EX23 ドラゴンめっちゃ歩いてる! 「違う、あれは乗り物だよ!」


 エルナが訪ねて来た2日後。

 アスラは腹痛が少しだけマシになったので、今日はみんなの訓練を見てやることにした。

 昼食も終わった午後。

 古城の城壁の外側。天気は晴れ。微風。


「少し稼いだら、城壁の修理を依頼しよう」


 所々、崩れた城壁を見ながらアスラ。

 小さい国とはいえ、一応《月花》は国家なのだ。

 城の見栄えはもう少し良くしたい。


「団長! オレ、属性変化やりたい!」


 レコが言った。

 アスラの前には、イーナ、レコ、サルメ、アイリスが並んでいる。

 足下に訓練用の武器が多数置いてあった。

 ラウノは城壁の内側で、ティナとゴジラッシュと遊んでいる。

 まだケガが完治していないので、ラウノが訓練に参加するのはもう少しあと。

 マルクスとユルキは、休息しながら新性質である変化の修得に励んでいる。


「私もやりたいです! 私も1秒以内で認識と取り出しできます!」


 サルメはレコに対抗するように言った。


「いいよ。では訓練開始前にやってみようか。掌にMPを取り出して」


 アスラが言うと、レコとサルメは右手を出して、掌を上にした。

 イーナとアイリスが興味深そうに2人の手を交互に見た。


「じゃあ闇から。暗闇をイメージして。深い闇を」


 アスラの声を聞きながら、2人が集中する。

 そうすると、サルメの掌がドス黒く変色した。

 正確には、掌に取り出したMPが黒くなったのだ。


「……やっぱり」とイーナ。

「サルメ、闇なのね」とアイリス。

「絶対、闇だと思った」とレコ。


「私もそう思ったから、闇を最初にした」

「……私、そんなに闇属性っぽいですか?」


 サルメは苦笑いしながら言った。


「ユルキとマルクスもきっと同じ意見だろうよ」アスラが言う。「まぁ、レア属性だ。良かったじゃないか。もう消していいよ」


 サルメがMPを消す。

 続いて、レコに光をイメージさせたが、変化なし。

 水、火、と続けたが変化なし。

 土をイメージしたところで、レコの掌が土色に変わった。


「やった! 昔の団長と同じ! やっぱりオレは団長になりつつあるね!」

「いや、君はお茶畑の子じゃないか。私とは関係なく、人生の大半が土いじりだったからだろう?」

「でも団長と一緒!」


 レコはとっても嬉しそうに飛び跳ねた。


「喜んでいるところ悪いけど、土は本当に役立たずだよ? もっとも悲しい属性と言ってもいい。私は泣きそうだったね。だから必死で固有属性を得た」

「でも団長と一緒だから悲しくない!」


「……そうか。分かった。いい感じの魔法を作ろう」アスラが肩を竦めた。「さて、午前中に筋トレ、ランニング、近接戦闘術、弓、短剣を終わらせたんだっけ?」


「そう……」イーナが頷く。「午後は……剣、斧、棒、連携の予定だったけど……団長に任せる」


「連携を教えよう。タイム・オン・ターゲットは?」


「……まだ」とイーナ。


「交戦の初期に行う同時弾着射撃……いや、弓矢だから厳密には違うんだけど、ある目標に対して、各方向から射って、同時に命中させる」


「なんで同時?」とレコ。


「逃げられないようにだよ。色々な方向から同時に矢が飛んできたら、全部は躱せない。まぁ、英雄なら叩き落とすかもしれないけど、普通の奴は何本か刺さる」

「……主に、ちょっと強い敵を、みんなで倒す時に……使う」


「どうやって同時に命中させるんです?」とサルメ。


「味方の位置と自分の位置の把握。私の合図を見て、一番目標から遠い奴から射る。基本的には感覚だよ。それに、完全に同時は無理だから、だいたいでいい」


「……まぁ、やってみるのが一番」イーナが言う。「木人に……試してみるといい」


 イーナが訓練用の木人を指さす。

 城壁の外には、木人がいくつも立っている。

 アスラたちが立てた物だ。


「いや、その前にお客さんだね」


 アスラが城門の入り口から伸びる道の先を見て言った。

 人間が2人、歩いて来る。

 背の低い奴と高い奴。

 距離的に、まだどんな奴かは判別できない。


「誰か来る予定なの?」とアイリス。


「うん。たぶん敵だけど、まずは私が対応する。イーナ以外は一応、訓練用の武器を持っておけ」


 アスラはいつものローブの下に、短剣を装備している。

 イーナも同じ。


「え? 敵って何?」

「アイリスさん、敵というのはですね……」

「いやいや、さすがに敵の意味は分かるからサルメ!」


「じゃあ何?」とレコ。


「なんで敵が来るの? 誰? えっと、もしかしてナナリア?」


「違うよ」アスラが言う。「もっとずっと弱いけど、雑魚ではないかな。人間の中では強い方。最悪は英雄並。一昨日、みんなに可能性を話したはずだよ。《魔物殲滅隊》が来るかもって」


 2人の人影が徐々に近付いてくる。

 男と女だ。

 背の高い方が女。

 背の低い方が男。

 大人の女と少年。

 女の背中には巨大な剣。

 それはクレイモアよりも大きかった。


「グレートソードか」とアスラ。


 クレイモアより大型の剣は全部そう呼ばれている。


「……振り回せるの?」イーナが言う。「……女だよね?」


「あ、あたしラグナロク取って来た方がいい?」

「いつから君の剣になった? 貸しただけだよ?」

「家に帰らないと予備の片刃剣が……」

「私が対応する。とりあえずはね」


 少年の方は、普通のロングソードだが、背中に2本装備していた。

 更に2人が近付き、顔が判別できるようになった。

 女の方はオレンジっぽい髪の毛をポニーテールに括っている。

 体格は良い方だが、巨躯ではない。年齢は20代後半といった感じ。

 一般的な軍用の戦闘服の上から、使い込んだ革の鎧を装備している。


 少年は勝ち気な笑みを浮かべていて、髪の色は黒。長さはラウノぐらい。

 女と同じく、戦闘服の上から革の鎧を装備。

 年齢は15歳前後。


「やぁ! こんにちは!」


 アスラが挨拶した。

 2人は立ち止まらず、どんどん近付いてくる。

 そしてアスラたちから約2メートルの位置で歩くのを止めた。


「どうも、こんにちは」


 女が言った。感情の薄い声。

 高くも低くもない。特に威圧的でもなく、淡々としているわけでもない。


「不法入国だよ? ここは私の国の領土内だけど?」


「はぁ?」少年が顔を歪める。「ドラゴン飼ってるクソゴミが領土? 死ねよカス」


「ドラゴン? 何の話だい?」


「ここに、ドラゴンがいるという情報がありました」女が言う。「コトポリ王国で、人間を食べたドラゴンです」


「知らない。君ら知ってるか?」


 アスラが笑いながら言った。


「……知らない」

「知りませんね」

「ドラゴンって何?」


 イーナ、サルメ、レコがアスラに合わせる。

 アイリスは何も言わなかった。


「ざけんなクソども」少年が言う。「いるんだろ? 勝手に調べるぞ?」


 少年が動こうとしたので、アスラが短剣を出した。


「お前らが強いのは知ってる。けど、俺と師匠も強い。なんでか分かるか? 俺らは、何匹も魔物を殺してきた。これからも殺し続ける」


「ドラゴンを差し出せば、みなさんの罪は不問にしてもいいと思っています」女が言う。「ジャンヌを倒した功績がありますからね。傭兵団《月花》には」


「私らを知っている上で、殴り込みとはいい度胸だね」


 アスラが薄暗く笑った。

 だが少年も女も臆した様子はない。


「ちょっと待ってよ」アイリスが言う。「ここがアスラの領土ってのは本当だし、不法入国なのも本当よ? てゆーか、自己紹介ぐらいしたらどうなの?」


「アイリス・クレイヴン・リリだろ?」少年が笑う。「英雄は黙って《魔王》の相手だけしてろよ。魔物は俺たち《魔物殲滅隊》が全部、片っ端から、徹底的に、ぶち殺してやるからよぉ!」


「あたしが英雄だって分かってて、そういう態度なわけ!?」


「英雄など、我々に比べれば子供の遊びですね」女が言う。「《魔王》との戦闘だけでしょう? 英雄が死線を潜るのは。我々は違う。毎日、毎日、死線を潜っています」


「取り消しなさい!」アイリスが怒って言う。「英雄バカにされて黙ってないわよ!?」


「うるせぇなぁ。どうせお前、俺ら殺せないだろ? 義務と特権。はん。くだらねー。引っ込んでろブス」

「ブ、ブスですって!?」


「落ち着けアイリス」アスラが言う。「話を戻すけど、私らはドラゴンなんて知らない。だから帰れ」


「調べて、本当にいなければ、帰ります」と女。


「いたらグチャグチャにぶち殺す。言っとくけどな、ドラゴン隠すならお前らも同罪だぞ?」


「……何の罪?」とイーナが首を傾げた。


「魔物は魔物というだけで罪です」女が言う。「全ての魔物は死ぬべきです。死んだ魔物だけがいい魔物です。そして、魔物を庇う人間も魔物と同じです」


「なんか、すごいこと言ってる」とレコ。


「いないよ、ドラゴンなんて」アスラが言う。「帰るか死ぬかだよ。不法入国の罪で死刑。分かるかな? ここじゃ私が法なんでね」


「あん? ふざけ……って」少年が城門の方を見て目を丸くした。「めっちゃドラゴン歩いてるじゃねぇか! 殺すぞクソボケ! ふざけんなよ!」


 アスラが城門の方に視線を移す。

 ニコニコと微笑むラウノがゴジラッシュを散歩させていた。

 ゴジラッシュの背中にはティナが乗っている。


「……酷いタイミング……」

「ゴジラッシュは空気読めませんからね」

「ラウノすごい笑顔だし」


 イーナ、サルメ、レコがそれぞれ引きつった笑みを浮かべた。


「しかもラウノさん、手を振ってますね」とサルメ。

「……状況、分からないから……仕方ない」とイーナ。


「あれは乗り物であってドラゴンではない」アスラがキッパリと言った。「分かったら帰れ」


「それは通りませんよ、さすがに」と女。


 話している間も、ラウノたちがこっちに向かって歩いてくる。


「君らは頭がどうかしているよ」アスラが言う。「君らは馬車に撥ねられてケガをしたからって、全ての馬車を壊して回るかね? それと同じだよ。うちのゴジラッシュが誰かを食べたから何だというのかね? 魔物退治がしたいなら、大森林にでも引き込もればいい」


「ざけんなよテメェ!」少年が烈火の如く言う。「魔物に殺された人の無念が、痛みが! 苦しみが! テメェに分かるのか!? 遺族の前でも同じこと言えんのかよ!」


「言えるよ」


 アスラは普通に言った。

 アスラの言葉に、少年は口をパクパクさせた。


「どうやら、みなさんも死んだ方がいいようですね」女が言う。「魔物の味方は魔物」


「分かってないなぁ」アスラが言う。「君らは不法入国した上、私の乗り物を壊そうって言ってるんだよ? 犯罪者じゃないか。ただの犯罪者」


「……判決、死刑」とイーナ。

「まぁ妥当ですよね。私、舐められるの嫌いです」とサルメ。

「オレは団長が殺せって言うなら殺すよ」とレコ。


「話すことはもう、ないようですね」


 女がそう言った瞬間、少年が皮革水筒を投げた。

 投げる時、導火線にメタルマッチで火を点けた。

 皮革水筒に導火線?


「離れろ!」


 叫び、アスラは後方に飛んだ。

 他のみんなも飛ぶ。


「お? やるな! 普通は何か分からなくてまともに当たるのによぉ!」


 皮革水筒が地面に落ちる寸前で爆発。

 威力はさほど大きくない。

 皮革水筒に火薬を詰めた初期の手榴弾。

 当たれば手足は吹っ飛ぶが、その程度。

 アスラの【地雷】と大差ない。


「あたしが英雄だって分かってて、攻撃したわね!?」


 アイリスが怒りを露わにして言った。


「魔物の味方は魔物です」


 女がグレートソードでアイリスに斬りかかる。

 アイリスはその斬撃を躱した。

 グレートソードが地面を抉る。

 小石や土が宙を舞う。

 アイリスは反撃できなかった。相手に隙が無いのと、素手の間合いじゃないから。


「レコ、サルメは下がれ! 君らの手に負えない!」


 少年の二刀流を短剣で受け流しながら、アスラが言った。

 この2人はかなり強い。それこそ英雄レベルだ。

 

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