、お前には分からない……」女が言う。「存在してはいけない。魔物なんて、存在すら許さない……」
「ぼくは、両親を人間に殺されましたわ」ティナが淡々と言う。「でも、人間を憎んではいませんわ。今は、ですけれど」
以前、ティナはジャンヌに共感していた。
人類を滅ぼすというジャンヌの目的に共鳴し、手を取り合っていた。
「目の前で……食われた……私の家族は……」女が言う。「魔殲が来てくれなければ……私も食われていた……。魔物は忌むべき相手……滅ぼすべき相手……」
「オレの家族も魔物に食われたけど」レコが言う。「オレはゴジラッシュ大好きだよ?」
「たった1匹の魔物に家族を食われたからって、全ての魔物を憎むのはおかしな話さ」アスラが言う。「殺したのが人間だったら、殺した相手だけを憎むだろう? 君らは考え方がぶっ壊れているよ」
「うるさい……黙れ……」女が言う。「魔物は敵……。殺すべき敵。存在すら、許さない……魔殲は魔物を許さない……。必ず、誰かが殺す……お前たちも」
「聞くに堪えない」アスラが言う。「ラウノ、もう殺せ。耳が腐りそうだよ」
「耳が腐りそうなのは同意」ラウノが溜息混じりに言った。「凝り固まった酷い思考だよ。魔物にだって個体差はあるというのに」
ラウノは女の髪を掴み、喉に短剣を押し当てる。
「悲しいですわ」とティナ。
「私もだよ」とアスラ。
ラウノが短剣の刃を滑らせて、女の喉を切った。
ラウノは溜息を吐いて、女の髪を放す。
「やけに静かだね、アイリス」
アスラが言う。
「……あたしも悲しい」アイリスが半泣きで言った。「ティナも、ゴジラッシュも、魔物だけど友達なのに……。そりゃ、ジャンヌ軍にいて、たくさんの人の死に関わったけど……。それ言うなら、アスラなんて人間の命を道ばたの小石ぐらいにしか思ってないし……」
「たまに大きな石もある」とアスラ。
「そういうことじゃなくて……」アイリスが泣き笑いした。「その、なんか、言葉が出てこない……」
「この女の言葉を鵜呑みにしてはいけないよ」アスラが言う。「おかしいのは魔殲の方さ。魔物ってだけで区別なく殺すんだから、私よりよっぽどイカレてる」
「……それでも、ぼくは戸惑いますわ」ティナが曖昧に笑う。「ぼくは自分も魔物だって、言えませんでしたわ」
「言う必要もないね。君は半分人間だし」アスラが言う。「みんな気分が悪いようだし、今日はもう訓練も無しにして休もう」
「みんな、なんでそんなに気分悪いの?」レコがあっけらかんと言った。「どうでも良くない? 魔殲なんか、別にその都度ぶっ殺せばいいし」
「……レコに賛成……」イーナが言う。「ゴジラッシュは、あたしらの……乗り物だし、殺されると困る……」
「ですね」サルメが言う。「魔殲は敵です。それ以上でも以下でもありません」
「君らのメンタルが強くて嬉しいよ」アスラが笑う。「アイリスは違うみたいだけど」
「あたし、1回、家に帰りたいわ」アイリスが曖昧に笑った。「ちょっと休みたいし、片刃の剣も調達したいの。今日、剣がない不安を感じた。あたしが英雄でも、この人は容赦なく殺そうとしてきた。魔物の味方だから、って」
「いや、たぶん君を殺す気はなかったよ」アスラが言う。「戦闘不能にしようとしただけだろう。英雄と全面戦争は望んでいないはず。だけれど、実家で休むのは別に構わないよ。英雄選抜試験で会おう。君は確か、審査員として参加するだろう?」
アイリスが頷く。
「やっぱり……」ティナが俯いて呟く。「人間と魔物は共存できないのかも……しれませんわね」
「は?」とレコ。
「意味不明です」とサルメ。
「……あたしら……」とイーナ。
ティナは驚いたように顔を上げた。
「私らは共存しているじゃないか」アスラが笑った。「当たり前過ぎて分からなかったのなら、いいことだね。それが普通になりつつある、ということだから」
「完全に忘れていましたわ」
「……こんなに側にいるのに……」イーナが言う。「……こんなに愛しているのに……」
「愛!? ですの!?」
ティナがビックリして大きな声を出した。
「……冗談」とイーナが笑う。
「魔殲の連中の言葉を真剣に受け止める必要はないよティナ」アスラが言う。「かなり極端な連中さ。彼らが英雄になれない理由がよく分かったよ」
2次試験で確実に落ちる。
私でも通さない、とアスラは思った。
「というか、さっきからゴジラッシュが死体を食べたそうに見ているけど?」
ラウノが苦笑いしながら言った。
「ふむ。では食べていいよ。この死体に用はない。腐ると臭うし、処理してくれた方が助かる」
アスラがゴジラッシュの首をポンポンと叩いた。
ゴジラッシュが嬉しそうに一度鳴いて、死体にかぶりつく。
ラウノが背を向ける。
「あまり見たくない光景ではあるね」ラウノが両手を広げた。「別に咎める気はないよ。死体が腐るとかなり気色悪い」
「数多のカエルを解体した私には、どうってことないですね。中に詰まってる物はだいたい同じですから」
サルメが自慢気に言った。
「団長、グレートソードは回収する? 大きい剣ってカッコイイよね」
「そうだね。武器庫に入れておけ。君がもっと大きくなったら、使ってもいいよ」
「やった!」
レコが走ってグレートソードの方へと移動。
「じゃあ、あたしは旅支度するわね」
「ゴジラッシュで送りますわ」
「え、遠慮するわ」アイリスが言う。「ドラゴンが出たって大騒ぎになっちゃう」
「分かりましたわ」
ティナが言うと、アイリスは城門の方へと歩き始める。
「今日休みで良いなら、私は山で遊んできます」とサルメ。
「カエルの虐殺はほどほどにね」とアスラ。
サルメは頷いてから、そのまま山の方へと歩いた。
「……じゃあ、あたしは……、ユルキ兄と魔法の訓練してくる……」
「了解。早く固有属性を得ておくれ」
イーナは小走りで城門へ。
「僕たちは散歩を続けようか」ラウノが言う。「ゴジラッシュの食事が終わったら」
「はいですわ」
「私は部屋で魔法書の製作をする」アスラが言う。「お腹の調子と相談しながらね」
アスラは肩を竦めてから、城門へと向かった。
◇
大森林の深部。
数多の魔物の死骸を積み上げ、その頂点に男が座っていた。
「チェーザレ……」
剣を2本装備した少年、トリスタンが男――チェーザレに近寄る。
「1人か?」とチェーザレ。
「師匠が……」
トリスタンは10日ほど前に、傭兵団《月花》の城を攻めた時の話をした。
彼らはドラゴンを飼っている。人類の裏切り者で、トリスタンの師匠を人質に取るような卑劣な連中だということを、全てを話した。
「そうか。あいつは死んだか」
チェーザレが空を見上げた。
オレンジのボサボサ髪に、ボロボロの戦闘服。
顔には3本の爪痕。
いや、顔だけではない。チェーザレは全身に多くの傷がある。
それらは全て、魔物と戦ってできた傷跡。
チェーザレにとっては勲章と同じ。
「俺は悔しいよチェーザレ」
トリスタンがきつく拳を握った。
「分かるぞトリスタン。オレのところに来たのは正解だ。今後はオレが、お前を強くしてやる。いつか、ドラゴンを殺せるようにな」
チェーザレはもっとも多くの魔物を殺した人間。
それは《魔物殲滅隊》だけの話ではなく、あらゆる人間の中で、今を生きる人間の中で、もっとも多くの魔物を殺したのだ。
「ひとまず、文明に戻るか。さすがに疲れた」
チェーザレが立ち上がる。
もう何日も、1人で大森林に引き籠もっていた。
「よろしく、お願いしますチェーザレ師匠」
トリスタンは頭を下げた。
いつか、いつの日か、
傭兵団《月花》と、彼らが飼っているドラゴンを滅ぼせるように。
師匠の仇が討てるように。
いつか、必ず。
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