第2話 サクッと過去を清算しよう そして私がボスだ、文句あるなら死ね
「そんでな? 私はジャンヌの麻薬畑を任されてたってわけよ」
タニアが機嫌よく言った。
話を聞いているのは、監獄島の三大派閥の1つ《監獄島の正当支配者》に所属する人間たち。
今は全員、タニアの部下だ。
「さすが姐さん!」
「よ! 超美人の極悪人!」
部下たちがタニアを持ち上げる。
「エドモン嫌いだったんです姐さん!」
「本当、エドモンとかクソでして!」
みんな微かに震えている。
タニアが怖いのだ。
元軍人で、元ジャンヌ軍で、戦闘能力が高く、そして残虐。
「はん。エドモンなんて私にとっちゃ雑魚も雑魚さ。老いぼれって言った方がいいか? とにかく、私がこの派閥を率いるからには、他の2つをぶっ潰してやろうじゃないか!」
タニアは木にもたれて座っている。
部下たちが口笛を吹いたり、手を叩いたり、雄叫びを上げて場を盛り上げる。
「ラウノはともかく……海賊連中は厄介ですよ姐さん」
青年が言った。
この派閥のナンバー2だ。
「心配するなって」タニアが笑う。「コンラートは人間さ。私は今までに、化け物を3人見てきた。その3人に比べたら、コンラートなんて取るに足らないね!」
タニアの言葉に、部下たちが「おー!」と感嘆の声を上げた。
「まずはジャンヌ・オータン・ララ」タニアが指を1本立てた。「こいつはガチさね。ヤベェなんてもんじゃなかった。実力も頭もね! コンラートなんてジャンヌの一振りであの世逝きさね!」
「姐さんはジャンヌの一振りを躱せるんっすか!?」
「え?」とタニア。
部下たちがタニアをジッと見詰める。
「……と、当然! 私は組織で最も大切な麻薬畑を任されていたんだよ! そのぐらいの実力はあるさね!」
タニアは豪快に笑った。
再び、部下たちが感嘆の声を上げる。
実際、タニアは決闘でエドモンを殺した。その実力はみんなが知っている。
そしてその、残虐極まりない殺し方も。
タニアはエドモンだけでなく、その忠実な部下たちも何人か殺した。
じわり、じわり、となぶり殺した。笑いながら、楽しみながら。
「で、2人目」タニアが指を2本立てる。「寵愛の子ティナ。ジャンヌ軍のナンバー2。こいつに関しちゃ、実力だけならジャンヌ以上だったかもね。性格は割と温厚だが、怒らせたらヤベェ。私も死にかけた。コンラートなら死んでたね」
タニアは楽しそうに言った。
「3人目もやっぱりジャンヌ軍ですか姐さん!?」
部下の1人が言った。
しかしタニアは首を振った。
「幼児さ」
部下たちはタニアの言葉の意味が分からなくて、首を傾げた。
「銀髪の幼児。3歳かそこらの、正真正銘の幼児」
タニアの表情から笑みが消える。
部下たちはやっぱり首を傾げている。
「だけど、テメェら、私が」タニアの身体がブルブルと震える。「思い出してこうなるのは、あのガキだけ」
タニアの顔色がみるみる悪くなっていく。
銀髪の幼児――それが冗談の類いではないと、部下たちにも伝わった。
「あれは恐怖。底知れない恐怖の化身。おぞましい嗤い方をしやがる。私の部下たちを虫けらのようにぶち殺して回って、そんで嗤いやがった。あれだけは、私には無理。二度と会いたくないし、会ったら走って逃げる。足が動けば、の話さね。私はあの銀髪に会って以来、銀髪のガキ見たら怖くて震えちまうんだよ」
タニアは何度か深呼吸を繰り返し、落ち着きを取り戻す。
「たぶん、私の推測じゃ、アレは人じゃない」タニアが真剣に言う。「上位か最上位の魔物の中には、人間に似ている種がいるそうじゃないか。あるいは、人間に化ける奴も。どっちにしても、あのガキは魔物さね。人じゃない。私はウッカリ、魔物の狩り場を荒らしちまったってわけさね」
部下たちがゴクリと唾を飲み込んだ。
上位であれ最上位であれ、出会ったら生き残れない。
英雄並の戦闘能力を有していなければ、まず間違いなく殺される。
だがタニアは生き残った。
「ま、コンラートが上位の魔物より強いなんてことはない」タニアが両手を広げる。「大丈夫、この島を支配するのは私らさ!」
部下たちが雄叫びを上げ、タニアを持ち上げる台詞を吐く。
「姐さん、そろそろ新入りが来る時間です」
青年が冷静に言った。
「よぉし! 行くぞ野郎ども! 新人全部こっちに入れちまえ! 戦力増強! ラウノやコンラートが邪魔するなら、そこで戦争おっぱじめるよ!」
◇
アスラは砂浜から上陸し、頭を振った。
「団長、冷たいっす」
アスラの頭から飛び散った水飛沫がユルキに命中していた。
「あー、クソ、ベタベタする」アスラが不機嫌に言う。「真水を探して洗って、それから火を焚こう。ラウノ捜しはそのあとでいい」
「ういっす、と言いたいんっすけど、なんか、囲まれてるっすよー?」
ユルキがヘラヘラと言った。
砂浜の先は森になっているのだが、木々の間から収監者たちが歩いて来た。
「し、死ぬかと思ったー! ユルキ全然助けてくれなーい!」
オルガも上陸。
続いて、ヨウニと元《焔》の女も砂浜に上がった。
「おう! 新人共!」大きな声が響く。「監獄島へようこそ!!」
収監者たちが立ち止まる。
しかし、叫んだ男だけがまだ歩いている。
白髪交じりの金髪はボサボサで、同じく白髪交じりの顎髭も伸ばしっぱなし。
巨体で、上半身は裸。
身体中に無数の傷跡。
パッと見ただけで、修羅場を何度も潜り抜けた人間だと理解できる。
年齢は50歳前後。
「当てようか?」アスラが言う。「海賊王のコンラート・マイザーだろう?」
「おお? ワシを知っているかお嬢ちゃん! 感激だ! 仲間になれ!」
コンラートが立ち止まり、豪快に笑う。
若干、アクセルっぽい雰囲気だなぁ、とアスラは思った。
脳みそまで筋肉で侵されたジジイは、だいたいの場合こうなるのかもしれない。
アスラはそんな風に思った。
「うは! 本物の海賊王!」ユルキが興奮した様子でコンラートに近寄る。「すっげ! イーナにも見せてやりてぇ! 本物の海賊王! 超カッコイイぜ!」
ユルキはコンラートの胸をバシバシと叩いた。
「元気いいな若造!」コンラートは陽気に言う。「ワシのファンか!?」
「おう! 俺ら盗賊にとっちゃ、あんたは憧れの存在だぜ!」
「おお! 盗賊か若造! どこの団だ!?」
「《自由の札束》4代目カシラのユルキ・クーセラだ」
「おお! 《札束》か若造! 初代とは何度か会ったぞ!」
「聞いてる聞いてる。あんたと仕事したって話、うちじゃ語り草だったぜ?」
ユルキはとっても嬉しそうに笑っていた。
やれやれ、とアスラは肩を竦めた。
「おい、大物じゃねーか?」
「マジで《札束》のカシラかあいつ?」
「すげぇ新人来たな」
周囲がざわついた。
「コンラートって本物!? すっごーい!」オルガがコンラートに近寄る。「ユルキとコンラートのコラボレーション! 犯罪史に残るぅ!」
「いや残らないだろう」アスラが小声で突っ込む。「ここ監獄島だし」
外の情報は新人から知ることができる。
けれど、外に情報は漏れない。誰も出たことがないから。
今のところは、ね。
「おお! 姉ちゃんは何やらかしたんだ!?」
「あたし? あたしは恐喝と詐欺と強盗と結婚詐欺と、あとだいたい詐欺!」
ほう、とアスラはオルガを見直した。
詐欺は頭が良くないとできない。
眼中にもなかったが、割といい素材かもしれない、とアスラは思った。
「よしよし! まとめてワシの配下にしてやる!」コンラートの声は相変わらず大きい。「そっちの少年と姉ちゃんは!? 小粒っぽいが何やらかした!? あと銀髪の嬢ちゃんも!」
「俺は殺しだ」とヨウニ。
「あたしはジャンヌ軍に荷担した。傭兵団《焔》のペトラだ。ま、仲良くしてくれるってんなら、よろしく頼むわ。これでもスリーマンセルの班長でね。腕は立つ。小粒はねーだろ。傷付くぜ?」
こっちもいい素材だね、とアスラは思った。
とはいえ、傭兵団《焔》の所属ならアスラたちの仲間にはならない。
理由は単純。《焔》の依頼主であるジャンヌを殺したのは《月花》だ。
それに、ユルキが《焔》の支部を焼き払ったことがある。
敵対関係と表現しても差し障りない。
「んで? 銀髪の嬢ちゃんは?」
「はーい! そこまでー!」
ゾロゾロと別の集団が砂浜にやってきた。
別の集団はやる気満々といった様子。
殺気を隠そうともしていない。
「老いぼれの率いる《船を失った海賊》なんかに入ったら、後悔するよ!? 私の下に付きな!」
別の集団のリーダーが言った。
黒髪の女。
その顔を、アスラは覚えている。
忘れたことはない。ただの一度も。
この女を監獄島の収監者リストで見つけた時、アスラは微笑んだ。
ついでに過去の清算ができる、と。
それが済めば、もう二度と昔の自分の感情に振り回されることもない。
「久しいねタニア・カファロ」アスラがニヤニヤしながらタニアの方に歩みを進めた。「私の父のアソコはどうだった? よくも私や母の前で父を犯してくれたね。覚えているよ。あの日を鮮明に覚えている。煮えたぎるような怒りが、私を浸食しそうだよ。でも大丈夫。安心しておくれ。理性を飛ばすなんて醜態は二度とないから」
アスラの姿を確認したタニアが、口を開いて何か言おうとした。
けれど、上手に発声できなかった。
「懐かしいねタニア。いいバカンスだったかい? ピエトロはもう死んだよ? 胸にクレイモアを突き立ててやった! ははっ! ざまぁみろ! よくもこの私を呼び起こしたな!? よくもこの私を! この私の村を!」
「団長、落ち着いて!」
ユルキがアスラに駆け寄り、肩に手を置いた。
アスラは深く深呼吸。
「ありがとうユルキ。若干危なかった。醜態は二度とないって言った直後に醜態を晒すところだったよ。さすがの私もビックリさ」
「ぎ、銀髪の……幼児……」
タニアは恐怖で脚の力が抜け、その場に座り込んだ。
「姐さん!?」
「姐さん、どうしたんですか!?」
タニアの部下たちがタニアに駆け寄った。
「さ、さっき話した……化け物……」タニアが震えながらアスラを指さす。「魔物……」
タニアの部下たちがアスラを見る。
「は、はは! 姐さん、こいつは人間ですよ!」
「ただのガキですよ!」
タニアの部下たちはアスラを見た目で判断した。
取るに足らない子供だと。
「何がどうなってやがる?」コンラートが言った。「あの座り込んだのがタニアか?」
「あれがそうです」とコンラートの部下。
「ふむ。どうやら、この島には派閥があるようだね」
アスラはタニアを見てコンラートを見て、タニアに視線を戻す。
タニアはカタカタと歯を鳴らしていた。
「まぁいいか」
アスラが指をパチンと鳴らした。
「立てタニア。人間狩りをしよう。ほら、覚えているだろう? 君が私の村でやっただろう? ほら、立って! 走って! 逃げろ! 私から逃げろ! 海に向かって走れ! そして泳いで逃げるんだ! でなきゃ死ぬよ!?」
アスラは心底楽しそうに言った。
「ひっ……」
タニアは這って海に向かい、必死に立ち上がる。
その様子を見て、アスラは笑った。
タニアの部下たちは、失望の眼差しでタニアを見ていた。
「ほら走って!」アスラが手を叩く。「狩りにならないだろう!? ほら逃げて! 命が惜しければ逃げて!」
タニアが言葉にならない言葉を発して、走り出す。
「無様だね」とアスラ。
「そうっすね」とユルキ。
「まぁ、ピエトロも似たようなもんだったか」アスラが言う。「賭けようユルキ。タニアは死んでから何歩走ると思う?」
「2歩ぐらいじゃねーっすか?」
「じゃあ私は3歩」
「1000ドーラっすか?」
「もちろんだとも」
アスラが再び指を鳴らす。
同時に、タニアの頭が吹き飛んだ。
頭を失ったタニアの身体は、1歩踏み出してそのまま倒れ込んだ。
「おや? 1歩だったね」
「マジかよ。団長怖さに死んでも2歩ぐらいは行くと思ったんっすけどねぇ」
「ま、雑魚に期待しすぎたかな」
アスラが肩を竦めた。
「この勝負は引き分けっすね」
「うん。そうなるね」
アスラとユルキは楽しそうに話していた。
周囲の人間たちは何が起こったのか理解できず、目を丸くしていた。
「さてと」
アスラが周囲の人間たちを見回す。
そして息を吸い込み、
大きな声で宣言した。
「今日からタニアの派閥は私が仕切る! 数日だが、私がボスだよ! 逆らう奴は殺す! 文句がある奴は殺す! 徹底的に殺す! 私に刃向かうなら死ね! 私は傭兵団《月花》団長アスラ・リョナ! さぁ! 異議を唱えてみたまえ! ジャンヌをぶち殺した私に逆らえるものなら逆らってみたまえ!」
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