EX22 死ぬまでに何匹の魔物を殺せる? 連中はそんなことばかり、考えているのさ


 ラウノを仲間に加えた3日後。

 レコがアスラの部屋に入ると、アスラは布団に潜っていた。

 昨夜はアスラが一緒に寝てくれなかったので、レコは仕方なくサルメの部屋でサルメとティナと一緒に寝た。


「団長? 団長、朝だよ? 朝ご飯いらないの?」


 言いながら、レコがベッドに近寄る。


「……レコか。私はお腹が痛い」


 アスラは布団に潜ったまま、気怠そうな声で言った。


「そうなの? オレ、お腹舐めようか?」

「……撫でようか、の聞き間違いかね?」

「ううん、ペロペロしたい」

「……ほら。指でもしゃぶってろ」


 アスラが布団から左手を出して、人差し指を伸ばした。

 レコはベッドに腰掛けて、アスラの指をパクッと咥えた。

 しばらく舐めたあと、


「団長の指、超美味しい!!」


 目をキラキラさせながら言った。


「……良かったね。じゃあ私を1人にしておくれ」


 緩慢な動作で、アスラが手を引っ込めた。布団の中に。


「え? 団長、本当に大丈夫? 誰か呼んで来ようか?」

「それには及ばない……。お腹が痛いだけだから。傷んだ物を食べたとか、そんな感じ……。安静にしていれば数日で治まるよ、たぶん……」


「大丈夫? トイレまでいける? 桶か何か用意しようか?」

「そこにクソしろって? いいから放っておいて」


「オレ、心配だよ?」

「……本当に大丈夫だから、君は朝飯を済ませて、イーナと訓練したまえ」


「オレもう魔力の認識、取り出し、合わせて1秒以内になったよ?」

「……では近く属性変化を試そう。勝手にやるなよ? 何属性になるか見たいから」


 アスラの声は相変わらず、気怠そうだった。


「分かったよ。ところでエルナ来てるよ?」

「……朝飯を出してあげて」


「分かった。エルナって何気にうちでタダ飯食うよね!」

「食べ終わったら、丁寧にこう言うんだ。帰れ」


「分かった! じゃあ団長、お腹苦しくなったらいつでも呼んでね! オレ舐めるだけじゃなくて、撫でてもいいから! あとできれば、苦しんでる団長の顔見たい!」

「……分かった、分かったからもう行け」

「はぁい」


 レコは少し残念そうに、アスラの部屋をあとにした。


       ◇


「腹痛に苦しんでるアスラちゃんって、何だかすごくレアな気がするわねー」


 エルナがアスラのベッドに腰掛けて言った。


「……レコは君に帰れと言わなかったかね?」


 アスラがモゾモゾと動いて、布団から顔だけ出した。


「酷い表情ねー」エルナが笑う。「お肌はガサガサだし、髪の毛もパサパサ、瞳には生気がないし、唇は乾燥してる。はいお水」


 エルナは自分の皮革水筒をアスラに渡す。

 アスラは上半身だけ起こして、エルナの水筒を受け取った。

 そして中身をゴクゴクと飲んで、水筒をエルナに返す。

 エルナはずっとアスラを見ていた。


「ケガも酷そうねー。誰にやられたのかしら? アクセルじゃないわよねー?」

「なんでアクセル?」


 アスラは緩慢な動作で布団に戻った。

 相変わらず、顔だけは出しているけれど。


「アクセルもケガしてたのよー。でも詳しいことは話さなくて、衰えを感じて酷く落ち込んでいたのー」


「歳だからね、彼」アスラが溜息混じりに言う。「でも私たちは関係ない」


 アクセルが誰と戦ったのかは分かっている。

 ルミアだ。

 アクセルを追い込んだのなら、間違いなく【神罰】をふんだんに使って戦ったのだ。

 ルミアは引退した身だが、自らの命が危険だと思ったら戦う。

 特に、今は新しい生活を始めているのだ。

 邪魔するなら、命懸けになる。


「それでー? アスラちゃんたちは誰と戦ったの? マルクスもユルキも、新人の可愛い男の子もボロボロで、聞いてもなぜか話してくれないのよー」

「魔物だよ。最上位のね」

「……それって本当?」


 エルナが真面目な声音で言った。


「そうだよ……。相手が逃げてくれたから、なんとか生きてる」

「こっちで討伐を引き継いだ方がいい案件かしらー?」

「それには及ばないよ。相手も深傷だから、しばらく姿を出さないはず」

「そう。新種なら魔物図鑑への登録はしておいてねー?」

「気が向いたらね……」


 登録できるはずがない。

 最上位の魔物と言っても、ナナリア・ファリアス・ロロなのだ。

 貴族王の妹だ。


「まだ何か隠してるわねー?」


「君には関係ない……。団の機密事項。外には漏らさない」アスラが言う。「それで? 用事は何だい? お腹痛いから手短に頼む」


「用事は2つよー」エルナが指を2本立てた。「まず、英雄選抜試験を早めるからちゃんと参加してね?」


「予想外に早い《魔王》出現のせいで、英雄の数が足りてない?」

「そう。しばらくはハイペースで試験を行うわー。12日後にケラノア王国の闘技場」


「アクセルの祖国だっけ?」

「そうよー。大英雄アクセル・エーンルートを讃えるエーンルート闘技場よー」


「体術の盛んな国……。他は知らないな」

「普通の国よー? アクセルがいるから、戦争を吹っかけられることもないし、平和そのものねー。格闘技が最大の娯楽かしらねー」


「12日後にケガが完治しているかは、ちょっと分からないけど、まぁ参加するよ」

「良かった。わたしの弟子やアクセルの弟子も参加するのよー。アスラちゃんと闘うのを楽しみにしてるわー」

「魔法禁止だっけ? あたた……」


 アスラが体を丸めた。


「大丈夫? 魔法は禁止じゃないわよー。殺したり、戦士生命を絶つのが禁止」

「了解。マルクスも参加する」

「あらー? いいわねー。マルクス・レドフォード3回目の挑戦ね」

「もう1つの用件は?」


「お医者さん、紹介しましょうかー?」

「それには及ばないよ。もう1つの用件を言って。今日は布団から出たくない」

「影の英雄たち、って知ってる?」


 エルナが布団の上から、アスラの体に触れる。

 そしてサスサスと撫で始めた。


「聞いたことないね」

「だったら、《魔物殲滅隊》は?」

「魔殲の話なら、聞いたことはあるよ。会ったことはない」


 魔物を殺すことだけに特化した部隊。

 隊員の多くは、魔物に何かしらの恨みがある。

 大森林に隣接した国に多く滞在しているらしいが、蒼空騎士とは連携していない。

 各国の軍や憲兵とも関わりがなく、英雄とも無縁。完全に独立した組織。

 資金源の多くは、魔物を恨む者からの寄付と魔物の死体の売却。

 魔物の死体を剥製にして飾ったり、その骨を加工して装飾品にするのだ。


「彼らは魔物を殺し続け、中には英雄レベルの人間もいる」エルナが言う。「正確には、彼らは英雄にはなれないのよー。性格に問題があって、2次試験で落ちるから」


「義務も特権も不要で、ただ魔物を殺せればそれでいい、って連中だろう?」アスラが言う。「英雄には向いてないよ、そういう連中は」


「魔物を倒すという一点において、彼らの能力は英雄を凌ぐとも言われているわね」エルナが撫でるのを止めた。「上位の魔物を単独で狩れる者までいる、という噂ね」


「君ら英雄の最大の目的は《魔王》だからね。魔物退治も仕事ではあるけど、魔殲に比べたら、退治した数は少ない。だろう?」

「もちろん、わたしたちと彼らが闘ったら、わたしたちが勝つわよー? 対人間ならわたしたちの方が強い」

「そうでなければ英雄というシステムは成り立たない。それで? 依頼かね?」


「警告よ」エルナが言う。「アスラちゃん、ドラゴン飼ってるでしょう?」


「飼ってないよ」

「……紹介されたんだけど、ゴジラッシュ」


 エルナが呆れたように言った。


「飼ってるよ。だから?」

「元はジャンヌのドラゴンでしょう? コトポリで人間を食べたドラゴンよね?」

「正しくは人間の死体だよ。殺したのはジャンヌ」

「死体がなくて葬儀すらできなかった遺族たちがいるのよー」


「だから?」

「彼らは魔殲に泣きついたのよー。あのドラゴンを、殺してくれ、と」

「うちに魔殲の連中が来るってことだね。いいよ、分かった。ありがとう。殺すけど問題ないかね?」

「ドラゴンを? 魔殲を?」

「魔殲に決まっているだろう? ゴジラッシュは私らの大切な乗り物だよ」


「……ドラゴンを乗り物扱いって……」エルナが引きつった表情で言う。「上位の魔物よ? よく手懐けられたわねー」


「すでに躾は済んでいた。問題ない。で? 魔殲を殺すけどいいかね?」

「わたしがダメって言っても、殺すでしょー?」

「もちろん。わざわざ警告してくれたということは、君は私ら寄りだ。魔殲は嫌いかね?」


「影の英雄なんて呼ばれてるのは気に入らないわねー。英雄になれない半端者よ、所詮は」

「その意見には賛成するけど、甘く見ない方がいい。君らより死線を潜ってる」


 魔物殲滅隊は極めて積極的に魔物を狩る。

 見つければ狩る。基本的には。


「そうねー。連中、かなり頭が飛んでるわー。テルバエ大王国の魔物部隊、覚えているでしょう?」

「中位の魔物だね。中位の中では割と弱い方だけど、魔物を戦争に使うというのはいいアイデアだと思ったよ」

「魔物部隊は滅ぼされたわー」

「ほう」


 アスラは少し感心した。

 魔殲は理念のために一国を敵に回したのだ。


「前はマティアスちゃんがいたから、圧力だけで、実力行使には出なかったのね」

「なるほど。マティアスが死んで、彼らは歯止めが利かなくなったか」


 さすがの魔殲も、英雄と敵対することは避けていた、ということ。

 あれ?

 私らのせいか?

 いや、関係ない、とアスラは思う。

 魔物部隊が滅びたのは、魔殲より弱かったからだ。


「気を付けてねー? 連中、魔物の味方をする人間は魔物、って考えだから」

「了解。英雄選抜試験で会おう。私は寝る」


 アスラは布団の中に潜った。

 エルナが立ち上がり、小さく溜息を吐いてから歩き始める。


「あー、そうだ」アスラがヒョコッと布団から顔を出す。「天聖って知ってるかね?」


「あらあらー? どこで聞いたのかしらー?」


 エルナが立ち止まって、振り返った。


「その反応は、知ってるね?」

「別に隠すような称号じゃないわよー。今は失われた称号で、歴史学者か、一部の英雄しか知らないわねー」

「ふぅん。どんな称号?」


「さぁ。詳しくは分からないわねー。資料は残っていないのよー。そういう称号が大昔あった、ってだけ。一説には、初めて《魔王》を退治した英雄の称号だと言われているわねー。でも別の説では、今の英雄システムを作り上げた英雄の称号だとも」


「大英雄より上かね?」


「まぁ、復活させるならそうなるわねー」エルナが言う。「でも、今のシステムに必要だとは思わないわねー。復活させようって動きもないしねー」


「誰かが名乗ったらどうする?」

「誰も認めないわよー。よほどの功績を残さないとねー。まさか、誰かそう名乗ったの?」

「いや。誰も名乗ってないよ。今のところね」


 アイリスはなぜ10年後に天聖を名乗ったのだろう?

 地位や名誉に興味があるタイプには見えない。

 あるいは、私らと関わったから、興味がなくなった?


「そう。もし名乗ってる人がいたら教えてねー?」

「分かったよ。ありがとう。またね」


 アスラはモゾモゾと布団の中に戻った。

 あるいは、とアスラは思う。

 これから興味を持つのか?


「とはいえ」布団の中で小さく呟く。「預言とやらは外れたし、もう関係ないかもね」

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