第4話 「嘘だったら殺してやる」 私は嘘を吐いたことがない(嘘)


 傭兵団《焔》に所属するペトラにとって、アスラ・リョナは敵だった。

 理由は3つ。

 第一に、雇い主であるジャンヌをアスラたち《月花》が殺してしまった。

 そのせいで、《焔》も壊滅的打撃を受け、今は団長が生きているのかどうかも分からない。

 第二に、業種が同じであること。

 要するに、単純に商売敵なのだ。

 第三に、連中は《焔》の支部を焼き討ちした。

 フルセンマークのどこに、《焔》の支部を襲うクソがいるってんだ?


「つーわけで、アスラ・リョナ殺そうぜコンラートさんよぉ」


 ペトラは歩きながら言った。

 コンラートたちの陣地、その最重要拠点である入り江に向かっているのだ。

 コンラートはペトラの隣を歩いていて、その他の部下たちは後ろに続いている。


「向こうが絡んで来たらな!」コンラートが言う。「ワシらの目的はこの島の統一じゃないんだ姉ちゃん!」


「は? そうなのか? あんたの話じゃ、派閥が3つあって、領土争いしてんだろ?」


 監獄島の現状について、コンラートが歩きながら説明したのだ。


「問題ない。ワシらは水源も確保していて、食料もある。これ以上、領土を広げる必要はねーな! だいたいエドモンのクソッタレが正当な支配者だなんだと攻めて来やがるから、相手してただけだ!」


「んじゃあ、現状維持ってことでいいのか? あたしは戦争やってくれた方が活躍できていいんだけども」

「これだから戦争屋には困ったもんだぜ! 無駄な労力は使わねーに越したことはねぇ!」


「ああ、そうかい」ペトラが肩を竦めた。「せっかくアスラ・リョナに会えたってのに。あんたの派閥抜けりゃ、好きにしていいんだろ?」


「そりゃそうだがよ」コンラートが立ち止まる。「こいつを見ても、そう思うか?」


 そこからは入り江が一望できる。


「おい、マジかよコンラートさん……あんた……」


 ペトラは愕然とした。

 信じられない。

 入り江に浮いているそれは、

 明らかに、

 船だ。


「ワシの勢力がこの入り江を手に入れ、領土を安定させるのに3年。そっから5年かかったぜ。たった1隻の船を作るのに5年。ちっぽけな船さ。道具も何もねぇこの島じゃ、それでも早かったもんさ」


「脱獄する気なのか?」

「おう! ワシは海賊だぜ!? 派閥全員連れて、海賊王の復活よ!」

「正気かよ? この辺はヘルハティ海軍がウロウロしてんだろ? そう聞いたぜ、あたしは」


「1隻か2隻だ! ワシらが脱獄するなんて本気で考えてねーんだよ連中は! だからよぉ、海軍の船を奪っちまうのさ! ははっ! 海にさえ出ちまえばこっちのもんさ! つっても、出航にはまだ3日か4日はかかるがな! どうする姉ちゃん!? ワシの派閥抜けて、アスラを殺しに行くか!? それとも、ワシと一緒に自由を謳歌するか!?」


「そりゃ自由さ」ペトラが笑う。「あんた、すげーわ。よし! しばらくはあんたの下で働く! けど、うちの団長の無事だけは確認したいから、どっかで1回抜けるぜあたしは」


「おう、それでもいいぜ! ワシに付いて良かっただろ!?」


 コンラートは豪快に笑い、ペトラは何度か頷いた。


       ◇


 アスラは泉で水浴びして、今は焚き火の前で身体を乾かしている。

 ユルキとオルガも一緒だ。


「やっぱりヒマだからコンラートたち殺しに行かないかユルキ?」

「いや、全然まったくその必要ねーっすよね?」

「必要はないけど、退屈なんだよね」

「まだこの島に来て1日も経ってねーんすけど!?」


「1日どころか半日も経ってないよ!」とオルガ。


「あー、退屈、私は退屈だよー? 血反吐に塗れた戦闘がしたいなー?」

「可愛く言ってもダメっす。ガチで任務に関係ねーっすから。コンラート陣営には仲間にする候補いねーんすよ?」

「だから心置きなく皆殺しにできるだろう?」

「あー、俺もう頭痛してきたっす」


 ルミアは偉大だった、とユルキは思った。

 できるなら戻って欲しい。そしてアスラを制御して欲しい。


「言っておくけど、向こうが攻めて来たらやるよ?」

「それは反対しねーっす。でもこっちから征く意味はねーっしょ? 相手にやる気がねーなら、基本的には相手にしない。でしょ?」

「そうだね。でも口うるさいルミアは抜けたし、もっと口うるさいアイリスは今頃イーナにしごかれて泣いてるだろうし、パーッと楽しむのも……」

「無しっす」

「ああ、そうかい」


「団長は殺人鬼じゃねー」ユルキが真面目に言う。「つーか、傭兵団の団長が殺人鬼であっていいはずがねー。冷静に判断してくれねーと困るっす」


「なんだよ、おちゃめな冗談じゃないか……」

「冗談だったんっすか!?」

「そりゃね。私は任務優先だよ。余計なことは少ししかしない」


「少しはするんだ!?」とオルガ。


「任務とやらを聞こうか?」


 背後から声。

 アスラもユルキも気付いていたので、特に驚かない。

 しかしオルガはビックリして振り返った。


「まぁ隣に座りなよ、ラウノ・サクサ」

「ご招待をどうも、アスラ・リョナ」


 ラウノはアスラの隣に腰を下ろした。


「うっそー!? 派閥の長、1人で来ちゃったの!? 殺されるとか思わなかったの!? 有り得ない!」


 オルガが心底驚いたという風に言った。

 ラウノはしばらくオルガを見て、目を瞑った。

 沈黙。

 5秒程度でラウノが目を開く。


「殺されるとは思わなかったよ」ラウノが言う。「使者に成ったからね。本当にただ、僕を呼びに来ただけだと分かった」


「なった……?」とオルガ。


「君にも、さっき成ったよ」ラウノが微笑む。「人懐っこい雰囲気だけど、それは君の処世術。ニコニコして、取り入って、そして騙す。合ってる?」


「合ってる!!」

「罪状は詐欺かな? 結婚詐欺も? 監獄島に送られるぐらいだから、かなり悪質で、件数も多い」


 ラウノの言葉に、オルガがコクコクと頷く。


「うは、団長みたいっすね」とユルキ。


「ホットリーディングは同じだけど、大元が違うよ」アスラが言う。「私はアスラ式プロファイリングだけど、彼は共感」


「共感?」とオルガが首を傾げた。


「彼はエンパスと言って、他人への共感能力が高い。それも異常に。オルガに成った、というのはオルガに共感し、オルガの思考を分かち合った、という意味」

「え? 全然分かんない」


「オルガはアイリスっぽいね」アスラが少し笑った。「ま、彼は心から他人に成れる。共有できるんだよ、感情や思考をね。その能力を使って、憲兵をやっていた」


「そうか……、目的は僕か」ラウノが言う。「傭兵だって? 僕を殺すことが目的? 誰に頼まれた?」


「ほう。私には成れないのか、君」アスラが楽しそうに言う。「そりゃそうか。私には他人と共有するような感情はないし、そもそも私自身が他人に共感できない」


       ◇


「ということは、ラウノを殺すのが目的じゃないのね」


 彼女がホッとしたように言った。


「アスラは僕以上に、僕を知ってる?」


「かもしれないわね」と彼女。

「どうかな? 君の心は正常かい?」とアスラ。


「正常の定義による」

「君は憲兵として、多くの被害者に成った。そして加害者にも。共感して共感して、共感しまくった。大丈夫かね? 君はラウノ・サクサか?」

「僕は僕さ。ずっとね」


 ラウノは小さく息を吐いて、焚き火を見詰めた。

 炎を見ていると、心が落ち着く。


「それは『1/f揺らぎ』だよ」とアスラ。


 ラウノは何のことか分からず、首を傾げた。

 彼女も小さく首を傾げた。


「人間の生命活動に組み込まれたリズム」アスラが言う。「君は炎の揺れを見て心地良いと感じただろう? 人間は『1/f揺らぎ』を感知すると快適だと感じるのさ」


「よく分からないな」


「リラックス効果があるってこと」アスラが肩を竦める。「本題じゃないから、それで納得しておくれ」


「いいよ。それで本題は?」

「君が正常なら、私の仲間になって欲しい」

「傭兵団の?」

「そう。傭兵団の」

「断る。僕はこの島から出たくない。ここで静かに、彼女と暮らす」


 ラウノが言うと、アスラがジッとラウノを見詰めた。


「そうか、君、彼女に成ったんだね?」アスラが言う。「いや、正確には、成り続けている? 君が逮捕される原因になった彼女のことだろう?」


「彼女はずっと、僕と一緒にいる」


「幻のようなものだがね」アスラが言う。「君の奥さんだろう? 犯罪組織に殺されてしまった、大切な幼馴染み」


「死んでない。僕とともにある」

「いや、死んだよ。君は怒り狂って、犯罪組織の人間を虐殺した。だからここにいる」

「僕はあの日、正義を見失った」

「違う。正義なんて存在しない。悪もね。それは人間の観念が生み出す幻想に過ぎない。立場で変わる相対的なもので、実体はない」

「違う。正義はあった。僕にはあった。彼女にも」

「この世界の歴史でも、前世の歴史でも、正義の名の下に虐殺が繰り返されたのに? 相対的なんだよ、善悪は。だから気にしなくていい」


「じゃあ、あたしの詐欺も悪くない!」とオルガ。


「私は悪いとは思わないよ」ククッ、とアスラが笑う。「どっちでもいい。オルガが悪くないと言うなら、私は『そうだね』と言う。オルガが悪かったと言っても、私は『そうだね』と言う。その程度のものさ」


「うちの団長はガチで善悪に興味ねーから」


 ユルキが苦笑いしながら言った。


「なぁラウノ」アスラが言う。「もう、前に進んでもいい頃だろう? 新しい人生を歩んでいい頃だよ? 彼女を忘れる必要はないけど、君は十分苦しんだ」


「違う……。僕は苦しくなんてない。僕は彼女と、この島で、幸せに暮らしている。だから邪魔しないでくれ」

「そうか。では気が変わるような話を聞かせてあげよう」

「話?」

「そう。話。君は彼女の仇を討ったと信じているけど、実は違う」


「違わない」ラウノは強い口調で言う。「僕は彼女に成った。彼女を殺した連中にも成った。だから分かる。僕は仇を討った。くだらない嘘で僕を惑わせるな」


「彼女が死んだと認めるんだね?」

「死んでない。今も隣にいる……。いるよね?」


 ラウノは少し苦しそうに表情を歪ませた。


「大丈夫よラウノ。いるわ。ここにいる。ずっと側にいる」


 彼女は優しく、ラウノに笑いかけた。

 ラウノはホッと息を吐く。


「いないよ」アスラが言う。「君、自分で彼女を殺した連中と言っただろう? やっぱり少し壊れているね。でも能力は落ちていないだろう?」


「もういい、聞きたくない」


 ラウノが立ち上がろうとして、アスラがその腕を掴む。

 ラウノは重さを感じて、立てなかった。

 13歳の少女に掴まれて、立てない。


「驚かなくていい。私はテクニックタイプでね。体重の正しい乗せ方を知っている。とはいえ、君が本気で私の腕を振り払おうと思えばできるよ。私の体重なんて、たかが知れてる」


 ラウノは2秒沈黙して、それから体の力を抜いて座り直す。

 アスラがラウノの腕を離した。


「僕は、本気で帰りたかったわけじゃない……ということだね?」

「察しがいいね。その通り。君は本気で私を振り払わなかった。つまり私には君を仲間にするチャンスがあるということ」

「仲間にはならない。僕はただ……彼女のことを……知りたいだけ。もし、本当に、僕の知らないことを知っているなら、教えて欲しい。でも」ラウノが急に冷えた声を出す。「嘘だったら殺してやる」


「私は嘘を吐かない」とアスラ。

「そりゃ初耳っすね」とユルキ。


「嘘かどうかは僕が判断する。だから話してくれ」


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